顔⑧

 玄関の方から小さな音。


 アタシは恐る恐る玄関の方へ行って、お留守番の時につかう踏み台を使ってドアの外を覗く穴から外を見た。


 そこにいたのは、街灯の灯りの下にぼんやり立ってるあの変質者にそっくりな赤黒いニキビ面の脂肪の塊だった。


 





 「はっ! ぁあっ! はっ、は  !」



 汗が噴き出す。


 息が苦しい。


 嫌な夢。


 触られた感触が、吐きそうな匂いが、あの時の恐怖を甦らせる。


 

 なんとなくスマホを見れば、丁度0:00。



 真夜中。 


 変な時間に目が覚めた。


 

 

 「アイツの所為…嫌な事思い出すじゃない…」



 アタシは、もう一度寝ようと毛布の中にもぐる。


 汗が、べたついてパジャマが肌に張り付く。


 キモチワルイ。


 カユイ。


 ムカつく。


 もうそれが、体なのか外の事なのか分からない。


 

 寝よう。


 

 まだ、下の方でまだお父さんとお母さんが喧嘩をしている。


 離婚するとかしないとか。


 アタシの事なんて考えていない。


 なのに…何でアンタは…どうして?


 どうして?


 裏切りもの。


 アンタなんか大嫌い。










 朝、スマホのアラームで目が覚めて普通に顔を洗って朝ごはん食べて普通に登校して教室に入った。



 ざわっ。




 「?」


 ざわつく教室。


 いつもと様子が違う…?


 違和感を感じながら、アタシは自分の席に着いてすぐ先に登校していた春奈に声をかける。



 「春奈、なに? 何かあったの?」


 「…別に…」


 なんだかそっけない返事。


 いつもなら、ウザイくらいによってくるのに…?


 ふと、教師室を見回す。


 …誰一人、アタシと目を合わせようとしない…ただ一人こっちを睨んでいる石川だけを除いて。



 静かな教室で、息を殺すように一日をやり過ごしたアタシはみんなが帰るまで自分の席から動かない。


 今日一日。


 誰もアタシに話しかけなかった。


 誘拐されかけて、警察に話を聞かれて、聞きたいことがあるだろうにそれでも誰一人話しかけないなんておかしい。


 何故?


 だなんて野暮なことは言わない、こんな状況を作るには誰かが意図的に皆に圧力をかけているってことくらい簡単に予想がつく。


 そして、その犯人は隠れる気なんてさらさらないんだから。



 「石川、今日のコレはアンタの仕業?」


 ガランとした教室に残ったのは、アタシと石川だけ。


 「自分のやった事、少しくらい感じた?」


 「は?」


 「アンタがアイツにやったことはこんなもんじゃない…本当は、同じ目に合わせてから教えてやろうと思ったけどそんなことしている間にけんちーもゆっぽんもどんな目に合わされているか分かったもんじゃない!」


 「最悪…石川…あんた病院行ったほうが良いよ…『精神科』にね!」



 こんなのまともに相手してらんないと、教室を出ようと戸に手をかけた________バン!



 アタシの開こうとした戸に、勉強机の椅子が激しく叩きつけられる!



 「…っ、マジで?」


 投げつけられた…椅子を…この女!!


 大股5歩。


 アタシは石川の眼前に迫って、仕返しにビンタをお見舞いする!



 バチンと言う音と、床にバランスを崩す石川。



 は!


 アタシのビンタをなめんなよ!


 このビンタは、5年の時に春奈にいちゃもんつけてきた6年のヤンキー気取りの馬鹿女を一発で泣かしてやった威力がある!


 震えて詫びろ!




 が、床に這いつくばる石川は泣くどころか謝る気もないとギッとアタシを睨みつける!



 何コイツ?!



 「ちょっと、椅子投げるとか何考えてんの? ほら、さっさと謝んなさいよ!」


 「謝るのはお前だ…!」


 

 また、意味の解らない事を石川は言う…謝る?



 マジで何の話だよ!



 「早く…謝れ…! じゃなきゃ…ゆぽぉおおん…けんちー…ミカ…みか…どうしたら…」


 石川は、いなくなった二人の友達の名前をうわ言の様に呼びながらようやく泣き崩れる。


 大事な友達がいなくなった…それはとても寂しいし悲しい…気持ちは分る…けど、アタシが巻き込まれるいわれはない。


 

 普通なら、こんな面倒なヤツこのまま放置するところだけど椅子を投げられたとは言え流石に強くビンタしちゃったしなんでアタシに絡むのかきになってきた。



 「ねぇ、石川…謝るってなんの話? 誰に謝れって言ってんの?」



 それは、当然の疑問。



 泣きながら蹲る背中の震えが止まる。



 涙と鼻水をぬぐうのを忘れたきょとんとした顔が、信じられないものでも見るみたいにみあげて次の瞬間アタシに飛びかかってきた!




 「きゃぁあ!? いったっつ!! 何すの?! ちょ! マジでやめっつ!!」



 飛び掛かった石川に教室の床に押し倒されて、髪を思いっきり引っ張られる!



 ぶつっ!



 頭皮から激痛と嫌な音。



 石川の手に20本くらい毛束…いたッツ?!


 コイツ、アタシの髪を??


 

 「っこのぉおお!!」


 

 がしっつ!


 ぶちっちいっち!!!


 アタシは、石川の髪を捕まえて引き抜いてやる!



 「きゃぁあああ!!」


 悲鳴を上げた石川は、アタシの上から飛びのくけど逃がすか!!



 アタシが、飛びのいてけつまずいた石川の髪を掴んでさらに引き抜くと石川は泣き叫ぶ!



 「最初に仕掛けたのはお前だろ!! ふざけんな!」



 コンコン。



 石川の髪を引き抜くアタシの背後で戸が鳴る。



 「おーおー…餓鬼のキャットファイトもえげつねぇなぁ~…お前ら『傷害罪』とか『暴行罪』って言葉知ってるか?」


 いつの間にか開いていた戸にもたれかかるようにヘラヘラ笑って立っていたその人は、校長室であった少年課のあの『おっさん』たしか青沼さん。

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