第15話 初弾
わたしが長期レンタルしている車のダッシュボードには常にこのリボルバーが仕舞われるようになった。
この街での任が解けて車を返す時には銃もなんとかしないといけない。
「イサキ、痩せたな」
「そうね」
エルセンはわたしの精神とそれに連動する肉体の変化を驚くべき観察眼で言い当ててくる。
わたしはそっけなく反応し、大したことが起こってる訳じゃないんだ、ということを雰囲気で伝えていく。
仕事の帰り。今日は比較的早く事務所を出た。
といっても、コンビニの営業時間が終了しそうな時間。”時刻”からネーミングされたこの国のコンビニの営業時間は本当に午後11:00までだ。駐車場が無いので路駐して大急ぎでチョコレートを1枚だけ買った。
その板は日本のそれよりも分厚く、縦横も長い。
しかも、ものすごく甘い。
車を出す。今日はこのままマンションに帰って夕食の代わりにチョコを一欠片コーヒーに溶かして飲む。後は寝るだけだ。
ウィンカーを点滅させ、小路を横切ろうとすると、ヘッドライトがストロボのようにその光景を照らし出した。
道路上に倒され、3人の黒人男性に取り囲まれている1人の黒人女性。
ワンピースの裾がはだけている。
この状況で想像できるのは、強盗かレイプか。あるいはその両方か。
日本人的なわたしの感覚でまず間抜けにも発想したのは、地べたに倒されているその女性の容姿はレイプの対象となるようなものだろうか、ということだった。瞬間、自分を恥じたけれども、どうしようもない日本人のくだらない本質を露呈してしまったのはわたしだけの罪ではないと開き直った。
まるで心霊現象の現場に出くわしたような瞬間の鼓動とショックを感じた。
けれども、一瞬でわたしは思考と反射でもって行動していた。
パン!
蒸し暑さの中、既に開けていた運転席側のウインドウから不自然な腕の伸ばし方で右の薬指で引き金を引いた。
”痛っ!”
手首に激痛が走る。でも、それは一瞬のことでダメージは残っていないようだ。発砲の反動など想像でしか知らなかったので、体が順応する訳など無かった。
が、ハンドルは握れたので助手席のシートに、ぼふっ、と銃を放り、アクセルをぐっ、と踏んでその場を去った。
黒人男3人と黒人女性1人。4人のその驚きの表情が、ヘッドライトに照らされたからなのか、おもちゃみたいな軽い乾いた銃の音によるものなのか、あるいは弾丸が誰にも命中せずアスファルトの表面にビッ、と反射したからなのか。そのすべてによるものなのか、分からない。
多分、女性は助からない。車で通りかかった日本人の女がやったことは、単に銃を撃ち、その弾丸が地面をえぐっただけだからだ。男3人の行動の抑止になどなろうはずもなかった。
残り、2発か。
罪悪感を消すために、分かり切った事実を頭の中でなぞらえた。
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