顔⑪

 アタシがしたのはそこまで、後は勝手にクラスの皆が無視しだしたってだけそしたら数日しないうちに殿城が詫びを入れてきたそれだけの事。


 友彦くんだって、足が痛いだなんて嘘ついてまであんなのを庇うのがムカついたってだけ、もちろんアタシ個人が。


 それが?


 みんな、勝手にまねして楽しそうにアイツ等を無視したじゃない?


 文句にも乗って来たでしょう?


 それなのに、アタシが?


 アタシが虐めたとこの警察官は言う。


 なにそれ?


 アタシだけが悪いの?


 納得いかない!



 「……もしかして、アタシが襲われたって嘘ついたってそう判断した理由がその……『虐め』なの? アタシが『虐め』をしているって? 親が不仲で注目浴びたくて……だからそんな奴の言葉は信じないってそう言いたいの?」


 「まぁ、信用に値する人間かと問われれば疑う余地はある」


 「ふざけんな!」


 

 悔しくて。


 ムカついて。


 あの悪夢の日に、もう人前でなんて絶対泣かないって誓ったのに止められない涙が零れる。


 「けど、まぁ……」


 泣き出したアタシを目の当たりにした青沼さんは、がじがじと頭を掻きながら面倒くさそうにため息をつく。


 「はっきり言って、自覚もくそもないのは頂けないがお前がどういう認識だったかはよく分かった」


 「ぐすっ?」


 「虐めうんぬんは、学校側が対処しないなら被害者から警察に届け出て貰わない限りどうしようもないから今は置いておく。 その上でお前の『包帯男』の件、もう少し調べてやるよ」


 「え?」


 呆気にとられるアタシに青沼さんは続ける。


 「お前は、自分の都合で他人を貶める事については何にも感じない阿呆だが、少なくとも親の気を引くためにこんなバカげた嘘はつかないとそう俺は判断した」


 「そ、それっ……」


 「勘違いすんなよ? 俺はお前みたいな阿保は嫌いだ、けどこれも仕事なもんでな」


 

 青沼さんは、そう言うと黒い革の手帳をよれよれのコートのポケットから取り出して何かを記入しながらくるりと背を向け教室を出て行こうとする。



 「あ、そうだ」


 立ち止まった青沼さんが振り向く。


 「許せないって気持ちは当事者じゃねぇ俺にはどんなもんか知らないし、この場合は許してやれよって言うのもおかしいが、もういいだろ? あの子には、はじめから関係ない事じゃないか」


 「……!」


 「まぁ、分かっているとは思うがせいぜいその阿保な頭でよく考えろ」


 それだけ言い残すと、青沼さんは薄暗くなった廊下を足早に歩いて行った。 



 「わかっているよ…そんな事…」


 アタシは誰もいない教室で一人で泣く。


 言われなくてもそんな事は分かっていた。


 あの子はアイツじゃない。


 けれど、どうしてもアタシが駄目だった。


 だから、無視した。


 近寄って欲しくなくて文句を言った。


 それをクラスの皆が真似するなんて、それが『虐め』だなんて認識して無かった。


 おどおどして蚊の鳴くような小さな声で喋るニキビだらけの脂肪の塊。


 前からあんなんだっけ?


 ううん……アタシの記憶のあの子はいつも笑顔で優しい子。



 「アタシ…アタシが…?」


 アタシは膨れた目をぬぐって、教室を出る。


 アンタの事が駄目なのはアタシだけ、これはアタシの問題だったはずなのに……。


 

 「あやまらなきゃ…」


 アタシは、いつもの帰り道とは反対の裏門から学校を後にした。


 


  ヴヴヴウウヴウヴウウ……。



 ポケットのスマホがうるさい。


 きっと、お母さんからだろうけど無視して涙に滲んだ夕日の照らすアスファルトをアタシはひたすら歩く。


 もう、何年も通ってなかった道。


 前は、一日おきにお互いの家の前まで二人で手をつないで帰った帰り道。


 いつも笑顔だったアンタが、あんな風になったのはいつからだっただろう?


 アレとそっくりなアンタをアタシは拒絶した。


 それでも、学校に行けばどうしてもアンタに会ってしまうから笑顔でこっちに来ちゃうから無視した。


 酷い事もたくさん言った。


 クラスの皆がアンタを無視して文句を言って、靴や物を隠していたのは知っていたけどアタシには関係ないと思ってた。


 アタシの所為だった。


 石川に言われて、春奈や皆にあんな態度を取られて、青沼さんに言われてやっとアタシは自分のしていたことを理解した。


 その全てに責任を取れと言うのはまだ納得はいかないけれど、始まりはアタシ。


  ……だから、アタシはアンタに謝らなくちゃなんないんだ。






 「この家……こんなにボロかったけ?」



 前に来たときは、もっと綺麗だった気がしたのに……。

 

 アタシは、沈みかけた夕日に照らされたまるでお化け屋敷のようなボロ屋を見上げる。


 この家には、あの子とあの子のお母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんの4人が暮らしていた筈……なんでこんなに真っ暗なんだろう?


 もうこんな時間なのに、家の中からは人の気配がしない。


 今日は、出かけているのかな?

 


 「ともこちゃん……?」


 

 家を覗く背後から聞き覚えのあるあの声が、戸惑ってアタシの名前を呼ぶ。



 アタシは、気づかれない様にすっと息を吸う。


 振り返って、最初になんて声をかけたらいいんだろう?


 いきなり『ごめん』だなんて言っても意味が分からないだろうし、きっとまた怯えさせてしまうかも知れない。



 「ともこちゃん……? ともこちゃんだよね? ぇと、どうしたの? ウチに何か用なの……?」



 語尾が震えてる…まずい。


 

 「ええ、用事があるから来たんじゃない? それが何?」


 あーーー!!


 アタシの阿保ぉおおおおおおお!!

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