顔⑦


 お母さんのなんの脈略のない話はうざいから『宿題して寝る』って、部屋のドアに鍵をかける。



 あんな事があって、今日はカテキョも無しだから宿題だけやって、歯を磨いて暗いとあの包帯男の事を思い出して怖いから灯りはつけっぱベッドに横になって毛布に包まって息を殺す。



 しんと静まる部屋。



 下の玄関が開く音…お父さん帰ってきた…早な…アタシが襲われたばっかりだからかな?


 しばらくして、お父さんとお母さんはいつものように喧嘩を始める。


 寝なきゃ。


 明日も学校なんだから。

 

 

 アタシは目をかたく閉じて耳を塞いで寝る…それがいつもの…いつものこと…。



 


 寝る寝る寝る寝る…そう念じれば、アタシは無理矢理にでも寝れる…そうこんな感じで…おちるみたいに。


 でも、そんなときに限ってみたくもない夢をみるんだ。







 『ともこちゃん!』



 幼稚園のお砂場。


 一人でいたアタシにその子は話しかける。



 『あそぼ!』


 その子とアタシはお友達。


 いつも一緒だった。


 いつも手をつないで。


 いつもお昼もとなりで。


 いつも。


 いつも。


 それは、小学校にあがっても変わらなった。


 一年生も同じクラス。


 二年生も同じクラス。


 三年生も同じクラス。


 いつも、二人で手をつないで登校して下校する。


 トモダチ。


  トモダチ。


 アタシのトモダチ。


 いつもそばにいてくれて、お父さんとお母さんが喧嘩する家のお話聞いてくれる。


 アタシのお話聞いてくれる。


 アタシと手を握ってくれる。


 アタシの事なんでも覚えていてくれる。



 トモダチ。


  トモダチ。


  

 ふくふくの手も。


 まん丸な顔も。


 ぽっこりしたお腹も。



 大好きだった。


 


 あんな事があるまでは。



 それは、いつもみたいにその子と手をつないでバイバイして家に入った日。



 いつもにこにこあの子にバイバイしてくれるお母さんが、帰ろうとするあの子を呼び止めて『もう、ウチの子と遊ばないでね』って言った。



 いきなりそう言われて、びっくりして動けなくなったあの子にお母さんは『もう、朝も迎えに来ないでね…バイバイ』てドアをバタンと閉じたの。



 アタシはびっくりして、『なんで! どうして!』って聞くとお母さんは『あの子は、犯罪者の子だからもう遊んじゃだめよ』って言う…意味が分からなかった。


 

 だからアタシは、お母さんに内緒でお家から離れた場所で待ち合わせしてあの子と学校に行った。



 『ともこちゃん、怒られない? 大丈夫?』って聞かれたけど『大丈夫』だからって言ったの。



 お家から離れていれば大丈夫。


 お母さんに見られなければ大丈夫。


 


 その日はお家に帰るのが嫌で、夕方になるまでその子と公園で遊んだ。



 バイバイしたら、もう遊べれなくなる気がして『もう帰ろうよ』って言ってくれたのに『ヤダ』って無理を言ったの。



 だから、これは当然アタシが悪かった。



 街灯しか照らしてくれない暗い道。



 アタシは、路地に連れ込まれて変質者に襲われた。



 臭い!


  クサイ!


 臭い! 


  クサイ!


 ぶくぶくの汚れた手が、アタシの体を触る。



 ニキビで膿だらけ赤黒い顔。


 ダンゴ鼻が近づいて、臭い口からべろって顔を舐める。



 怖くて。

  怖くて。

 怖くて。



 声が出ない。


 助けて!


 お父さん!


 お母さん!



 でも、こんな暗い路地になんて来てくれない。



 だから。



 ざくっつ!


 

 偶然触れたナニカ。


 アタシはそれを、覆いかぶさる臭い脂肪の塊の顔面に突き立てる!


 獣みたいな叫び声をあげた脂肪は、アタシを放り出してのたうち回った。



 通りすがりのランニングをしていた人が、その声を聞きつけけて警察を呼んでくれてアタシはやっと助かる事が出来た。


  


 それから警察の人に話をきかれて、病院に行った…『ご安心くださいお嬢さんに性交による裂傷とうはありません』ってお医者さんの言葉にお父さんもお母さんも泣いて喜んだ。



 病院からの帰り道。


 お母さんが、『少しの間、学校をお休みしましょう』って言った。


 アタシは、お母さんが泣いていたから『わかった』って答えたんだけど、それから何日も学校を休んだ気がする。



 その間、お母さんはどこかに沢山電話をかけていた気がするしお父さんも部屋に閉じこもるアタシに気味が悪いくらい優し声でしゃべっていた気がする。



 けど、アタシは早く学校に行きたかった…ううん、学校は休んでもいいけどあの子に会えないのがとても寂しかった。


 

 「帰りなさい!」



 暇で昼寝をしていたら、お母さんの怒鳴る声が下から聞こえて目が覚める。



 どうしたんだろうって、降りたらちょうどバタンってお母さんが玄関の戸を閉めた所。


 アタシが階段にいるの気が付いてないみたいで、そのままリビングへいく。


 「あの子は子供んだから関係はないじゃないか? 折角、ともこに会いに来てくれたんだろう…それにあの子の母親だってあの男の被害者じゃないか…」



 『ゆうきゅう』と言うので会社を休んでいたお父さんが、お母さんに言う。


  

 「いやよ! 許さない! 犯罪者の子なのよ!? 調べるまで何の犯罪なのか知らなかったわ! まさか…こんな! 知っていたらともこに近づけるなんて絶対しなかった! …こんなのともこが可哀そう…っ」



 お母さん泣いてる…?



 カタン。

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