顔⑬


 良い事のはずなのに、何故か背筋に嫌な感じがする……何といえばいいんだろう?



 そう、たしか『違和感』っていうのかな?

 

 

 いつもと様子が違うって、そう感じてしまう。 



 「お代わりいる? お肉がいっぱい手に入ったからカレーもまだまだあるの」

 

 

 アンタがあんまり嬉しそうだから、お腹いっぱいだったけどもう少な目にしてもう一皿お願いする。

 

 ……また肉が歯に絡むけど。






 「あーお腹いっぱい……」




 食べ終わって、紅茶をもう一杯飲む。


 ___う。


 もしかして、紅茶もおいしいの?


 さっきはテンパるあまり、味とか風味とかよく分かんなかったけど美味しい……カレーとか食べてなければもっと美味しかったのかもしれない。


 

 「ともこちゃん、時間大丈夫なの?」


 

 カレーの皿を片す丸い背中が心配そうに聞く。


 

 「……別に……」



 沈黙。


 

 それっきり、皿を洗う水の音だけが台所に響く。



 き、気まずい!


 淡々とさも当然に家に上がり込んじゃったけど、こっから先どうして良いか分かんない!


 タイミング完全に見失った!




 カチャン。


 皿が洗い終わって、どすどす歩いて来て、アタシの前に丸いお菓子箱と紅茶。


 そして、もそもそ正面にすわる。


 「……」


 「……」


 ああ、あっちもどうしていいか分かんないって顔してる!


 そうだよね。


 今まで自分を……気が付かなかったけど苛めてた、そんな怖い奴がいきなり家に訪ねてきて用も言わずに居座ったら流石に怖さが増してもはやホラーだ。


 言わなきゃ……その為に来たのに!



 ヴヴヴウウヴウヴウウ!


 

 「ともこちゃん、スマホなってるよ?」


 「んな事は分かってんの!」


 「ひっ、ご、ごめん……」


 ぁ、違う!


 こんな事がしたい訳じゃなのに!



 アタシは、鳴りっぱなしのスマホの電源を落とす。



 「トイレ」 


 「え?」


 「トイレ貸して」


 「うん、場所は___」

 

 「知ってる」


 アタシは、居た堪れなくなって台所から出て短い廊下を奥へ進む。


 ふぅん……ほんと物が少なくなったなぁ……要らないものは全部処分でもされてたみたい。


 まるで、張り替えられたばかりの様に綺麗な白の壁紙が何だか寂しい。


 「たしか、ここだよね?」


 突き当りを右。


 お風呂場の隣がトイレ。


 昔と変わらない……当たり前だけどね。



 アタシはトイレの戸に手をかけ______?


 「なに? この匂い……?」


 さっきまでカレーの匂いで気が付かなかったけど、なんだか臭う。


 何と言ったらいいか、何かが腐っているような傷んでいるようなずごくって訳じゃないけど嗅いだことないような臭い。


 トイレ壊れてる?


 ……ううん、違う。


 「お風呂場から……?」

 

 気になったアタシは、トイレの戸から手を放してお風呂場の戸に手をかけて少し開ける。



 「うっ!」


 やっぱりここだ!


 少し開けるだけでむわっと臭う。


 排水溝でも壊れているのかな?



 「ともこちゃん」


 「?!」


 いきなり声を掛けられて、体がビクンと跳ねる!



 「トイレはこっちのドアだよ。 あと、トイレットペーパー……少なくなっているから」


 

 振り向いたアタシに、1ロール手渡すふくふくとした手。



 「あ、ありがと」


 

 アタシは、すぐにトイレに飛び込む! 



 びっくりしたぁ~……。


 つか、太ってるのに気配無さすぎ!


 どすどす……。

  

 アタシは、遠ざかる足音を確認してから取りあえず便座に座る。


   

 「ふぅ、食べ過ぎちゃった……」


 おかげでダイエットは台無しだけど、久しぶりにカレーが美味しかった。


   

 「今度こそ……」


 パンツをはいてトイレを流す。



 ゴポポポポポポポ_____!?



 「え?」


  

 流れる水が赤くなった?


  

 「ぇ、アタシ!?」



 違う、生理はこの前終わったはずだからないない!


 それに、流れ続ける水はずっと赤いままだし……なにこれ?



 「水自体が赤い?」



 どんどん流れる水は、白い便器の中で真っ赤だったけど徐々に薄くなってほんのり染まる程度になる。



 コポポポポポホ……。



 「あれ? 止まらない?」



 流れる水は、こぽこぽ音を立てたまま一向に止まらない。



 「タンクの栓が引っ掛かってるのかな?」


 つい最近、アタシの家のトイレも同じ感じで水を溜めるタンクのゴム栓が引っ掛かって水が流れっぱなしになってたっけ。



 その時は、お父さんが簡単に直してた……確か、水に入れるタイプの芳香剤がゴム栓に引っかかってたって言ったっかな?


 

 「確か……」



 アタシは、お父さんがやってたみたいにトイレのタンクのふたを少しだけずらして見えたボールの鎖をちょいちょい引っ張る。


 こうして少しだけ動かせば、引っかかりも取れるはず。



 ガコッ。


  ガコッツ。


 

 「う~ん」


 上手く出来ない。



 ぼこっ!



 「あっ! あ~あ~……」


 取れちゃった。


 ボールの鎖を引っ張り過ぎたのがいけなかった!


 浮きみたいな奴と、ゴム栓がタンクの中で外れたのが分かる。


 となると、当然な事に水は流れっぱなしになるわけで……。



 「しまった~」


 変な事するんじゃなかった!


 謝りに来てなんでトイレを壊しているんだアタシ!



 「はぁ」


 何もかも空回り。


 その上こんな馬鹿なことして……取りあえず壊したことをちゃんと謝らなきゃ。



 ゴン。


 ガコン。


 

 あ、タンクの中で水流に流されて浮きが壁面にぶつかる……なんだかチェーンと絡みそう。

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