腕②

 「何見てるの?」


 「別に」


 「そう、ならいいんだけど…殿城さんどうしたんだろうね? とっても心配…」



 ともこが、わざとらしく皆に聞こえるように言うと周りの連中はざわざわと口々に殿城を心配するセリフを重ねる。



 それはまるで、学芸会の演劇のような教育テレビでやっているような嘘くさい学園ドラマのようでキモイ。


 「ね、友彦くんもそう思うでしょ?」


 色白の頬をほんのりピンクに染めて、眉を下げながらともこが言ってきて俺は背中が痒いような不愉快な気分になる…ああ…確かこういう嘘くさいの何て言うんだっけ?


 前に、兄貴が言ってたな…。



 あ…多分、『白々しい』って言うんだ確か。



 「友彦くぅん?」


 引きつったように造られた笑顔が、俺に自分が気に入るセリフを言えと強要して釣り上がる。


 「ああ、本当に心配だね。 ともこが一番仲が良かったっけ? 殿城どこに行っちゃったんだろうな? 気ぃ落とすなよ」


 ぽんっと、ともこの肩を叩いてにっこり笑って見せてやった。


 さ、こんな感じでいかがですか?


 ともこは満足そうに『大丈夫』と言って、他へと見回りに行った。 


 例えるならここは鶏小屋。


 狭い檻の中で一日の大半を過ごす鶏は、ストレスを群れの中で一番弱い個体に向けて発散する。


 弱い個体がいなくなれば次に弱い個体へと連鎖していく。


 一時的にその対象は殿城へと移ったが、行方知らずになった事でその役目は本来の人物へと戻される事だろう。


 少し可哀そうにも思うが、殿城みたく巻き込まれるのはごめんだからな…。


 ま、俺はいつのと変わらず何もせず当たり障りなく傍観するとしようじゃないか。


 うろちょろしていた勉が戻ってきて、そこらへんで集めた殿城のある事無い事のはっきりしない噂を俺にこそこそ報告する。


 「女子から聞いたんだけどさ、殿城の奴あのゴキブリと友達やめるってさわいでたらしいぜ?」


 「そりゃそうだろ? あんなにやられりゃ…」


 「でさ、殿城がいなくなったのってあのゴキブリの所為じゃないかって話!」



 くだらねぇ…取り敢えずスルーしておく。



 さーって。


 もうすぐ一時間目の終わりだ。


 次の授業は体育なんだが…まさかこれも自習とかにならないよな?


 今日はバスケなんだマジで楽しみにしてんだからな!




 二時限目。




 体育は無事に授業を行った。



 体育館でバスケ。


 先生の代わりに来た教頭に見守られながら、俺達はバスケをする!


 俺はバスケは得意だ!

 

 だって、バスケ部だし自慢じゃないが俺は学年で一番背高いから誰もこのドリブルを止められない!


 部活と違ってシュート打ち放題なところが体育の授業の良いところだ!


 

 それは、3ゲームくらいして他のチームが試合を始めたころ。



 「みなさん、先生は少し職員室へ行ってきます。 すぐに他の先生が来ますので体育館から出ないように」


 それだけ言い残すと、教頭は足早に出て行ってしまった。


 

 あ、ヤバいな。


 それは、このクラスの誰もが思った事だろう。


 『先生』がいなくなると、すっとまるで空気が冷たくなるみたいにその場の雰囲気が重苦しくなる…少なくとも俺はいつもそう思っていた。


 「あーあーまただぜ? 飽きねぇなー」


 俺の隣で、暑いと言いながら体育着の上着をばたばたさせていた勉が顎でしゃくって向こうにめくばせる。


 

 ああ、いつもの後景だな。


 ゴキブリが踏みつけれれたそれだけだ。



 ともことその仲間たちが、バスケットゴールの隅にゴキブリを追い詰めて何かしてる。


 先生が何も言えないのを良い事に、最近じゃ人目をはばからない…今日は流石に教頭には警戒したっぽいけどやる事はいつもと変わらない…いや、酷くなたか?



 女子共は、かわるがわるゴキブリを囲む。


 その姿は実に楽しそうだ。


 「げ、蹴り? 流石にやばくね?」


 勉は言うが、そのケツは根っこでも生えたみたいに座り込んだままだ。



 「次、ゲームだ」


 「ああ」


 既に見慣れた光景。


 俺は、また次の順番が回ってきたのでそのままバスケをする。


 誰も、とめないし。


 誰も、見ないし。


 誰も、関わりたいくなし。




 『普通』そうだろ?



 ふつーに、何事もないみたいに授業して。


 ふつーに、給食食べて。


 ふつーに、帰って。


 ふつーに、して何が悪い?



 世の中じゃ『虐め』がばれたとき、周りの人間も悪いみたいに言うやついるけど俺から言わせれば自分になんのかかわりもない奴を助けるリスクを負ってまで平穏無事な普通を手放す奴なんているのかって聞きたいね。


 そして、俺にとって何事もなく平穏無事に学校が終わり掃除もして家の近い勉と一緒に帰る帰り道。



 「あ…宿題忘れたわ」


 ふと俺は、明日算数の時間に当てられてるってのにその問題の乗った宿題を机の中に忘れたのを思い出した。



 「はぁ? マジかよ? だっせー」


 

 俺は、ぎゃはははと爆笑する勉の頭をこずいてから急いで学校へと引き返す!


 ああ、くっそ~ついてない!


 もう家も目前だったのに、引き返す事になるとは!


 明日、算数で当てられるんじゃなきゃこのまま忘れた事にしても良かったけどそうも行かない!



 俺は、夕暮れの通学路から脇に入っていつも近道に使ってる路地に入ってダッシュで走る。


 っち、あの角をまがったれば近道_________!


 

 狭い路地から勢いよく通学路に飛び出した俺の耳にクラクション。



 とらっく?


 そう認識した時にはもう眼前に_______ガクン。



 いきなり掴まれた腕。


 俺はものすごい力で真後ろに引っ張られた!




 きぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいい!!



 耳を塞ぎたくなるような甲高い急ブレーキ。


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