胴⑤




 カランカラン…。



 『どうぞ』と言われて入ったソコは、薄暗いけどなんだかとってもいい匂いがする…。 


 「今、明かりをつけますのでお待ちを」


 パチッっと、音がしてオレンジのキノコの形をした擦りガラスのランプがぼんやりとお店の中を照らす。




 「どうぞ、こちらのカウンターへ…」



 カウンターの中に入った包帯さんが、手招きする。


 古い感じのL字のカウンター…こういうの何だっけ?


 レトロっていうのかな…ほかにもぼんやりだけど奥の方に同じような木でできた二人くらいが座れるテーブルが3っつくらい…とてもこじんまりとしていているお店だ…。



 コトリ。


 カウンターに座った私の前に花柄のティーカップと同じ花柄のお皿にクッキーが2枚。


 「どうぞ、カモミールティーにヘーゼルナッツのクッキーでございます…温かいうちに」


 雨ですっかり体が冷たくなっていた私は、ティーカップに口をつける。



 「あったかい…」


 ごくりと飲んだそれは、喉を通り過ぎてお腹の中で広がて鼻の中でとてもいい匂い…。



 ぽたっ。

   ぽたっ。


 ああ、温かくなったらまた涙がでてきちゃう…。


 「お辛かったですね…」


 「ふっ…うぁ…」


 

 包帯さんの包帯の手が私の頭をそっと撫でる。


 「どうしてかな…どうして誰も私の側にいてくれないんだろう…お爺ちゃんもお婆ちゃんもママも学校の皆も…ゆうちゃん…ゆうちゃん…」




 トモダチ。

  トモダチ。


 私のトモダチ。




 「いなくなっちゃたぁ…」



 「いなくなったのならまた新しく友人を作ればよろしいのでは?」



 私の頭を撫でてくれた手がすっと、離れる。



 新しいトモダチ…を作る…でも…!



 「もういや…だって、また、ゆうちゃんみたいになっちゃうもん! きっと、私から離れて…また、一人になるのは…もう…いやぁ…!」


 「でも、お寂しいのでしょう?」



 寂しい…寂しいよ…!



 「貴女様を見ていると、昔、お世話していた『お嬢様』の事を思い出します…」


 包帯さんは、すっかり冷えてしまったカップのお茶を取り換えながら言う。


 「わたくしがこの国に参ります前、とある元伯爵家でシェフとして勤めておりましてそのころ…そうですね、お嬢様は貴女様より少し年下だったでしょうか…その方はお父上の方針で生まれてから一度も屋敷の外になど出た事などなく毎日孤独に過ごされていました…」


 「…ずっと一人で…?」


 「お父上はお仕事で殆ど屋敷には…まぁ、使用人などはおりましたがお嬢様の心はいつも孤独に満ちておりました」



 包帯さんが『冷めてしまいますよ』と言うので、私は紅茶を飲みながら話を聞く。



 「そんなお嬢様に、旦那様はある贈り物をしました…まぁ、それは強いていうならペットのようなものでしたが屋敷に来た当初は全くもって心を閉ざし牙を剥き食事もとらず衰弱していくばかりでそりゃぁ見れたもんじゃありません…」


 「…そのペットは死んでしまったの?」


 思わず聞いた私に、包帯さんは首を振る。


 「いいえ、お嬢様は嫌がるソレに食事をさせ排泄から洗浄に加え教育に至るまで全てを与え愛しみました…その結果、今もあの屋敷でソレと二人暮らしております」


 「…でも、それはペットの話でしょう?」


 「まぁ、確かにそうですが…」



 少し困ったように首をかしげる包帯さん…でも私はそのお嬢様とペットがすごく羨ましく思った。


 だって、誰にも邪魔されないで大好きなペットと二人だけでずっと過ごすことが出来るなんて…もし、そう言う事が私にも…。


 ううん…だめ…。


 だって、家はそんなお金持ちじゃないし学校もあるんだからずっとこもりっぱなしなんて出来ない…そんな事したらママに迷惑がかかるもの…。



 ぐきゅるるるる…。


 その時、急に私のお腹が…ああ…こんな時でもお腹が空くなんて…。


 「どうぞ、クッキーも召し上がって下さい」


 包帯さんはすっとクッキーのお皿を押して、『お嬢様もそのクッキーがお好きだったんですよ』と言う。


 「じゃぁ…ぁっ!」


 

 ぽろっ。


 掴んだクッキーが真っ二つに割れて、片割れがが床に落ちる。


 あ、いけない!


 私はひょいと、カウンターの椅子から降りて床のクッキーを拾おうと手を_____!?



 「きゃっ! ぎゃあああ!!」


 「どうされました?」


 「手! 手が!!」


 クッキーの隣、ほぼ暗い床に人間の手が…手首から上だけ落ちてる!!

 

 叫んだ私は、尻もちをつきながら後ずさりしてそこを指さす!


 

 「ああ、これですか…」


 カウンターから回り込んできた包帯さんは、かがむとそれを拾ってカウンターにおいて『よく見てください』と言った。


 「…作り物…?」


 「はい、球体関節人形…これはビスクドールのパーツです」


 包帯さんは、包帯の手にちょこんと乗せてランプの光に近づける。



 「ほら、人間の物より小さいでしょう?」


 ほんとだ…すごく本物っぽく見えるけど赤ちゃんの手よりも小さい。

 

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