第12話 クライネナハト
目に入ったのは、セーラー服を纏った小柄な少女。
――小夜ッ!? なんでここにいるっ!?
まずい。まずいまずい。俺はまだ<ムラマサ>を抜き身で握っている。
おおお――おおお――まだいたか――まだいたか――。
魔女――魔女――魔女――魔女――魔女――魔女――魔女――。
<ムラマサ>の思念に訝しめたのは数瞬。すぐさま新たな生者への斬殺指令が下される。
小夜に対して、俺は怒りも憎しみも殺意も抱いていない。<魔王>エリザベートのように絶望させたくなる理由もない。そのせいか今度の殺意は純粋だった。
純粋に、俺の体は斬殺に向けて動いて。
「死ね――」
気づいたときには小夜の懐に飛び込み、一切の躊躇なく<ムラマサ>を振り抜いてしまっていた。
思わず目を瞑る。目を瞑れてしまったことで、小夜の生存が絶望的なことを理解して――不意に気づく。
手の痺れと、喪失感に。
「――な、んだって……?」
手の中が空だ。握っていたはずの<ムラマサ>がない。おかげで斬殺衝動は消え、体が意志による操作を受け付けるようにもなっていたが……。
「<ムラマサ>は……?」
「ここじゃ」
「……は……?」
<ムラマサ>は小夜の両の手のひらによって挟まれていた。
「はあああああっ!? し、白刃取り――だとッ!?」
刀にまつわる技の中では脳天唐竹割りの次くらいには有名だろう。そして、実用に足る技ではないことも同様に広く知られている。いや、実はロボットが成功させちゃっているんだが……それはさておき。
白刃取りなんていう曲芸に止められるほど、生易しい斬撃ではなかったはずだ。実戦派ではなかったっぽいが、<魔王>エリザベートにすら反応させず、斬り伏せたのだから。
いやだが、文句を言う筋合いではない。むしろその曲芸を成功させた小夜に感謝すべきだ。おかげで俺は小夜を斬らずに済んだのだから。
「ふうむ、なるほどのう」
同様から立ち戻ったとき、小夜が奪い取った<ムラマサ>を握っていた。
「……って――ッ!?」
それはまずい、まずいどころの騒ぎじゃない。<ムラマサ>に使用者制限みたいな機能はついてない。名のある武器にあるまじく誰でも使えちゃうのだ。
「刀匠<村正>――……彼奴は天才じゃった。うむ、イカれておったという意味でもあるがの。いや、こちらの世界を見せてしまった我が悪いと言えば否定はできんのじゃがな……」
しかし、小夜は殺意の衝動など無かったかのように語り始める。
「世界の裏側を知った彼奴が考え、生み出した秘儀はこうじゃ。真なる一刀を親とし、影なる刀を子として、魂の簒奪に従事させる。影なる<ムラマサ>で殺した魂を得るのは、この真なる<ムラマサ>という塩梅じゃな」
「う、うええ……?」
どゆこと。なして小夜が、<村正>にすら伝わっていないような<ムラマサ>の秘密らしきモノを知っている? っていうか、<ムラマサ>を打った当代の刀匠と知り合いなの? ……何年生きてんの?
「わかりやすく言うと、不良とパシリの関係じゃな。お前の物は俺の物。俺の物も俺の物――じゃったか?」
「うんまあ、それは非常にわかりやすいんだけども……」
「じゃが、刀に魂を持たせたために常人が御せるような代物ではなくなってしまったようじゃ」
小夜が左手を出してくる。意図を察して鞘を渡すと、小夜は<ムラマサ>を鞘へと納め――ようとして失敗した。
「ぐぬ……」
「あー……あれだよな、納刀って慣れてないと難しいよな」
素人がかっこつけてやると指を切っちゃったりする。っていうか、事実小夜は刃で指を擦ってしまったように見えたのだが……。
「じゃが、刀に魂を持たせたために常人が御せるような代物ではなくなってしまったようじゃ」
「お、おう……」
再チャレンジは成功。納刀状態の<ムラマサ>が俺の手に戻ってきた。
これで一段落。
「――先程から面白い話をしていますね?」
かと思えば、さらに別人の声が聞こえてきた。
「ああもうっ! 今度は何だよ今度は――!?」
振り向いて、心臓が止まりそうになった。
「……クリュテイア……さん?」
取って付けたさん付けに何の意味があろうか。
<魔王>エリザベートの死骸の傍に立っていたのは、白髪赤眼の<魔王>だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます