第3話 入学式


 西暦二○○○年。記念すべきミレニアムイヤーに、人類史や科学史、宗教史、その他もろもろに重大な影響を与える戦争が勃発した。キリが良いからという理由で選ばれた年に、現代兵器と戦ってみたいという動機でもって、異能の力を操る<魔女>たちが世界に喧嘩を売ったのだ。


 <魔女>の標的として、<魔女>と戦うことになったのは太平洋・大西洋の沿岸にある先進国。海を背にした<魔女>との砲撃戦から、後に<七日間戦争>とか<魔の七日間>などと呼ばれることになる戦争は始まった。


 その名称からわかるように決着は早く、そして、勝者は<魔女>だった。


<魔女>はたちは音速を超える戦闘機をあっさりと撃ち落とし、数多の海上戦力を海の藻屑と変え、海中を潜航する潜水艦にさえも鉄槌を下した。当時最新鋭だった兵器の悉くがわずか十数名の<魔女>の前に脆くも敗れ去ったのだ。自国近海の汚染を覚悟して使用された核・生物・化学兵器も通用せず、戦力のほとんどが葬り去られたところで戦争は終結した。人側の降伏という形で。


<七日間戦争>は世界を巻き込んだ大戦ではあったが、<魔女>たちの興味は現代兵器に集約されており、その被害は<魔女>と戦った国の各種兵器とその運用者のみと限定的だった。しかし、それ故に当時の世界の軍事バランスは崩壊してまっていた。


<魔女>と戦う必要がなく、戦力を維持できた国や組織にとって千載一遇のチャンスが巡ってきたと言えよう。現実に、世界の覇権を求めて侵略を仕掛けた国があったし、混乱を助長させるようなテロを起こした組織があった。


<七日間戦争>により空と海の兵力をほとんど喪失した日本もその当事国だった。侵略を仕掛けられたのだ。国内に動かせる防衛戦力はなく、同盟国もまた兵力を失っている。敵勢力の本土上陸すら想定される悪夢のような状況だった。しかし、空き巣狙いのような敵国の侵略は失敗に終わる。


 欲望のまま好き放題に暴れ回って軍事バランスを崩壊させた<魔女>は身勝手だが、無責任ではなかったのだ。


 侵略に応戦した<魔女>は、侵略戦争を始めた恥知らずの国々の軍隊全てと国土の一部を都市や住人ごと消し炭にした。聖戦というオブラートに包んで行われたテロの実行組織に加えて資金供給者も暴き出して塵にした。制裁そのものであった<魔女>たちの攻撃による人的被害は数億人。<魔女>たちは無責任ではなかったが、無慈悲でもあった。


 それを目の当たりにして戦闘行為を継続できる国や組織はほとんどなかった。比喩ではなく世界は平和になった。少なくとも、軍事バランスが<七日間戦争>以前に戻るまでの間は大規模な争いが起きることはなかった。


 そうして世界が落ち着いてから、<魔女>は宣言した。


 我々と戦いたくなったいつでも受けて立つ、と。


 屈辱的な大敗を喫した国々は<魔女>用の兵器の開発を始める。しかし、<魔女>には破壊力において最大級であった核兵器が効かない。中性子線なども効果が見られない。太陽やブラックホールに突っ込んでも生還しかねない<魔女>たち――それは一部学者にとってとても魅力的な体質だ――に対して、科学による勝利は不可能という結論が出るのに時間はかからなかった。一部を除いて国同士が連携・協力することはなかったが、仮に全世界が協力して開発にあたったとしても結果に違いは出なかっただろう。


<魔女>たちもそれは予見していたのかもしれない。


<魔王>と呼ばれ始めていた<魔女>たちは、自らの脅威を自ら生み出すために動いた。日本の南東、太平洋の一部に人工島<エラスティス>を造り、打倒<魔王>を掲げる<勇者>の育成場としたのだ。


 そして、世界に向けて<勇者>を目指す人材を募った。


 各国の胸中は現在進行形で複雑であろうと言われている。<魔女>を倒せる人材が、<魔王>を凌駕した<勇者>がそこで生まれたとして。その者が善なる存在とは限らない。現<魔王>より質が悪ければ、世界にとって新たな脅威が生まれるだけなのだ。そうでなくとも、敵国の教育を受けた者がそうなれば自国が滅ぼされる可能性がある。


 前向きに捉えれば、宗教で語られる神や救世主のような存在を得ることができるチャンスなのだが、やはり失敗のリスクが大きすぎた。けれど選択肢はなく、各国は<魔王>を倒すべく、<勇者>候補の人材を供出する。


 島が誕生して半世紀――幸か不幸か、<魔王>は未だ健在である。


 * * *


 <イロアス号>の目的地は日本人の間ではエロマンガ島の次くらいに有名だと思われる島、沖ノ鳥島の東海域。半世紀前そこに新たに誕生した……いや、<魔王>と呼ばれる者たちによって誕生させられた島だ。


