胴④
朝起きて、家のドアを開けたらその子が立ってた。
「あ、やっと! 急げよ遅刻すんよ?」
いきなり腕を掴まれて、引きずるみたいに引っ張られる。
ホントに呼びに来た…どうして?
学校への道、その子はずっと私になにか喋っていたけど…何も聞こえない…
!
だって!
この子は分かっているの?
ともこちゃん達にあんな事言って、きっとひどい目に合う事になるのに!
「…でさでさ~ウチが…なに? 顔ヤバいけどどうした?」
校門の前。
私は、いつもよりもお腹が痛くなる…だって…!
動けなくなった私の手がぎゅってされてる。
「ビビんな! ウチも一緒だ負けんな!」
一緒…?
今、この子は「一緒」と言ったの?
私なんかと一緒に居てくれるの?
「…ど して?」
「だって、ウチあんなん嫌いだし! …それに、もう『友達』じゃん!」
ぷくぷくのほっぺがにぃってした。
トモダチ?
そんなの今までいた事なんてない。
「トモダチ…?」
「そ!」
トモダチ。
トモダチ。
私の
トモダチ。
❖❖❖
その日から私と『ゆうちゃん』は、二人で皆に嫌われた。
黒豚と白豚。
それが私とゆうちゃんのあだ名。
靴を隠されるのも、教科書をビリビリにされるもの、二人一緒。
辛いことも、悲しい事も、痛い事も、二人一緒。
今までずっと一人だったから、何でも二人の今はとても楽しい。
トモダチって素敵!
トモダチがいれば、どんなに悲しくてもどんなに辛くても大丈夫。
トモダチがいれば、真っ暗なあの家も、寂しい教室も、まるで違う。
ゆうちゃん。
ゆうちゃん。
ずっとトモダチ_______。
「もう、一緒に帰るのやめよ」
金曜日の学校帰り、ゆうちゃんが言った。
「…え? また、ともこちゃん達に何かされた? 別れて帰った方がいいの?」
「ちがう」
ゆうちゃんの顔は、背中の夕日の逆光で良く見えないけど声が震えてるのが分かる。
「…なに…?」
「全部やめよ! 一緒に学校行くのも、移動教室も、トイレも全部! …こうやって話すもの…!」
ゆうちゃんが泣いた。
「もう、耐えられないよ…」
どうして?
そう聞いたらゆうちゃんは、ドン! って私を突き飛ばした!
「アンタと一緒にいて、良い事なんて一つも無かった! もういや! うんざりなんだよ!」
まっ黒な顔が怒鳴ってる。
「ゆうちゃん?」
「ウチ…このまま中学行くなんてヤダ…! 中学まで虐められるなんて絶対ヤダ!」
ぶんぶん首を振って、ゆうちゃんは泣く。
「…友達やめる」
「え…?」
「アンタと一緒に居たらウチもダメになる…携帯の番号とメールのアドレス消すから」
「ゆうちゃん!」
そう言って、ゆうちゃんは私を置いて走って行ってしまった。
ぁ…。
私、また一人になっちゃんだ…。
暑い夕日が沈んで、あたりが紫になるころ、私はやっと気が付いた。
ゆうちゃんが今までずっと無理してた事、ずっと我慢してた事。
もう、トモダチじゃなくなった事。
また、一人になった事。
ぽた。
ぽた。
ひどいよ…。
また一人ぼっちにするなら、どうしてこんな幸せ教えたの?
「ひどいよ…」
そう言っても、もう誰も私の話を聞いてくれない。
日が沈んで、真っ暗になって、私は自分が歩いている事に気が付いた。
いつもなら、ゆうちゃんとおしゃべりしてあっと言う間に家だったのに今日はどんなに歩いてもたどり着けない。
あれ?
私、どうやって家に帰っていたんだろう?
この角を曲がったけ?
それともあの道を渡ったっけ?
目がぼやけてよくわからない…私は一人の時どうやって時間を過ごしていたんだろう?
くるしい。
悲しい。
寂しいよ…ゆうちゃん…。
トモダチ。
トモダチ。
いなければ知らなかったのに。
いなければ気づかなかったのに。
「さびしぃよぉ…」
ふやけた目から、もう痛いのに涙が止まらない。
「おや? どうしましたか?」
ジッジジジ…。
暗い道のぽつんとある街頭の下で蹲ってた私の目に入ってきた茶色の革靴が、低いけれどとても優しそうな声でそう聞いた。
「トモダチがいなくなったの」
「おや? 迷子ですか?」
「ううん…もう、トモダチをしないと言われたの」
「それはそれは…大変ですねぇ…」
踵がコツコツと鳴る。
ぽたっ。
「おや? 雨のようですね…」
コンクリートにしみこむ雨の粒を見ていた私の目にすっと、手が差し出される。
でも、その手は指の先まで包帯が巻かれていて…。
「わたくし、この近くでカフェを営んでおりまして…もし宜しければ雨が止むまでいかがですか?」
「…私…おかね…」
「いいえ、本日お代は結構でございます」
そう言ったその顔は、表情も分からないくらい包帯でグルグル巻き…。
怖い。
ついたり消えたりする街灯に照らされる包帯にすっぽり巻かれた顔は、まるでこの前ゆうちゃんとみた映画にでてくるゾンビみたい…。
きっと、今日の朝までの私なら悲鳴をあげて逃げていたかもしれない…けれど…。
気が付いたら私は、差し出された包帯の手を掴んでいた。
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