第13話 クリュテイア
「おつー……」
「おつなのじゃ!」
寮に帰り着いた俺は休息もそこそこに狩りゲーに勤しんでいた。小夜がなんと言おうとシャワーを浴びたらすぐに寝るつもりだったのだが、頭の中がぐちゃぐちゃでとても眠気が込み上げてこず、結局付き合う羽目になっている。いや、まあいいんだけどさ。小夜が周回をほっぽって来てくれたおかげで助かったところもあるし。
「おお、逆鱗出たのじゃ!」
装備が更新できると喜んでいる小夜はどこまでも平常運転だ。あえていつも通りに振る舞っている可能性も否定はできないが……追求しようとは思わない。どっちでも効果は同じなんだから、可能性は箱にしまったままにしておくのがいい。あと、オーバーヒート気味の脳みその残り少ないリソースが別の項目へ向いているせいでもある。
「……――パーティー……かぁ……」
「……魔女の晩餐というやつじゃな」
「魔女の晩餐……それ、呼び出しくらった職員室の次くらいには行きたくないな」
「お主……職員室を嫌いすぎじゃろう……」
色々とあったんだよ。一人でいるからって虐めを疑いすぎるのよくない。クラスで虐めがあると出世できなくなるという教師業なのに、虐めを発掘しようとしてたんだからいい先生なのは疑いようもないんだけども。
<魔王>クリュテイアは校長もやってるわけだから、職員室の呼び出しと実質変わらない気もするが。
「なあに心配するでない。我もついていってやろう。護衛じゃ! 狩り友を無くすわけにはいかぬ故なっ!」
俺の命より俺のゲームキャラの方が重要らしい。あれか、俺より上手いプレイヤーがいたら放置ということか。まあ上級者プレイヤーだと、小夜の脳筋特攻プレイにはついていけないだろうけどな……。
「そもパーティーというものは男女同伴で行くものじゃぞ」
正論である。そんな上流階級のパーティーになんか行ったことないし、やはり職員室の次くらいに行きたくないけども。
「まあ、ついて来てくれるのは正直ありがたいよ……」
<魔王>クリュテイア――当人が語った以上の意味や意図は、俺にはさっぱりわからない。正規の手段で<魔王>を打倒したならビビることもなかろうが、俺のはズルだからな。<ムラマサ>を抜いていないときの俺の戦闘力は、ただの新人<勇者>レベルでしかない。冗談じゃなく、吹けば飛ぶ……。
* * *
「――警戒していただかなくとも結構です。この場で戦うつもりはありませんから」
最強と呼ばれる<魔王>の登場に身構えるも、相手の態度はいたって友好的だった。エリザベートには感じた脅威が、クリュテイアからは感じられない。それは害意の有無なんだろうとなんとなくは察せられた。
「ご存知かとは思いますが改めまして。クリュテイア・クラトラス――<魔王>をしております」
「……これは、ご丁寧に。村正です」
「村正さん。あなたには色々とお話したいことがあります」
「それは……まあ……そう、でしょうねぇ……」
<勇者>の養成が始まって半世紀。初めて<魔王>殺しが達成されたのだ。この半世紀で最大の偉業――なんなら教科書に顔写真を載せられてしまうかもしれない。満員電車で『この人痴漢です』と叫ばれる事態の次くらいにはご遠慮願いたい。
「とはいえ、戦場だった場所で立ち話というのも無粋でしょう。機会は後日こちらで設けます――パーティーという形で」
「……パーティー、ですか? ……お仲間殺しちゃってるのに……?」
「問題ありません。彼女は私たちの中で最弱ですから」
「それどこの四天王……!?」
どうやら日本文化への造詣も深いらしい。ウン百年も生きてれば不思議でもないが……それを差っ引いても、だいぶコアな知識だろうそれは。
「私はこれから日本語で通しますね」
「……は、い?」
「<魔王>打倒の一番手には敬意を示さねばならないでしょう? ええ、日本語を世界の公用語にするまでありますよね」
なんのこっちゃだよ。随分とお茶目な性格の持ち主らしい。だからこそ恐ろしくもある。目の前の人物が<七日間戦争>を引き起こして、世界を変えてしまったことが……。
「エリザのことは本当に気にしなくて構いません。少なくとも私にとって、彼女は邪魔な存在でしたから――それはもうせいせいしたというやつですよ」
有望な<勇者>を消されていたわけだしな……。
けど、手法や感情論を度外視すれば、エリザベートの行動はごく自然な生存戦略ではあった。
その点においてはやはり<魔王>クリュテイアの方が異常なんだろう。<勇者>育成の島を<エラスティス>――恋人なんて呼ぶくらいだし……。
「今のうちにお伝えしておくべきことは、そうですね――あなたの仲間の遺体は日本へ送り届けようと考えています。<魔王>を倒したパーティーの一員なのですから」
「…………」
<剣虎>の惨状を思い出して、暗鬱となってくる。誰も彼もが酷い死に様だった。魔物に喰い殺されたのとそう大差ないとも言えるが、与えられた悪意は桁が違う。家族は目にしたくない姿だろう。けれど、それでも可能ならば……届けるべきだ。
「……そうですね……それで、お願いします……」
「それでは、回収しておきます」
棺が八つ現れて、<剣虎>の遺体を収納していった。
「エリザの遺骸はあなたに所有権があります。街で晒してしまっても構いませんよ」
「……隠居したとか療養中とかになりません?」
「却下です」
ですよね……。
「では――……火葬に」
「そのようにしておきます」
エリザベートの遺体もまた棺に収納される。
「私はこれにて失礼いたします。招待状は、そうですね、適当に送ります――」
<魔王>クリュテイアは微かな笑みを残して、唐突に姿を消した。九つあった棺もまた、同時に。
「…………」
あれか、放置か。ここから自力とじつりきで帰れと言うのか、ランク三やら四やらの魔物の住処を通って……。ロープなしのバンジージャンプの次くらいの高確率で死んじゃいそうなんだけど……。
ちらりと小夜を見る。
なんか神妙な顔してるみたいだけど……ここまで無傷で来ているのだから、小夜なら帰り道は平気だろう。ここはゲームとは逆に寄生させてもらうしか――。
「……すまぬの」
なんてことを考えたら、小夜が謝ってきた。
「……んん?」
「もう少しはよう気づいておったら、なんとかできたかもしれぬのじゃが……」
「いや……そんな意味不明な期待してなかったし……」
小夜は黒獣より強い魔物を倒さなければドロップしない<魔石>を、それこそ飴ちゃんみたいな感覚でくれたわけだが、<魔王>をどうこうできるとまで思ってなかった。
「だいたいだな、気づくのが遅れたとか……どーせゲームに夢中になってて気づかなかっただけだろ、と」
「ぐ、ぐぬぬぅ……」
ぐうの音は出ているようだが図星らしい。狩りが終わらないと現実に戻ってこないからな、小夜は。ちなみに討伐には失敗した可能性が高い……。
「それで、小夜さんや。帰り道は問題ないのかのぅ?」
「うむ? 無論じゃぞ。この通り、ゲーム機もちゃんと持ってきておるしな!」
どこがどのように無論なのか、相対性理論の次くらいにさっぱりわからない……。
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