エピローグ:紅く燃える青寂の中

 取り囲む炎、辺りでは木の実が熱で弾けパチパチと音を出す。木の葉は未だに降り注ぎ、地面に着く前に灰となり、その場で漂う。

 力なく椅子に座り、頭を下げる表情を隠すシンデレラ。エクスはその前に立ち、そして呼びかけた。

「シンデレラ! ここから出よう! ここに居ちゃダメだッ!」

 呼びかけに反応は無い。しかし、エクスは言葉を続ける。

「君の物語の結末はこんな辛いものじゃないはずだ! ここから出ればきっと楽しいことはこの先もあるはずだよ! だからシンデレラ、一緒に行こう!」

 真っ直ぐ向ける目。シンデレラを掴もうと、力いっぱいに手を伸ばす。

「……して、……してなの?」

 口を開けるシンデレラ。しかし、その声は小さく、かすれてエクスにはうまく聞き取れない。

「…………」

 ゆっくりと椅子から立ち上がり、引きずるような足取りでエクスの元に向かう。

「どうして……どうしてなの……」

 エクスの正面に立ち、頬に白い両手を伸ばす。

「シンデレラ……ウグッ!!」

――突然、首元を絞めた。

「どうして! どうしてなの! どうしていつもアナタは!!」

 乱れる前髪、そこから見せる紅い瞳。首を上げ見せる表情、それは憎しみに満ちていた。

「ググッ……」

 締める手に力が入り、エクスの口から声が漏れる。

「いつもそう! そうやって私に手を差し伸べて、どうして私に話かけれるの!? なんで笑っていられるの!? 私はあれでも良かった。だから私は立っていられた、気にもせずに、なのに!! なのに!!」

 シンデレラの言葉に強さが増す度、首にかけられた手にも力が加わる。耐え切れず、エクスが白い腕を掴もうと手を伸ばす。しかし、その手を下げた。

 薄れ行く意識、徐々にぼやける視界、エクスはそれを受け入れる。

「なのに……なんで……」

 張り上げた声が弱まり、そして震え始める。締める両手の力を弱まり、離される。

「……ゴホッゴホッ!!」

 締められた喉に流れ込む空気、エクスは跪き、何度も咳をした。顔を上げると、そこには両膝をつくシンデレラの姿。

「……どうして」

 エクスに伸びる手、そして――。


――そんな目で私を見れるの……?


震える声、滲む青い瞳。エクスの頬に両手が触れる。

 手と重ね、名前を呼ぶ。

「シンデレラ……」

 合わさる瞳。それに答えるように、シンデレラの頬を一滴、伝った。

 瞳を閉じ、エクスの胸元に倒れる。

「シンデレラ……うッ、ゴホッゴホッ!!」

 エクスを襲う苦しみ、それは喉を絞められた時は違うものだった。一瞬にして自分のいる状況を思い起こさせる。――炎が近くまで来ている。

 椅子を燃やし、降り注ぐ火の粉と灰。二人を取り囲んでは徐々に酸素を奪う。

 エクスはシンデレラを運ぼうと、背中と足に手を入れ、力を入れる。しかし、思っている以上に状況は悪く、持ち上げる事が出来なかった。

 為す術もなく、その場に崩れる。せめて出来る事と言えば……。

 エクスは炎から遠ざけるため、熱のある方、中央に自身の背中を向けた。

 絨毯の上、二人が眠るように向き合う。焼けるような熱風がエクスを摩る。

 最後にシンデレラの顔を見つめ、

「……ごめん……シンデレラ」

エクスは――目を閉じた。


――ホーホー、ホホー、ホーホー。

 低く笛を吹くような音。

「……えっ? そんな!!」

 目を開け、顔を上げる。それはまるで夢のような一瞬の出来事だった。

 エクス達に被さるように、一羽の鳥が天井から落ちてきた。大きな羽根を広げ扇ぐ、同時に、すぐさま身を縮め二人を体に隠した。

 吹き荒れる風、水滴が入り混じったそれは取り囲む火を消し、弱めた。

 体を上げ、鳥が数歩下がる。エクスもゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。

 降り注ぐ灰、遠くではまだ火が燃えている。だが、エクスを囲む火は完全に消え、絨毯を黒く染めていた。

「助かった……? ッ!!」

 ある事を思い出し、エクスは剣を抜き、刃先を向けた。前にいる鳥は既にあの時よりも姿を変えていた。

 体中が水に濡れ、黒い羽が所々で剥がれ落ちている。体には幾つもの矢が体にも突き刺さり、血を滲ましている。唯一背中にあったラッパのような土色の物は先程の風を出した衝撃で完全に壊れ、それを繋いでいた箱も――今崩れ落ちた。

 もはやそこにいる姿は、あの化け物ではなく、傷だらけになったタダの鳩でしかなかった。

 右目には矢が突き刺さり、川で洗ったのか、灰の落ちた濡れた左目でジっとエクスを見る。矢の刺さる足下にはシンデレラが倒れていた。

 剣を構えたまま相手の動きを待つ。だが、何もしてこない。黒い鳩は赤い眼でエクスを見つめたまま――背を向けた。

 身を低くし、翼を広げる。

「クルルル……」

 エクスは身構えるも、攻撃はして来ない。

「……乗れってことなの?」

「…………」

 その問いかけに、鳩は何も答えない。ただ翼を軽く動かす。

「行こう……」

 エクスがシンデレラの背中と膝裏に両手を入れ、抱きかかえる。

「くっ!!」

 その衝撃が、赤く滲む胸元に熱と痛みを走らせ、顔を歪ませる。レイナの治療により、血は止められているも、まだ完治はしていない。

 エクスは待ち受けるように広げる鳩の背中にシンデレラを先に乗せ、そのまま崩れるように倒れた。振り落とされないように、鳩の首に手を回し、もう片手でしっかりとシンデレラを抱きしめる。

 鳩は立ち上がり、燃える天井の横に空けられた窓に向かい、羽ばたいた。

――それはエクス、人間にとっては想像を絶するような体験だった。

 窓から出た鳩、視界に移るのは先の見えない夜空だった。

 真下にある草木は全て荒らされ、それは形としての意味を無くす。しかし、その代わりとして赤の模様が点々と色鮮やかに散りばめられていた。

 一人は倒れ、一人は体を引きずらせ、そして一人は今も刃を交わらせ、怒号と叫びの音色を奏でる。

 更なる演出を加えるように、所々で赤く燃える窓から熱風が吹き出させ、近くのものを加熱させた。

 そんな地獄のような光景を、エクスは目を向けることが出来なかった。――否、それどころではなかった。

「ググググッ!!!」

 頭を押さえつけ、必死に手に力を込め、耐える。その圧はすさまじく、何より揺れが一番酷かった。まるで、グラスの中に自身の体を放り込まれ、口を塞がれ、両手で思いっきり上下に振られているのと同じだった。

 吐き気が襲う、それどころが時たま意識が吹き飛びそうになる。エクスは下唇を噛み続ける。しかし、その負担、実はエクスだけはなかった。

「クルルル……」

 夜空を羽ばたく鳩。城から吹き出される熱により上昇するも、次第にその高度を落としていく。何度も翼に力を入れるが、同じ高さは保てず、羽ばたいては落ち、羽ばたいては落ちを繰り返した。

 元々、鳥には人を乗せて飛ぶような構造をしていない。自身を羽ばたく為、出来るだけ体は軽く出来ている。いくらこの鳩が大きく、羽が広大だろうと、背中の二人は飛行を妨げるただの重りでしかなかった。

 だが、鳩は羽ばたく、そして――落ちた。

―――――――――――――

「クッ……」

 男が盾を構え、剣の刃先を前に向ける。

 背中は崖の壁、両脇には家の壁が挟み、前には武器を構えた赤い瞳の兵の姿。

 鎧を着る人達は、男を取り囲むように追い詰めていた。ランプの明かりがその幾つもの銀色を浮かばせる。

 ジリジリと距離を詰め、男もそれに合わせるように下がる。だが、背中に壁が付いた。

「うっ……ううぅ……うおおおーー!!!」

 雄たけびのような声を出し、剣を天高く掲げ、前に向かって走った。兵が武器を構え、備える――しかし、

「ぐあッ!!!」

「――なっ、なんだ!?」

それは突然起きた。

 男が走り、兵が構える中、空から崖を削りながら黒い塊が落ちてきた。

 塊は男を押し倒し、その場に土煙を上げる。

 兵達は武器を構え、土煙が収まるのを待つ。そして浮かび上がる姿、そこにはあの鳩が居た。

 矢が幾つも突き刺さる体には土が付着し、所々が茶色に染まっている。鳩は羽を小さく広げ、頭を地面に埋めていた。

「これは……むっ!?」

 先頭にいる兵の一人が気付く。鳩の後ろから一人の男の子が現れた。

 青髪の男の子――エクスは膝を軽く折り、呼吸を荒くするも、真っ直ぐとした目で正面を取り囲む兵を見る。

「お前は何者だ!? そこに居られるのは王妃様の――王妃……?」

 兵が更に気付く。屈む鳩の背に、薄紫色のドレスを着た水縹色の長髪の女性。シンデレラの姿に。

「何故ここに……んっ!?」

 先頭に居た兵、いや、そこにいる兵達が一斉に声をあげた。それに交じるように別の叫び声が兵の右側から聞こえる。その数は多く、闇夜に響き渡る。それは一瞬の事だった。

 大きく開かれた右側の道から、武器を持った城下町の人が兵に向かい流れ込んできた。一気にそこが戦場へと変わりお互いが争い始める。

「くっ、まだ抵抗するがあっ!!」

 エクス達の前に居た兵が、一人の男に切られ倒れた。男は軽く剣先を振るう。そして気付く、目の前にいる鳩の姿に。

「クソ!! あれだけ矢を撃ち込んだのに、まだ生きてたのかこの化け物めッ!!」

 剣を構え、鳩に近づく。そして突然足を止めた。目が見開く、それと同じくエクスの目にも力が入った。

 前に立ちはだかる男、それはこの町に来て一番最初に助けてもらった――あの男だった。

「君は……ハッ!?」

 男が鳩の後ろにいるシンデレラに気付く。

「そ、そうか! 連れて来てくれたんだな! 俺達を助けてくれたんだな!! ありがとう! さあ、その女をこっちに渡してくれ!」

 男が手を差し伸べる。だが、エクスは応じず、口を開く。

「……ダメだよ。それはダメなんだ……」

「えっ? な、何を言ってるんだ? その女さえやれば全てが終わるんだ。それにそういう運命になっている! そう決められているんだ!」

 男の言葉に、エクスは目を向けたまま逸らさない。

「そうだ、君は騙されている。その女に操られている。なあ、頼む。そいつを渡してくれ、それで終わりだ、なあ」

 目を見開けたまま、口の端を男が少し吊り上げ説く。エクスはそれに答えるように――背中の剣を抜いた。

「ダメなんだ。約束したんだ、戻るって。それに僕は操られてなんかいない、運命でもない。これは僕自身が決めた事なんだ……シンデレラ――彼女を守るって!」

