第2話 殺到
翌日から、早速想区の調査をする、ということになっていたが……
「ぱくぱく。もぐもぐ。おいしい!」
「……」
「ずずず……ご飯と味噌汁って何だか安心する組み合わせね! あ、こっちの漬け物もおいしいわ!」
「……姉御」
「何よもぐもぐ」
「いえ、体力も回復して、人里に出て安心したのはわかります。姉御の食いしん坊っぷりも。でもそろそろカオステラーを捜すべきでは」
「わかってるわよぱくぱく! だから急いで食事を頂いてるんふぁふぁいふぉ!」
かぐやの家の朝。
休ませもらったエクス達一行は、老夫婦の厚意に甘えて朝食をご馳走になっていた。
空腹に、夫婦の作ってくれた素朴な食事は非常に美味に感じられた。
エクスとてその気持ちに違いはない。レイナほどの分量(米4杯)は食べずそこそこで遠慮しているが。
「シェイン、無駄だ。食べもんの前でお嬢に欲望を制止させることは」
「そうですね……シェインが愚かでした」
すると、食卓に着いていたかぐやが、くすりと笑みを浮かべた。
「とても、賑やかで素敵ですね。いつもこのように皆さんは明るいのですか」
「いつもこういうわけじゃないけど……まぁ、食べ物を前にしたら少なくともレイナはこんな感じかな」
エクスが何となく応えると、かぐやとそこで目が合った。
かぐやは一瞬だけ止まってから、ちょっとだけ目をそらす。
「そ、そうですか……」
「? 僕の顔に何かついてる?」
かぐやがちらりちらりとエクスをのぞくようにするので、エクスは聞いた。
するとかぐやは、いえ、と言って目を伏せるのだった。
エクスは不可解だ。
レイナ達に対してはそうでもないのに、出会った時から、かぐやは自分に対してだけ少し違う態度であるようにも見える。
シェインは何かを鋭敏に感じ取っているようだった。
「ほほー、新入りさんもいちいち、隅に置けないですね」
「え? シェイン、言ってる意味がよく――」
と、エクスがたずねようとした、ちょうどそのときだった。
『姫ーッ!』
「わっ?」
エクスは跳び上がらんばかりに驚いた。
外から、男の大声が響いてきたのだった。
『かぐや姫ッ!』
驚いている内に、また怒号のような声。
エクス達は、戸から顔を出して外を窺った。
そこに身なりのいい、従僕と馬を連れた男が立っていた。
見た感じで、一般市民、という印象ではない。
どこか、緊張と期待の入り交じったような態度をしていた。
そうして男はいきなり言った。
「私は大納言大伴御行と申す! かぐや姫殿! どうしても、どうしてもあなたと結婚をさせて頂きたいのです!」
「け、結婚!?」
レイナは一瞬、赤くなって驚いた。
突然訪ねてきた男の申し込みに、当然、エクスもびっくりした。
タオはほー、と何だか面白そうな顔を、シェインはいつものような無表情をしている。
するとそこで、言われた本人であるかぐやが、小さく吐息をしていた。
「また、……結婚を望まれる方が来ましたか……」
「また!?」
これには全員が一斉に驚いているのだった。
*
「お騒がせして、申し訳ありませんでした」
静かになった居間で、かぐやはエクス達に頭を下げていた。
レイナは未だに驚きを隠せない様子で、外をチラチラ見ている。
「大納言とか言ったかしら、あの人には何とか帰ってもらったけど……結婚の申し込みなんていうものが、連続で何人も来るなんて。……あなた、すごいのね、いろんな意味で」
レイナが言ったのは、かぐやに結婚を申し込むのがあの大納言だけではなかったからだった。
大納言に続き、大臣やら何やら、それなりの立場を持っているらしい男達が何人も、次から次に家を訪ねては、かぐやに結婚してほしいと頼みに来ていたのだ。
今はそれらを全て追い返して、何とか落ち着いているが……。
タオも驚きを通り越して半ば呆れている。
「都の外れに住む娘に結婚の申し込み……か。しかも貴族ばかりだってんだからな。姫、とまで呼ばれてよ……美人とは思ってたが、あんた、どんだけ男の心を掴んでんだよ?」
かぐやは、困った様に身じろぎするばかりである。
「私は何もしていないのですが……。あの方達は、私の知らぬ間に私のことを聞いて、おたずねになってこられるようなので」
「何もしてないのにこんな状態なんだ。逆にすごいね……」
エクスの言葉に、老夫婦も、困った顔になりながらも頷いていた。
「かぐやの美貌の噂は、都中に轟いておりますのじゃ。それを聞きつけて、多くの人が毎日のようにたずねて来られる。手紙も山のように届きます」
「あれが毎日ですか……大変ですね」
「かぐや本人が結婚に乗り気でないから、わしらも結婚を勧めたりはしません。だから、これが唯一の悩みと言えば、そうなります」
