腕①

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 腕♪


  腕♪


 すらっとして、もちもち♪


 広い手の平♪


 桜色の爪♪


 いつまで見てても飽きないの♪



 ああ、早く欲しい♪


  早くあなたにつけてあげたい♪

 

 

 きれいな赤い糸で縫いつけて♪



  二人で手をつないで♪



 あの裏山で金魚草の花びらを爪にぬってあげる♪


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 「あいつマジでキメェよな!」


 俺のすぐ隣の席の勉が、アイツに聞こえるように大声で言った。


 「なぁ? 友彦も思わねぇ? あのニキビ絶対顔とか洗ってないだろって感じだよな~」


 お前もニキビ面じゃねーか?


 と、思わず突っ込みくれたくなったが面倒くさいのでやめた。


 

 「…先生だ、席つけよ勉」


 「おおマジ?」



 ガラッと教室の戸が開いて、担任が…と思いきや入ってきたのはハゲの教頭だ。


 先生はどうしたんだろう?



 「あ~みんな席につきなさい」


 剥げ散らかした頭から噴き出す汗をふきふきする教頭の顔色は何処かくらい…何かあったのか?


 クラスの皆もその微妙な空気を感じて、いつもよりささっと席に着く。


 

 「ぁ~はい…みなさんにお知らせがあります…」


 教頭は、吹き出す汗を拭き続けながら大きく息を吸った。


 「皆さんのクラスの『殿城ゆう』さんが、土曜日からお家に帰っていません。 今、警察の方があちこち探していますが誰か心当たりのある人はいませんか? どんな些細なことでも構いません」


 教頭の言葉に教室がどよめく!


 殿城ゆう。


 と、言えばつい最近転校してきた奴で確か…初日から…。


 皆がざわめく中、俺はちらりとそちらを見る。



 転校初日でアイツに絡んだ殿城は、ともこに目をつけられて徹底的にやられた。


 俺の知る限りじゃ、あの二人が友達のようにしていたのはほんの一週間も無かっただろう。


 酷く腫れあがって赤黒くなったアイツの横顔は、はっきり言って汚いし太って膨れた体は臭そうだけどどうだからと言ってクラスをあげて『いじめ』ていい訳じゃない。


 そんな事は、みんな知ってる。


 だけど、今更やめたなんて言えばともこに目をつけられて殿城のように酷い目にあうのは明白だしなによりだれもアイツの事なんか好きじゃないからそこまでしないだろう。


 だって、面倒じゃないか?


 特に興味のないどころかキモイと思っているような奴助けて、自分が酷い目に合うなんて馬鹿げてるだろ?



 「君!」


 ざわめく教室に、教頭の声が響いて一瞬皆がしんと静まる。


 「君だよ君! 確か君の家は殿城ゆうさんの家と近かったよね? 見なかったかい?」


 教頭は真っ直ぐアイツを見て言った。

 

 「…いいえ」


 

 アイツは言った。


 ソレと同時に、少しだけ教室がどよめく。


 「私は殿城さんと会っていません」


 はっきりと、言った。


 いつもの蚊の鳴くような声とはと違う、教壇までよく通る声で。


 コイツこんな声なんだ…初めて聴いたな…。


 普段のコイツを知らない教頭は、そんな事には気にも留めず『そうですか…君と殿城さんは友達だそうだね…何か気が付いたら教えてください』と、それだけ言って一限目は自習と黒板に書いて教室を出て行ってしまった。



 ざわざわ!

  ざわざわざわ!



 教頭のハゲ頭のシルエットが遠ざかると、教室は一気に騒めく。


 それこそ心配だとか、どこどこで殿城を見たとか、憶測や注目を集めたいやつらが好き勝手に話をする。


 「大丈夫かな、殿城さん…」


 これ見よがしにともこが言うと、周りの取り巻きが口々に同じことを繰り返す。


 うわぁ…つい最近まで殿城をいじめぬいてた奴らがよく言うよな…そのメンタルある意味尊敬するぜ…。


 俺はふと気になって、アイツを見た。


 …いつの通りニキビ面を隠すように下を向いている。

  ぶくぶくに太った体を丸めて、てかてかの黒く長い髪で赤黒く腫れたニキビ面を隠してもそもそ動く。


 キモっ。


 見ているだけで嫌悪感しかわかない。


 はっきり言って、アイツが皆に嫌われるのも無理ないと思うぜ?


 別にニキビ面でも太っていても、同じように目をつけられた殿城は少なくとも他のクラスメイトには嫌われてなかったし俺の喋ったけど気持ち悪くはなかった。


 大体、かにも苛めてくださいと言わんばかりにうじうじしたり体が汚かったり服だって毎日同じようなものを着て来なければ少しはましだと思うし、何か言いたいくせに蚊の鳴くみたく小さな声しか出さないのはいらいらする。


 つか、さっきみたく普通に声だせんじゃんよ!


 俺が、もそもそ動くアイツをぼんやり眺めていると不意にとんとんと肩を叩かれた。


 「どうしたの? 友彦くん」


 いかにも私可愛いんですって、ぶりぶりの乙女声が背後から馴れなれしく俺に話しかける。


 ともこだ。


 振り向くと、このクラスの支配者であるその女子はワザとらしく眉を下げて『突然いなくなったクラスメイトを心配する委員長』を演じていた。

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