顔⑥

 「ともこ」


 「なに!? もう日も暮れるし、アタシはもう帰んの!」


 「それ、ネタだよね?」


 「は?」


 春奈の顔が、引きつって『マジかよ…』と小さく呟く。


 「なに? アンタも早く帰るよ!」


 「…先、帰って…うちは…ちょっと用事あんの思い出したからさ…」


 

 急にぎごちない態度を取る春奈…変なの…なんだってんのよ?


 

 「あっそ、じゃあね!」



 アタシは、さっさと靴箱を後にし校門まで速足で歩く。


 ちっ!


 いつもなら金魚の糞みたいについてくるくせに…こんな時に限って一人で帰る羽目になるなんて!



 昨日の今日…なのに…。


 夕闇が迫る帰り道、アタシは脳裏に掠める黄色味がかった街灯に浮かぶ包帯男の顔を振り払らおうと思うけど頭から離れない!



 怖い!


 また襲われたらどうしようって、そればかりが頭をぐるぐるする…!


 意味わかんない!


 マジ、意味わかんない!


 なんでアタシがこんな目に合わなきゃなんないのよ!


 アタシが何したって!?


 謝るってなに?


 誰によ!


 どいつもこいつも馬鹿にしてんの??



 「ああ! もう! 何でこんなに日が暮れんの早いのよぉお!」


 アタシは、また後ろから包帯男に追いかけられているような気がして何度も振り返りながら走る。


 大丈夫。


 いない、いる訳ない!


 昨日の今日で警察にも通報してそれでまた襲ってくるわけない!


 大丈夫、ないない!


 怖くない!


 落ち着いて、今日はピアノ…ぁ休校だからない!


 

 何度も後ろを振り返る、うん、いない______ドン!


 「きゃぁあ!?」


 「っ、ぁ、ごめんなさっ!」


 いつもの角をトップスピードで曲がった瞬間、激しくぶつかって見事に尻もちをつく!



 「きゃぁあ! きゃぁあ!!」


 「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」



 薄暗くなった道に蹲るのは、それは良く見知った脂肪の塊。



 「なんだ…お前かよって、何すんのよ!」


 驚いて損した!


 つか、こんなのの前で叫んじゃった…恥ずかしい…!


 アタシが怒鳴ると、脂肪はいつものようにもぞもぞ怯える。


 キモイ。


 このキモイ脂肪とは幼稚園の頃からの顔見知りだけど、相変わらず見てるだけでイライラする。


 「…つか、アンタこんなとこで何してんの? アンタんちこっちじゃないでしょ?」


 「ぇ ぅ そ、それは…」


 ウジウジウジウジ。


 その脂ぎった前髪キモイ。


 パンパンにデブった脂肪が見ててキモイ。


 更にその不潔なニキビが見てるだけでウエッツってかん…ん?



 「ニキビ…減ってる?」


 「ぅ、うん…」


 それっきり会話が無くなる。


 何なんだよ?


 とんだ無駄話。


 おかげで、あっと言う間に日が暮れて…ジジジジパッ。


 頭上にある電柱の灯りがついて、不気味に脂肪とアタシを照らす。



 「じゃ…わ わたし これで…」


 「まて」


 アタシは、モゾッと逃げようとする脂肪を呼び止める。



 「…ついてきて…」


 「ぇ?」



 こんなのでもいないよりまし。




 …タッタッタッ…。



 すっかり暗くなった帰り道を脂肪と二人で縦に並んで歩く。


 普段ならこんなのと一緒に歩くとかないけど、もしかしたらって考えると1人は怖いから仕方ない。


 いざとなったら、囮くらいには使えるかもじゃない?


 「ぁ、あの…ともこちゃん」


 「…」


 背後からなにか言ってきたけど無視。


 何も答えないアタシの態度に、脂肪は黙り込んでとぼとぼついてくる。

 

 15分。


 そのくらいかかってようやくアタシの家が見えてきた。


 「ともこ!」


 家の門の前。


 お母さんが、アタシを見つけて手を振る。


 「ただいま…」


 「ともこ、遅かったじゃない! 昨日の今日なんだから心配させないで!」


 「ご、ごめん…ちょっと係の仕事片付けて…」


 「係? こんな時にそんなことをさせるなんて! 後ですみ子先生に抗議しなきゃ!」


 「お母さん。 すみ子先生は何日も休んでる…そんな事しなくていいよ」


 「あら? こんな事件が重なっている時に? 最近の若い先生って無責任ね~」


 明日にでも学校に電話しなきゃっと、言いながら門を開けたお母さんの視線がぼんやり突っ立っている脂肪に止まる。


 「あら? ともこ、あの子…」


 「え、そこであったから」


 「そ…あなたもさっさとお家に帰りなさい」


 お母さんにそう言われた脂肪は、ぎこちなくしながら暗い夜道をモソモソと引き返していく。


 

 パタン。


 ガチャ…。



 「ともこ…まだあの子と付き合ってたの?」


 玄関で靴を脱ぐアタシにお母さんがため息交じりに言う。



 「んなわけないよ…ほんと、道で会っただけだよ…」


 「そう…それならいいけど、『あんな子』と友達なんてしたらアナタの為にならないの分かるわね? なんたってあの子は…」


 「分かってるよ、お母さん。 何も知らなかった幼稚園の頃とは違うんだから!  ね、もういいでしょ? お腹空いた~今日カレー?」


 

 アタシは、『鞄おいてくるね』とさっさと二階の自分の部屋に上がる。



 うざい。



 アタシは鞄を置いて、手を洗って普通に晩御飯。


 カレー…。


 ブロッコリーのカレー…アタシこれ死ぬほど嫌いって何度言ってもお母さんは何度も出してくるからもう言うのを諦めた。


 「…聞いているの? ともこ!」


 「あー…うん」


 「まったく…成績が落ちてるんだから______それにあの子_____」


 「たまたまだって!」



 お母さんの主語の無い小言うざい。


 嫌いなブロッコリー咀嚼して飲んで、さっさとお風呂に入ってとっとと部屋に行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る