腕④
キーンコーン
カーンコーン
始業のチャイムがなって、ガラッと教室の戸が開いて入ってくる…ああ、そうか今日は来たんだ。
入ってきたのは、青白い顔の女教師。
このクラスの担任、倉根すみ子(くらねすみこ)。
俺達生徒と倉根先生とは、実に一週間ぶりの再会だ。
すみ子先生は、憔悴しきった様子でそのまま出席を取り始めた。
おいおい、この状況で出席とかかなりシュールだろ??
あまりの事に俺は突っ立たままの俺に勉が『すわれよ』って…おいこれマジでおかしくねぇ?
多分、いや、確実にすみ子先生はいなくなった殿城の事でそんなゾンビみてーな状態なんだと思うけど流石にコレは…!
「…はい」
そうこうしている間にゴキブリの名前が呼ばれたが、奴も奴で普通に返事してっし!
つか、なんで誰も突っ込まない??
ぼそぼそとクラス全員の出席取り終えたすみ子先生は、ようやくゴキブリが突っ立っていることに気付いたがその表情は驚くでもなく深くため息をつく。
「せんせっ…わた」
「何してるの…机がないなら探しなさい」
何事か言おうとしたゴキブリを遮るぴしゃりとした声は、『もううんざり』だと背を向け黒板に文字をかく。
くすくす。
くすくす。
教室がせせら笑う。
ありえねぇ…これは流石にありえねぇ…!
ゴキブリは少し固まってしたが、重そうな足をぼてぼてしながらガラッと教室を出て行く。
出てった。
ゴキブリが出てった。
机隠されたのに…なのに怒られた?
なのに誰も何も言わないで授業は進んでく…?
「友彦! 何してんだよ? 座れよ…」
立ち尽くす俺に、勉が言う。
ああ…そうだな…それがこのクラスでは当たり前だ。
ガタン。
「え、ぉい?」
席になどつかずいきなり歩き出した俺に、勉が慌てその様子にクラスがざわめく。
「せんせ~俺足がマジでクソ痛いんで保健室いっていっすか~? つーか行きますね~?」
すみ子先生の返答なんてきかずに、俺は出来るだけさっさと教室を出ようとした。
「友彦くん、一人で大丈夫? あたしが連れてってあげるよ!」
ともこが立ちふさがる。
誰もが認める可愛い顔。
それが、にっこり微笑んで手を差し伸べる。
その笑顔は、有無を言わせない…けど。
「…大丈夫、自分で行くからお前はちゃんと授業うけろって」
俺は、その手を避けそばをひょこひょこすり抜け出て行く。
がらっ、ぱたん。
背後で教室の戸が閉まった。
はは、やっちまったよ。
ともこに逆らってやった。
かつ。
かつ。
かつ。
俺は、ぎこちなく松葉杖をついて静まり返った廊下を進む。
無論、保健室になど向かってはいない。
これじゃあ、殿城の二の舞になるのは間違いないよな…全く俺としたことが本当にらしくない事をしている。
ひょこひょこ階段を下りて、ある場所へ向かう。
多分そこで間違いないだろう…なにせゴキブリはそこで上履きを燃やされた事がある。
「いた…」
片方だけの靴を履き、回り込んだ校舎の裏。
ゴミを燃やす焼却炉の前に立ちつくす見慣れたずんぐりとした背中。
本来、火をつけるのは用務員さんがいる時と決まっているはずなのに焼却炉の煙突からはもうもうと煙が上がる。
遅かったっか…いや、此処に机を運ばせた直後には火をつけたと思うから…。
「おい…」
「?!」
背後からの声に、ゴキブリはびっくっとからだを震わせゆっくりと振り向いた。
「……とも、ひこく ん?」
その顔は、ひきつり怯える。
無理もない。
ゴキブリにとっちゃ、クラスの人間なんて自分に危害を加える恐ろしい存在でしかない。
「机はあきらめろ、予備なら体育館の備品倉庫にある」
「…?」
ゴキブリは、ポカンとした顔で俺を見る。
「本当だ…俺、ここ最近背が一気に伸びたから机が合わなくなって備品倉庫から大きいのと交代してもらった…」
「ど…うして…?」
どうして教えてくれるのか?
不審そうに眉をひ初めたゴキブリは、一歩下がって俺をじっと見た。
だよな。
今まで、ただ傍観していたクラスメイトの言葉なんて一切信用されるはずも無い。
「…昨日の礼…家まで送ってくれて…だから…」
「…」
う…どうしよう、じぃいっとこっちを見てくるゴキブリを目の前にして『ありがとう』を言うタイミングが合わん!
「…ちっ、ついて来いよ! 机無いと困んだろ!!」
「…」
なんだかバツが悪くなった俺は思わず背を向けて声を荒げてしまうが、ゴキブリは何とかついて来てくれているみたいだ。
俺は、のろのろとした速さだったけどなんとか体育館へゴキブリを案内する事が出来た。
どうやら、体育館は他のクラスの授業中らしくバスケットボールをドリブルする音が聞こえる。
「すいませーん!」
俺は、息を切らせながら体育館のスライドドアをなんとかこじ開けて首を突っ込んだ。
中では、1組と2組が合同でバスケをしていた。
みんなゲームに夢中で俺の声には気が付いていないらしい…しょうがないな…。
「すんませーん!」
「ん? どうした? んん? 友彦じゃないか?」
背後から声。
俺は突っ込んだ首を引っ込めて、名前を読んだ声の方に振り向く。
「ぁ…高島コー…センセ…」
背後に立っていたのは、1組の担任の高島先生。
高島先生は、俺の所属するバスケ部のコーチで部活の時は『コーチ』と呼ぶことになっていたのでよく学校でも呼び間違えてしまう。
高島先生は、角刈りにジャージと言ったラフな格好で出欠用の黒いファイルでパタパタと自分を仰ぎながら授業中なのにこんな所にいる俺とゴキブリを見て眉間に皺を寄せる。
「お前ら、授業はどうしたんだ? サボりか?」
「ち、違います…あの、コイツの机が無くなったんで倉庫から貰えないかなって…」
俺の言葉に更に高島先生の眉間の皺が深くなる。
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