脚⑦
「…私あの子の為ならなんでもしようと思うし一緒に居ればこうやって変わっていける気がするの!」
彼女は、今までにないくらいほほ笑む。
「そうか…それは良い友人だね…」
「うん…とても…だって…あの子は私の傑作になれるもの」
え?
「可愛い胴をみつけた、腕も見つけた、まだ足りないけれど、あの子にふさわしい脚も…」
んん?
「着せてあげるドレスももう少しで仕上がる…」
彼女の恍惚とした顔になんだか嫌な予感がする…まさか、『トモダチ』とは人じゃない?
胴・腕・脚…ドレス…。
それらの言葉からボクの脳裏に浮かんだのは叔母の家にあるアンティークのビスクドールだ。
ビスクドールとは、陶器などを材料にした関節なども人並みに稼動する精巧な着せ替え人形のようなものだったと記憶している。
ああ…もしかしなくても彼女の言うその『トモダチ』とはその類の人形である可能性が高…いや…そうだろうな…。
何という事だ…彼女は現実から逃避するためにその年で人形遊びをしているのか?
それもかなり重症とみた。
「そうか…それが君の『トモダチ』か…」
…キモチワルイ…。
ボクは改めて思う。
人の趣味にをとやかく言うべきではない…分かっている。
世の中にはいろんな人がいて、それこそ今や性別も多様で容姿も体形も違う。
人は、それぞれその違いや考え方を対話などを通して受け入れる事が出来なくても尊重し理解を示し円滑に対人関係を形成すべきだ。
それが、理想だ。
けど、今この場でボクが彼女に抱いた感情もまた考え方の一つ。
だから、仮にも彼女に『ヒミツノトモダチ』だなどと期待を持たせたボクは友人としてこの気持ちを伝えるべきだろう。
「キモチワルイ」
彼女の表情が凍り付く。
「止めろよそんなの…キモチワルイ」
そのまま彼女に賛同して、上辺を取り繕うのは簡単だけれどこんな状態の友人を放置できるほどボクは優しくはない!
「キモチワルイ…君はそうしてこんな薄暗い家でそんなものとお話ごっこをしているのか?」
彼女の髪の隙間からのぞく小さな目に涙が伝う。
「どうして…月島さんも…なの?」
それはとても悲し気な震えた蚊の鳴くような声。
きっと、今の彼女の目にはボクがクラスの連中と同じに見えているのだろう…実に不愉快だがここで手を抜くわけにはいかない!
「よく考えるんだ、君のそれは人じゃないだろ? 語り掛けても何も返さないものに…いいや、妄想の中の都合のよい事しか返さないものなど『トモダチ』とは言わないそれは只の_____」
ブブブブ!
突如、ボクのポケットのスマホが震える…爺やか。
着信を強制的に切って時間を確認する…18:30…心配性め!
視線をあげれば、彼女はついにテーブルに顔を伏せ肩を震わせる。
まいったな…勘違いされたままとは頂けないが、早く帰らねば爺やに外出禁止を喰らってしまう…そうなれば本件の捜査に影響が出てしまう…仕方ない。
「ああ、もうこんな時間だ…今日は帰らせてもらう」
がたっと席を立ち、ボクは振り向かず家の玄関から外にでる。
外は夕日が紅く燃えるようだ。
取りあえず爺やに『今から帰る』とメールを打ちボクは足早に歩き出した。
西村勉がいなくなった。
登校するなり駆け寄ってきたミカにがボクにそう言った。
「は?」
「だから、昨日から家に帰ってないんだって! 昨日家に勉のお母さんが電話して来て『勉きてませんか?』って! クラスのみんなに掛かってきたみたいなの! ゆっぽんの家は…あ、メイドさんが取っちゃったのかもね…」
可能性は高い…その程度の電話ならわざわざボクには報告はしなさそうだ。
「今朝まで戻ってないのか?」
「わかんない…朝、登校したらクラス中この話だったから」
「そうか…」
勉がいなくなった。
もし確定なら…これでこのクラスからの失踪者が3人という事になる。
一体どうなってるんだ?
「ねぇ…ホントにあの子って何もしてないの?」
ミカが、小声で耳打ちしながら視線をちらりとあちらへ素早く動かす。
そこには、大きな体を小さく丸めながら俯き窮屈そうに席に着く彼女の姿。
はた目にもどこか具合でも悪そうに見えるその姿は、より一層もじもじとしていて見ている方は心地よくはない。
まぁ、そんなに気落ちさせたのはほかでもないボクなのだけれど。
「ミカ…それは余りにも逃避し過ぎだぞ?」
肩をすくめるボクをミカがじっと見上げる。
「ゆっぽん、放課後。 けんちーのとこ行って」
「え?」
「多分最後に勉に会ったのけんちーなの」
「何だと?」
「昨日の放課後、けんちー勉に会ったんだって、それでね怒ってたんだよ…ゆっぽんがあの子と友達して自分の言った事なんか全然守ってないんだって」
バレた。
…勉がもう少し落ち着いて、完全に彼女の疑いを晴らす根拠を確認したら刺激しない様にゆっくりと進めていきたかったのに…。
「けんちーさ…」
「? なんだ?」
キーンコーン
カーンコーン
チャイムがなると同時に教室の戸が開き、担任のすみ子先生がいつにも増して死人のような顔を青ざめさせて入ってきた。
「さ、授業が始まる…放課後だな? わかった」
「あ、うん…」
ミカは自分の席へ戻る途中、彼女の席の横を通過する…睨む目。
それは、彼女に向けた普段ボクに向けるのとは違う明らかに侮蔑を込めた目。
ミカがあんな目をするなんて。
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