第三章:シンデレラタイム
昨夜の舞踏会から明けた朝、それは突然の事だった。
――おい、誰だ言えッ!!
外から怒号が響く。四人が宿屋から出ると、それは近くで起きていた。何人もの兵がある家の住人を取り囲んでいたのだ。手には武器を持ち、構えている。
エクス達は近くの人に話を聞く。赤い目の男は大きな台車と共に城へと連れていかれた。
それを見ていた人々は散り、四人だけが残される。遠くから一人の男が現れた。
「おかげで助かった」
男の言葉に、シェインが答える。
「そうですか……それは危なかったですね」
「ああ、あんたのおかげだ。昨日伝えてくれなければ、全てが台無しになるところだったよ」
シェインに向かい何度も頭を下げる男。その光景にタオが事情を聞く。
「どういうことなんだシェイン?」
「昨夜の帰り道に妙な方を見つけたのです。どうも足取りがおかしかったので、それと目も、念の為に伝えていたんですよ」
「ああ、この人の教えが無ければ今頃俺達は終わっていた。あの男は俺達が隠していた武器の場所を兵に伝えたんだ。一応数本は残しておいたが、ほとんど別の場所に移動させてある」
「なんで全部持っていかせないのよ」
囁くような小さな声で、レイナがシェインの耳元で呟いた。
「ダメですよ。彼らは書き換えられた運命の書の元で動いているんですよ。もし武器が奪われたら強行で動くはずです。今の今まで引き伸ばしているのはシェイン達がそういって伸ばしているのですから」
シェインの言葉に、レイナは何も言わず、少し頷きそのまま下がった。
「それじゃ、今日もお城に行きま――」
「その話なんだが」
男が言葉を遮り、間を空けることなく続けた。
「俺達は今夜攻めるつもりだ」
「えっ?」
「武器の事に気付かれた。それと、連れて行かれた男は俺達の仲間の一人だ。城で何かと聞かれるかもしれない。このまま待っていても兵がここまで来るのを待つだけだ。あんた達には悪いが、俺達は俺達の運命に従わせてもらうよ。今夜十二時前に攻める」
「……そうですか」
「ああ、あんた達はすぐに離れてくれ。まあ、手伝ってくれるなら助かるんだがな。それじゃ俺は……」
片手を軽く上げ、男が背を向け歩き始める。その背中にシェインが口を開いた。
「あの方は、昨夜私達をつけていた方ですよね?」
男の足が止まる。数秒の間の後、言葉だけが返ってくる。
「さあな、俺は何も知らないよ」
片手を振り、そのまま姿を消した。
「どうするのよ、ある意味で最悪の事態だわ。やっぱりああいう危険な人達からは武器を取り上げておかないとね」
「そうですね……少々段取り違いでした」
肩を落とすシェインに、タオが手をあてる。
「気にするな、遅かれ早かれ変わりはしねえよ。まだ一日伸ばせただけでも良かった方だ」
「タオ兄……すみません」
「こうなると時間の問題ね。彼らより先に入ってシンデレラと会わないと。一緒の時間帯に入り込んでも混乱するだけで収集がつかなくなるわ。シェイン、私達が使う武器の整備は出来ている?」
「はい、その点は抜かりなくです。宿屋に置いてあるので、後で台車でも借りてきますね」
「よし、なんだかんだで準備は出来てるわね。それじゃ……朝食でもいただきましょうか」
漏れる二人の溜め息。それを知ってか知らずか、レイナは近くの店屋へと足を進めた。
――――――――――――――――――――――
小麦粉の香ばしい匂い、それと時たま鼻をかすめるバター。四人の足が自然と早くなる。そんな折、突然大声が響いた。
「またお前か! 出て行け!」
「何の声かしら?」
すぐさま四人が駆けつけると、そこには店屋から出てくる亭主とその前に座り込む男の姿が。
やせ細った男が何度も頭を下げるに対し、亭主は片手を軽く振り、奥へと姿を消した。
途方もなく座り込む男に、四人が近づき、レイナが声をかける。
「何かあったの?」
「…………ああ、そんな」
ゆっくりと顔をこちらに向ける男、すると突然目を見開き、立ち上がってはエクスの両肩を掴んだ。
「ど、どうして! どうして君がここにッ!!」
肩を激しく揺らす男にエクスは、
「お、落ち着いてください! 落ち着いて!」
何とか言葉をかけるも止まる気配は無い。
「おい、人違いだって!」
タオがすぐさま男の肩を掴み押さえる。男は少し落ち着いたのか、
「……ああ、すまなかった」
エクスの顔を再び見た後、頭を下げた。
レイナ達はパン屋に入り、何種類かのパンを購入する。外に出てきたシェインが男の前にしゃがみ、一つの細長いパンを渡した。まだ作り立てなのだろうか、小麦の焼ける香りが辺りを包む。
男は座ったままパンを必死で平らげていく。その様子を両脇で立って見ていた二人は唖然とする。
「どんだけ食ってなかったんだよ」
「まるで、食事を一日抜かれたレイナみたいだね」
エクスがふと横に目をやる。そこには今まさに天にも昇る様な表情でパンを口にするレイナの姿があった。
全て食べ終わった男は数回深呼吸を繰り返し、立ち上がった。
「本当に助かった……さっきは申し訳ないことをした。すまない」
男は再びエクスに向かって頭を下げる。
「どうしてその新い――その方の肩を掴んだのですが? 知り合いか何かですか?」
シェインの言葉に、男は表情も変えず、目を軽く向けた後、三人に囲まれる中、話し始めた。
「あの子の友達に似てたから、ついね……」
