応援コメント

ゲーム依存は危険だが解決は難しいしすべきかも要検討」への応援コメント

  • ゲーム開発に関わったことがある経験者としての意見ですが(拙作「あの世って何なのよ」に少々言及あり)、ゲーム依存がありうるのは、それが肯定、あるいは否定されうるのは、ゲームが商業主義的にそのように作られているから、です。従って、開発者にとって「依存性」はネガティブな要素とはなりえません。
    「現実」とゲームの違いは、楽しいとか楽しくないとかではなくて、「現実」には依存させようとする要素(人権や就職などの概念もそのひとつ)が無数にあり、ゲームはその要素のひとつにしか過ぎない、という点です。そして、その特定の要素に対して否定的なイデオロギー派閥が、現実のひとつの要素にしか過ぎないゲームを現実を比較して非難するのは、渦巻きだからといってナルトと銀河を比較するようなナンセンスである、と私は思います。

    作者からの返信

     ゲーム会社的に依存してくれた方が良いのだろうとは漠然と思ってましたが、やはりそういった方針自体あるのですね!
     スマホゲームのガチャは然り、MMOの課金もそうでしょう、はまってくれた方が売り上げ的に正しいこととなると。
     そういった他人の、組織的に意図されたものに生活を狂わせてしまうのはよくないことだと思われます。そうした意味で、仕事やら創作やらの現実と、ゲームをすることとは同じ次元で語れないことと思います。

     一方で、僕が今回の記事で表現したかったことは、楽しい、ということ自体にも価値があるといった点であり、その楽しさを提供してくれる媒介がゲームであるならば、それは否定されるべきものではないだろう、という点でした。
     スポーツで汗を流すのと、アウトドアでバーベキューするのと、ゲームで楽しいとととは、別にそこに優劣はないと思うのです。いろんな楽しさがあって良い。それぞれ認められて良い。
     ただ、ゲーム依存は、元記事にも書いてましたが、やってる本人も段々楽しくなくなってきてしまうらしいですね。それは逆にゲームに失礼とすら思いますね(笑)
     それはともかく、ゲーム会社的にも依存を肯定する、というのが、必ずしも当てはまるかな、とも、思いました。上に挙げたジャンルは、基本無料、的なのはその傾向がありそうですが、昔のロープレとか、そうだったのかなぁと。スーファミのドラクエとか、夢中になって遊んでもらおう! という動機はあったのかもしれませんが、依存させよう、としてたかというと、別に買ってもらえば商業的にも成功なので、小説、映画その他エンタメと同じ動機だったのではないかなぁ。
     昨今問題になるゲームは、やはり、終わりがない、という点と、競争心を煽る点(他人と一緒にプレイできるようになったこと)なのかもしれませんね。