第8話 順調な探索
「ホントに迷宮まであるとは……」
「迷宮といっても、ここのはどれも地下一階止まりらしいけどね」
ミノタウロスの生息域には地下への入り口がいくつもあり、それぞれ別々の迷宮へと続いている。迷宮の広さはそれぞれドーム球場一個分から数個分であり、そこに討伐対象であるミノタウロスが五~二十体程度徘徊しているという。
「一期ごとに内部構造が変わるんですよね?」
「そうらしいね。だから、今回は情報なし。まあ迷うほど複雑な構造はしていないようだけどね。出会ったミノタウロスを倒せず、追いかけ回されるようなことにならなければ平気だと思うよ」
遠征に出てから、同期である一年生ではなく、シュンさんとばかり話している。ケイスケもリュウもグロッキーだしな……。
今は入ると決めた入り口の前で一時休憩中だ。
「しかしタフだね、ムラマサくんは」
「実は自分でもちょっと驚いてますよ」
遠征はすでに五日を過ぎている。荷を背負っての長距離移動に森や岩場などの悪路の踏破。山歩きで耐性があるとはいえ、べしゃる余裕が残っているのが自分でも不思議だった。
「なんかもう魔石食べた影響が出てるんですかね?」
遠征を少しでも効率的に行うため、一年は三日目に討伐した大口獣から出た魔石をもらった。経験値やあるかもしれない取引のために三体余分に討伐したので、六匹分を山分けして二つずつ。最初の一つを合わせて計三つだ。
「魔石の経験値は黒獣一体分だからね。身体能力の向上は割合的なものだから基礎体力があるほど効果は大きいけど、それでもまだ体感できるほどじゃないと思うよ」
一年に配られたのは悪く言えば気休め。モチベーションの維持的な効果を求めて、ということだった。だとすると、小夜がくれた分の三つを加えても影響は軽微か。いや、そうとも限らないな。三と六では倍違う。麻雀の得点的には三倍も違うし、四捨五入の概念を導入したならばもう倍数では語れなくなる。
とまあ、どんぐりの背比べの次くらいに不毛な誤差争いはともかく、真面目に答えを探すなら睡眠時間だな。一年生は不寝番を免除されているため、朝までぐっすり寝られるのだ。熟睡による体力回復効果は大きい。ただ、野外かつライオンがウロチョロしてる環境でちゃんと寝られるのかという問題はある……。
「――そろそろ行くか?」
「ああ、そうしよう」
外縁部から迷宮の入り口まで半日。ミノタウロスの生息域は地下迷宮の中なので地上は安全とも取れるが、できれば夜までには外縁部に戻りたい。というのがパーティーの方針だった。
「迷宮に入る前に最終確認だ。先頭はユージで、前に出てきたのは全部任せる。瞬殺してくれ」
「シュンがやらなくていいのか?」
「ミノタウロスは人型の魔物だ。それなりの知能がある。初撃で仕留め損なうのはなしにしたい」
魔物の行動パターンは、知覚した一番近い人間を狙うとか、己を傷つけた人間を狙うとか、割と単純な設定だ。しかし人型の場合、弱いところを狙ってきたりもするそうだ。
オークなんか女を欲するために男を駆逐しようとするらしい。女の敵だか男の敵だかよくわからんのはともかく、人型の行動は要注意というわけだ。
* * *
迷宮内の通路は情報通り、幅も高さも五メートルほどだった。壁は大理石の如き高級感のある石材っぽいモノでできている。ぽいというのは他でもない、性質が石じゃなさそうだからだ。なんせ、声が不気味なほどに反響しない。壁に吸い込まれていくような感覚がエレベーターの浮遊感の次くらいには気持ち悪い。
「これは油断ならないね。タチが悪いというか……例えば曲がり角の向こうでミノタウロスが歩いていても、音や振動ではたぶん気づけないんじゃないかな」
この迷宮を造ったというか、具現化しているのが<魔王>ならばそれくらいのことはやりそうだ。雑魚的にライオンを設定するクソゲー製作者だし。
