桃四輪

 今日、おにわの畑がかんせいしました。

 トマトとか、ナスとかうえるんだって。でも、ピーマンは苦手だから植えてほしくないな。

 広さはつくえよりも少しひろいくらい。お父さんがひとつぼだって言ってました。

 ツボはあんなに大きくないのにへんなのって思いました。

 お母さんがはり切って作った畑だから、きっとおいしい野菜ができると思います。

 美咲もサツマイモうえさせてもらおうかな。

 夕方にそうたろうが畑の土をほりかえしてしまってお母さんにすごく怒られてました。

 

 


 箱、箱、箱。家の中は段ボールで溢れかえっていた。

 親子三人で暮らすだけでこの荷物の量があるのだから、テレビなどで見かける八人家族やら、十何人家族とやらの荷物の量はもっと凄まじいのだろう。

 大きな家具や、家電製品は業者が設置していったが、その他の日常生活に必要な細々としたものは段ボールの中に押し込められたままだ。

 早急に荷解きをしなければ、きっと今日の夕食は食べられないだろう。

 開け放たれた窓から心地の良い春の風が上がりこんできた。

 新品の畳の匂いが部屋いっぱいに広がっている。

 この段ボールの数を見ていると、本当は必要のないものまでこの中に紛れ込んでいるのではないかとすら思えてくる。

 一番近くにあった段ボールを開けてみれば中には大量の子供服が詰め込まれていた。これは絶対に必要なものだなと思って、段ボールのふたを閉める。

 自分の子供を甘やかしすぎだと言われてしまえばそれまでだが、誰に何と言われようと美咲は自分のかわいい娘だった。愛する妻の子供なのだから、かわいがらない手はない。

 よく見れば美咲の物と思しき段ボールがいくつか紛れ込んでいた。側面に可愛らしいシールが貼られていたり、犬の似顔絵が書いてあったりする。字は上達しないが、絵だけは上手な子供だ。

 服の入った箱と、ほかの箱を積み上げて持ち上げる。美咲の部屋に運び込もうと廊下に出た時だった。 


「ごめんくださぁい」


 と間延びした女の声が玄関から聞こえてきた。

 三代の友人か何かかと思って、康介が対応しようと、段ボールを足元に置く。

 その時屋根裏から駆け下りてくる足音を聞いて彼は笑った。

 美咲が小さな体をぴょんぴょんと伸ばしながら、廊下へと着地する。目線は玄関の方へあった。


「はぁーい」


 康介に気が付いていないのだろう。美咲は返事をしたまま玄関へと走り出す。

 彼が追いかけようと、足を踏み出した時だった。

 突き当りの廊下からひどく慌てたようなまとまりのない足音が聞こえる。走って行った美咲を追いかけようとしている颯太郎かとも思ったが、彼はこんなにどたどたと足音を立てない犬だ。

 何がいるのかと首をかしげるが、角から姿を現したのは赤い瞳をした狐である。視線はまっすぐに美咲を見ているようだった。

 新居に狐、と一瞬思考が固まるが、それどころではない。

 彼が慌てているということは、玄関にいるものは三代の友人でも、美咲の知り合いでもない。ましてや、この世にある物でもない。

 背筋がすっと冷たくなる。


「お、お帰りください!!」


 と康介が声を張り上げた。

 まさか、せっかく引っ越したにもかかわらずこんなことになろうとは、誰が予想したことだろう。 


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