「友達? あの子とはまさか……」
「ああ、シンデレラを知っているのか?」
その男の言葉に、二人が驚愕する。すぐさまタオが男に問う。
「あんた、シンデレラを知ってるのか?」
「知ってるも何も、私が父親だ」
「そんな……」
驚くエクスにタオが問う。
「エクス知っているのか?」
「いや、僕の場所には父親の姿はいなかった。初めて話すよ……あの、シンデレラの友達って、僕みたいな子が居たってことですか?」
「その通りだ、だから私も見間違えてしまったのだが……よくよく見ると少し違うかな」
エクスの顔を見た後、男は首を数回振る。
「ええ、そのお友達さんとは違いますよ。その方はちなみにどうなったのですが?」
シェインの質問に男の顔色が変わり、怯えた表情を見せる。
「分からない……私が気付いた時には姿が全く……家に戻ったらボロボロに崩された状態だったし……ああ、あの子、シンデレラが出てしまった……」
「シンデレラさんが出られるとまずい事に?」
シェインの質問に男が少し間を空ける。
「あの子には――力があるんだ」
「力……とは?」
「眼だ……あの子は生まれた時から人に災いを与える眼を持っていたんだ」
「えっ!?」
エクスの表情が驚き変わる、それは初めて聞かされることだった。
共に過ごしたシンデレラ。エクスは常にその姿を見ていたから、よく理解している。優しさ健気さ、そして何よりその瞳の温かさを。
「どうしてそんな眼を持ってると知っているのですか?」
「それは……」
男がばつの悪そうな顔をする。言葉を待つも、それ以上は三人が望むような答えは出なかった。
「とにかく、あの子の眼を見てはダメだ。見たら取り込まれ、操られる」
「わかりました、気をつけます」
そう言った後、シェインは男の視界から消え、
「あんたも気をつけろよ、シンデレラに」
次にタオ、そして……。
「あの、ここで……シンデレラは恐れられているのですか?」
「いや、シンデレラは恐れられてはいないよ。ただ、愛されてもなかった」
「えっ? そ、それは……」
「あの子の運命はそういうものだった。あの眼に恐れ、私達はシンデレラを出来るだけ外には出さなかった。たまに外に出しても町の人はシンデレラとは喋らない、あの眼を知らずともね。誰からも相手にされないシンデレラだったが、あの子は何も言わなかった。……そういえば、あの子だけは別だったかな」
男がエクスの青い目を見る。
「そう、そんな目をしていたな彼も。母親が死んでから、ここに移った時もシンデレラに会いに来てたね。よく二人が話しているのを見たよ」
エクスの頭の中に、思い出が浮かび上がる。それはレイナ達と会う前の映像。シンデレラと二人で話し合ったあの日の出来事。そしてその笑顔が……。
「色々とありがとうございます」
エクスは男に軽く頭を下げ、レイナ達がいる方へと走ろうとした。
「君はあの子を知ってるようだが、あの眼に気をつけるんだ。君のような子は取り込まれやすい、君の知っているシンデレラではない。絶対に気を許しちゃダメだ」
男の言葉にエクスは立ち止まり、真っ直ぐとした目を向け、
「はい!」
そう返事をし、レイナ達と合流した。
――――――――――――――――――――――
エクス達は夜を待つため、部屋へと戻る、二人を除いては。
左右のベッドにはエクスとレイナが向かい合って座っている。そこにドアが開き、タオが入ってきた。
「どうだった?」
レイナの言葉にタオは笑みを浮かべる。
「さすがはオレの妹分! 完璧だ!」
「そう、で運んできたの?」
「ああ、外だ」
二人が立ち上がり窓を開ける。真下のドア横に木で作られた一台の台車があった。白の布が被され大きく膨れ上がるも、縄で縛り付けられている。横ではシェインが白の布を捲り、武器の柄の部分を見ていた。
窓を締め、二人がベッドに戻る。
「問題なさそうね。後は夜を待つだけかしら」
「ああ、それと台車を運ぶ途中に見えたぜ。町の何人かが慌しく動いてたからよ。少し後をつけたら、あいつらも準備をしてたな」
「……早い者勝ちって状況ね。彼らの武器は悪いみたいだから、手伝うふりして、先に倒れてもらってもいいけど、それじゃ護衛も増えて目的の場所到達が厳しくなるし、私達がやるから黙っていてと言ったところで、『時間がない! 運命には逆らえない!』ってね……」
「叩くなら一直線だ。迂回なんてしている間はないな。強行とはそういうものだ」
「ええ、その方が護衛にも被害が少なくて済むわ。ヴィランならまだしも、パン屋にいた父親……だっけ? あの人の言葉からして、ただ操られている人を私達の手で殺めるわけにはいかないわ」
「道案内なら任せてください。昨日新入りさんと場所を見てきたので迷わず行けると思います」
声と同時にシェインがドアを開け入ってくる。
「道案内任せるわ。武器の方はいい?」
「はい、それぞれの武器にコアもはめ込んでおきました。特にタオ兄の武器が重要になってきます」
「おう、任せろ! タオ・ファミリーとしてのリーダーの見せ所だな!」
右腕を曲げ力こぶを作り、そこに力強く左手を重ねる。
「……もう少しで日が落ちるわ」
レイナが窓に目を向け、三人も顔を向ける。
雲ひとつない空、そこはオレンジ色で染まっていた。
――――――――――――――――――――――
