顔⑩

 「ほらほら、毛を放しな…若いうちから粗末にするなよ勿体無い」



 青沼さんは、それ以上咎めるでもなくだるそうに大あくびをしてボリボリと頭をかきながら呆れたようにため息をつく。


 

 ウザイ…それにアンタみたいな頭の毛とか気にする煙草臭いおっさんと一緒にしないでほしい!



 「離せよ!」


 涙目の石川がガン飛ばしてきたから、立ち上がるついでに最後に掴んでた10本くらいを引き抜いてやると『ギャッツ!』っと犬みたいに鳴く…ざまぁ!



 「おい、コラ! お前の今やったのは立派な傷害だぞ?」


 「はぁ!? 先に手ぇ出したのコイツだし! 大体、子供の喧嘩に警察が首突っ込まないでよ!」



 青沼さんはいかにも面倒臭そうに欠伸をしながら、じっとアタシと石川を眺める。



 「…まぁ、昔はそれでも良かったんだけどな…最近の餓鬼は加減を知らねえし無知な上に無自覚と来てる…質が悪い」


 「…?」



 ガラッツ!



 「あ! 石川テメェ!!」


 アタシが青沼さんに気を取られている隙に、石川が教室から逃げ出す!


 ちっ!


 今日の落とし前はきっちりつけさせてやるんだから!


 ガランとした教室に、アタシと青沼さんだけが取り残される。



 「で? 犯人捕まったんですか?」


 「うへぇ~…俺を目の前にあんな事しといて…ぶれねぇなお前~」


 

 へらへらとした青沼さんの態度にただ得さえイラついていたアタシは、思わず声を張り上げた!


 「何なんですか? アタシに何か用なんですか?」


 「は? おじさん暇じゃねーんだから用が無きゃこねぇよ? 当たり前だろ?」



 ムカつく!



 「ま、用ってーのはお前の素行調査ってところなんだけどさ」


 「そ、さこうちょうさ?」


 「ああ、まぁ…なんつーかお前が良い子かどうか確認って感じだ」


 

 なにそれ!?


 なんでアタシが調べられてるの??


 アタシは、被害者じゃん?!


 こんなのまるで…!



 「あ、今、自分の周りをこそこそ嗅ぎ回られてムカつくとか思ったろ?」


 「…!」


 「ま、こーゆーのはさ大体の捜査でやるんだよ…珍しい事じゃない」


 「でも! こんなの気分悪いです…なんだかアタシが…」


 「疑われてるみたいでやな感じだろ…まぁ、実際のところ俺はお前の『包帯男』の話は疑ってるぞ?」



 沈黙。



 「…はい…って! はぁあああ!?」



 このおっさん、しれっと何それ!?


 聞き捨てならないんですけど??


 「あ、アタシが、アタシが嘘ついてるって言うんですか!?」


 納得いかなくて、喰ってかかったアタシに『ああ~うるせぇ~』とワザとらしく耳に小指を突っ込んで目をそらして見せるこのおっさんムカつく!



 「こちとらお前の証言のとおり『包帯男』を探してますとも~けどさぁ、どこを探しても誰に聞いても足取りが掴めねぇんだよ? これってどういう事だろうなぁ?」


 「どう…って…!」

 


 がしっ!



 ワザとらしくひらひらして見せていた手が、食って掛かったアタシの腕をつかみ逸らしていた視線がじっとアタシの目を覗き込んでヘラヘラと意地悪な笑顔を作る。



 「お前…前にも襲われた事があるんだってな? その時は『変質者』にだっけか?」


 「…!」


 「その時は随分と報道されて、結構な騒ぎだったな…あの時の事は覚えているぞ? なんせあの時は署内総出でだったからな」


 「だったらなに…? それが、今回アタシがウソついてるって事になるわけ?」



 青沼さんは、じっとアタシの目を見ながらフッと鼻で笑う。



 「あの時の犯人は現行犯でしかも、襲われた女児は小学生で幸いにも被害はなかった。 こういった場合、大概の場合親は子供の将来の事を考えて公にはしないがお前の親…母親がマスコミにリークして大盛り上がり! お前は、可哀そうな被害者として周りの注目を一気に集めた」


 …お母さんが…?


 「ん? 知らなかったか…? まぁいいが…その時、世間は被害者に同情を加害者には非難が集まった…当然だ、そこに関しちゃ奴は幼女ばかりを狙った変態下衆野郎だ…同情の余地はねぇさ、社会的にも抹殺されてしかるべきだ」


 『けどな』っと、青沼さんは言葉を続ける。


 「警察ってのは、お前の自己顕示欲を満たすおもちゃじゃねぇ!」


 「…え…?」


 「ここ数日、お前の事を調べていていくつか分かった事がある。 お前の家、もう何年も両親が不仲だな? 子供にとって、親の不仲ほど居心地の悪い物はないがそんな二人がある一定期間まるでおしどり夫婦のごとく仲が良かった時期がある…そう、それこそお前が被害に_____」


 「違う! そんなんじゃない! アタシは!」


 掴まれた腕を払ったアタシを青沼さんはまるで爬虫類みたいなぬるっとした目で見つめて、にゃっと笑う。


 「それと、虐めは良くない。 ほんの少し前まであんなに仲が良かったのにさ? 事情がどうあれ、お前が一方的に嫌いでも相手にだって人権がある…それに親の事は本人には関係ないだろ?」

 

 その言葉に、ざわっと背中に虫が這うような悪寒が襲う…!


 なんで此処で『アイツ』の話?


 それに虐めってなんの話よ?

 

 「おっしゃっている意味がよく分からないんですけど?」


 「へぇ、神経図太いなぁ…それとも自覚がないとか言いたいのか?」


 「自覚ってなんの? 確かにアタシはあの子が嫌いです。 デブだしニキビだらけで汚いし、犯罪者の子だし、見るだけであの時の事思い出しちゃうし、本当に目の前から消えてほしいと思っています。 でも、それの何処がいけないんですか? 嫌いな人を嫌いだと思って何が悪いんですか? ソレに虐め虐めって、アタシが何したって言うんです? せいぜい口を利かなかったり無視したり近寄って欲しくないから文句言ったくらいじゃないですか? 嫌いな人相手にそれすらもしちゃいけないんですか?」


 一息に言葉を言い切って肩で息をするアタシを見て、青沼さんは呆れたように肩をすくめる。



 「おいおい、自分が何言ってるか分かってるのか? ぶっちゃけ、お前の事は数人の生徒から話は聞いているんだぜ? その子の外にも行方不明になった殿城ゆう・仲吉友彦もお前に虐められていたらしいじゃねぇか?」


 「はぁ? 虐めって何の話ですか? あの子やその二人がクラスの皆に嫌われたのと、アタシがその三人を嫌いなのと一緒にしないでほしいんですよ? 皆があの三人を嫌いなのは皆の都合じゃないですか? それも全てアタシの所為なんですか?」


 

 青沼さんは肩をすくめてため息をつく……まるで、アタシが間違ってるって言いたげに!


 確かに、アタシはあの子を無視し文句も言った。


 そしたら、勝手に皆が真似しだしたんだよ?


 それなのに、そんなことまでアタシが悪いって言うの?


 現にアタシは、いなくった殿城にだって教えてあげた『こんなのと一緒にいたら皆に嫌われちゃうよ?』って、そしたらアイツ折角教えたやったアタシに『キモイ』と言っただからアタシは無視してやる事にした。

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