白八輪

 金魚を池に放すために、池の掃除をしました。

 池の中に落ちてたごみを取ったり、草むしりをしたりしました。

 飲み物のゴミとか、ペットボトルとか、ポテトチップスの袋とか、いろんなものが捨てられてました。わざとあの池の中に入れたのなら、ひどいことするなって思います。

 池の中から小さいお地蔵さんも出てきました。お父さんとお母さんがとても困ってました。

 でも、一番おどろいたのは池にカエルさんがいたことでした。どこから来たのかなぁ。

 きつねさんがカエルさんのことねらってたけど、今度はそうたろうがきつねさんのことねらっていて面白かったです。

 きつねさんあわてて池に落ちてました。 




 人の気配を感じて、三代が後ろを振り返った。だが、人の姿はない。

 首を傾げて手元に視線を戻そうとしたが、扉のそばの影がゆらりと揺れたのが見えた。

 彼女がにやりと笑う。

 そして、演技がかった声で言った。


「あーあ、忙しいなぁ。可愛い妖精さんがお手伝いに来てくれないかしらぁ……」


 はぁ、と扉の向こうにまで聞こえるようなため息まですればもう完璧だ。あの子はうずうずして飛び出してくるに違いない。

 時計を見やれば三時前だ。颯太郎とお昼寝をさせていたのだが、お腹がすいて起きてきたようだった。それか、怖いものでも見たのだろう。

 扉の向こうで気配がソワソワと動いているのが手に取るようにわかる。吹き出しそうになるのを我慢しながら、三代が手元に目を落とした。

 今度は廊下からちゃかちゃか、という犬の爪の音がする。一番仲のいい友人を追いかけてきたらしかった。台所には入らず、彼も物陰に入って行ってしまう。頭だけを隠して、しっぽをぶんぶんと振っていた。


「わ、颯太郎! 押さないで!!」


 と、驚く声を上げて颯太郎のおかげでかくれんぼは終わった。押されたせいでもこもこの靴下で滑りそうになりながら美咲がようやくバランスを取った。

 あの靴下のせいで縁側で二度ほど転んでいたが、クリスマスに康介にもらったものだからか、履くのをやめようとはしなかった。温かさも理由にはあるだろう。 


「あら、美咲じゃない。どうしたの?」


 三代が手元のオレンジを切り終わって、包丁をシンクに置くとゆっくりと振り返った。もちろん美咲が隠れていたのを知らないふりをする。


「お、お母さん、何してるのかなぁって思って」


 美咲が後ろで手を組むと、上目づかいで三代のことを見る。わずかに頬を赤くしてはにかむ顔が可愛らしい。

 頭を撫でようとしたが、自分の手が汚れていることに気が付いた三代が手を洗おうとシンクの方を向いた時だった。

 ぐーっと可愛らしいお腹の音が台所に響く。

 美咲が自分のお腹を押さえて目を見開いていた。

 颯太郎は台所の手前で座って待っている。賢い犬だった。 


「……お腹すいたのね?」


「……うん」


 その問いに頷いたことに思わずほっとしてしまう。違う理由で彼女が来ていたのなら、心配せずにはいられなかったはずだ。純粋な彼女のままで嬉しかった。

 怖い顔も、怯えた顔も、美咲にはさせたくない。

 まな板の上のオレンジを見てから、三代があたりを見回した。美咲にできる仕事を探す。


「そうねぇ……じゃあ、お皿を出してくれる?」


「うん。どのお皿がいい?」


「青いお花模様のやつかな」


 皿の高さを確認して、自分の手では届かないところにあるとみると美咲がすぐに台所の隅から自分用の踏み台を持ってくる。熊のキャラクターのシールが貼られているそれは美咲のお気に入りだ。


「あ、四枚出してね」


 棚に手をかけて皿を抜き出そうとしている美咲に枚数を指定する。すると、彼女が手を止めて首を傾げた。


「四枚? お母さんとお父さんと、美咲の分だけじゃないの? 花々苗おばさん来るの?」


「稲荷の分よ」


「ああ、きつねさんもオレンジ食べるんだ」


「そうねぇ」


 三代が緩やかに頷いた。

 取り出した皿に半月の形になったオレンジを同じ数ずつ美咲が乗せる。皿の一つには三代がラップをかけて冷蔵庫に入れてしまった。

一つだけ余ったのを、美咲が物欲しそうに見ていた。


「美咲、こっち来なさい」


 三代がそれをつまんで美咲の口まで持っていく。


「さぁ、お口開けて」


「ん。」


 大きく開けられた口の中に落としてやると、幸せそうに頬張った。


「おいしい!」


 お腹がすいているなら尚更だろう。正体はただのスーパーマーケットのオレンジである。

 三代がシンクで手を洗って、フォークを二本取り出した。


「さ、稲荷にあげたらおやつにしましょう」


「うん」


 美咲がフォークのついてないお皿を持つ。

 三代が肩をすくめて笑った。


「食べたら一緒に颯太郎の散歩に行こうね」


「ほんとに?」


 彼女の笑顔が好きで仕方がなかった。

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