第4話 チュートリアル
「おいーっす!」
「よっ。また会ったな、村正っ」
「どうやらそのようで……」
望月さんに連れられて向かった合流場所では、七人の男女が待っていた。その中の二人は顔見知り程度の新人<勇者>だった。名前は……あれ名前なんだっけ。彼らと知り合った後すぐに狩り地獄が始まってしまったので記憶領域からすっぽり抜け落ちてしまったようだ。まあいいか。
他のメンバーは二十歳前後。外見上は街で見かける大学生と大差ないが、気配はまるで違った。存在感に厚みと凄みがある。そのせいで体が一回りも二回りも大きく見える。隙もない。背後からぶった斬ろうとしても簡単に対処されちゃいそう。
先輩たちに対してそんな感想を抱いていると、新人の片割れに肩を叩かれた。
「お互い運がよかったな。日本人の中じゃトップテンに入るくらいのパーティーらしいぜ、ここ」
「え……?」
望月さんの報告中に行われたコソコソ話で、戦慄の事実が明らかになった。
日本人<勇者>は約千人。パーティーとかギルドとかクランとか呼び名やら活動人数はまちまちであるが、そういう単位が百くらいあると聞いている。その中でのトップテン入り。どこをどう考えても中堅じゃねえ。
おいおい望月さん、『えーそんなことないですよー』がアイドルの常套句とはいえちょっと話が違うんじゃないですかね……。
「どした、なんか顔青くないか……?」
「ああ……いや、ちょっと……な」
間抜けをやらかしたのは間違いないにしても一応は避けようとした。なのに、暁藍莉嬢が懸念した状況になってしまったという事実。やばいな、やばい。運命とやらの吸引力は高い吸引力の掃除機の次くらいには強いらしい。あれけっこう弱いかもしれん、どうして避けられなかった……。
「……コホン。それはまあ、ともかくとして、さ」
さらに小声になって顔を近づけてくる。目が別方向を向いてなければ頭突きかましてたぞおい。
「村正といっしょに来たコってさー、もしかしてー……もしかする?」
「あの怜那ちゃんだよな? な?」
本人が隠してないっぽいから頷いておく。
「そうらしいよ……」
「ヒャッハーッ! オレたちついてるぅっ!」
「ワンチャンあるよワンチャンーっ」
二人は歓声を上げ、ハイタッチの後に心の友よハグ。大丈夫かこいつら。ワンチャンもないよ、死語だよ、現実を見ろよ。リーダーっぽい男といい雰囲気出してるじゃん望月さん。さすがの女子力、暁藍莉嬢とは桁が違う。いやあの人ゼロどころかマイナスっぽいから、たとえ百倍にしても追いつくどころか引き離されそうだけどな……。
「――よし、じゃあうちはその三人で決定だな!」
「そんじゃま、歓迎会と行きまっか?」
あー……決定かー。
ここまで来てやっぱやーめたとはいかないよな。とりあえずドタキャンはまずい。日本人の<勇者>は新人百人を含めて千人だ。少なくない人数ではあるがコミュニティの規模的には学校やら閉鎖的田舎町と大差ない。
つまり。悪評は光の次くらいの速さで広まっちゃうということだ。あれ怖いよな。公園で遊んだ次の日『ウンがいい男』になったことをクラス中が知ってたからな。佐東と須々木いつかぶった斬る。
まあこうなってしまったものはしょうがないか。それに、助言に従って強くないパーティーに入ったとしてもリスクが消えてなくなるわけじゃない。『何もしない』という臆病的安全策も、熊の前で死んだふりの次くらいに危険な行動だ。
「……何もしないと言えば、あいつどうしてるんだろな」
小夜はお守り掘りをやると言って入学式をバックれてしまった。ゲームのモチベが高すぎるせいで、<勇者>をやる気がなさすぎる。どこかの勧誘に引っかかってるといいんだけど……。
夜は狩りに行く約束だからそのときに聞いてみるか。
* * *
和食街といった感じの区域には餃子焼肉牛丼カレー回転寿司ラーメンなど有名どころのチェーン店舗があった。
めっちゃ体に悪そうなラインナップだが、配慮はそれなりにされているらしい。例えばラーメンはもやしが山盛りになっていたり、回転寿司では野菜盛り合わせが回ってきたりとか。もちろん生のままの食材を売っている店もあり自炊している<勇者>もいるし、遠征に出るときに仕入れたりもするようだ。一番人気はフルーツ味の携帯食らしいけど。
パーティー<剣虎>の行きつけはここ一番に抜群な強さを発揮しそうなカレー店だった。
昼飯時ということもあって、店内は新人を加えた<勇者>パーティーで賑わっている。ちなみにここに限らず店員はだいたい公務員だ。扱いではなく、試験に合格した歴とした公的存在。
調理に高度な技術が要らないからこそ各種チェーン店が誘致されたのかもしれないが、芸人以上の体当たりリポートをさせられる新人アナウンサーの次くらいに不憫な仕事内容と言わざるを得ない。
「<剣虎>のリーダーをやってる大場勇二だ。ユージと呼んでくれ。<勇者>は六年目だ」
やはり、望月さんと付き合ってるっぽい人がリーダーであった。
やべえな、この人……。
戦闘力を計測する機械なんてモノがなくとも、彼が群を抜いて強いことだけははっきりとわかる。彼を見ていると体の芯が震えるのだ。たぶん――本能的な畏怖で。
「あー……説明は苦手だ。つーわけでシュン、頼んだ」
「了解。サブリーダーの福井隼です。どうぞよろしく」
体育会系な雰囲気のユージさんから説明を継いだのは、文化系の雰囲気の副リーダーだった。
「とりあえず基本的なことを説明するから、適当に食べながら聞いてくれるかな」
最初に、街の施設についての説明があった。
原則として、島にある一般施設は<勇者>なら誰でも無料で使える。食べ物屋では好きなだけ飲み食いしていいし、服屋では好きな服をもらっていいというように。……あれだな、万引きが存在を許されない先鋭的システムだな。平和だ。
注意すべきは装備品。主にハイテク素材が駆使された防具類だが、これは自国が運営している店に入った方が無難らしい。日本は他国の<勇者>の来店も歓迎しているが、いい顔をしない国の方が多いそうだ。注意されなくても日本語が通じるところしか行きたくない。つまり魔物狩りにも行きたくないわけだが……。
次に学校関係。寮生活や課題について。四半期ごとに出る課題はさほど複雑なものではない。例えば俺たち新人の場合、『魔物を一体倒す』がそれにあたる。証明は魔物を倒したときにドロップする討伐証明カードで行うそうだ。カードが有効なのは取得した期のみで、溜めておくことはできない。
それらの説明が終わる頃にはみんなの皿は平らになっていた。いや、副リーダーのを除いてだけど。参謀っぽいポジションの上に苦労人なのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうかな」
俺たち新人組は頷き、副リーダーを注視する。
「君たち三人には最低二期、つまりは半年間、見習いとしてパーティーに随行してもらうことになる。主な仕事は荷物運びなどの雑事で戦闘を行う必要はない。魔石は君たちも含めて均等割だ――ユージ」
「ああ。ほれ、デザートだ」
新人組の前に滑ってきたのは妖しげな輝きを放つ青紫色の石だった。
「これが……<魔石>、ですか?」
「そう、一定以上の強さの魔物を倒すとドロップする強さの源だよ。僕たちは魔物を倒すか、この魔石を摂取することで基礎能力が向上する。さ、それは契約料だ。口に含んで噛み砕いてみてくれ」
リーダーのポケットに入っていた点に対して少し躊躇いを感じつつも、言われた通りにしてみる。
奥歯に感じた硬さはコップの底に残った氷くらいだろうか。<魔石>はバキリと砕け、綿菓子の次くらいの抵抗感の無さで溶け消えた。それと同時、熱のような何かが体の中へ広がっていったような感覚があった。これは……。
「これで君たちも人間を逸脱した。規模は小さいし強度も低いけど、かの<七日間戦争>において<魔王>が用いたのと同種の『力』を使うことができるようになったわけだね」
「お、おお……」
「マジか……」
隣の二人は感動したように自分の両手を見てはにぎにぎしている。
俺はというと、自分の変化とは少しだけ異なる方向へ意識が向いていた。
「……君、ムラマサくん。どうかした?」
「え……? ああ、いえ……至れり尽くせりだなと思って」
