第11話 妖刀一閃


 <魔王>が身に纏う気配は悪意と血を煮詰めて濃縮したかのように禍々しく。

 <魔王>が発する圧迫感は視線を向けられるだけで押し潰され、呼吸が止まりそうになるほど激甚だ。


 怪物なんて呼称は生易しい。<七日間戦争>後にコレと会った人間が、コレを<魔王>と呼んだ気持ちがよくわかる。


 だけど、こういう災いの塊のような存在は初めてじゃない。


 ここにもあるのだ。


<魔王>のそれは、こいつの、<ムラマサ>の次くらいでしかない。


「――それ、刀ね? ふふふっ、侍だったかしら? <勇者>よりは幾分詩的ね、情緒があるわ」


<魔王>は余裕だった。相手が一人だけならもう紛れが起きることはない。よりじっくり、より残虐で、より拷問的に殺すことも容易いだろう。


「侍……とは、少し違うな」


 多少なりとも興味を引くようなことを言いながら柄に手をかける。


「あら、では剣道家かしら? いえ、剣客という呼び名もあったわね?」


 できれば仲間には逃げてもらって、<魔王>の前で一人になりたかった。でも願った形とは違ってしまった。仲間はもう残っていない。残ったのは、気まぐれで最後まで生かされている俺と、仲間を惨殺した<魔王>のみ。


 だけど、だからこそ、躊躇いなく抜ける。明確な殺意を持って抜ける。


「残念、それも外れだよ。そんな上等なもんじゃない」


 ああ頼むよ届いてくれ。仇を斬り殺させてくれ。


「俺は<村正>――辻斬りだ」


 願いを込めて、呪われし妖刀を抜き放った。


 * * *


 妖刀とはただ一本のことを指すのではなく、同じ銘の刀が生んだ結果を統合した概念ではないか、という考え方がある。常識的には正しい。けどコイツは違う。正真正銘の妖刀だ。


 もしも目に入る範囲に他者がいるときに<ムラマサ>を抜けば、殺意に――斬殺欲求に支配されることになる。


 歴代<村正>の記録によれば、そのとき所有者の頭の中では『斬り殺せ』という抗うことを許さない命令が鳴り響いていたという。『斬り殺せ』『血を吸わせろ』『魂を捧げよ』――と。目に入る者全てが斬殺の対象。敵味方関係なく全ての対象を斬り殺すまで<ムラマサ>の支配は続く。


 故に妖刀の名を冠した。


 幸いだったのは、斬殺対象がいなくなれば妖刀の支配が切れたことだろう。命令を受けたまま獲物を探しにいく、なんてことにはならなかった。<ムラマサ>の存在がほぼ秘匿できたのもそのためだ。解放条件達成と同時に、目撃者も絶えていたのだから。


 こんな妖刀だからこそ、仲間の前では抜けなかった。もしも抜いていれば<魔王>より先に仲間を斬殺しただろう。背後からでも不意打ちでも、一切の頓着無く。


 剣客にはあるまじき不作法、恥ずべき戦果。

 故に、名乗るとすれば辻斬りだ。


 * * *


「なに、よ……それ……?」


 鞘という枷から解き放たれた白刃が、<魔王>の存在感を覆い尽くすほどに不吉な気配を噴出させる。<ムラマサ>を握った手から、魔石を口にしたときとは比べものにならない熱と全能感が染みいってくる。


「なんなのよそれは――!?」


<魔王>の悲鳴。俺はそれを醒めた心と滾る歓喜の中で聞いていた。


 なんだ、これは。


 頭に雪崩れ込んできたのは斬殺指令だけではなかった。


 殺意以上に喜びがあった。<ムラマサ>は狂喜していた。


 よくぞ抜いた――よくぞ――魔女の前で――我を抜いた――。

 ああ――魔女よ――魔女よ――魔女よ――クライネナハトよ――。

 我らが生み出せし秘儀――貴様の領域にまで――達せたのかどうか――試すときが来たぞ――。

 さあ――斬れ――。

 斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――斬れ――。


「魔女エリザベート――貴様を、斬り殺す」


 噴き上がる衝動のままに、足を踏み出す。


「誰が、誰を殺すですってっ!? そんながらくたでっ、何ができると言うのかしらっ!?」


 虚空からギロチンが落ちてきた。


 俺は軽く横へ飛んでその刃から逃れる。


「――なんですってっ!?」


<魔王>の目が驚愕に見開かれた。


「何を驚く。そんなもの、今の俺には当たらない」


 否、その程度の拘束など受けつけない。


 受けてみてわかった。

<魔王>エリザベートが創造して操ったのは拷問具――その本質は、見た目の残虐さではない。


 拘束だ。


 拷問具による拘束ということじゃなく、そもそも拷問というのは対象者の拘束が前提にあるということだ。


 レナさんは拷問具に囚われる前に動けなくなっていた。ユージさんにしてもそうだ。逆上していたとはいえ、俺でも目視できた歯車による攻撃をユージさんが回避できなかったのはおかしい。シュンさんは諦観からか回避の素振りがなかったが、ギロチンの速度は自然落下を大きく超えたりはしていなかった。一歩動くだけで当たらないという殺傷圏の狭さも、攻撃として些か温い。