 向けられる刃先。男の表情がくもる。

「……そうか、そうなのか。お前は邪魔をするのか……俺達の……」

 男が剣を構え、走った。

「そこをどけぇええーー!!!」

 エクスも走り、出来るだけ男とシンデレラの距離をあける為に、懐に飛び込んだ。

 大振りで横に振られる刃。エクスは身を屈めてはそれを避け、後ろに回りこみすかさず剣を振り上げ、下ろした。

 男はそのままの勢いで振り返り、頭の上で剣を横に構えそれを止めた。

 男の剣が砕け、力の反動でエクスが後ろによろける。

 すぐ剣を捨て、男がエクスに向かい拳を伸ばす。しかし、エクスは体勢を戻し、身を屈めて柄を男の腹部に打ち付けた。

 頭上をかすめる拳、腹部に食い込む柄。はめ込まれたスキルコアの内部で黄色の星が回る。

 男はそのまま前のめりに倒れた。エクスは立ち上がり剣を収める。

「……風……?」

 エクスの体を風が吹き抜ける。すぐに鳩の方に目を向けるも、動いた様子は無い。どうやら、兵と城下町の人が争う先にある崖から吹き込んできたようだ。

 流れる風は道を走り、崖を昇る。鳩が羽根を動かす。

「これなら……」

 エクスが駆け足で、鳩の場所まで戻る。

「行こう!」

 再び鳩の背中にしがみ付き、シンデレラを抱きしめ、首元に手を回した。

「クルルッ……」

 鳩が小さく一鳴きし、立ち上がる。羽根を少し広げ、そして走った。

 目の前では未だに争う人々、その中の数人が気付く。兵も住人も、こちらに向かいその大きな体を突っ込ませてくる土汚れた黒い鳩の姿に――。

 ベランダにいた一人の住人が弓を構える。だが、

「グアッ!!」

別の方向から射抜かれ、弓を落とした。

「王妃様の鳩をお守りするんだ!!」

 その掛け声に、その場にいた兵が一斉に叫び応える。

 兵が押し、そして開かれる道。鳩は大きく開かれた左右の道で翼を広げ、飛んだ。

 巻き起こる風に、その場にいる全員の足、物が揺すられ、崩される。

 音の後、揺らめくランプの明かりが留まり、その場を再び照らす。そこは異様な静けさだけが残された。

―――――――――――――

 城と城下町から遥かに下り、足下を流れる川。その近くに、レイナ達は居た。

 目の前に広がる光景、城は燃え、まるで大きな焚き火のようにも見える。町にはいくつかの小さな火が揺らめいていた。崩れる城、時折、炎の中から響く鐘の音が、悲鳴のようにも聞こえる。

 三人は為す事もなく、ただそれを一つの風景として見ているしかなかった。

 誰一人として動こうとはしない。まるで、誰かを待つように――。

 平原の草木を風が靡き、髪を揺らす。タオは両腕を胸で組み、じっと目を向けていた。

「……おい、あれ……」

 タオの目にあるものが入り指をさす。

「えっ? どこ!?」

 レイナがすぐに指す方とは違うところに目を向ける。

「姉御、そっちじゃないです。あそこですよ!」

 シェインがタオと同じ方向に指をさす。

「えっ!? ……だからどこなのよ!!」

 広がる暗闇。近くにある大きな火の明かりにより、その暗さは一層に引き立たされ、当然、レイナの目には何も見えなかった。だが、二人には見えた。城下町からふらふらと上昇と下降を繰り返す何かを。