「結婚申し込みが多すぎるのが唯一の悩み、ね」
レイナはそこで少しばかり考え込んでいた。
食事も一段落したところで……本来の目的について、思考を働かせているようだった。
「かぐやさん、ひとつ聞くけど、これは異常事態というわけじゃないのよね? つまり、運命の書どおりの出来事といっていいか、ということだけど」
「はい。勿論、運命の書にも書かれていることです。私は、その……自分がそこまでの女性であるとは思えませんが……」
かぐやが申し訳なさそうな、遠慮がちなような言葉で言う。
翁は首を振った。
「わしらは、かぐやほど美しい娘はおらんと思っておりますが。都の噂になってからは、ずっと、今のような状態ですから。帝もかぐやに興味をもっておられる、という話があるくらいですからの」
「帝、っつーと、一番偉い人のことか? 王様みたいな」
「これはもう、想区の中では比肩するものがいないくらいの美女さん、ということなんですかね」
タオとシェインが、思わず、というように言った。
不意に出た言葉ではあるが、この事実はある可能性を示している。
かぐやが、この想区の中でも有数の注目人物であるということ――
仮に主役であるならば、カオステラーに一気に接近したと言える状況だ。
タオはその事実に気付き嬉しそうだった。
「こりゃ、思ったより早く進展しそうでラッキーじゃねーか。なあ、かぐやさんよ。ヴィランが出たってこと以外に、何か変わったことはないか?」
「変わったこと……?」
「運命の書から外れたようなこととか、です」
シェインが言うと、恐ろしいというようにかぐやは首を振った。
「運命の書から外れる出来事……想像も出来ません。強いて言えば、あなた達に出会ったことは、私には、一番の驚きでしたが」
それにタオはがっくりとする。
今回は、カオステラーがいることがわかっているので、以前にあったような、エクス達が想区に介入することによる異常はないはずだった。
つまり情報はない、ということだ。
そもそも――既にこの世界に歪みが波及しているとすれば、想区の住人たるかぐやの証言にも、それほど意味はないとも言える。
シェインは表情を動かさぬまま、腕を組んだ。
「まあ、そう簡単にはいきませんね」
「……だな。ま、それならそれで、外に出るしかねーってことだな。よし、そうと決まれば、調査に行くぞ!」
いい加減、体を動かしたかったらしいタオは、思い立ったように外に走り出す。
「あっ、ちょっとタオ! もう、直情型なんだから」
レイナが追おうとすると、しかし直後、タオの声が響いた。
「って、うおおお!?」
「タオ、どうしたの!?」
その悲鳴に、エクスも慌てて扉の外に走る。
するとそこに……なんと、小型ヴィランにもみくちゃにされるタオの姿があった。
「! またヴィランが……!」
「もう、一歩外に出るとこれなのね!」
レイナは眉をひそめつつ、素早く状況の把握に努める。
正面から多数のヴィラン。
家を狙っている、というわけではないが、すぐそばまで迫っているという状態に変わりは無かった。
「何はともあれ、こいつらを倒してから、ですね」
シェインも縁側から跳躍。空中でひらりと体を翻すと、その手にはもう空白の書があった。
レイナも、息をついて、導きの栞を書に挿した。
「ええ。逆に一網打尽にしてあげるわ」
レイナの体が発光。
その姿を英雄のものへと変えていく。
このときレイナが変化したのはアリス、ではなく。
レイナの服の紅色にも似た、深い紅のドレスを纏い……巨大な剣を携えた――赤の女王。
「消えなさい」
瞬間、地を蹴ると猛烈な勢いでレイナは駆けた。
ヴィランが反応する間もなく、その軍勢の懐に分け入り、大剣を暴風のように振るう。
そのリーチから繰り出される、まさに嵐のような剣撃に、ヴィラン達は四方八方に吹き飛ばされ、消滅していく。
「おお、さすがお嬢だな」
「ご飯食べたあとだからですかね。いつもより勢いがあります」
タオとシェインは変わらずヘンゼルとグレーテルにコネクト。
二人で一人とでも言うようなコンビネーションで、打撃と斬撃の波状攻撃を喰らわせていく。
かぐやが何とか応戦していた最後の一体には……モーツァルトにコネクトしたエクスが、狙いを定める。
発射された魔力の弾は、ヴィランの背に直撃。
一撃でその体を四散させた。
「やっと終わった。……油断は禁物だね」
エクスは辺りを確認しつつ、コネクトを解いた。
これはタオに言った言葉である。
タオは肩で息をしつつ、家の方を振り返った。
「そうだな。調査……と行きたいところだったが。すまんが少しだけ休憩させてくれ……」
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