脚⑧


 

 その日は随分と平凡で当たり障りない一日だった。


 勉がいなくなったと言う事を除けば、実に単純なルーチンワークだ。


 

 ボクも彼女もいつもと変わらない一日を送った。


 相変わらすの扱いも、彼女にとっては日常で、それを傍観するのもボクの日常。


 そして、彼女はとぼとぼ教室をでて家路につくのだ、



 放課後の隣のクラス。


 「ケント」


 ガランと間の抜けた教室の窓際の席に、今や学年最高の長身の持ち主となったケントが机に肘をつきじっとボクを見返す。


 「勉がいなくなったって?」


 「ああ、らしいね」


 ため息は『それだけかよ?』と言いたげにボクを見る。


 「ケント…まだ彼女を疑うか?」


 ボクの問いに、ケントはため息をもう一度。


 「なんでお前は疑わないんだよ?」


 「彼女にはそうする理由が無い」


 「それはダチとしてそう思うのか?」


 「いいや、調べた状況証拠と彼女の人柄からの確信だ」


 「へぇ、それを聞いて安心したぜ」


 ケントはそう言うと、机の中ならノートを取り出し座ったままボクに突き出した。



 それは、どこにでもあるような普通のノート。


 但し、その表にはマジックの太文字で『ゴキブリ監視日誌』とでかでかと書かれている。



 う…悪化している。



 あれ程こちらに任せろと言ったのに…信用はされていなかった…いや、彼の望む答えの出せなかったという一点に置いてはそれは正しかったと言えるな。



 「…まぁ、勉ははあの後も奴の監視を続けていた…ついでにお前の行動もな」


 「?!」



 ボクは慌ててノートをめくる!


 

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 ×月◎日


 月島、ケント、ミカ


 解散後、気になったので後をつける。


 ケント、ミカ


 月島とT字路で別れる。


 ゴキブリが現れた。


 ゴキブリが電柱の影から見てた。


 月島、ゴキブリと接触。


 そのままゴキブリの自宅へ。


 月島が出て来るまで監視。


 月島が出てきた。


 服を着替えている。


 馬鹿みたいな服だ。


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 その後のページにもびっしりと、乱れた文字が記載されている…。




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 ×月▽日


 ケントから月島がゴキブリの家で薬を拾ったと聞いた。


 間違いない!

 

 絶対友彦の痛み止めだ!


 月島はなぜそれを俺に知らせなかったのかミカに問い詰めた。


 …信じられない…。


 許さない。


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 ×月◆日


 放課後、ケントに会う。


 俺はケントに思っている事、調べた事、全部話してこのノートを預ける。


 もう、月島には任せられない。


 俺がゴキブリを問い詰める。


 ぶん殴ってでも吐かせる。


 絶対に友彦を見つける。


 もしこれをケントが読むような事があれば、きっと俺に何かあったんだ。


 ケント、ゴキブリはまじでヤバい奴だ!


 あんな危ない脂ぎった豚女をこれ以上のさばらせておけない!


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 「…狂ってる…」


 こんなのまともじゃない…!


 「そう思うか?」


 ケントはじっとボクを見る。



 「お前は、そう思っているのか?」



 ケントは頷く。



 「少なくとも勉は奴に会いに行っていなくなった」


 「…」


 「状況証拠、勉の失踪…疑う余地はあるだろう?」


 「…」


 「ダチだから見逃すとかないよな? お前はそんな奴じゃない」



 トモダチ。


 トモダチ。


 ボクのトモダチ…。



 「…ああ…その通りだ、ボクは彼女の友人として疑いを晴らすために全力をつくす!」


 ボクの言葉にケントが呆れたようにため息とついて、フッと笑う。


 「はは…それでこそ、ゆっぽんだ」


 それは、いつもの見慣れた笑顔のはずなのになぜだ…妙な気持になる。


 ボクは胸が熱くなるような苦しいようなおかしな感情を押し殺し、目の前の問題に集中する事にした。


 「今日、彼女の家を訪ねる」


 「そうか、俺も行く…ミカは今日ピアノらしいから二人で行こう」


 「いや、ボク一人で____」


 「駄目だ、何かあたらどうする!」


 ケントの手がボクの腕を掴む。

 

 食い込む指が痛い…それだけ彼女を疑っていると言う事か…。


 「分かった、それでお前の期が済むなら一緒に行こう…彼女は気を悪くするかもしれないけどな」


 「奴の気なんぞ知るか! 兎に角一人は駄目だ、お前は自分が思ってるよりも結構やらかすタイプなんだから自覚しろ…」



 本人を目の前にこうもはっきり言うか!


 失礼な奴だな!


 …いや、だから有難いのだ。


 ボクに向かってこんなにもはっきりと物を言う者などケントやミカ以外いない。


 父も母も使用人たちもボクにはまるで腫れもの扱うようによそよそしい…それはきっと、仕事で長期間家を空けるうしろめたさからなのかもしれないが…孤独だった。


 だから彼女にも、ボクとは違う孤独をもつ彼女にも…。



 「どうした?」


 「いや、彼女の家に行く前に自宅に寄りたい」


 「ああ、準備は大事だもんな…いいんじゃね? つか、なんか取に行くのか?」


 「ふっ…分かってないなケント、こんな時は身なりを整えるのが常識だろう?」


 「?」


 今日は、大切な友人の家を訪ねるのだから。


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