「とりあえず行ってみましょう!」

 シェインの声に、タオが先に走り出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 何が見えるの!?」

 訳が分からないまま、レイナも後に続いた。

 タオ達が先に、それが降り立つであろう場所まで辿り着く。そして、空からそれは落ちてきた。

 黒い鳩が滑り込むように草のクッションに沈む。巻き起こる砂煙。

 タオ達が構える、しかし、すぐにそれを解いた。

 砂煙からエクスがシンデレラを抱きかかえ、現れたのだ。

「……良かった……エクス!」

 レイナがすぐに駆け寄る。

 エクスは膝を屈め、シンデレラをそっとおろし、そして近づくレイナに目を向けた。

「遅くなってごめん、でもちゃんと戻って来れたでしょ? ……あれ、レイナ泣いてるの?」

 その言葉に、レイナはすぐに顔を背ける。

「ち、違うわよ! あまりに遅いから待ちくたびれて、あ、あくびが出たのよ! もっと早く帰ってきなさい!」

 震える声に、エクスは何も言わず、ただ一言、謝った。

 タオは眠るように目を閉じるシンデレラに目を向けた後、エクスの後ろにいる鳩に向ける。

「あいつが助けたのか?」

「……うん。背中に乗せてもらえなければ今頃僕は……」

「ふん、こういうのもあれだが、主人に忠義なヴィランだな」

 三人が話す中、城下町に向けていたシェインが声をあげる。

「……まずいです。こちらに向かって誰かが歩いてきます!」

 シェインの言葉に、三人の視線が集まる。山道を幾つもの小さな火が駆け下りていた。

「時間がないね……。レイナお願い」

 エクスが立ち上がり、場所をあけ、レイナがその場所で屈む。

 だが、レイナはシンデレラを見つめたまま、動かない。

「あっ? どうしたんだお嬢?」

「――違う」

「えっ?」

 突然、レイナが立ち上がり、振り返った。

「どういう事だよ?」

 タオ達が後を追う。そして、レイナは土汚れた鳩の前に立った。顔を足元に向けるも、何もせず、ただ微かに鳴き続けている。

「やっぱり……この子が……」

 その言葉にタオ達が悟り、驚く。

「おいおい、まさか……」

「ええ、カオステラーは――この子よ」

「どういう事です姉御?」

 シェインの問い、レイナは答える。

「カオステラーとして気配は感じる。でも、弱ってるのか今は微弱だけどね」

「それがどうして、この鳥がカオステラーとしてなるんですか?」

「近くによって気づいたんだけど、シンデレラは気絶――今意識の無い状態だわ。反応を示すのは意識のある力強い時だけ。そう、今反応があるのはこっちって事よ。城にいる時は互いが近い状態だったから分からなかったの。でも、ある言葉が少し引っ掛かってね」

「ある言葉ですか?」

「ええ、シンデレラが言ってたでしょ? あの大型のヴィランを倒した時に『化け物』って」

「確かにそうは言ってたな。だが、呼び方はそれぞれにあるんじゃねえーのか?」

「それもそうだけど、ここシンデレラは――ヴィランって言葉すら知らなかったのよ?」

 その言葉に、その場にいた全員の記憶が思い起こされる。確かにあの時、シンデレラは言った。

――それ以外に何て呼べばいいの?

「カオステラーはストーリーを自分の思うように変える為に、その想区にいる人々の運命をヴィランに変え、使役として扱う。なのに、あれじゃ、ただ突然現れたって感じじゃない? それに、シンデレラの友達が変えられた時も、悔やむ感じで、まるで他人事のように聞こえたわ。その時からもしかして……って、思ったんだけどね」

「それじゃ、シンデレラの今までの言動は、カオステラーとして歪んだものじゃなく、あくまで書き換えられた道筋での、素の性格ってことなのか? ……ったく、どこまで身勝手な王妃様なんだ?」

「違うんだタオ……そうじゃないんだ……」

「ん? どういう意味だ、坊主?」

「本当は、シンデレラは――」

「……んっ」

 エクスの後ろから声がする。すぐに振り返り、シンデレラに近付き屈んだ。

 声と共に薄く開かれていく目。虚ろな青い目が見える。

「あ、あれ貴方は……」

 覗くエクスの顔にシンデレラが気付き、手を伸ばす。エクスはそれを両手で握り締めた。

「戻ったのね……。急に姿が変わるから……私……」

 滲みぼやけるシンデレラの視界。エクスを別の誰かと間違っているのか、握り締めた両手を自身の頬まで寄せた。冷たくも、すぐに暖かい感触がエクスの手に伝わった。

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

 震える声に溢れる涙。エクスの手の甲を伝い、草に染み込む。

「もう大丈夫だよ、シンデレラ」

 撫でる様なエクスの声に、シンデレラはゆっくりと目を閉じた。

 シェインが遠くの崖に目をやる。そこにはもう小さな火の揺らぎはなかった。

「姉御、もう時間が――」

「ええ、もう終わらせましょ。……」

 あらためて鳩の前にレイナが立つ。片手に持った本を胸元で開き、そして唱える。


―― 混沌の渦に呑まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし――


 青色の光が本から溢れ、そこからいくつもの蝶が飛び立った。光と同じく透き通るような青い軌跡を描き、それぞれが羽ばたく。

 横たわるシンデレラの体、絞るような声を出すカオステラーの上、青い蝶は降り立ち、そして光に包んだ。

―――――――――――

「我らが新たなる王妃様に祝福を!」

 一人の兵の掛け声と共に、行進が始まった。

 並ぶ兵、それぞれか軽装し、楽器を鳴らし歩く。先頭には旗を持った兵が歩いていた。その列の真ん中には一台のキャレッジ。黒色の外装をした二輪車を二頭の白馬と黒の礼服を着た運転手が引く。