夜、城への城門が開かれ、灰色の人々が中へと入っていく。ざわめく人の影が見えなくなった時、後から遅れて四人の人物が姿を見せた。
ガラガラと音を立てながら布が被された台車を連れ、橋を挟む二人の門兵の前で立ち止まる。
「なんだお前達は?」
台車を前にした赤い目の兵が槍を立てる。四人の姿は灰色ではなく、色鮮やかな服を着ていた。
「客人ではないな?」
「ええ、私達はここのお姫様にあるものをお渡ししたくって……」
「何? 残念だが今はそのような時間ではない、日を改め――グッ!!」
喋っていた一人の男が突然声をあげ倒れた。すぐさま離れて横にいた男が槍を向ける。しかし、
「ッググググッ!?」
後ろから腕で首を絞められ、そのまま倒れた。兵の後ろにはタオ、そして台車の前に居た兵の横には、杖を持ったシェインが立っていた。
二人はすぐさま中に入り、門近くの部屋へと消え、しばらくしてまた姿を現す。それを確認した後、エクスは台車を押し、タオ達もそれを引く。
「謁見は礼儀の一つよ。全くマナー知らずね」
倒れる兵にそういい残し、レイナが三人の後を追った。
台車は城の中へと進む入り口の少し手前で立ち止まった。布を開け、中から武器を取り出す。
タオは槌、それに自身の体も隠せるような大型の盾。うす暗闇の場所でも城内から溢れる微かな光で蒼色に光っている。シェインは弓を持つ。
「新入りさんは?」
呼びかけるシェイン。台車にはまだ幾つかの武器が乗っていた。
「僕は大丈夫、ほら、この剣があるし」
エクスは背中に背負ってある剣を抜き、目の前で見せる。
「そうですか、姉御は……」
「私も大丈夫よ。これがあるしね……」
レイナが手を広げる。そこには一冊の赤い本が現れた。
「その余った武器はどうするの?」
「一応ここに置いておきます。武器にはコアは抜いてますので、町の方々のよりかは丈夫ですが、コアが無ければあまり代わりがないと思いますので……ああ、そうだこれを忘れていました」
シェインが横たわる武器の中から、一本の槍を取り出す。
槍は真っ直ぐと太く伸び、シェインの体より少し大きい。
「そんな大きい槍どうするの?」
「多分、これが必要になってくると思うので……おっと……」
結構な重量があるのか、シェインが片手でそれを持つと少しバランスを崩した。
「大丈夫か? オレに貸せ」
「いえ、タオ兄は盾がありますし、これはシェインが持って行きます。大丈夫ですよ、少しぐらいついただけで……」
「これじゃ狭い通路じゃ動きにくいな……護衛兵に気付かれるとまずいぞ」
「……それもそうですね。それなら、新入りさんに任せましょ。これを武器に――」
シェインが槍を置き、先程持っていた杖からコアを抜き、エクスに渡した。
「先陣をお願いします。それがあれば楽に気絶させられるはずですので」
「うん、任せて。場所もシェインと見てるから、迷わないと思う」
「――よいしょ、それじゃ行きましょ」
片手に弓、もう片方に槍を肩にかけて持ち、走り出す。それに合わせ、三人も走った。
赤の絨毯に導かれるように、光の中を四人が走る。
「な、何者だガフッ!!」
言葉を最後まで発する事なく、兵は剣の柄で腹を殴られ気絶していく。四人が通った後には数人の兵が横たわっていた。
階段を駆け上り、あの場所を目指す。
「もう少しだよ……この辺りだ」
エクスが丁字の辺りで立ち止まる。左側に続く通路の中央にはあの部屋のドアがあった。
「誰もいないみたい、あそこがそうだよ……レイナは?」
角から覗いた後、後ろに目を向ける。
「いるわよ。そこまでひ弱じゃないわよ」
少し頬を膨らませ、エクスより先に角を曲がる。
「えっ? 僕何か悪いこといった?」
困惑するエクスを尻目に、
「坊主、この先苦労するぜ、きっと」
「タオ兄以上の口下手の鈍感ですね」
二人がそそくさと角へと消える。
「ええー……何がいけなかったんだろう」
未だ答えが分からず困惑したまま、後を追った。
大きな赤色のドア。レイナが両手に力を入れ、それを勢いよく開ける。
広がる場所。赤の絨毯が隙間なく敷き詰められ、奥には一脚の椅子。金縁に赤の肘掛が大きな椅子には――あのシンデレラがいた。
薄紫の広がるドレスに足を組み、ガラスの靴をこちらに見せつけるように座っている。その前には一人の兵、全身を甲冑で包み、女王を崇拝するように跪き下を向いたままでいる。横には身長よりも遥かにでかい刀が置かれていた。
「あら、あなた達は?」
シンデレラが気付き、赤い眼でエクス達を見る。
「終わりよシンデレラ。あなたの物語はここまでよ!」
レイナが声を上げ響かせながら、四人が足を進める。中央まで進んだとき、シンデレラはクスクスと笑みを浮かべた。
「突然やってきて、何を言ってるの? まだまだ終わりじゃないわ、そうこれから、いえ……これからも続くの。だってそういう運命でしょ? 私が幸せになるってことは!」
「シンデレラ! こんなのは君が望む物語とは違う! 最悪な結末が待っているんだ!」
エクスが身を乗り出し、さらに訴える。
「何をいって……あら、あなたは?」
「えっ?」
跪く兵の横を通り過ぎ、シンデレラがエクス達に近づく。目と鼻の先、それよりも近い距離まで縮まった。
「ああ、ごめんなさい。ついあの子だと思って……よく似ていたから……」
突然伸びる手。シンデレラはエクスの前に立ち、右手で頬をさすり赤の瞳で捉える。