けど聴覚が制限されている分、視覚は確保されていたりする。地下通路なので本来は真っ暗なはずだが、天井のところどころに蛍光灯っぽいモノが設置されてそこそこの光を放っているのだ。そんな気配りするくらいなら、街の近くの魔物をスライムにしろよ……。
シュンさんの言葉もあって、パーティーは慎重に地下通路を進んだ。ごめん、ちょっとうそ。先頭のユージさんだけは緊張の欠片も感じさせない足取りだった。曲がり角にもほとんど無警戒で進入していく。
「お! さっそくお出ましだな……!」
もういたのかよーと緊張を走らせる俺たちをよそに、ユージさんは悠然と戦闘態勢に移行。腕を輝かせたかと思うと、その場から拳を繰り出した。
<剣虎>――このパーティー名はユージさんの戦い方というか、その攻撃方法に由来する。
左右の腕から放たれる光の槍。
牙にも見えるそれがユージさんの武器であり攻撃だ。射程はそれほど長くはないが威力は絶大。戦闘経験のあるランク五までの魔物ならば、命中部位を消し飛ばした実績があるそうだ。荷電粒子砲、いわゆるビーム兵器に類するのではないかという話だが、原理など誰も気にしてはいない。原理なんて解明しても、魔法を使う上で何の助けにもならないからだ。常識を捨て去るのに苦労したよ、とはシュンさんの弁。
「うっし、倒したぞ」
ということなので、ぞろぞろと進んでいく。
「……『うっし』と『牛』をかけたんですかね?」
「うーん……冗談で場を和ませとくか、みたいなところはあるけど……さっきのはどうかなぁ。反応がなくても気にした素振りがないから、たまたまだと思うよ」
「まあ、タダノブさんも突っ込んでなかったですしね……」
「ちょお待てや! 大阪人やからってツッコミやれるとは限らんやろ」
待てやと言って会話に入ってきた時点で語るに落ちている気がするが……。
「え……っと、ボケなら得意だと?」
「せやせや。ボケの<勇者>とはわいのことやで。って、なんでやねんっ!?」
「本当に余裕だね、ムラマサくんは……」
「余裕はあんまりないですよ。あるのは不安というか……遠征自体が余裕で進んでるのが気になりますね」
日に日に臭くなる遠征の苦労はともかくとして、今のところトラブルらしいトラブルがない。ラッキースケベなど以ての外。そのせいで、なんとなく嫌な予感が沈殿している。
「言いたいことはわかるよ。『余裕』は死亡フラグだと僕も思う。でも、うちにはユージがいるからね。毎回こんなものではあるんだよ」
確かに、会話できるほどの余裕があるのは、魔物を一撃で殲滅できるユージさんのおかげとしか言えない。
シュンさんがパーティーの最上級生で、ミノタウロスをシュンさんを中心にして全員で討伐しなければ、ということであれば、今とは緊張感も危険度も桁違いのはずだ。
「占いかー……あんま信じてへんかったけど、ちょい信憑性出てきたかもしれんわな」
「え? なんでです?」
「ムラマサが余裕な顔してるからや」
「そうだね。実績ある人間の言葉に信憑性が生まれるのは世の常だ」
「……こんなときになんだけど、ほんとごめんね?」
唐突に謝ってきたのはレナさんだ。パーティーの実力を中堅と謙遜したことだな。パッと思い浮かぶあたり根には持ってるけど、今さらだ。
「いいですよもう。仮に俺が<剣虎>に入らなかったら、<剣虎>は警戒することもなく危険に襲われていたかもしれませんし……」
「フラグは『強いパーティー』であって、『ムラマサくん』ではないわけだよね」
そうこう喋ってる間にも、ユージさんは遭遇したミノタウロスを屠っていたりする。瞬殺すぎて敵の行動パターンを記憶しておくどころか、観戦すら難しい……。
「シュンさんとしては、危険は具体的にどんなものだと思いますか?」
「ユージがいない時に襲われること。ユージでも倒せないような強力な魔物。普通に考えるならそのどちらかだね」
「あるとしたら、空からやろな。最強の魔物はドラゴンって相場が決まっとる」
「空の縄張りは曖昧になってるかもしれないわね」
陸地の魔物は、森とか沼とか迷宮とか、生息域が定まっている。けど空は空が広がっているだけ。知らず知らずのうちに見えない境界線を侵すなんてこともありそうだ。