 つまるところ、拷問具による攻撃が始まる前に、対象者はすでに動きを封じられているのだ。その方法自体は体感した今を以てわからない。だが一つだけ言えるのは、拷問とは戦うための術理ではないということだ。<剣虎>のメンバーを屠っていったのはただの攻撃――虐殺であって、戦闘ではなかった。


「不意を打つならもう少しまともな攻撃にしておけよ」

「調子に乗るな塵屑――っ!!」


<魔王>の腕の一振りで直径五メートルはあろうかという歯車が生み出された。


 避けても良かったが、あえてその場に留まった。


 前後から転がり迫ってくるそれに向け、<ムラマサ>を一閃させる。

 それで二つの歯車は上下に断ち切られた。


「なぁっ……!?」


 この現象は、単一存在に対する斬り落とし。例え刃渡りが及ばずとも、触れたのが切っ先だけであろうとも、伸張した概念の刃が対象を裂く。


「――笑止、温すぎる」

「だ、黙りなさいッ!!」


 次々に飛んでくる拷問具。その悉くを、<ムラマサ>で迎撃していく。


「どれもこれも温い、拘束できていなければ当たるはずがない」

「な、なんなの――……」


 拷問具を斬り飛ばすたび、<魔王>の顔から血の気が失せていく。


「一体なんなの……なんなのよっ! あなたはっ! それはっ――!?」

「ふっ――」


<魔王>が気圧された一瞬。おそらくは戦闘から退避へと意識が切り替わった刹那。


<ムラマサ>が<魔王>の腰に赤い線を描いていた。


 ははははは――届いた――届いた――届いたぞ――。

 魔女よ――魔女よ――クライネナハトよ――。

 我らが秘儀――ここに成り――。

 我らが悲願――ここに果たされり――。


「……――え?」


 真一文字に走った傷口から、身に纏っているドレスよりも赤い液体が噴き出してくる。


 かつてない増幅率で強化された身体能力による踏み込み。そこから繋げた横薙ぎが――近代兵器を寄せ付けなかった<魔王>を斬り裂いたのだ。


「――っ、い、痛っ……? え、あれ……? うそ、なん、で……あっ?」


 脳との繋がりを断たれた下半身は動かず、両の手が虚空を彷徨ったことで上下に分かたれていた体がバランスを崩した。

 上半身が仰向けに、下半身が俯せに、妙に長い時間をかけて倒れ――<魔王>が地に落ちた。


「う……ぐっ……?」


 上半身と下半身の分断。人間なら間違いなく致命傷だ。


 しかし、<魔王>はこの程度では死なないだろう。事実、<魔王>の一人が開いているという治療院では、死に至っていなければこれくらいの怪我は治療可能だと聞いている。


「――や、やめて……たすけ……」

「自分のやってきたことを思い返すがいい。命乞いがいかに滑稽な行為か理解できるはずだ」


「嫌、待って、待ちなさい――っ! 見逃してくれたら、あなたの後ろ盾になってあげるわっ! いいえ、あなたに仕えたっていいっ、だからお願い殺さないでっ」


 これが<魔王>だと言うのか? 小心者が分不相応な力を得て、己が愉悦のために増長した結果にしか思えない。それほどに眼下の存在は醜く浅ましく意地汚い。


 <魔王>を名乗ったならば、敗北した暁には潔く散れ。


 いや、だが、機会は与えよう。斬殺衝動は少し落ち着いている。真っ二つになった者は、もはや生者と呼べないからだろう。


「俺の望みを叶えてくれたら、助けてやってもいい」

「な、なに? 言ってみてよ?」


「貴様が殺した者たちを生き返らせろ」


「――そ……そんなこと……そんなことできるわけないじゃないッ! ――不可能よッ!」


 ああそうだろうとも。そうに決まっている。禁忌の術法でも、死んで喪われた者を蘇らせることはできない。冥府へ旅立った者らはもう還ってこないのだ。


「ならば問答する由はない。死ね」

「あ――ま、待っ……」


 首を胴体から斬り離し、頭を四つに割る。

 いかな<魔王>とて、この状態で意識を飛ばされれば絶命は免れない。そして、その証明は他ならぬ<ムラマサ>がしてくれた。殺意の衝動が霧散したのだ。


「はぁ……終わっ――」

「――懐かしい気配に誘われて来てみれば、ずいぶんと育ったものじゃ」


 息をつき、<ムラマサ>を納刀する――寸前に、覚えのある声が聞こえてきた。


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