「眼もあの子によく似ている……名前は……」
「エ、エク……ス……」
「ッ!! ダメです見ちゃ!!」
シャインの言葉にすぐさまレイナが反応して、体当たりをシンデレラにぶち当てる。
「キャッ!!」
後ろに崩れるシンデレラ、
「……!? ハァ、ハァ……」
エクスがその場にしゃがみ込み、荒い息遣いを繰り返す。
「オラッ!!」
間、髪入れずタオが飛び込み、シンデレラ目掛け槌を振り下ろす。しかし、鈍い音があがるも、すでにその場所には誰もいなかった。
シンデレラが先に立ち上がり、兵の後ろまで下がっては、
「あらら、物騒な方たちね。私はただお話をしかったのよ? そのエクスって子と……」
クスクスと微笑を浮かべる。
「大丈夫……」
レイナがしゃがみ、顔を覗き込む。
エクスの呼吸が荒い。レイナは片手を出し、言葉を唱えて治療を始める。手から放たれる小さな光の粒に包まれ、
「ご、ごめん。もう大丈夫……少し意識が……」
少しふら付きながらも立ち上がった。
「くっ、なんて恐ろしい女なんだ。本当にあのシンデレラなのかよ!?」
三人を守るようにしてタオが正面で盾と槌を構える。
シンデレラは後ろに下がり、再び椅子に座る。
「お話が出来ないならお帰りしていただくしかないわね。ここに相応しいのは私の用意したものに群がって踊り続ける人達と、私の為だけに動く兵、そして王子様だけよ?」
「何言ってるの! 好き勝手しておいて、私達がそれを止めるわ!」
「そう? 仕方ないわね」
シンデレラが足を組み、指を鳴らす。
「それじゃ守ってもらうしかないわね。私の王子様に……ね?」
跪く兵が動き出す。着る鎧が重いのか、ゆらりとした動きで横にある刀を手にし、立ち上がっては振り返る。目の部分は開けられるも暗く、鬼のようなフルフェイスにより表情までは見れない。
「来るぞッ!!」
タオの言葉に全員の緊張が走る。
正面から近づいてくる鎧。見た目とは違い足取りは速く、すぐさまタオに近づいて身の丈以上の刀を振り下ろした。
――第一打。
「グッ!!」
激しい金属のぶつかるような音が響く。タオは振り下ろされる刀を正面から受け止めた。低くしゃがみ、今も押しつぶすかのように振り落ちる力に対抗する。
「タオ!」
すぐさまエクスが左から駆けつけ、胴に向かって勢いよく刃を打ち込んだ。同時、金属音が鳴り響く。
その衝撃に、王子と呼ばれた兵は少しよろけるも、すぐさま体勢を直し、持ち手を変え、刀を大きく横に振り込んできた。
風切りの音を刃に包み、構えるタオの盾を霞め、エクス目掛け飛んでくる――二打目。
「ッ!!」
エクスはすぐさま後ろに体重を掛ける。刃が目の前を通り過ぎ、鈍い音を上げ、尻餅をつく。その隙に、タオが盾を構えたまま、体当たりをぶち噛ました。
王子は再びバランスを崩す。体勢を立て直そうと、足に力を入れる。しかし、すぐさま槌が足めがけ飛んできた。
音が上がり、王子の片足が沈む、そこへ更なる追撃として顔面にめがけ槌を払う。鈍い音、殴られた王子の首が強制的にエクスの方へと向く。その状態のまま王子は動くことがなかった。
槍を置いたシャインが弓を構え放つ。矢は真っ直ぐ鎧に当たり、そして王子はそのまま地面へと倒れた。
「へっ、身の丈に合わない馬鹿でかい武器背負ってるからそうなるんだよ」
立ち上がるタオ。盾を構えたまま、槌を肩に乗せる。
「ああー!! なんてことでしょう!?」
突然シンデレラが立ち上がり、大声をあげた。しかしそれは、悲痛のような響きではなく、まるで、小さな舞台上で悲劇のヒロインを演じているような口ぶりだ。
「私の、私の大切な王子様が倒されてしまったわッ!! このままじゃ次に私が倒されてしまう!!」
椅子の前を何度も行き来しながら、大げさに手振りする。その小さな劇を四人は見ていた。
「ひどい役ですね」
「ええ、あれは悲劇のヒロインじゃなくて、単なる喜劇のヒロインね」
そんな皮肉の言葉も耳に届くことなく、シンデレラは続ける。
「ああ、でもひ弱な王子は私には合わないわ。大切なのは私を守ってくれる優しいナイト、心強くて力のあるナイト様」
シンデレラが突然椅子の後ろに手を回す。右手で何かを持ち前に掲げた。それは一本の杖だった。
「そう、だから要らない。弱い王子なんて」
杖を振るう。次の瞬間、炎が立ち上がり、倒れている王子が燃え始めた。
「な、何をやってるんだッ!!」
タオの怒号が響く。火は勢いを増し、近くに熱が伝わる。すぐさま二人はその場から離れた。
「言ったでしょ? 弱い王子は要らないって……私にいるのは強いナイト……そうでなきゃ何が守れるっての? ね、ナ、イ、ト、さ、ま」
「グルルルル……」
炎の中から低く唸るような声が聞こえる。
「なにッ!? ぐッ!!!」
同時、あの刃が再びタオめがけ振り下ろされた。すぐさま盾を構えそれ防ぐ。
激しく潰れるような金属音が鳴り響く。タオは何が起きたのか分からないまま、異様な力に押されていた。先程とは違い、自身が潰されないようにするだけで精一杯だった。
横に目を向けると、驚愕したようなエクスの顔が見える。
――エクスは全身を走る衝撃により立ち尽くしていた。それは一瞬のうちに起きた出来事だった。
炎の中からは大型のヴィランが現れた。それは町にいたような小さなものではない。それよりも遥かに大きく、そして先程の鎧を着た王子よりも、丈夫で硬くまるで金属球そのもののような巨体をしている。