 屋根のない赤い椅子に、肩を合わせ座る二人の男女。一人は白の礼服を着た王子。そしてもう一人は、薄紫のドレスを着たシンデレラだった。

 二人の祝福に、兵の両脇を挟む沢山の人々、そして屋根に複数いる白い鳩達が歓迎する。

 湧き上がる歓声に、シンデレラは立ち上がり、笑顔を見せ、片手を振った。

 その様子を少し離れた町の外で見る四人。エクス一人だけが町に近づき見続けている。その後ろ姿を三人が見ていた。

「二回目の景色か……」

「ええ、でも前とは少し違うわね。エクスとっても、私達にとっても始めてよ」

 二人の会話に、突然シェインが割り込んだ。

「あの~すみません。聞きたいことがあるんですが……」

「ん? どうしたのシェイン」

「いえ、今回のカオステラーに関してなのですが……、あそこにいる白い鳩さんがカオステラーになっていたって事なんでしょうけど、どうして鳩さんはカオステラーになったんですか? 確かカオステラーって言うのは『自身の辿る運命に不満を感じて、運命そのものを組み替えたい』って言う人がなるんですよね。でも、どっからどうみても鳩さん自身に不満があるとは思えません。シンデレラさんを見守るだけでもハッピーエンドになるはずですから、一体何が気に食わなかったのでしょうか?」

 シェインの言葉に、タオが口をひらく。

「それはなシェイン、あの鳩が――」

「――守りたかったからよ」

 レイナが割り込んできた。その答えにシェインがキョトンとした表情を見せる。

「守りたかった……ですか?」

「ええ、そうよ。あの鳩は守りたかった。ここの主役であるシンデレラを、ね」

「……? それなら、尚更カオステラーになる必要は……」

「あの鳥は感じたんだよ。自分の無力さを、そしてその想いがオレ達人間より強かったんだ」

「カオステラーは基本、その想区にいる住人達の魂に取り付く……。そう、コネクト。コネクトして、そして、自分の思い通りになるように運命を書き換えていく。今まで調律してきた想区のカオステラーはそうだったわ。ただ己の欲の為に、気に入らなければその場所にある運命を壊す。ただ今回の場合は少し違った……言い変えれば本能ってやつかしら?」

「……本能?」

「人は欲で生きる。無意識でも、目の前にあるものを欲し、そして強くなったり、墓穴を掘ったりする。だが、獣、動物は違う。あいつらは自分の力の限界を理解し、そして受け継いできた本能のまま生きている。あの鳩は多分、物語の進行上で何かしらの事件が起き、シンデレラを守るべきはずの自分の力に限界と無力さを強く感じ、その後、力を得た。だが、人とは違うのは、あいつらはそれ以上の欲など望まず、自分が盾であり続けるという役――本能を選んだ。まあ、この鳩だけかもしれねーがな。んで、主役であるシンデレラに与えたんだ、自由っていうやつを」

「カオステラーが自由を……ですか?」

「ええ、あの鳩は、自分が主役にはならず、あくまで主役の邪魔をするものを監視する形をとった。一番近くにいたシンデレラは順調に物語の結末を迎えていく。ただし、カオステラーの影響により、その物語は少しずつでも変わってくるわ。なんせ、シンデレラに近づくもの、危害をくわえる者は容赦なくヴィランに変えられるでしょうね。それだけで役という歯車が一つなくなってしまう。当然、物語という仕掛けがどこかで狂い始める」

「監視による影響で、シンデレラには物語を進む中で自由、ある意味、意思みたいなものを持ち始める。本来、運命の書を持つヤツは、そんな事は考えない。そこに記すがままを生きる。だが、オレ達みたいに何の役もない空白の書を持つ人間が深入りすると、その役の運命に新たな出来事が書き加えられ、そして物語自体が変わり、何かしらの支障が出始める」

「――あっ!」

 ある事に気付き、シェインが思わず声を出した。

「そうよ、シンデレラはカオステラーでは無いにも関らず、常にその自分の招いた結果、その影響の為に周りの人々の物語を書き換えることになる。つまりこれは、ある意味、『自然に生み出された擬似的な空白の書』を持つのと同じ意味になる。それに気づかないシンデレラは、物語の結末、王妃になる為の道を進んだ。ちなみに物語のラストは復讐でしょうね」

