第14話 サタナス号へご招待


 封蝋つきの偉く格式張った招待状が届いたのは、街へ帰り着いてから五日後だった。


 それを見て思わずホッとしてしまったのは、その百二十時間のほとんどが闇のゲームに費やされていたからだ。目標達成まで眠れまてんとか……いや、闇たる所以は寝ても一時間くらいで起こされてしまうところなわけだが。


 そんな現代の不眠刑を科せられていた俺だが、外出したいわけではなかったので室内遊戯に耽れたのは実はちょうどよかった。いやすまん、ちょうどよかったはどう考えても言い過ぎだわ。チャックが上がらないズボンの次くらいのフィット具合だったわ。


 今ごろ、始まりの街にして終わりの街には――少なくとも日本人<勇者>の間には――<剣虎>が壊滅したことが伝わっているはずだ。


 この数日でその詳細を語れる状況にあったのは<魔王>側のみなので、それ以上の情報は簡単には広がらないとは思う。それでも、<剣虎>と付き合いがあった者たちは知りたがるだろう。生き残りがいると知ればなおさらに。部屋を訪ねてくるまである。


 <勇者>の生死と同じく、どの<勇者>がどの部屋に住んでいるのかもトラブル推奨としか思えない公開情報だから、乗り込めーはそう難しくない。<ムラマサ>を抜いてない俺は只人なので、絡まれでもしたらシャレにならない。 


 ということに気づいた帰還二日目以降を過ごしたのは小夜の部屋だ。


 同棲と呼ぶかは各自の判断にお任せしたいが、興味ある諸氏のために部屋の様子を語っておこう。いやむしろ精神安定のために語っておきたい。


 間取りや備品は俺の部屋と大差ない。持ち込んだ私物も、服と携帯ゲーム機みたいな感じで大差ない。小夜の場合は本体が壊れたときのために新品を十ほど予備として持ち込んでいたが。どんだけプレイする気だよ……。俺のが壊れたときは融通してくれるらしい。涙が出るほどありがたい。


 異質だったのは部屋の一角。

 そこには、バランス栄養食なスティックバーの箱が天井まで山積みにされていた。


 腹が減ったら食べるらしい。朝も昼も夜も、それだけを。


 そう、それが小夜の主食なのだ。カロリーの友がご飯であり肉であり野菜なのだ。味は五種類、気分によって変えるらしい。小夜は『グルメじゃろ?』と言っていた。高級食品の名前だけをありがたがる食通の次くらいにグルメじぇねえよ。俺も小夜の部屋に来て四日をそれだけで凌いだが……味が感じられない精神状態だからこそできたと思うんだ。


 とまあ、なんというかこう、恐ろしさと切なさが心強く同居している部屋だった。


「俺がこの部屋にいることを知ってる<魔王>も、その次くらいに恐ろしいけどな……」

「んむ?」

「なんでもない。パーティーは……明後日、だとさ」


 中身のカードには時間と場所が印字されていた。明後日というのは招待としてはやや急かもしれないが、一ヶ月後とかにされても困る。一ヶ月も深淵に浸かってたら廃人待ったなしだ……。


「場所は……<サタナス号>。魔王城とかじゃなくてよかった」

「魔王号じゃぞ。『とか』に入っておらんのか?」


「港なら辿り着けないなんてことはないし。ふむ、服装の指定はなし。パーティーに着てく服なんて持ってないからありがたいけど、これはそのまま受け取ってよいものなのか……」


「制服があればそれでよかろう」

「いや、持ってきてないから……」


 俺はもう学生じゃない。籍は抹消されてる。所属していないのにその学校の制服を着るのはなんだかな、と。


「ああでも、じいちゃんが持たせてくれた袴があるからそれでいいか」

「それでよかろうよ。ではそろそろ一狩り征こうぞ?」


 あかんこれ、あかんやつや。明後日ということは今日と明日は暇ってことなのだ。今から来いと言われた方がよかったかもしれん……。


 * * *


 パーティー当日、<サタナス号>がいる港へ向けて出発した。


「ううぐ……頭がガンガンする……」


 フラフラだ。完全に寝不足状態……でもそれでいい。魔女の晩餐になんて素面でいけるかよ。得体の知れなさ満開だし、パーティーと銘打っているのに招待客はたぶん俺だけなんだぞ。ホストが<魔王>クリュテイアで他の<魔王>をゲスト換算しても、<魔王>の数は変わんないんだよな。<魔王>の集団事情聴取とか、検察なんちゃらかいの次くらいのフルボッコ状態にされそう。


「やっべ……もう帰りたくなってきた」

「我は構わんぞ。帰って、共に籠もろうではないか――深淵の渓谷に」


 なんてことを言う小夜の手には今もゲーム機がある。歩きながらお守り掘りを実行中だ。本国でやれば補導されること受け合いの歩きゲーだが、ここは<魔王>の島。そんなちゃちな条例など存在しない。やりたい放題だ。


 ……大丈夫だろうか、護衛として。


 現在、午後六時すぎ。十月も終わりにさしかかれば暗くなる、なんてことはない。この島には気候上は四季がない。要するに日の長さが一定ってことだ。なのでまだ日は沈んでいない。


 何が言いたいかというなら、まだ明るいせいで目立つのだ。小夜が。二十歳以下が<勇者>の条件とはいえ、小夜の外見は中学生程度。しかもセーラー服着用の学生スタイル。そんなのがゲームしながら歩いてたら視線を集めるに決まっている。心ある紳士の方なら話しかけて保護したくなるかもしれない。つまり変態に絡まれる可能性を生んでいるわけだ。それって護衛としてどうなのよ。


「いや……現実逃避だな、はは」


 袴に刀を差すという侍スタイルな俺は人のことをとやかく言えないのだ。まあむしろ、マイナスとマイナスがマイナスされて最強に見えているから誰も話しかけてこないんだろう。


 それにある意味では、奇抜なのは俺たちだけじゃない。ロールプレイ的なスタイルの<勇者>はけっこういる。気持ちはわかる。入り込まないとやってられないだろ、<勇者>なんて……。


「これで百個! お楽しみの鑑定タイムじゃ! 外れ……外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ、おおぅ、これは良といったところか……うーむ、神級のはなかなか出ないのう……外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ、外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ外れ……はず、れ? うがーっ! 絞りすぎじゃろぉぉぉっ!?」


 ロックバンドの次くらいの激しさで頭を振り回した小夜だったが、すぐにまたカンカン周回に戻っていく。


 ああ……闇が……闇が深い……。


 港までは徒歩で三十分ほどかかった。倍くらいかかったのは足取りが重かったせいか、小夜の細かくゆっくりな歩調に合わせていたせいか。どっちが原因かは痴話喧嘩の次くらいには謎だ。


 人口六千人分の物資の搬入を担う港はそれなりの規模と活気がある。今も各国の担当者により荷下ろしが行われていた。


「んで、<サタナス号>は……と」

「――ムラマサ」

「ん? どした?」


 画面に目を落としたままの小夜が、斜め前方を指していた。髪の毛で。え?


「ようこそおいでくださいました、正村村正さん。素敵なお召し物ですね?」

「お、ふ……直々にお出迎えですか……」


<魔王>クリュテイア。指さしの形になっていた髪の毛を二度見したせいで、こちらへと歩いてくる彼女に気づいたのは、話しかけられてからになってしまった。


「もちろんです。招待客を案内するのは、主催者の役目ですから――」


 俺と小夜はクリュテイアの案内で、<サタナス号>に乗り込んだ。

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