顔⑤

 それから暫く禿げ校長の微妙な慰めを小一時間聞聞かされた後、アタシはようやく教室に戻る事が出来たんだけど…。



 「あ!」


 「ともこ~」


 「警察の人来たんでしょ~どうだった?」


 「ねぇ! どんなこと話した?」



 アタシが教室に入るなり、クラスの皆が話を聞こうと群がる。



 「まて! まって…ね、ちゃんとはな_______」


 群がる烏合の衆の隙間、そいつは目の下にまっ青ざめた隈でアタシを睨む。



 「石川…」


 石川ミカ。


 アイツの家にプリントを持っていたばっかりにアタシは…!


 街灯にたらされたあの不気味な包帯の顔を思い出して、アタシは思わず身震いする。


 怖かった。


 殺されるんじゃないかと思って、本当に怖かった。


 それにアタシ…!

 

 腕に蘇る肉を刺した感触に、震えが止まらない!



 「おい…大丈夫かよ? ほら、お前ら散った散った! ともこ調子悪そうじゃん!」


 春奈が群がるクラスメイトを追い払う…たまには役に立つこともあるね。



 「…」


 注目を集めたのはいいけど、これとこれは別…また襲われるかもしれない…そう思うと。


 「春奈、アイツ…」


 「ん? 石川? ああ、ともこが出てってからちょっと遅れて登校してきたぜ?」


  

 キーンコーンカーンコーン。


  キーンコーンカーンコーン。


 

 ちょうど二時限目のチャイムが鳴って、みんながガタガタと席に着く。


 「ともこ、大丈夫か?」


 「…うん」


 春奈に手を引かれて席に着くアタシを、石川は睨む。



 は、何よ?


 アタシの脳裏に、昨日の石川の言葉が掠める…『謝れ』…確かにそう言っていた。


 一体何のことかよく分からないけど、石川はたしかそいつに月島とハーフの子が何かされたと言っていたよね?


 …警察にこの事言った方が良かったかな…さっきは、包帯男の事を喋るので頭がいっぱいだったなぁ…。


 教室に入ってきた高島先生に注意されて、ようやく石川が黒板を向く。


 

 「マジ何アイツ? 目とかヤバくね?」


 後ろの席の春奈が、アタシの肩をとんとん叩いてきた。


 「…なんだろうね? 後で話…聞いた方がいいかもね…」


 そう言ったら、春奈は黙り込んだ。




 放課後。


 アタシは、質問攻めからやっと逃れて屋上へ続く階段へ向かう。


 屋上は封鎖されていて、入れる訳じゃないからそこへ向かう階段に近寄る人なんていないからこういうとき本当に便利だ。



 「春奈」


 「おー来た来た~」



 屋上のドアの手前の踊り場角で春奈が手招をする隙間からアタシを睨む目…背の高い春奈に隠れて覗くのは呼び出しておいた『石川ミカ』だ。


 

 「なんで呼ばれたかわかる? 石川さん」


 アタシの問いに、石川はまるで幽霊みたいな青白い顔に青い隈の目をぎょろりとさせる。


 キモイ。


 普段の石川は、月島がいなきゃなーんにもできない無駄にテンションの高い残念な子って感じだったのに今はまるで違う。


 確かに、友達があんな消え方したらそりゃショックだったとは思うけどソレと事は別の話だ!



 「昨日といい、今日といい…なにその態度? ムカつくんですけど?」


 「…」


 「つか、昨日アタシがわざわざ家までプリント届けてやったのになにいちゃもんつけてくれてんの? 痣になったじゃん!」


アタシは腕をまくって、くっきり手の形に痣になった所を見せる。




 「わ、ひどっ! なにしてんだよ石川!」


 驚く春奈とは違って、この傷をつけた当の本人は顔色は青白いまま表情一つ変えない。


 それどころか、鼻を鳴らして視線をそらして…笑った?!



 「は?! 馬鹿にしてんのかよ!」


 「…ククク」


 「このっ…!」



 バシッ!


 ひっぱたいた石川が、踊り場の壁にぶつかる。



 「おい! ともこ! なぐんのは不味いって!」 


 まだヘラヘラと笑う石川をさらに殴ろうとしたアタシを春奈が止めるけど…収まらない!


 踊り場にへたり込んだ石川は、まだ笑ってる…まるでアイツと同じ…アタシを馬鹿にして…!


 「と、ともこ! 止めろ! 止めろって! お、おい! 石川、何だか知らねーけど早く謝れ!」


 アタシを抑える春奈が怒鳴るけど、石川はニヤニヤとしたまま…!


 「石川ぁ! マジでとこもに謝れって!」


 そらされていた視線が、カクンとアタシを見上げる。



 「…謝るのはミカじゃない…アンタだよ…」


 

 カスカスの声。


 まるで、何時間もカラオケで叫んだ後みたいな掠れた声がガラガラとアタシに言う。



 「はぁ!? 意味分かんねーし!」


 「なぁ、ともこ! もうこんなのほっとこうよ! ほら、なんか色々あって変なんだよ!」


 春奈はアタシを強引に石川から離して、一緒に階段を降りようとする!



 「…次はアンタだ…いや、これ以上ほかの誰かがやられる前にお前がやられるべきなんだ…」


 「はぁ?」


 「自分が謝る相手が誰だかホントに分かんないの? 誰の所為でこんな事が起こってるか気づかないの?」


 「マジで意味わかんない! キモイ、死ね!」


 

 キモイ…つか、薄気味悪いって感じ。


 アタシは、春奈を押しのけて階段を駆けおりる!


 「ともこ!」


 階段を駆け下りて、苛立ちながら靴箱へと向かうアタシの手をいきなり春奈が掴んだ!



 「なに!? 放して!」


 「…石川が言ってたのってマジかな…」


 不安気と言うか殆ど恐怖しているよに青ざめた春奈の顔…何?


 「…あんなのでまかせでしょ? マジに言ってたとしたら頭おかしいし、なんの事だかマジ意味不じゃん!」


 「ともこ…?」


 アタシは、掴む春奈の手を振り切ってさっさと自分の靴箱から靴を取り出す。

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