白三輪
お母さんから本をもらいました。いつも本を読んでいるのにもらっていいのかな? って思ったけど、お母さんがくれるっていうのでもらいました。中には美咲にはちょっとむずかしいことが書いてありました。でも、色んなところにお母さんのらくがきがあるので面白いです。何が書いてるのかはお父さんに聞こうと思います。お母さんだけかまってるとお父さんがすねちゃうといけないからです。
お母さんに言ったら笑ってました。
とりあえず、美咲の部屋じゃなくてひみつきちにおいておこうと思います。美咲の部屋に置いておくと、前のおうちの時みたいに大事なものがなくなっちゃうと困るからです。
きつねはこの家ではものがなくなることはないって言ってたけど、もしかするとそうたろうがイタズラするかもしれないのでかくしておきます。
ひみつきちならそうたろうは登ってこれるけど、降りられないからです。
何が書いてある本なのか楽しみです。面白い本だといいな。
帽子越しにも太陽の熱が伝わってくる。暑く湿っぽい風が地面を這ってやって来ていた。
蛇みたいだと三代は思った。
いくら庭から草を抜いても、一週間もすればまた生えてくる。植物の生命力は凄まじいものだ。片手に鎌を持ち、傍らには草の山。
数十分に一回康介が庭を走り回っている美咲と自分の様子を見に来る。
朝から草をむしり続けているが、なかなか成果は見えない。とりあえず社と鳥居の周りの草は見えなくなった。一度丸まった背中を伸ばして三代が立ち上がる。
ガーデニングなど今の今までしたことはなかったが、意外と楽しいものだと思えてしまうのは、熱で思考が浮いているからなのか。
滴りそうになる汗をタオルで拭いて、一度日陰になっている縁側に非難する。拭いても拭いても汗がにじみ出る。とにかく暑かった。
康介が置いていったペットボトルの水を開けて飲む。ペットボトルも水がたれるほど汗をかいていた。ポタポタとズボンにたれてシミを作る。
先程まではしゃいでいた美咲の姿が見えないと思って探せば、庭にある竹林の中にワンピースの裾が揺れているのが見える。颯太郎を引き連れてどんどん竹の間に消えていってしまうが、三代はそれを止めなかった。この庭の中は安全だ。
美咲が選んでくれた麦わら帽子を一旦脱いでじっとり濡れた首の後ろを乾いたタオルで拭く。社の周りが終わったので、次は縁側の周辺である。思っていたよりもずっと草が生えていた。
そっとしゃがんで草をむしっていく。撒くと草が生えてこなくなる土があると聞いたことがあったが、それで地面を覆う気にはなれなかった。
ぽたりと地面に汗が落ちる。
こんなに広い庭だ。もしかしたら小さな畑くらいは作れるかも知れない。だが、その前に雑草との戦いが三代には待っている。
自分の後ろで二つの影がフラフラと動いた。
三代が後ろを振り返る。
「どうしたの? 美咲。お母さんのこと手伝ってくれる?」
「いいよ!」
美咲が笑ってしゃがみこんだ。手近な草をむしり始める。三代よりもなぜか手際が良かった。土のついた根がポコポコと姿を現す。
「あら、草取るのうまいわね、美咲」
「本当? 嬉しいなぁ」
「このおうちは楽しい?」
「うん。楽しいよ! 広いし、お庭あるし。お部屋にある白い紙に穴あけるのも楽しいよ!」
「……白い紙?」
美咲がニコニコとしながら頷く。いつの間にか彼女の隣には颯太郎が座っている。
「お父さんとお母さんの部屋にもあるでしょ? お部屋の入口みたいになってる……」
「あ、ああ」
ピンときた。こんな暑いさなかに障子の張り替えなど三代はしたくない。ましてやこれから日が進めばもっと暑くなるはずだ。
「美咲、あれは破いちゃいけないのよ? 穴開けちゃダメよ。康介さんが大変でしょ?」
「お父さん? どうして?」
「障子を張り替えるのは康介さんなんだから」
「あ、そうなんだ。お父さんにごめんなさいしたほうがいい?」
「大丈夫よ。お母さんが言っておくわ」
「ごめんなさい」
顔が下を向いている。これでは彼女の大きな目が三代に向くことはない。瞳は三代にそっくりなのだ。
「いいのよ、謝らなくって。颯太郎だっていっぱい穴開けてるわよ」
「そうたろうも?」
「そうよ。居間のところも穴あいてるでしょ? あれ颯太郎がやったのよ。お鼻で、ぶちゅっとね」
「……ぶちゅっと」
美咲が土で汚れた手で颯太郎の鼻先に触れる。颯太郎は嫌な顔一つしなかった。
三代が手袋を脱いだ。自分の麦わら帽子を美咲に被せる。彼女の小さな頭が太陽に焼かれているのが忍びなかったのだ。
「美咲、このおうち楽しい?」
「……? 楽しいよ」
美咲が三代に嬉しそうに答える。
「竹の先にね、池があったの。お魚泳がせていい?」
「……池? 知らなかったわ」
「あるよ! あとで一緒に見に行こう?」
「そうね。美咲が落ちないようにしないと……」
「美咲は池に落ちないよ!」
「そうね」
蝉がもうすぐ鳴き出すだろう。芙蓉の蕾が膨らみ始めていた。心配症な康介がそろそろふたりの様子を見に来るに違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます