第16話 再会と胎動
友好的な<魔王>たちとの謁見はためになった。
敵対存在でありながら友好的な<魔王>クリュテイアからも色々と話が聞けた。<魔王>の誰かを倒した者にのみ明かされる内容もちらほらと……。
例えば、<魔石>が何なのかとか。魔物の素は何なのかとか。<エラスティス>で魔物や<勇者>を殺すと経験値が得られるのは何故なのかとか。
<魔石>と呼ばれているのは、人間の魂の結晶体なのだそうだ。半世紀前に行われた過剰な数の断罪は、<魔石>を収集するために行われたもの。つまり、<魔王>の元には数億という<魔石>の在庫があるということになる。何のためにそれだけの数を集めたのかというと、<エラスティス>のシステムを構築するためだ。
もう想像できていると思う。魔物は<魔石>から製造されている。元々は人間だった、というような感傷が生まれるほど原形を留めてはいないけど。ちなみに魔物がドロップする<魔石>は、魔物から生じたモノではなく、宝箱的な別個の報酬らしい。
そして<エラスティス>において他者を殺害することで強くなれるのは、吸魂の秘術が<エラスティス>全体を覆っているから。術者はクリュテイア。もはや完全に人知を越えている……。
これらは知ってても知らなくても、得られる結果は変わらない。あまり知りたくない事実だった気もする。
晩餐から数日後には、<魔王>ウルギアの元を訪ねた。いや、ウルギアが現れて引きずっていったという方が正しいかもしれないが……。
ウルギアというオーパーツの専門家がいたのは非常に大きかった。小夜が張り合って私見を述べたおかげもあって、より深く<ムラマサ>を知ることができた。
<ムラマサ>を使いこなすには、<ムラマサ>に宿る魂以上のそれを得ることが条件。しかし、それはかなり厄介だ。<ムラマサ>を使って魔物を倒した場合、島全体を覆うクリュテイアの秘術よりも、単体対象である<ムラマサ>の吸魂が優先される。要するに<ムラマサ>を使って魔物を倒しても強化されるのは使い手じゃなく<ムラマサ>なのだ。
もしも本気で<ムラマサ>を使おうと思うなら、ある程度の<魔石>を<ムラマサ>で収集し、そこからは自力で戦う必要がある。
小夜やウルギアの見立てでは、<ムラマサ>が吸った魂の数は万を超えているという。小夜もウルギアもそうであるという事実はさておき、果てしなく遠い道のりだ。目眩がするほどに。
……目眩はたぶん寝不足のせいだわ。
* * *
十一月の半ば。
秋期の半分が過ぎた頃に、来客があった。
「――いないのじゃ」
居留守を使う気マンマンの小夜だが、そうもいくまい。小夜の部屋を訪ねてきたことがあるのは、招待状の件を除けばウルギアのみなのだ。
今回も彼女かもしれないし、そうでなかったとしても小夜の部屋への興味は<魔王>しか持っていない。特殊性癖の<勇者>の勧誘という説もあるが……。
「確かめるだけ確かめる。とりあえずいったん退避しよう」
「うむぅ……」
小夜は渋々といった感じだったが、一緒にボスがいるマップから隣のマップへ移動した。
放置するには心許ないものの、とりあえずの安全を確保してドアの外にいる人物を確かめる。
「……ん? んんん?」
モニターに映っていたのは、予想だにしない相手だった。
ある意味で<魔王>よりも……。
時間を喰うと小夜がうるさいので、とりあえず客を迎え入れることにした。
といっても部屋に入ってもらい、イスを差し出しただけで、俺はゲームに戻った。
とにかく、一狩り終わらせないと話す時間が取れない。
敵の体力はすでに半分ほど削っていたので、五分ほどでケリがついた。
ふう、と一息ついて、黙って座っていた来客へ視線を向ける。
「――なんで暁さんがこの島にいるんです?」
そう、訪ねてきたのは暁藍莉嬢だった。
「もしかしなくても左遷されちゃったとか」
「私どもは物凄く混乱してとんでもなく忙しくて休み返上で働かされてたというのに……その根本原因がお気楽にゲームとは」
相変わらずなご様子だった。やっぱ一ヶ月で彼氏は無理だったんだろうな……。
「はぁ、まさか生きて再会するとは思いもよりませんでしたよ」
「まったくです。私の占いのおかげですね、感謝してどうぞ」
「暁さんの占いがあってもなくてもそんなには……」
変わらなかった、ということはあるまい。占いのおかげで心構えができていたのは事実。教えてはやらんけど。
「……んで、本題は?」
「面談に参りました」
「ああ……一応、担当者という体裁があったような気がしますね」
「無事に殺人者の仲間入りを果たした我が国の<勇者>の人格がどれほどの異常をきたしているか判定するため、面識のある私が送り込まれてしまいました」
「態度が悪いからついでに謝罪してこいとか言われてませんか?」
「いえそれどころか魔勇者との連絡役を押しつけられそうな勢いで慚愧の念に堪えません」
あれだわ、考えてみるとこの人もかなりおかしいわ。<魔王>と言われてもUFOの次くらいには驚く自信がない。
「まず一点、ロリコンという事実が確認できました。これは由々しき事態ですね」
「ムラマサ、こやつは誰ぞ」
「暁藍莉嬢。聞いての通り、俺の担当者だよ。小夜にも話を持ってきたのがいなかったか?」
「ふん、一子相伝の稼業持ちが異常云々を語るなど片腹痛いのじゃが?」
「――……っ」
小夜の言葉に、暁さんの顔色が変わった。
見た目ちょっと変な中学生女子だからな、小夜は。ちょっとばかり見誤ったんだろう。小夜の素性については伝わっていないようだ。
「……正村村正さん、そちらの方をご紹介願いたいのですが」
「俺も狩り友……です」
「お、おお……そうじゃな……狩り友じゃ……!」
なんか小夜が感動してるんだが……。
あれか、自称狩り友が正式狩り友に昇進した感じか。そんなに仲間が欲しいならまず腕を上げてみたらいいと思うんだ。島に来ちゃってるからもう遅いんだけどさ……。
「そういうことではなく――」
「わかってますけど、なんかお互い詮索しない方がいいような気が……」
小夜はクライネナハトと呼ばれる<魔女>である。
クリュテイアや治療院を運営する<魔王>イティアも名は知っているらしい。
曰く、世を儚んで西欧から姿を消した<魔女>であると。
色々あったんだろう。ゲーム世界に籠もってしまうくらいの諸々が。
まあ実際は当時の中世で行われていたらしい血みどろの争いが面倒くさくなって、単に異国へと旅立っただけのようだが……。
「それより、外のことを聞きたいですね。<魔王>が一人倒されたことでどれくらい影響があったのか、とか――」
* * *
「さて諸君――……今回の議題はもう承知のことと思う」
とある<勇者>の部屋にて、とある組織に所属する<勇者>たちの会合が開かれていた。
「<魔王>の撃破者が現れた。<魔王>自身が発表した故、確定事項と捉えていい」
当然その衝撃的なニュースはここにいる者らの耳にも入っているため、改めて驚きを露わにする者はいなかった。だからこそ表情は一様に深刻である。
「<魔王>が倒せる存在であることが証明されたのは誠に喜ばしいが、先を越されたこと事実」
「一体どうやって? まさか、我々と同じような……?」
「手法は不明だ。そこまでの情報が開示されるとも思えない」
今のところ公開されているのは、<魔王>エリザベートが倒されたこと、倒したのが日本の<勇者>パーティーであることのみである。
「特定は近いうちにされるであろう。問題はそのパーティーが他の<魔王>の討伐を成功させるか否か――」
「一人倒せたのですから、他の<魔王>も……」
「――倒せるとは限らん」
「倒せないとも限らないでしょう? だって、倒した<魔王>からも力を得られるのなら……」
「然り。あの<災厄>の化身が<魔王>を例外にするとは思えん。<魔王>に止めを刺した者は確実にその力を収奪している。低く見積もってもその<勇者>は倒した<魔王>と同等の存在となるだろう」
そうなれば、<魔王>の討伐は蛮勇ではなくなる。
力と技量と運があれば、その<勇者>が<魔王>に対して勝利を積み重ねていく可能性が十二分にあった。
「クリュテイアは我らが神の怨敵――討滅を他所に譲るわけにはいかぬ」
それだけはここに集った者の共通見解。
「少し心許なくはあるが、予定を繰り上げて動くしかあるまい」
宣言する男の役職は司祭であり、実年齢は四十を超えていた。
二十から生き残ってきたのではない。別人の戸籍で島に入ったのだ。
若き信者たちを指揮するために。
任期は五年。
その間、司祭が部屋から出ることはない。
万が一にも任期内に命を落とすわけにはいかないからだ。
その理由は、司祭の部屋の床下に造られる収納庫にある。
彼らが所属する宗教組織が<災厄>の討滅を計画してより四半世紀――初代より受け継いできた計画の要がそこに存在している。
それは――万にも届こうかという大量の<魔石>だった。
次期に移れば効果を失う討伐証明カードとは異なり、<魔石>は期を跨いで持ち越せる。
自己強化と生存の可能性を無視すれば、貯蓄しておくことが可能なのだ。
「フェリシアよ――」
「は、はいっ」
<魔石>の使用者に指名されたのは少女だった。
少女が発現させた能力が救世主を名乗るに相応しい故に。
「かねてよりの計画通り――<勇者>の力を結集させ、<災厄>に鉄槌を下せ」
収納庫では、物言わぬ<魔石>が淡く輝いている。
年間死亡率二十パーセントの職場に就職しました えいてぃ @Felsen
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