――メガ・ヴィラン。炎から現れると右側にある刀を手に取り、それをすぐさまタオに向かって振り下ろした。勢いをつけるため、踏み込んだ左足から出た風により足下の炎が消される。それは、自身の重たさを辺りに伝えるには十分なものだった。
全身の間接の間から噴出す青の炎、時折勢いを増しては、腕に力がこもり、さらにタオを押しつぶそうとしている。
「……ッ!」
まるで金縛りが解けた様に、エクスはふと我に返り、駆け寄ってはすぐさま剣を腹部に叩き込んだ。しかし、
「……えっ!?」
先程とは違いエクスの剣は相手を怯ますどころか、鳴らす音も遥かに小さいものだった。剣の刃は胴体で止まったままで動かない。
「グルルルルルッ……」
メガ・ヴィランの赤い目が横に動きエクスを捉える。
「やばいッ!!」
剣を引き、身を引く。次の瞬間、風切りの音と共に左腕が横切った。剣が拳に当たりその衝撃が手と伝わり、弾き飛ばされる。
エクスは尻餅をつくも、すぐさま立ち上がり、剣を拾いに走った。
「タオ兄!」
シェインが弓を引き、狙いをつけ放つ。鋭く放たれた弓はメガ・ヴィランの腕にめがけ飛んだ。
ドスっという鈍い音が上がり、左腕の間接部分に矢が刺さる。
「グルルッ!」
巨体が少し怯むも、右手で振り下ろした刀には力を入れたまま、正面に顔を向けた。矢を放った者、それを捉えると胸を張る。中央に埋め込められた青の宝石が光る、次の瞬間――、
「ッ!!」
刃のように尖った紫の光がシェインに向かい飛んできた。すぐさま右へと飛び込み避ける。
――轟音。避けたシェイン横を通り過ぎ、壁へと直撃した。シェインが後ろに振り返る。壁は砂埃に塗れ、そして徐々に姿を現す。そこには大きな穴が開けられていた。
「あらら、騒々しいわね」
シンデレラは椅子に座り、その光景を観客のように見ている。
「――燃えなさい!」
レイナが呪文を唱え、メガ・ヴィランに向かって指をさす。足下に円陣が浮かび上がり、次の瞬間、天まで届く勢いで火柱が立ち上った。激しく炎が噴出し、轟音を上げる。
炎はすぐに消え去るが、メガ・ヴィランは怯まない。
「効いてない!? 一体何が弱点なの!?」
「姉御、氷のコアもあまり効果がないみたいです!」
シェインが再び弓を構え狙いをつける。先程突き刺さった間接部分は凍り付いているものの、内側から噴出す炎により溶かされていく。
「うごおおおオッ!! あっちぃー!! 何やってんだッ!!」
タオの悲痛の叫び声が聞こえる。それはレイナ達に向けられたものだった。
「うるさいわね! もう少し我慢してなさい! 炎、氷、残りは水、雷、光、闇……エクスの武器には何が!?」
「新入りさんはスタンのコアですよ!」
「うわあああー!!」
エクスが叫びなら再び突っ込む。剣を高く上げ、一気に左腕へと振り下ろす。しかし、剣は弾かれ、手応えは無い。赤い目が再びエクスを捉える。
蘇る記憶、先程の出来事が頭を過ぎる。エクスは剣を目の前に立て構える。だが、相手は何もして来ない。
目に入る左腕。どうやらシェインの放った矢が、未だ左腕の動きを邪魔しているようだ。すぐさま剣を構え直し、今度は矢の突き刺さっている間接部分に振り下ろす。
「グルルルッ!!!」
メガ・ヴィランが唸り声を上げる。落ちる左腕、同時に刃先を踏み出す左足の間接に向ける。
――刹那。刀がエクスの頭部を掠めた。先に剣の先端が間接に刺さり、バランスが崩れ刃先がすくい上げるように形になったのだ。
メガ・ヴィランの力から開放されたタオ。しかし、すぐさま刀がエクスへと向けられた時、刃先が盾をかすめ体勢が取れず、力で弾き飛ばされた。
エクスは剣を抜き、そのまま流れるようにメガ・ヴィランの後ろへ走る。落ちた左腕は重たい音を上げ、地面に沈み消える。
すくい上げたままの刀を今度は水平に構え、自身の後ろを走るエクスに向かい、跪いたままのメガ・ヴィランが振り払う。
「グルルッ!!」
刃先がエクスを捉える前に、メガ・ヴィランが声を上げ刀を落とした。右腕の間接に矢が突き刺さっていたのだ。右腕だけが空しくエクスの横を過ぎる。しかし、
「エクス飛べッ!!」
タオの声。エクスは顔を振り向かせることなく、迷わずそのまま飛び込んだ。
背中に熱が通り過ぎ、右側から崩れるような轟音、その後巻き上がる砂煙、エクスが絨毯に体を寝かせると同時にそれは起きた。
すぐさま立ち上がり、メガ・ヴィランに目を向ける。そこには、再びエクスを貫こうと胸を光らせてこちらを向く姿があった。
エクスは休まず、タオの方に駆け寄る。
――二発目。胸が光り、紫色の閃光が走る。
「させるかよッ!!」
タオがエクスを庇う様にひずむ盾を構えた。光が直撃し、タオの体は後ろに押されるも足に力を入れ踏みとどまる。
「ウオォォオー!!!」
声を上げ、盾を放したタオが走り出す。光る胸元、しかし止まる気配など無い。槌を構えて、そのまま飛び上がる。
光が放たれる前、振り上げた槌がメガ・ヴィランの胸元の青い宝石を叩き込んだ。
青の光が胸元から散り、メガ・ヴィランが今まで以上の唸り声を上げる。
「――雷です! タオ兄の槌には雷のコアが!」
「有効打ね。シェイン、コアはある?」
「はい!」
レイナの言葉に、シェインが服の中から黄色の玉を取り出した。中では激しく稲光が繰り返されている。
