白九輪
今日は大じけんが起きました。
美咲のやねうら部屋にカマキリの赤ちゃんがいっぱい遊びに来てました。
床にも、天井にも、カベにも。いっぱい。カマキリの赤ちゃんって、とうめいっぽい白なんだね。初めて知りました。
やねうら部屋から家の中にぼうけんしたのもいたみたいで、お母さんが大さわぎしてました。お母さんがカマキリが苦手なんて初めて知りました。きつねさんは大笑いしてました。
窓を開けていっぱいにがしたんだけど、まだにげきってないやつがいるみたいです。宝箱からまだまだたくさん出てきます。
なぜだかお父さんにしかられました。
木の枝についたちゃ色いものは家に持ちかえったらダメなんだって。
若いころは荷物が少ないのが自慢であったはずなのに、この段ボールの山は何だろうか、と三代は首を傾げた。決して広くはない自室にいは、砦のように段ボールが積み上げられていた。腰の高さほどの段ボールの上には美咲が置いたのか犬の人形が鎮座している。
どうやら彼女は彼女で新居を楽しんでいるらしかった。
無駄に生きているだけでも荷物は増える。
荷解きが大変だ、と三代がため息をついた。
自分の足元にあるものを引き寄せてガムテープをはがす。随分重いと思えば、中身はほとんどが本だった。よくよく見れば側面に美咲のつたない字で本と書いてある。
あたりを見回せば、三分の二ほどの箱に本と書かれていた。
「もう使いやしないのに。捨てちゃえばよかったわ」
そう呆れたように独りごちるが、捨てようと思えばその大半が捨てられないものなのだろう。
段ボールから全部掘り起こして、表紙を眺める。古書店でも見ないような古い本だったが、それは三代が彼女の母から譲り受けたものだった。数少ない母との思い出である。
美咲が欲しがるならあげてしまえばいいという気持ちがあった。
それと同時に、美咲はこんな面白みもない実用書など読まないだろうと思う心もある。
出した本を大きさ順に床に重ねる。
三代は自分の娘に寂しい思いをさせてないだろうか、と考えた。自分は寂しい子供だった。母もなく、父もなく、周りにいたのは家の手伝いに来ていたよそよそしい大人たちだけだ。風の強い夜に怖くても一人で眠った。障子の向こうで踊る木の影が身長の高い化け物に見えたものだ。
畳の上にだらりと寝転がる。廊下を挟んでその先に手入れのされていない広い庭が見えた。
大きな芙蓉の木が青い葉を茂らせている。何年の間そこに突っ立っているのだろうか、太い枝はちょっとやそっとでは折れそうにない。その陰に隠れるようにしてある小さな社に白い狐の姿を三代は見た。
九本の狐の尾が人の手のように手招きをしていた。
「変なものが憑いてきたわ」
視線が天井に映る。木の木目がじっと三代を見つめている気がした。
いい家だ。康介と吟味に吟味を重ねただけある。
三代は昔から平屋に住んでみたかった。この年にして叶うとも思っていなかった夢がようやくかなった。
平和で何もない田舎町にある古い家である。
ここで美咲の心配事もすこしは減ってくれるとありがたい。
玄関先で物音がする。誰かが走り去る音もだ。
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