胴③



 どこまでついてくるんだろう?



 学校かずっと、その子は私の側で並んであるく。


 今日転校してきたその子。


 ともこちゃん達に『キモイ』って言った子。


 私と同じくらい太ってる子。


 …私に話しかけた子。



 「ねぇ」


 その子が急に喋ったから、私はビクッてする。


 「どこまでついてくんの?」



 それは私のセリフだよ?



 「ウチの家そこなんだけど? なに? 上がってく?」


 白くて柔らかそうな丸い手から生える指が、私の家の隣のアパートを指さす。


 「…わ たし、の、家こっち」


 私も指さす。


 「へ? お隣さんか~! びっくりした~」


 その子は、なんだかほっとしたみたいに言う…そうだよね…私みたいのがずっとついてきてるって気持ち悪いものね。


 「…さよなら」


 私がそう言ったら、その子は変な顔をする。


 「『さよなら』なんて寂しいじゃん、もっと別な言い方しなよ?」


 「…?」


 「さよならってなんか、一生の別れって感じしない? もっとさ、明日さ学校一緒いくんだから『バイバイ』とか『また明日』とかにしなよ…寂しいよ」



 明日?


 

 「一緒に…? がっこ? なんで?」


 「わっ! 何それ~傷つく~…」



 その子は、オーバーにがっかりって感じに動作する。


 なんだかテレビの人みたい。



 「…と、に、か、く! 約束! 呼びに行くから!」


 そう言ってその子は、だだだだってアパートの階段を上て二階の角の部屋に入ってく。



 「……」



 変な子。



 私は、あの子の家のドアが閉まるのをみてから自分の家に入った。


 私の家。


 アパートでは無くて平屋建てだけど、すごく古くてボロボロ。


 床もシロアリに食べられて柔らかくなっているし、畳もけば立って窓ガラスも割れているから板を打ち付けてあって家の中は昼間でも電気をつけないと何も見えない。


 「…帰ったの?」


 ママが言う。


 この家にはママと暮らしてる…事になってる。


 「お金ここに置いておくから」


 冷蔵庫に磁石でお金。


 「じゃ、ママ行くから」


 玄関の私を横切ってママが出てく。


 「…」


 出てこうとしたママと目が合って、ママが足を止めて振り向いた。


 「なぁあに? 死にたくなった?」



 ママがにっこり言う。







 『自殺するなら練炭がいいのよ』





 それがママの口癖。


 

 『死にたくなったら言いなさい、ママの睡眠薬をあげるわ。 それを飲み干したら眠くなる前に練炭に火をつけるの…そうすれば眠るように死ねるわ』


 とてもにっこり綺麗な笑顔で言う。


 


 ママは、よくテレビでやってるみたいな子供に酷いことをする人じゃない。


 ちゃんとお金が無くなる頃にはちゃんと帰ってきて、ちゃんと私の為にお金を置いて行ってくれる。


 学校のお金も。

 

 この家の電気やガスのお金もちゃんと銀行とかで払ってる。


 私と一緒に住まないのは、お仕事がしたいのと一緒に居ると死にたくなるからだって言ってた。


 『貴女を見ていると思い出したくない事を思い出すから』


 三年生の最後のお正月、ママはそう言って私をぎゅーってしてから出て行ってそれかずっとたまに来てお金を置くようになった。


 いっぱいお金はくれるから食べるのには困らないけど、私はママに会いたくて半分は自分の部屋の押し入れにかくしてたまに電話する。


 「…ううん…まだ死にたくないよ…」


 そう言ったらママは、『あら残念』と言った。



 『死にたいと思ったらいつでも電話してね』



 ママは、いつもの綺麗な笑顔で笑ってバタンと出て行ってしまった。


 

 しんとなる家。


 私はいつものように靴を脱いで、床の固い所を踏んで台所へいく。


 まだ、ラーメンが残ってた気がする。


 鍋にお水を入れて、火にかける。


 その間、私は鞄から教科書をだして机に広げて破かれたりしたのをセロテープで直す…ああ…そう言えば今日は体育着もびりびりね…。


 ほかにも、ママの部屋とお爺ちゃん部屋に物置とお婆ちゃんの仏壇の部屋があるけれど、私は一人だからトイレとお風呂以外は台所で寝起きしている。



 ガタガタ…。


 私は食器棚の引き出しの所から、針と糸を出した。


 「縫わなきゃ…」


 白い筈の体育着は、運動場の土がよく刷り込まれてまっ茶色だから白い糸が目立っちゃう…これは仮縫いだけして布が裂けないように押し洗いして…漂白剤を入れて…乾いたら本縫いをしないと…。


 「…綺麗な体育着はこれで最後だったのに…ごめんね」


 私が持ち主でなければこんな目に合わなかったのにね…可哀そうに、痛かったでしょう?



 「…大丈夫…汚れを落としたら、ちゃんと縫ってあげる…」



 私は、針と糸で大まかに仮縫いしてお風呂場にもっていってたらいに入れておく。


 後でお風呂の時に一緒に洗おう…ああ…そう言えばほかにも縫わなきゃいけないものがあったな…。



 その日は、ラーメンを食べてお風呂に入って本とノートをセロテープで直したら縫物をしていつもみたいに台所の床に布団を敷いて寝る。



 いつもの通り、変わらない真っ暗な天井。


 生ごみの匂い。



 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ…。


 

 家じゅうを食べるシロアリの音。


 何もかもいつもの通り。



 「でも…今日はいつもと少し違うこと…あった…」



 あの子。


 私の手を引いた子。


 明日、呼びに来るって…言ってた。


 「どうして?」


 なんであの子はこんな事をするんだろう?



 ともこちゃんが言ってたみたいに、面白いおもちゃでもみつけたって事かな?


 そんなことを考えていたらすぐに眠くなった。


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