「それは……物騒ですね」

「あの赤い眼はシンデレラが生まれた時から備わっていたものよ。町で出会った父親が言ってたでしょ? ――力があるって……。だからシンデレラは愛されず、誰からも相手にされずとも、気にせずに居られた。それは運命の書に従った理由もあるでしょうけど、ストーリ上では王妃になる運命で必ず立場は逆転する。力の備わっているものは何かしらの理由でそれを行使する。私達が知っているシンデレラと話が同じであり、結末までその力を使わないなら、最後にやる事と言えば、今まで相手していなかった人達に仕返し、そんな筋書きの可能性が高いわ」

「だが、物語を進むシンデレラにある時一つの障害が現れた」

「……誰です? 友達さんですか?」

「そうだ、本来の物語ならなんの支障もないだろう。だが、カオステラーの影響を受けたシンデレラには毒に近い。あいつは怖がっていたんだ、そいつの目を……。あの時、オレがお嬢からカオステラーが鳩だと知らされた時、今までカオステラーの意思として動いているものだと思っていたが、それが違うとなれば、それまでの行動はシンデレラ本人の性格になるからな。思わず、身勝手な王妃って言った時、坊主が言ったんだ――違うって。後から詳しく聞いたら、どうやらシンデレラが一番後悔してたらしい」

「出合った少年は、何も知らず運命の書通りにシンデレラに笑顔で話かけた。だけど、カオステラーの影響を受けたシンデレラには疑問を覚える。『この人はどうして他の人と違うのだろう? どうして笑顔を見せるのだろう?』、最初は気にせずとも、物語は進み、何度も会うことになる、そして悩む」

「シンデレラの物語の邪魔をするものは全てヴィランにされる。その光景を見てきたなら、少年の事が気にかかるだろ? 『また私のせいで変わるのか』って、もし、今の運命を捨てて、そいつと救う為に一緒になったとしても、物語は別の誰かが入れ替わり役が変わる。だが、シンデレラには空白の書は無い、あくまでもカオステラーの影響によるものだ。どう考えても足掻けない、そして、その悩みが事態をより悪化させたんだ」

「シンデレラが悩むことにより、それを見守るカオステラーが反応する。そう、物語として進むべき障害、シンデレラの前に立ちふさがる邪魔者と。そして変えたのよ」

「――ヴィランにですね」

「シンデレラにとってはとても辛い瞬間だったでしょうね。唯一笑顔を見せてくれる、唯一友達と呼べる子が、目の前で、訳も分からず自分のせいで、あの化け物に変わってしまったのだから……」

「それからシンデレラは心を更に閉ざした。城内のあの部屋で会ったシンデレラがやたら冷酷な印象に感じたのはそのせいだ。もはや、崩れた物語を進むしかない壊れた人形だな」

