第16話 発熱夢

 爪の先が額に、つっ、と立てられるような感覚が睡眠の間中去らなかった。


 眼が覚めると、発熱していることが分かった。

 ベッドからするっと下り、洗ったままアイロンをかけていないワイシャツを素肌に直に身に付ける。

 喉の痛みも気管支のくすぶりも特になく、ただだるく、前髪のかかった部分が熱い。

 なんとなく予感はあった。

 昨日、生まれて初めて撃った実弾の、そのリボルバーのグリップの反動が手首を腫らした。生水を飲まない、つまり氷も作っていないわたしはただひたすら水道水を流し続けて冷やし、キッチンに明け方まで立っていた。

 

 仕事を休む、という選択肢はない。スケジュールが詰まっているからというだけではない。

 金庫のナンバーを管理しているのは事務所でわたしだけなのだ。

 決して皆を信用しない訳ではない。単純に本社の方針なので、赴任したその日にスタッフには気を悪くしないよう告げた。また、実務上は非常な不便を強いることも詫びた。


「おはよう」


 事務所に着くとできるだけ不調を悟られまいと自分の方から挨拶した。


「どうした?」


 エルセンはわたしが次の行動を取ろうとする前に声を掛けてくれた。


「少し熱がある」


 一言だけ告げて、デスクの上に置かれたPCを起動した。

 そのまま仕事に入る。

 何故だか分からないけれども、ふっとこんなことを口に出していた。


「今夜、みんなで飲みに行かない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る