「それをあの刀に……できるならお願い! 私が補助をするわ! …………」
レイナが指さし、そして何かを唱え始める。指さす方向、そこにはメガ・ヴィランが落とした刀があった。言葉を察したシェインは頷き、エクスの元に駆け寄る。
エクスは次の行動をどうするか悩んでいた。
目の前では胸元に槌を打ち付けた者を握り潰そうと、メガ・ヴィランが右手を伸ばす。しかし、タオはそのまま転がり落ちる様に避け、盾まで戻り再び構えていた。
エクスは剣を構え、その隙に休まず追撃をしようにも、次への有効打が思いつかない。
その折、後ろからシェインが走ってきた。
「新入りさん手伝ってください!」
「えっ? 何を!?」
「あの刀を使って、あれを倒します。相手はタオ兄に向いてますから今しかありません!」
「……分かった!」
エクスは返事をし、剣を背中にしまい、シェインと一緒に刀の元へ走る。
盾を構え、タオが相手の次の行動に注意しながら、距離を測る。自分が攻撃を当て、尚且つ相手の拳を避ける距離。向かい合ったまま跪く赤い目と対峙する。
「へへっ……次はどう動くんだ……ん?」
ふと視界に、メガ・ヴィランの視覚外の右側から大きく迂回して、刀に向かい走る二人の姿が入った。瞬時に、次への行動を読み取る。
「なるほどな……さあ、こいデカブツよッ!! 今はただの木偶の坊か?」
わざと声を上げ、挑発するようにメガ・ヴィランに槌を向け――、
「何ッ――!?」
突如右側から拳が飛んで来た。その勢いはすさまじく、風切りの音もないまま、タオの盾に直撃する。
衝撃で体は吹き飛ばされ、鈍い音を上げ地面に叩きつけられる。
「くっ……あぶねぇ……」
痛む体をすぐさま起こし、怯むことなく盾をかま――
「嘘だろ……」
目が見開く。ネガ・ヴィランの追撃がすぐさま迫っていたのだ。
盾を構えるも、今の状態では再び地面に叩きつけれ、今度は立てなくなるかもしれない。しかし、今のタオにはどうすることも出来なかった。せめて、体を前に出し力をぶつけ衝撃を弱めるしか。
「クソッ!!!」
精一杯、瞬時に出せるだけの力を込める。次の瞬間――、
「…………!?」
鈍く激しい衝撃音を上げるも、盾はしっかりとメガ・ヴィランの拳を受け止めていた。タオの体中に緑と赤の光が渦巻く。
「……よし、待たせたわね!」
レイナが声を出す。
「へっ……遅すぎるぜお嬢!」
体に纏わりつく光り、それはレイナが唱えた補助魔法だった。タオの肉体に力が湧き上がる。
「仕方ないでしょ。そんなにすぐに出せたりするもんじゃないんだから! それに何度も使えるわけじゃないわ!」
「分かってるよッ! 今しかねぇ……!」
盾と拳。互いの力がぶつかり合い、互いが震える。再び対峙する赤の目。跪いた状態のままでもその落ちることのない力が伝わってくる。
タオはさらに力を入れ、徐々に押し上げていく。そして、
「うらッ!!!」
そのまま盾を横に弾くようにずらした。
不意に外された拳は方向転換が利かず、タオの横をすり抜けていく。
タオはそのまま走り出し、距離を詰める。メガ・ヴィランはそれに対応するようにすぐに体を起こし、近づくタオに向かって右手を振り上げた。
「グルルルッ……ッ!!?」
突如、メガ・ヴィランの体が大きくバランス崩し、前のめりになる。背中から響く金属音。倒れる際、右側後方に赤い目を向けた。そこにはエクスとシェインの姿があった。
二人の体にもタオと同じく補助魔法が掛かる。そして、エクスの手にはあの刀が握られていた。刀身は遥かにエクスを越えるも、レイナのおかげで容易にそれを振るう事が出来た。時たま光る稲光が波紋を沿うように走る。
「グルル……」
メガ・ヴィランが視界を戻す。目の前に槌が――。
鈍い音。赤の目は光を失い、力なくそのまま重い体を地面に沈め、そして消えた。
「終わったか……」
タオが槌を軽く振り、ひずむ盾を強く握り締めた左手の力を落とす。体を纏う光はすでに消えていた。後ろからレイナ、左からはエクスがタオに近づき、シェインも刀からコアを抜き取った後、服に入れながら集まる。
「――すごい、すごいわ! あの化けものを倒すなんて!」
大きな拍手が響く。四人が音の方に目を向けると、そこには椅子から立ち上がり、両手を軽く叩いて喜ぶシンデレラの姿がいた。
「化け物ですって?」
シンデレラの言葉にレイナが眉を寄せる。
「ええ当然でしょ? だって明らかに人じゃないわ、それ以外にどうやって呼べばいいの?」
自分の言葉に何一つ疑問を持たず、シンデレラは不思議そうな顔をして問い返した。
「くっ……なんてヤツだ、自分で都合で変えたんだろうが……」
タオが眉をしかめ、奥歯をかみ締める。
「それじゃ、あの子ももしかして……」
「あの子……?」
「私の家には立ち寄らなかった? 居たでしょ?」
「……!? まさか……そんな……」
思い出されるあの時の出来事。エクスの脳裏に嫌な結末だけが浮かんでくる。
「その顔……そう可哀想にね」
椅子に座り、シンデレラが足を組む。
驚愕するエクスに他の三人もその意味を理解し、タオが口を開いた。
「変えたのか、ヴィランに……友達をッ!!」
射殺すようにタオがシンデレラを睨みつける。それに対し、シンデレラは平然としたまま赤い瞳を向ける。
「友達? 勝手にそんな関係にしてもらっては困るわ。どうしてそうなるの? 私の運命に書き込まれているのかしら?」