「先輩の努めだよ。この島は新人の試行錯誤を許してくれるほど優しくないからね」
「一番弱い魔物でもライオン並みだからなぁ」
「誰だよそんなクソゲー作ったのは……」
街を出た途端に全滅とか、生還率一パーセントとか銘打っても誤魔化せないクソゲーっぷりだぞ。
「おーおー、ムラマサってけっこうええ性格してんのなー」
「公然と<魔王>批判かい?」
笑いながらなので冗談なんだろうけど、そういうこと言うのやめて下さい。
まあそれはいいや、せっかく注目が集まっているんだから今のうちに話しておこう。
「パーティーに加わるにあたって、一つ話しておきたいことがあるんですが、いいですか?」
「構わないよ。何かな?」
八人の視線が集まってくる。解答とか発表とか苦手なんだよな。プックスクス笑いが聞こえてくるし。笑った奴はもれなく『いつかぶった斬るリスト』に追加してやったけどな。
「島に来る前に、『強いパーティーには入らない方がいい』というような占いを受けてまして――皆さんはその占い、どう思います?」
反応は大別すると一種類。メンバーほぼ全員がリストに追加された。占いはやっぱり信じてもらえないらしい。俺だって誰かが真剣な顔でそんなことを言い出したら笑いそうだしな。
「……その『強いパーティー』が何らかの危険に見舞われるという解釈でいいのかな?」
例外は副リーダーだ。神妙な顔をしている点では望月さんもか。嘘ついたもんねあんた。
「俺もそういう解釈をしてます。俺が入る入らないに関わらず、強いパーティーが危険に巻き込まれる――」
「それだと慎重に行動するくらいしか対処法がないね……」
「シュン……もしかして信じてるのか?」
「信じるも信じないもないよ。僕たちは異能の実在を知っているはずだ」
「けどよ、ムラマサのは島の外でって話だろ?」
「<魔王>が――<魔女>が生まれたのは、島ができる前だよ。『本物』が存在していない証明にはならないね」
本物か……実際のところどうなんだろうな。半信半疑というのが素直なところだ。
「それにね、もしかすると統計的なデータを基にした正統的な占いなのかもしれない。ユージも知っているはずだ。強いパーティーほど全滅率が高いことを。無理のないはずの遠征計画に失敗していることを、ね」
「まあ、な……」
「何にしても抽象的な表現だからね、深く考える必要はないよ。いつもより少し慎重に行動し、無理はしない。それくらいで十分だ。そういうことだよね、ムラマサくん?」
「ですね。話さずに何かあったら後悔しそうだから話しただけですし……」
話すは一時の後悔、話さぬは一生の後悔という言葉もあるし。あれ、ちょっと違ったっけな。
「いい心がけだと思うよ。ケイスケくんとリュウくんも、気になることがあったら臆せずに話してほしい。気になることを秘めたままの個人行動は死亡フラグだからね?」
笑いを誘ったところで、副リーダーは話題を元に戻す。
「君たちは呆気なく『力』を得たわけだけど、それはまだ具体的な形になっていない。素質に過ぎないんだ。だからまず、君たちは君たちだけの『力』を創造し、発現させなければならない。必要となるのは強い意志。これは人によるけど、万人に共通する強さの概念とその具体性、島での有用性・必要性という観点から『攻撃的な意志』を推奨している。叩く・斬る・突く、あるいは燃やす・凍らせる――要するに、魔物を打倒しうる攻撃方法を創造しろということだね」
なにそれ。俺にとっては一沢なんですけど。
「何でも実現できるわけじゃない。制約や制限の類は多く存在している。けどそれは今は考えなくていい。<魔石>を多く取り込むことで解決できることもあるし、そもそも『こんなことができるはずがない』といった理性的判断は超常的な力の行使においては障害にしかならないからね。明日からの狩りで僕たちのそれを見ることになると思うけど、それも無視してくれて構わない。初心者にとっては自分との相性が何より大事だ――」
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