 島の名は、あるいは国の名は<エラスティス>。


 縦横三百キロほどで面積は北海道と同じくらい。総人口は六千人弱。内訳は<勇者>五千人、職員千人だ。家畜はいないが<魔王>の配下たる魔物は居住区以外のほぼ全域にうようよと生息し、その数は<勇者>の十倍だとか二十倍だとか言われている。気候は高温多湿。常夏の島と呼んでも差し支えないが、島全体の気候がそうであるわけではない。極地並みに寒い地域や砂漠以上に暑い地域が存在している。重力も六分の一だとか十倍だとかいう場所があるという。植物は島ができた頃は草一本生えていなかったが、半世紀ほど経った今では南国らしい植物が茂っている。中には食人植物も混じっているようなので注意が必要だとか。地雷原の次くらいには出歩きたくない魔界っぷりだ。


 そんな島の北東部、人やら物資を搬入している日本側に、島で唯一の街が存在している。


 <イロアス号>も当然その街の港に入港し、新たな生贄という名の積み荷を島に吐き出していた。


 下船した俺たちが向かったのは<勇者>全員の活動拠点、<勇者>の<勇者>による<勇者>のための育成・互助施設だ。元高校生に馴染みのある言葉で表現するなら<勇者>の専門学校といったところか。


 俺が通っていた高校のような一般校との違いは自主性のレベル。<勇者>の学校には決まったカリキュラムはないし、教師という職業の人間もいない。学校側が生徒に与えるのはそれぞれの所属年月に応じた課題と、それが未達成だった場合の追試のみだ。


 ちなみにこの追試、温情ではなく足切りの意で行われる。追試の突破率イコール生存率は十パーセントを切るらしいので、少しでも長生きしたいなら課題は絶対にこなしていかなければならない。


 * * *


『――<勇者>の皆さん。ようこそ私達の島へ。私は貴方達の入島を心より歓迎します』


 講堂に着席した新米<勇者>五百人の前で挨拶を始めたのは、妖しく怪しげな黒いローブを纏った銀髪赤眼の――アルビノの特徴を有した女性だった。見た目の年齢で区分けするのなら、女性より少女と形容すべきかもしれない。西洋系の顔立ちで特殊な容姿をしている上、異様な威厳を発しているために判断しづらいが……それでも壇上の人物は外見年齢だけなら年上には見えない。


『すでに説明を受けている方も多いかと思いますが、この島ではあらゆる権利が存在しません。ええ、ですから、貴方達は真に自由です。隣人を愛する事も隣人を殺す事も、隣人に与える事も隣人から奪う事も自由にしてよいのです』


 多くの<勇者>は緊張の面持ちで少女の姿を見て、その話を真剣に聞いていた。俺も同様だ。前半部分だけは。人種の坩堝な<勇者>なので、学校長の挨拶は英語らしき言語で行われている。おかげで内容がさっぱりなのだ。ただ『これから皆さんには殺し合いをしてもらいます』の次くらいにはヤバイことを言ってそうな気はする。


 なにしろ校長として壇上に立っているあの少女こそが<勇者>の怨敵、<魔王>なのだから。


 世界に喧嘩を売り、勝利を収め、<魔王>と呼ばれることとなった<魔女>の一人。中でも最強と目されている存在。多くの偉人を差し置き、世界で最も有名となったその名は――クリュテイア・クラトラス。


『手段は問いません。どのようにでも如何様にでも強くなり――いつでも私を殺しに来て下さい。私からの挨拶は以上です』


 狂気を孕んだ微笑を残して、学園長は舞台袖へと姿を消す。<魔王>であることを差っ引けば最上級の校長だった。彼女は校長で最も重要な資質を有していた。挨拶が短い。


 <勇者>たちの吐息が重なり、重苦しかった講堂の雰囲気が少しばかり軽くなる。


 次に壇上に現れたのは先輩<勇者>たちだった。


 入学式というか説明会というか新入生歓迎会というか、そんな場に出てくるのだから<勇者>の中でも強い人たちなんだろう。新米の俺たちとは明らかに存在感が違った。<魔王>の島で生き抜いてきた風格がある。


 彼らは学校の施設やら規則等々の説明を始めた。もちろん英語で。やめてよもう。日本も<勇者>の選出基準にせめて英会話能力くらい加えるべきだ。そうなったら高二の進路選択まで誰も英語を勉強しなくなるかもしれないけど。


「くぁ……」


 話がさっぱりなおかげで<魔王>によって吹き飛ばされた欲望が湧き上がってきた。


 すなわち睡眠欲。とりあえず、俺はくっそ眠たい。


 小夜が寝かせてくれなかったせいだ。無論、色っぽい話じゃあないぜ。二人してやっていたのはゲームだ。初日は完徹。その後も睡眠時間は一日一時間くらいだった。プレイ中はもちろん食事中でも寝落ちしたらすぐさま叩き起こされたし、風呂やトイレも籠もる時間が十分を超えると踏み込んできやがったからだ。カギカケテタノニドウナッテンノ。ともあれもう二度と乗ることはないであろう豪華客船での船旅が、拷問の次くらいにはハードな日々になってしまった。