両手を広げ、シンデレラが大きな本を出す。まるで興味がないようにページを捲り、すぐに閉じては消す。
「あの子が勝手に私に話かけてきた。運命は決められてるってのに、毎日話かけてくる、笑顔で。可笑しいと思わない? あの子とはかけ離れた運命。どれだけ話をしたところで何一つ変わりはしないのに――ホント迷惑」
シンデレラの何気ない言葉、しかしエクスにすればそれは、胸を締め付けられる思いだった。
エクスもここの幼馴染と同じく、シンデレラとは幼い頃からよく会話をした。そのせいもあり、エクスは密かに想いを寄せるようになる。しかし、エクスは空白の書の持ち主。役割はなく、周りからは脇役として馬鹿にされることもある。
先の運命が決められた人、先の運命がない自分。その世界では運命の書により決めれた通りに動く。未来の王妃にただの脇役。シンデレラにとって、エクスはただの大切な親友でしかない。決して叶わぬ物語を、エクスは受け入れていた。
だが、レイナ達と出会い物語りは大きく変わってくる。
――空白の書。それは役が無いと同時に、自由を意味する。運命の書とは違い縛られることなく動くことが出来るのだ。つまり、エクスは自分の力でシンデレラの王子の代わりになることが出来る。
エクスは悩む。そして――物語、迎えるべきシンデレラの幸せを選んだ。
自身の意思による選択。中身は違えど、目の前にいるのはエクスの知るシンデレラの姿。そこから発せられた「迷惑」という言葉。それは否定されているのと同じものだった。
『出会わなければ良かった』
そう聞き取れる。
何度も頭を過ぎる言葉に、自然とエクスの気が落ちていく。
「坊主、気にするな」
タオがエクスの肩に手を添える。
「目の前にいるのはあのシンデレラじゃない。坊主と出会い、オレ達と出会ったシンデレラは物語で幸せを手にしたんだ。何も迷惑じゃねーよ」
「……ごめん、ありがとうタオ」
「あの言葉はむしろオレに対しての言葉だな。痛いほどそれが分かるぜ」
タオがシンデレラに真っ直ぐな目を向ける。
「オレは主役を殺したからな……オレが話かけたせいで……ったく……」
肩に添える手に少しだけ力が入る。
「あんな思いは二度と御免だ。エクス、この想区を早く戻そう」
「そうだね」
エクスは剣を構え、タオは盾と槌に力を入れる。その横ではレインが目線を落とし何かを考えていた。
「…………」
「姉御」
「……ん!?」
シェインの呼びかけにレイナが反応する。
「姉御、何かあったのですか?」
「いえ、ちょっと気になる事がね……」
再び視線を落とすが、すぐにシンデレラの方に目を向ける。
「うんん、後でいいわ。シェイン行きましょ、あと少しよ」
「はい!」
二人がシンデレラの方に顔を向ける。
それぞれの意思が一つの決意に変わる。集まる視線に一人座る主役が気付き、飽きたような表情を返す。
「いつまで居るの? そろそろ時間だわ、お帰りいただけるかしら? 素晴らしい戯曲をありがとう、楽しかったわ」
「何を言ってるの? 言ったでしょ、あなたの物語は終わりだって!」
距離を詰めていく四人。それに対しシンデレラは――笑みを浮かべた。
――ホーホー、ホホ、ホーホー。
「ッ!? 気をつけてください!」
響くシェインの声。同時に上から聞こえる低い音。瞬間――、
「キャッ!!」
突風が壁となり、四人を後ろへと吹き飛ばした。
叩きつけられる体、理解する間もなく、エクスとタオ、シェインはすぐに起き上がった。レイナはエクスの手を借り体を起こす。
向ける視線、そこにはシンデレラを隠すように、一羽の黒い鳥が立ちふさがっていた。
―――――――――――――
「クルゥゥウ……」
シンデレラを守るように、大きく翼を広げた一羽の黒い鳥。顔にある赤い眼は四人を捉え、胸元にある黄色の目玉は辺りを窺うように激しく動く。背負う箱から伸びる三つのラッパのような土色のもの。その穴からは、風が突き抜けるような高い音が聞こえてくる。
「こいつが町を……」
「そうです、気をつけてください。あの時より勢いが無くても、容易には近づかせてくれません」
鳥が翼を畳み、こちらを眼を向ける。互いが睨み、牽制しあう。その光景に、後ろに居たシンデレラは手を叩いた。
「いいわ、第二部の始まりね」
乾いた音が何度も弾ける。しかし、四人は気にした様子もなく話を続けた。
「どうしようか……?」
「狙いは後ろにいるカオステラーのみだ。倒せばコイツは消える。守りは一体、三方に散ってお嬢の魔法を本元に当てればすぐに終わりだな」
「以前の事から、一応、対策は用意しています……」
シェインが小さな声で段取りを伝える。
「へっ、さすがオレの妹分。ただじゃ起きねぇな」
「はい、ふて寝もしません。新入りさん、少しの間お願いします」
「うん、任せて」
「姉御もそれでいいですか?」
「ええ……でも……」
レイナが顔を曇らせる。
「姉御? さっきからどうしたんですか?」
「……どうも引っかかることが、ね。でも、いいわ。それでいきましょ。さっそく行くわよ――」
レイナが声を出し、唱え始める。それを機に、三人が動き始めた。
エクスは右に走り側面を狙う。タオは正面、そしてシェインはレイナの後ろへと走った。
「行くぜッ!!」
ひずむ盾を構え、槌に力を入れ突っ込む。