「鳩が与えた自由、それが逆に主役の運命を苦しめ縛る。皮肉なものね……」

「坊主が言ってたぜ。『あのシンデレラは僕達に似てる』ってな」

「……まあ、この話はあくまで推測よ。本人から聞いてなし、何より私達はその場に居ないんだから、終わった今じゃ関係ないわ」

「……後一ついいですか?」

「なに?」

「あの町の人が言っていた、武器を与えた空白の書ってのは誰ですかね? シェインには一つ浮かび上がってくる人がいるんですが……」

「……それなら、そいつで間違いないでしょうね。あいつらが望むのは混沌よ。今回は鳩が主役を見守る選択をしたから、面白みがなくて与えようとしたんでしょ?」

「刺激ですか」

「ええ、それでカオステラーの意思を動かそうかと……まあ、これも推測だし、私達の言ってる男かどうかも分からないけどね……」

 三人は小さな推理会を終わらせ、エクスの方に目を向けた。

 徐々に近づく音楽隊、そして馬車。座って片手を振り、挨拶するシンデレラをエクスは見つめ、そして振り返り、歩き始めた。

「おっ、そろそろ来るぞ」

 エクスが徐々に近づいてくる。三人の前に着くと、先にタオが口を開いた。

「もういいのか?」

「……うん、行こう!」

 その言葉に合わせ、四人が足を進める。

 左の平原から風が吹き、体を包む。坂道を下る度、城下町の入り口が少しずつ遠ざかっていく。そんな折、前から一人の兵が歩いてきた。

 兵は立ち止まり、青色の瞳を四人に向ける。

「ああ、これは旅人さんですか?」

 その言葉に四人が頷いた。

「今、町では新たな王妃を迎えるためのパレードが行われてます。ぜひ見ていかれては?」

「ああ、そうしたいところだが、次にいかないとな」

「そうですか……それは残念です。またいつでもお越しください」

 兵はお辞儀をし、四人を過ぎる。その直後、大勢の人が走ってきた。どうやら、町で開かれる行進を見るために下の町から来たようだ。

 坂を下る四人をすり抜けて次々と登って行く。

「……えっ?」

 ふとレイナの目にあるものが入ってくる。

「エクス?」

 思わず名前を呼び、そして振り返った。

 そこには、集団の最後尾を走る、青髪のショートボブの子が居た。

 人々は城下町の入り口でシンデレラを待つ。そしてその姿が見えたときに、大きな歓声をあげた。青い髪の子も両手を上げる。

 その時だ、馬車が現れ、その後に続いてシンデレラが見えた。シンデレラは人々に手を振り、そして気づく。最後尾にあの少年がいる事に――。

 シンデレラが突然立ち上がる。青い瞳を向け、もう一度確認する。そして、両手を高く上げては大きく振り、満面の笑みを見せた。

 その光景に、レイナの表情が自然と微笑む。

 レイナは走り、先を行くエクスの肩に手をおいた。

「さあ、いきましょ!」

 そう呼びかけ、そして更に前を行くタオ達の追い抜く。

「おいおい、方向音痴のお嬢様が先頭でいいのか? また迷うんじゃないだろうな?」

 その言葉に、レイナは振り返り、そのまま背中を前に向けて歩いた。

「おいおい、そんな歩き方したらあぶねーぞ」

「何言ってるのよ、私がいなきゃカオステラーの場所なんてわか――キャッ!!」

 レイナの足に石が掛かり、そのまま尻餅をついた。

「まあ、自業自得だな」

「因果応報ってやつですね」

 二人は気にする様子もなく、レイナの横を過ぎていく。

「……いててて……」

 尻をさするレイナに、

「大丈夫?」

エクスが手を差し伸べた。

「ありがとうエクス……」

 エクスの力を借り、立ち上がったレイナは尻と足下を払う。

「おいおい、早くしないと置いて行くぞ!」

 タオとシェインがエクス達の方を向き、待っている。

 二人は駆け足でタオ達と合流した。

「それにしても今回はさすがのシェインもドキドキしました。だってコネクトが出来ないんですから」

「ああ、だが、さすがタオ・ファミリーのリーダー。コネクトせずともこの力、判断能力! まさにリーダーパワーだな!」

「何言ってるのよ? 私の魔法がなければ、今頃全員、天使のお世話になっていたのよ?」

「それを言うならこっちのセリフだぜお嬢。オレのリーダーパワーがなければ、それこそ全員が御陀仏だぜ。お嬢の詠唱は遅すぎるんだよ」

「はぁー!? 何言ってんのよ! だったら今高速で唱えて、あんたを氷の矢で串刺しにしてやるわ! …………ッ! 口の中が……」

「今です。姉御の十八番魔法の登場です!」

「ああ、お嬢の魔法で一番上手なのは回復魔法だからな、毎回ドジってどこか怪我してるし、腹痛めたりしてるしな」

「ば、バカにするんじゃないわよッ! 大体ね、この前だって私が――」

 青空の下の坂道で二人の大声が木霊する。その光景を後ろで見ていたエクスの顔に笑みが浮かぶ。

 四人はずっと先に広がる霧を目指し歩き続けた。

 それを見送るように、一羽の白い鳩が大空を羽ばたいた。

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