第9話 ノルマ達成


 遠征は十一日目。


 距離的には最も離れたところを生息域としていた沼アナコンダを狩り、少し戻って内陸部へと入った。


 目的地はテント喰らいのワームが生息する岩砂漠地帯。道中にはランク三や四の魔物の生息域もあり、細心の注意を払っての行軍となった。もっとも、十日間に及ぶ野宿生活によってパーティーのテンションはゾンビの次くらいには低下しており、本当に注意を払えていたのかわからない。


 結果的には無事に目的地へと歩を進めることができたが、ランク三だろうが四だろうが雑魚扱いする余裕たっぷりなリーダーがいなかったらどこかで破綻していた可能性もあった。まあユージさんがいなかったら、こんな奥地に踏み込む必要もなかったんだけどな……。


 地図上において目的地まで一キロとなったところで、見晴らしのいい待機場所を発見。パーティー<剣虎>は、数分前にリーダーを送り出した。


 そして今まさに、リーダーとテント喰らいのワームとの戦闘が行われている。


 現場から一キロくらい離れているというのに、肉眼で確認できるほどにワームは巨大だった。振動までこちらに届かせてくることから、質量もとんでもなさそうだ。


 遠目から見るとワームの動きは緩慢だが、数秒に一回という頻度で頭ごと突っ込む噛みつき攻撃をしている。動きはそれなりに速い。どころか、黒獣なんかよりもよっぽど速そうだ。


 それでもユージさんにとってはあくびが出るくらいの鈍さなんだろう。加えて、ワームの攻撃は噛みつきのみ。巨体に巻き込めば圧死させられるというのに、人間を食料としか認識していないためか、ボディプレスを使わないのだ。俺たちなら地面ごと喰われておしまいだが、対応できる力があるなら与し易い相手と言えた。


「あれだよな……巻き添え喰らったら簡単に死んじゃいそうだよな」

「っぱないわー……ユージさんマジでっぱないわー」


 攻撃回数は互角、だが与ダメージ的には一方的な戦いだった。ユージさんの光の牙が巨大ワームを虫食い状態にしていっている。おっそろしいのは光の牙が地上からだけでなく、空中からも放たれているところだ。どうやら立体機動戦闘までこなしているらしい。


 おお、<勇者>よ――そう思わせてくれるレベルが違う戦いに、死人化していたケイスケとリュウもテンションを回復させていた。


「――終わりそうだね」


 巨大ワームの頭部が、殴られまくったボクサーの次くらいにぐらつき、ふらついていた。脳みそを揺さぶられたせいではなく、胴体に穴を開けられまくったせい――頭部と胴体が物理的に切り離されそうになっているために。


 そうなってしまえば、いかに強靱な筋肉群を誇ろうともまともには動けなくなる。勢いよく動けば、自分の頭が千切れてしまうからだ。


 しかしそこは知能ない系、食欲のみで動く系の魔物。自分の状態を無視してユージさんに噛みつきにいき、自分に止めをさしてしまった。さらに千切れ飛んだ頭にユージさんの光の牙が何度も襲いかかり、終戦――。


 * * *


「――うーい、戻ったぜー」


 ワームの姿が消えてから一分ほどでユージさんが帰還した。


「うおおおおっ!」

「しゃあああああっ!」

「おつっす! マジおつかれっす!」

「さすがユージや、痺れるでぇっ!」


<剣虎>のメンバーは我らがリーダーを変なテンションと拍手で出迎える。自分たちは何もしていない。戦っていない。応援すらしていない。けど、だからこそ、その圧倒的な戦いを讃えるには何の不足もなかった。


「おかえりユージ。討伐カードちゃんと拾ってきた?」


 労いつつもそんなことを聞いたのはレナさんだ。


「あったりまえだろ、忘れたコトなんか一回しかねーよ」


 テント喰らいのワームの討伐カードを見せるユージさんだが……あるのか、忘れたこと。豪快というかおっちょこちょいというか、そういうところが母性本能を刺激したりするのかもしれない。暁藍莉嬢なら冷たい目で蔑みそうだが。つまり暁藍莉嬢に不足しているのは母性ということか。いや今はどうでもよろしい。


「課題クリアだね……!」

「おう!」


 ユージさんとシュンさんのハイタッチを皮切りに、俺たちは挙げた手を方々にぶつけていく。家に帰るまでが遠足とはいえ、これでもう後は帰るだけだ。明るさと元気も漲ってくる。


 無理矢理に上がったテンション、途切れた緊張感、緩んだ警戒――だから、自分たちの歓声に他所からの拍手が混じっても、誰も即座に行動することはできなかった。


 もっとも、仮にユージさんが即応したとしても意味は成さなかったろう。

 何故なら――……。


「やるわね、ジャポネーゼ。褒めてあげるわ」

「――――」


<剣虎>が作った歓喜の輪から十メートルほどの位置。太陽の真下。その女は気づけばそこに座っていた。何故そこにあるのかわからない豪奢なイスに座って手を叩き、賛辞を送っていた。


「あ……あ……」

「ま、さか……」


<剣虎>に渦巻いていた歓喜が干上がるのは一瞬だった。


 陽光を煌めかせる金髪。病的なまでに白い肌。扇情的な赤いドレス。翠玉が双眸に嵌め込まれた古めかしい美貌。薄汚れた俺たちと違って汚れ一つないその姿を、知らない者はここにはいない。何故なら、<七日間戦争>を戦った<魔王>の名と容姿はそのほとんどが公開されている。


<魔王>エリザベート――。


 全員がその存在を正しく認識していた。


 けれど、その名を口にする者はいなかった。

 馬鹿な勘違い、何かの間違い――きっと、そんな儚い希望に縋っていたからだ。


「ランク六の魔物を容易く屠るなんて、頑張ってきたのね、努力してきたのね。必死に力を磨いてきたのね。わたしたちを殺すために」


<魔王>が玉座から腰を上げる。


「――だから」


 真っ赤な唇が弧を描き、ゆっくりと開いていく。


「あなたたちはもう要らないわ」


 不吉で禍々しい呪詛が、美しい声で紡がれた。


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