胴②


 

 「学校案内してよ!」


 放課後その子が言った。


 「…」


 「なんで? やなの?」


 「……」


 なんで私に言うんだろ?


 早く学校から出たいのに。


 こんなに汚くてクサイのに、気持ち悪くないのかな?


 「殿城さん」


 ぽんぽんって、肩を叩いて呼ぶ声に私は目をそらして下を向く。



 「アタシらが案内するよ…そいつは…ちょっと…ねぇ?」


 コワイ!

  コワイ!

 ごめんなさい! 

   ごめんなさい!!


 「だれ? アンタ?」


 「山下ともこ、委員長やってるの。 よろしくね殿城さん」


 きれいな声。


 人気者で。


 クラスで一番かわいくて。


 テストもいつも一番で委員長のともこちゃん。



 「ほら、こんなのに構ってたら仲間だと思われるよ? 一緒に行こ?」



 ともこちゃんは、きっと可愛い顔でにっこり笑ってる。


 くすくすくすくす周りのみんなんも笑ってる。


 ともこちゃんの言う事はこのクラスでは絶対なの。


 『カワイイは正義』


 ともこちゃんは言う。


 だから、きっと、わたしにみたいなニキビでぶはきっと『悪』。

 

 醜い化け物は、綺麗でカワイイには敵わない。


 誰も、化け物の言葉なんて聞かない。


 上履きを隠されても、本やノートを破られても誰も信じてくれない。


 『カワイイは正義』


 正義の味方の言葉はたとえ間違っていても正しい。


 ううん…きっと、間違ってるのはわたしみたいな存在なんだ。


 「なんでコイツはそんなに嫌われてるわけ?」


 その子はともこちゃんに聞く。


 「え? どう見たってキモイしクサイじゃない?」


 「なんで?」


 「髪なんてぼさぼさで腕と足の毛とかぼーぼーで顔はニキビでだらけだしあんなに出来るって絶対に3日は風呂に入ってないしデブだから油みたいなオナラみたいにクサイ匂いがするじゃん!」


 ともこちゃんがそう言うとみんな笑った。


 「だからこっちおいでよ、殿城さん…こんなのと一緒にいたら皆に嫌われちゃうよ?」



 ともこちゃんが、その子の手を取ってひっぱる。



 うん。


 そうしたほうがいいよ…私と一緒になんかいない方が良い。



 久しぶりに声をかけてくれてありがとう。


 もう、本当にそれだけで嬉しかったから…。


 「は? キモイ」


 俯いて目をつぶってたらそう聞こえた。


 「でしょ? じゃ、行こうか? 明日、音楽の授業があるから音楽室からあんないしようか?」


 ともこちゃんが言うと、他の子の足音が離れていく。


 ふう。


 コレでやっと私も帰れる。


 そう思って顔を上げたら目の前には、あの子のまん丸い背中。


 「は? だからキモイって!」


 その子は背を向けたまま言う。


 そんなの分かってるのに、二回も言わなくていいのに…。


 

 「ね、もう行こう! コイツらキモイって!」


 そう言って、言ったの、振り向いて、振り向いたの。


 「行こうよ、ほら!」


 腕を掴んだ。


 私の。



 「え、ちょっと! 話聞いてた!?」


 慌てるともこちゃん。


 驚くみんな。


 「お前が話し聞いてるか? キモイって言ったんだけど?」


 その子はそういうと、私をひぱって立たせた。


 「鞄もったら? それとも教科書置いてく派?」


 「……!」


 私は首を振る…教室になんておいていったらすぐにぐちゃぐちゃにされるから教科書や上履きは毎日持って帰るから…。


 「もった? 行くよ!」


 「…?」



 その子は手を引いて教室を出ようとする。


 ざわざわするみんな。



 「いい子ぶってんじゃねーよ!」


 ともこちゃんが怒鳴った。


 「は? いい子ぶる? 良いじゃんべつに? 良いことして何が悪い? つか、マジでこんな事やってんの馬鹿じゃない?」


 ざわっとしてみんなの息がとまったみたいにしんとなる。


 「あんたも、黙ってないで何とか言え! だから舐められるんだ!」


 「……」



 どうして?


 どうしてこんな事するの?


 やめてよ!


 そっとしておいて!



 「…覚えてな…明日からお前ら二人無視してやる…!」



 ともこちゃんの怖い目が、私とその子を睨みつける…ああそんな!


 私だけなら馴れてるからいいの、いまさらだもん…だけど…!


 「あー好きにすれば? ウチもお前らみたいなのとかかわり合いになりたくないし? ばいばーい!」



 ぐいっと、手を引かれて教室をでた。


 後ろでともこちゃんが『ムカつく!』って叫んでみんなざわざわが戻った…けどどんどん遠ざかっていく。



 それは、引きずられるみたいに廊下を小走りさせられてるから。



 「あー久々に胸糞だっつーの! 今日はもう帰ろっ!」


 そのまま靴箱まで一気にいく。


 「ほら、さっさと靴…て無いの??」


 無くなってた。


 三日に一度、私の靴はなくなるけど…。


 私は、すぐ傍の消火器の側のゴミ箱にいって蓋をあける…よかった、今日は簡単な場所。


 「マジで? いろいろ通り越してウケる…」


 顔は笑ってないけどその子は言った。


 私はゴミ箱で中に詰め込まれたごみを落として、その子を横切て靴を履いて速足で歩く。


 「は? ちょ、待てや!」


 慌ててその子も自分の靴をはいて追いかけてくる。


 「礼くらい言いな!」


 肩掴まれた。


 「……………放して……よごれちゃう…」


 「はぁ!? ウチがきたないっての?!」



 ものすごく怖い顔。


 あ、間違えた!


 「ごめんなさい…違う…きたないの…わ たし…あなたの手よごれちゃう…」


 「へ…?」


 その子は細い目をまん丸にして固まった。

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