「夜営に適した広場が実は、ドラゴンが着地した跡だったりして?」
「嫌なこと言うわね……」
「奥地ならそういうこともあるかもしれないね。獣の論理でいうなら、強者の匂いがする場所に弱者は近づかないだろう。できあがるのは安全地帯とは似て非なる場所だ」
あと絶対的強者というと、<魔王>。
中心部に魔王城があると言われているから、奥地に進んで<魔王>と遭遇したなんてことがあるかもしれない。<勇者>を育成している<魔王>が育成中の<勇者>を襲うのも妙な話ではあるけども……。
「じゃあ、他の……外国の<勇者>という可能性は?」
「おっと、踏み込んでくるね……諍いは絶えないし、その可能性を否定はできないよ。ただ、パーティーの全滅はどの国の<勇者>にも起きているからね」
ここ数年に限ってさえ、トップパーティーの全滅をほとんどの国が経験しているという。中にはユージさんのようなトップクラスの<勇者>ばかりで固めたパーティーが全滅した例すらある。その国の戦力がガタ落ち状態なのはさておき、そんな反則級のパーティーを全滅させられる戦力など簡単には用意できまい。
「補充の関係上、<勇者>の生死や出身、勤続年数などは公開情報になっている。そのデータを見るに、少なくとも、特定の集団がPKをしているなんてことはないはずだよ」
「そうですか……」
そもそもPKは弱いパーティーを狙うものだしな。<勇者>が死んでも補充される以上、その国の<勇者>を全滅させない限り、PKでは戦力を削れない。他国のトップパーティーを確実に狩れる<勇者>がいるなら脅威だが……公開情報の中にそんな<勇者>は存在しないと思われる。
「すでに死んでいるはずの<勇者>が彷徨っている、なんてことはありませんか?」
「なんやて……?」
「奥地にいて、やってくる<勇者>を襲うのは食料を得るため。自分の情報を隠すために、襲ったパーティーは皆殺し」
「うっわ、どえらいこと考えんのな」
「うーん……考えにくいけど、ないと断言はできないね。課題が実現不可能だったら、サバイバルでの生き残りを目指しても不思議はないよ。それを<魔王>が許すかはわからないけどね……」
「――おっ、階段見えたぜ!」
結局、入った迷宮は分かれ道もなく、そこそこ長かったものの一本道のままで終了した。
喋っている間もユージさんのサーチアンドデストロイは繰り返されていて、倒したミノタウロスは計八体。三体討伐した時点で引き返すという選択肢もあったが、迷宮が一本道だったせいでそのまま突っ切った形だ。隠し扉とかからいきなりミノタウロス出現なんて可能性もあったことを考えると、さすがに警戒が緩かったかもしれない。その手の扉や罠はこれまで確認されたことはないないそうだが……。
階段を上がり、天井の扉を開けて地上へと帰還する。
外縁部への帰り道、襲ってくるかもしれない危険候補を整理しておいた。
ド本命は魔物。特にドラゴンのように空を飛べる魔物が第一候補だ。次点でワームなどの地中にいる魔物の不意打ち。陸上の魔物も、擬態するようなタイプや、くっそ速いタイプならば可能性がある。
次に他のパーティー・他の<勇者>だが、これは話を聞く限り、対抗とまではいかない。可能性としては二番手ではあるが、予想としてはもう穴の領域に入っている。ただ、もしも死亡を艤装した<勇者>が存在すれば、その危険度は高そうだ。
そして、大穴で<魔王>。<魔王>に関しては警戒するだけ無駄だ。殺意を持って襲われたらどうしようもない。迎撃に出てくる<魔王>がいたら<勇者>は勝てやしないのだ。殺しに来いと言っていたし、どこぞで待ち受けてくれているはずだが……。
なんとか日が落ちる前に外縁部に帰り着き、夕食の後に一年生は就寝となる。遠征の日程としては、これで半分弱といったところだった。
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