脚⑥




 「いや、まて! 脚を怪我していた友彦がそれを押してまで彼女の家に行く意味はなんだ?」


 

 友彦は彼女を庇ったせいで教室内での立場が悪くなった。


 それは同じクラスであるボク自信が目の当たりにした事で、そんな友彦と彼女の関係性を考えてみても自宅を訪ねるなんてまずあり得ないだろう。


 「自分の立場を危うくさせた相手の家を訪ねるなんて______」


 「あり得るさ…友彦はすげー良い奴だからな」


 ケントは眼光鋭をくさせボクをじろりと見たが、すぐに視線を落とした。



 「前に、友彦がバスケ部でこのクラスの事を愚痴ってた事がある…くだらねぇ遊びが流行ってるてな」


 「…」

 

 友彦が彼女の家を訪ねた。


 もしもそれが事実だとしたら、ボクはこの場にいない友彦に尊敬の念を抱く。


 ボクには無理だ。


 とてもじゃないがクラスで孤立した状態になってまで彼女の家を訪ねるなんて出来ない。


 「でもでも! それ、けんちーの推理でしょ? まだホントかはわかんないよね?」


 ミカが、カクンと首をかしげながらケントを見上げた。


 「ああ、そうだ…コレは俺の集めた情報からの推測でしかないウラは取れてねーよ…だから」

 

 ケントが、ぽんっとボクの肩に手を乗せる。


 「後は、ゆっぽんの腕次第だろ?」


 「はぁ?」


 「俺も、もっと情報を調べとくから行って来いよ『ヒミツノトモダチ』さんよw」


 ケントは、小ばかにしたようにヘラっと笑う。


 「まて! ボクと彼女は!」


 「トモダチなんだろ? じゃ、疑い晴らせよ?」


 ケントはひらひらと手を振りながらさっさと教室を出て行ってしまった。



 「あ~あ~…けんちー怒っちゃったぁ~」



 ミカが、あ~あ~っとはやし立てる。


 ケント…どうしてそんなに怒っているんだ?


 

 「ミカ、ボクまたやからしたんだろうか?」


 「けんちーは、ゆっぽんに危ない事してほしくないんだよ? いつもいつも心配してるんだよ? なんでだと思う?」

 

 「さぁ? 危ない事と言われても思い当たる節はないし、心配されるような…と言うか心配するにしても怒り出す意味がボクには理解できないが?」


 ボクの問いに、ミカはげんなりとすると『ゆっぽんって、頭いいのにそゆとこ抜けてるよね…けんちー苦労するね』と言ってため息をついた。


 き、気まずい…。



 放課後、『ともこ』の監視を掻い潜り、ほぼ無理やり彼女に接触したボクは『第一席ヒミツノトモダチのお茶会』と銘打ってちゃっかり…というか無理矢理に彼女の自宅に押し掛けていた。



 もちろん、それはケントに言われたと言うか吹っ掛けられた『彼女の疑いを晴らせ』と言うミッションを完遂するためである。



 こぽこぽこぽ…。



 よく開いた茶葉の良い香りが簡素で小さなテーブルの上から立ち込める。



 「どうぞ…ダージリンなんだけど…」


 「ああ、いただこう」



 ごくり。


 素晴らしい…爺やとまではいかないがその年でこんな設備も乏しい中でここまで入れられればたいしたものだ。



 「ごめんね、今日はおやつの準備が…」


 「いや、気を使わないでくれ! 急に押し掛けたボクが悪い!」



 それっきり、ボクと彼女は黙り込み互いに机の上のティーポッドを挟んで向かい合う。



 …参った。


 よく考えてみても、彼女とボクに共通の話題何てない。


 「ええ…と、今日はどうしたのかな?」


 長い沈黙をやぶったのは、彼女だった。


 「ぇ…あ、それは…」


 ボクは思わず言葉を詰まらせる…なんと説明すればいいのか『やぁ! 君、殿城と友彦に何かしたかい?』とか聞けるはずもない。


 苦し紛れとは言え、ボクは彼女に自分からトモダチになろうと言ったのだ…『疑っている』など口にできない…!



 「無理しなくていいんだよ? 私をかまったら月島さんクラスで無視されちゃうよ? …ゆうちゃんや友彦君みたいに…」


 「?!」


 ボクは一瞬呼吸をするのを忘れた…だって、まさか彼女の口からあの二人の名前が出るなんて!


 「月島さんも同じクラスなんだから私があそこで…その…あまりよくない立場なの分かるでしょ?」


彼女は、はっきりとした口調でそう言って俯く…彼女は理解していたのか…自分の立場を…分かった上でソレに流されているのか…!


 「ボクには君が何を考えているのかわからないな…」


 「え?」


 「だってそうだろう? ボクは君がこんなにしゃべれるなんて、こんなにお茶を入れるのが上手いなんて、あんなに服を縫うのが得意だなんて知らなかった」


 …だからこそ純粋に納得がいかない。


 「君はどうして、そのまま『ともこ』のされるがままになっているんだ? ボクには君がその立場で甘んじている事が理解できない…」


 この数日、彼女の様子を監視しこのように近距離で関われば関わるほど分からない。


 確かに彼女のみた目は以前と変わらず重傷ニキビに不衛生を感じさせる程に肥満でヘアスタイルも呪い人形のように重苦しく顔を隠すほどのものではあるが、見た目だけで判断されあのような扱いを受けるならそれはもっと怒るべきなのだ!


 「…嬉しい…そんな事言って貰えるなんて…」


 俯いた頭は、うれしそうにそう言って顔を上げた。


 「でもね、私がこんな風に人と話せるようになったのも声を出せるようになったのもつい最近からなんだよ…」


 微笑む口元と、長い前髪から少し見えるニキビだらけの赤黒い頬が少し濡れる。


 「私が変われたのは『トモダチ』のお蔭…あの子が傍にいてくれたから今の私があるの…」


 「友達…」


 ボクの知る限り、彼女に『友達』と呼べる存在はいない…殿城も友彦も結果としては友人とは呼べないだろう…ボクが知らないだけで友人がいるのか?

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