白十輪

 今日はスイカの種飛ばしをえんがわでしました。そうたろうもスイカがおいしかったみたいです。

 お父さんが来年になったら池に蛍が来るかもしれないと言っていました。蛍ってきらきらしててきれいなんだって。美咲も見れたらいいな。

 種飛ばしの優勝者はお母さんでした。畑の方まで飛んでったので、もしかしたら、そのうちおうちでもスイカが採れるかもしれません。

 お母さんが園芸の本を読んで育てるとはり切ってました。おいしいスイカができるといいな。 


 夜にきつねさんに蛍のことを聞いたら青いふわふわした火を見せてくれました。

 蛍に似てるって言ってました。

 きつねさんの火は触っても熱くありませんでした。

 きつねさんって不思議だなと思いました。

  




「すいか割り! 美咲が絶対一番だよ!!」


「わからないわよ。康介さんの方が上手いかもしれないわ」


「絶対美咲だよ!」


 美咲は譲らない。スイカの種を植えてから毎年恒例のやり取りであった。縁側の下で木桶につけられて美咲の頭よりも大きなスイカが冷やされている。

 三代がサンダルを脱ぎ捨てるとその桶の中に足を入れた。

 はぁ、と息を吐きだしている姿に康介が笑う。

 白い足先で蹴りだされた水が康介の足にかかった。


「でも、残念だったね、スイカ」


「やっぱり肥料が足りなかったのかしら?」


 その声は大真面目だ。なぜスイカができなかったのか本気で議論するつもりらしい。庭をスイカ畑にされても困るなと思い、康介は緩く笑うしかなかった。

 美咲が颯太郎と庭を駆け回っている。その姿は竹林の方へと見えなくなった。

 三代の足先がまた水を蹴って、痛いくらいに冷えた水を康介にかける。

 自分の顔にまで飛んできたらしいそれを拭うと、ぽつりと口を開いた。


「でも、四百円でスイカは買えるわ」


 しかも、スーパーの安売りコーナーで。と康介が付け加える。

 三代が汗で張り付いた髪の毛を頭を振って揺らした。


「そんなものなのよ」


「ポジティブだね」


 康介が緩く頷いていた。

 暑さで色のついた頬を彼が撫でる。三代の手が、康介の項を拭っていった。

 タッタッタッ、という足音を聞いて二人が顔を上げた。颯太郎を後ろに従えた美咲が、どこから拾ってきたのか木の枝を振り回しながら近づいてくる。 


「おかーさん!」


 その顔は閃きに満ちている。今日はどんな思い付きだろうか。

 美咲の体を受け止めた三代が、彼女の汗でびしゃびしゃのおでこを拭いてやる。この家に越してきた時よりも身長の伸びた彼女の体が逞しいように思えた。

 息を整えた美咲がニッコリと笑う。


「颯太郎にもスイカあげていい?」


「一口だけよ。お腹壊すといけないから」


「わかった!」


 三代が颯太郎の鼻を触ってから言えば、美咲はこれ以上ないくらいに頷く。


「颯太郎もスイカ食べられるってー!!」


 と嬉しそうに叫びながらまた竹林の方へと走り出してしまう。池の周りは涼しいに違いなかった。

 康介が美咲に「転ばないようにね」と声をかけるが、伝わっていたかどうかは分からない。

 風が吹いて、庭のものすべてを揺らした。畑や、庭の雑草や、芙蓉の木や、竹林や、生垣や、三代も、康介も。

 そう強くもない風だったが、乱れた髪を手櫛で直す三代に康介が言う。  


「今年の花壇もよくできたね」


「畑もいい感じよ」


 白い手が畑の方を指さした。去年よりもそのスペースを広げたが、どうやら手入れは行き届いているようであった。実っているらしいものも多く、夏の顔をした者たちが揺れている。

 考えれば、今朝食べたトマトや、ナスの煮びたしもきっとこの畑から採れたものだろう。


「明日美咲ときゅうりを収穫するの」


「楽しそうだな。私も参加したい」


「じゃあ、康介さんはトマトの収穫係ね」


 楽しそうな話から仲間外れにされて、康介が少しすねたようにする。それに三代は笑った。仲間外れにしているつもりはないのに、一緒にいる時間が違うだけで、こんなにも関係性が違ってくるのが面白い。

 揺れている野菜たちを指で追いかけて、三代が呟いた。


「パプリカももうちょっとで収穫できるし……あとは美咲がピーマン嫌いを治してくれればねぇ」


「でも小さい頃って基本的に苦いもの嫌いじゃない? 無理に好き嫌い無くしても……」


「今食べてくれなきゃ嫌なのよ」


「我儘だなぁ」


 と康介が首を横に振った。

 この家に越してきてよかったかと問われれば、康介は自信をもって頷けるだろう。

 隣に座る三代の横顔を見る。

 咲き乱れて毎日花を落とす芙蓉の木が、風に吹かれて揺れていた。連日の快晴で木は去年よりも一回りも大きくなっている。社が埋まる前に剪定しなければと康介は思っていた。

 その光景を見るのも四回目であった。

 夏が過ぎていく。

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