 そして皆さんお気づきのように、恐ろしいのは二十四時間監視態勢を実践していた小夜自身の睡眠時間だ。あいつ四日寝てねえ。死ぬぞ。むしろ目はもう死んでた気がする――……。


 * * *


「……み……ねえ、君ってば。大丈夫? 生きてる?」

「はっ……!?」


 飛び起きて、意識が覚醒したことに、つまり寝ていたことに気がついた。


 どうやらもう入学式は終わってしまったらしい。七割くらい埋まっていたはずの前方の席がすでに空席ばかりだ。式全般における終了後の騒がしさで目が覚めないとは……王子様のキスで目覚めるお姫様の次くらいに深い眠りについていたらしい。


「おはよ」


 背後からの声に振り返ると日本人の女性がいた。どうやら彼女が起こしてくれたらしい。余計なことを、とちょっと思ったり思わなかったり。


「あれ……どこかでお会いしましたっけ?」


 初対面のはず、なのに……日焼けしたその顔になんとなく見覚えがあった。だから断じてナンパの常套句ではない。


「あはは……望月怜那って言ったらわかったりする?」

「……ああ、もしかして元アイドルの?」

「そうそう。いやー覚えてくれてる人がいたなんて感動だよ」


 望月さんは少しおどけたように笑った。ダンス系のアイドルだったはずなので華奢というイメージはなかったが、それでもずいぶんと雰囲気が変わっているように思う。快活というか精悍というか、アイドルの時より短くなった髪やら小麦色にまで灼けた肌がそう感じさせるのかもしれない。たださすが元アイドル、メイクなんてほとんどしてないっぽいのに華やかだ。


「君すごいねー。説明会で寝てるとかさ、馬鹿なんだか図太いんだか大物なんだか」

「いやどれも違うんで。単に寝不足だっただけで……」


 説明はどうせ聞いててもわからなかったので、俺としては有意義な時間の過ごし方をしたと自負している。だってあれだぜ夜にはまた狩りが始まるからな……ゲームだけど。求めていた関係とは豆腐と卵豆腐の次くらいに微妙かつ決定的に違う。


「えーと、それで……俺に何か?」

「あ、勧誘だよ。勧誘ー」


 望月さんはイスを跳び越え、隣の席に座った。


「勧誘って……パーティーに、ですか?」

「そーそー。ほら、日本ってくじ引き制じゃない? だから毎年さ、二次説明会に来ない人がいるんだって」


 二次説明会というのは先輩の<勇者>が主に同国出身の新人を集めて行うものらしい。部活勧誘のように、講堂を出ると声をかけられ会場へご案内。日本語に訳した説明を聞いた後、新人は既存のパーティーのどこかに所属するというのが慣例となっているそうだ。しかし、最初から帰宅部を選んでいる人は参加を断ってしまうし、そもそもこの入学式にも出ていなかったりする。


「だからそういう人は個別に訪ねて、勧誘するってわけ」

「それはまた親切でありがたい話ですね……」

「まーね。それでもやる気が出ない人はほっとかれるけどね。何回も構う余裕はないし、さ」


 望月さんがここに来たのは一年前。その間に様々なものを見てきたことを感じさせる声音だった。


「で、君は? ここで生きていく気はある?」

「もちろん簡単に死んでやるつもりはないです」

「それじゃあ――……」

「その前に、一つ教えてほしいんですけど……」


 俺はこう見えて真面目でお人好しなので、目上の人の助言には素直に従おうと思っている。だから事前に訊いておく。


「なに? わたしで教えられることなら教えるよ。あ、スリーサイズは却下ね。もう計ってないからわからないし」

「望月さんのいるパーティーって、その……強いんですか?」

「す、スルーされた……」


 自分で却下とか言っておいて嘆くとか、ミニスカの裾を押さえながら階段登る女子の次くらいに理不尽だな。興味はあるから安心して下さい。


「それで、どうなんでしょうか?」

「んー……どうかなぁ。たぶん中堅くらいだと思うけど……」


 真ん中くらい、か。


 なら問題ないかなと判断した俺は、重大なデータを失念していた。美少女がいるパーティーに入れそうだとかいう邪な期待感で考えない振りをしていたわけじゃない。本当に気づかなかったのだ。元アイドルといっても、望月さんは日本の教育を受けた日本人だということを。日本には謙遜とか謙虚という名の普遍的な美徳が存在していることを。


 『強いパーティーには入らない方がいいかもしれません』――おかげで俺は、暁藍莉嬢の助言を無視する形で<勇者>生活をスタートさせてしまうことになる。



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