脚⑨
夕暮れ迫る空の下。
ボクとケントは、まるで今にもお化けが出そうな外観のボロ屋の前に並んで立つ。
「これ? アイツんち?」
「ああ、そうだ」
「今にも崩れそうじゃね?」
「安心しろ、中は清潔だ」
怪訝そうに眉を寄せるケントをしり目に、ボクは戸口に立ってインターホンを探して指を_______ガラッツ!
「え? 月島さん? …と、ローズウッド君?」
スライドした戸から怯えたように覗くのは見慣れた重度のニキビ面。
「二人ともどうしてうちに? って、月島さんその服…」
急な事に引きつった表情を浮かべていた彼女の表情がほころぶ。
「大切に着させてもらっているよ…」
ボクはふわりとターンして見せる。
彼女が縫ったドレスのようなワンピース。
裾が動きに合わせて広がって、足がスースーするのが気になるが…。
「…つーか、いつまでやってんだよ? 本題入れや」
3ターンほど回って見せるボクにケントが呆れたようにため息をつくと、じっと視線を足元に向けていた彼女がはっと顔を上げる。
「…急に訪ねてすまない…ボクらは君にどうしても聞きたいことがあるんだ」
「…聞きたい事?」
彼女はカクンと首をかしげる。
その姿に、ボクの胸が締め付けられるような息苦しさを感じ思わず目を背けてしまう。
「…いいよ、上がって」
「え?」
「私に話があるんでしょう? もう辺りも暗くなるし、蚊にさされるよ?」
「ぁ…ソレじゃ、お邪魔する…」
ボクは背後のケントをちらりとみる。
するとケントは、『マジか? どうする?』っとそんな目をして顔をしかめた。
「もちろん、ローズウッド君も上がって? 嫌じゃ無ければだけど…」
相変わらず、顔に掛かった長い髪の所為で彼女の細かな表情何て読み取れないが声の調子からしてケントまでついて来たことを怒ってはいないと推測できるだろう。
ガラガラ…。
「どうぞ」
そう、言ってスライドした戸の向こうは真っ暗だ。
「あ、ごめんね! 電気つけるね!」
きっとたじろいだボクらの事を気遣って彼女が、パチン、パチンと玄関と廊下の電気をつける。
「普通だな…かなり古いけどむしろキレイだ」
拍子抜けだと言いたげにケントが呟く。
玄関を潜り、廊下を通ってリビング…台所に通されたボクとケントは四人掛けテーブルに並んで腰かけ彼女が紅茶を入れるのを待っていた。
「な、言った通り外見はあれだが普通の家だろう?」
「…」
ケントは、まるで探るようにあたりを見回す。
カチャ…。
「…どうぞ、今日はアールグレイなんだけど…」
おずおずと差し出すティーセットからは、ふわりと立ち込める香。
「ありがとう…コレ」
ボクは持参していた手土産を彼女に渡す。
「わぁ…ありがとう! お皿に出すね!」
彼女はうきうきと戸棚から皿を取り出して、箱の中からケーキをとりわける。
「おい」
そんな様子を見ていたケントが、不意に彼女に声をかけた。
「ひゃっ?! え、はい?」
「便所どこだ?」
「と、トイレ?」
「早く教えろもれる」
「ええっと、廊下を出て_____」
彼女にトイレの場所を聞いたケントは、ぶすっとした顔でずかずかと廊下へと出て行った。
「ケントがすまないな…」
ボクは、乱暴に閉じた廊下への引き戸にビクッと肩を震わせた彼女に出来るだけ優しく話しかける。
「ううん…大丈夫…」
「…」
重苦しい沈黙。
余りの息苦しさに、ボクはティーカップの中身を一気に飲み干す。
…いつまでも黙っている訳にもいかない…。
せっかくケントが気を利かせて(?)二人きりにしてくれたんだ!
「コレ…」
ボクは持ってきていたポーチの中からソレを取り出す。
それは、この前ここで拾った小さなタブレットの錠剤だ。
「…これは君の物か?」
テーブルに置かれたそれを彼女は無表情に眺める。
「…なんでそんな事聞くの?」
「黙って答えてくれ」
じっと君を見るボクを君は見ようとしない。
「殿城と友彦…どこやった?」
「…」
俯ていた無表情な顔はゆっくりもたげ、がらんどうのような瞳でボクを見てほほ笑む。
「勉くんと同じこときくんだね」
ぽろっ。
ぽろ。
「どうして? 月島さんは_____と思ったのに」
顔に張りついた髪の隙間から覗く、小さな目が濡れる。
何てことだ…!
コレは自白。
彼女は殿城・友彦…そして勉に何かした…勉の憶測がケントの読みが当たった…いや、本当はボクだって気が付いていた…信じたくなかった。
それも含めてケントは…!
「彼らは何処にいる? 一体あの3人に何をした?」
「…」
「答えてくれ! 彼らの親も心配している…何かしただろう? ボクがその薬を拾ったのはこの床だ…それは友彦の痛み止めだなんだろう?」
「…」
まるで感情を失ったがらんどうが、ぼんやりとボクを見上げてくびをかしげる。
「友彦はここに来た…勉も…多分、殿城も…そうなんだろ?」
「…」
「…頼む…ボクらは友達だ、ボクは君が罪を犯したとしてもその関係を変えるつもりはない…」
しんと静まり返る台所。
ボクと彼女は向かい合ったまま、シンクに落ちる水の音と温かく広がる紅茶アールグレイに包まれる。
「…ほんと…?」
どの位そうしていただろう。
数分かそこらだったと思うが、あまりに長い静寂に彼女の震える声が嬉しそうに泣く。
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