一斉に散る三人に胸元の目をが激しく動く。しかし、鳥の顔はタオに向けられたままだ。
「クルルル――」
黒い鳥は一鳴きした後、その場で翼を羽ばたかせる。吹き起こる風が盾に当たるも、衝撃はなくそのままタオの体を包む。
――ホーホー、ホホ、ホーホー。
土色のラッパから鳴り響く、低く笛を吹くような音。
「来たか!?」
タオはすぐさま立ち止まり、盾を突き出す。
――突風。距離を詰めた為か、先程よりもそれは大きく、持つ盾をガタガタを震えさせる。しかし、タオは吹き飛ばされることなく、それに耐えていた。ひずむ盾の中央で青色の光が強さ増す。
「くっ……なるほどな……」
思い起こされるシェインの言葉に、自然とタオの表情が綻んだ。
防御のコア。タオの持つ盾にはそのコアが付けられていた。今青色に光り輝き、突風を耐えれるのもその効果が示している。
元々シェインは突風での対策として盾に装着していた。だが、その前にあのメガ・ヴィランが現れた。予期せぬ出来事だったが、盾はひずむだけで留まり、結果タオを助ける物としては十分な意味を持つことになった。もし、何も装着していなければ今頃……。
「シェイン……やられる訳にはいかねぇなー!!」
声を張り上げ、盾を前に突き出す。取り巻く風が止むのを確認した瞬間、槌を構え飛び込んだ。
――否、
「な――ッ!!」
タオの体が吹き飛ばされた。体の側面に強い衝撃が走り、握り締める手が耐えきれず槌と盾を放す。
流れる視界、そこにはあの鳥の姿。横向きになり、翼を広げては辺りに自身の羽を宙に散らす。そしてその奥にはシンデレラ、足を組み微笑んでいた。
タオの体が絨毯に沈むと同時に、右側から攻めていたエクスの方に黒い鳥は方向を変えていた。
シンデレラの距離はもう少し。しかし、翼を閉じた鳥の赤い目が正面でエクスを捉える。
――ホーホー、ホホ、ホーホー。
低く笛を吹くような音。黒い鳥は剣を持って走るエクスに狙いを定める。
エクスは咄嗟に前に向かって飛び込んだ。黒い鳥が構える、しかし、
「グル……!?」
動きが一瞬怯んだ。
撃ち出された風はエクスが絨毯に体を沈めると同じく、背中を流れた。鳥の右目には一本の矢が突き刺さり、凍り付いている。
体を強く打ち付けるも、エクスはすぐに立ち上が――、
「――えッ!? グッ――!!」
強い衝撃。それはまるで、コンクリートで出来た壁そのものがエクスの正面に向かってぶつかってきた様なものだった。そのまま体は耐え切ることが出来ず、浮かばされ、今度は背中から絨毯に叩きつけられた。
第二波。黒い鳥はエクスが飛び込んだ瞬間、撃ち出す風を抑えてた。その後の行動を予測してか――。
エクスは起き上がろうと力を入れるも、全身に痛みが走り素直に立ち上がれない。
黒い鳥はすぐさま方向を変え、今度は矢が放たれた方へと目を向ける。そこにはシェインの姿。
片手には、自身の背丈よりも高く、柄が太い槍を持ち、倒れるタオに向かって走っていた。幅広大型な三角形になる先端に重量が集まるのか、少し斜めになって、頻りに力を入れなおす。
「タオ兄、大丈夫ですか!?」
駆け寄ったシェインはすぐにタオの体を確認する。
表情は痛みで歪んでいるものの、外傷は見えず一時安堵する。
「いてて……シェインか……?」
「はい、持ってきまし――!?」
シェインの言葉が止まる。微かに風が体を掠めたのだ。
槍を置き、すぐに鳥の方に顔向ける。
いつの間にかシンデレラから離れ、距離を縮めた紅い眼が二人を見ている。しかし、シェインは弓も体も構えることは無く、瞬時に相手の行動の意図を読み取った。
――黄色い目が、レイナの方に向けられていた。
「姉御ッ!!!」
シェインが名前を叫ぶ。だが、レイナは唱えることに集中し動けない。
「ぐっ……貸せッ!!」
迫る危機にタオは痛む体を無理矢理起こし、槍を掴んでは走る。シェインはすぐにレイナの元へと走った。だが、距離が遠い。黒い鳥が今にもレイナに向かって撃ちだそうとしている。次の瞬間、
「オララァアアー!!!!」
タオが大声を出し、槍を黄色の目に向かって突き刺した。
「グルルルッ!!」
怯む体、撃ち出される風。轟音を上げ、レイナの横を通り過ぎる。
「…………」
風が髪を靡き揺らすも、レイナは動揺することなく、ただ只管に唱え続けていた。黒い鳥に目を向ける。
「――射れッ!!!」
張りあがる声。その言葉と同時に、鳥の上、前方に三つの方陣が現れた。
囲む青色の方陣からは、先端が尖る幾つもの小さな氷の槍が目標に向かい降り注ぐ。
「あぶねッ!!」
タオはすぐさま槍を抜き、その場から離れた。黒い鳥は身を縮め耐える。
雨粒がトタンを叩くより鈍い音が何度も響く。
タオは盾を回収した後、ふらつくエクスに肩を貸しては、レイナの元まで歩いた。四人は合流し、その光景に目を向ける。
「上手くいきましたね……」
「ええ、とりあえず第一段階ってところかしら? エクス大丈夫?」
レイナがエクスに駆け寄り、言葉を唱えては添えた手から淡い光を放つ。
「う、うん。少し体が痛むけど、大丈夫だよ。ありがとう」
治療を終え、タオの肩から手を離す。
「タオは?」
「オレは丈夫だから問題ねえ。――シェインは?」
「シェインも同じくです」
「そう、それは良かったわ。……さて、これからどうなるのかしら?」
レイナが黒い鳥に目を向ける。
未だ振り続ける氷の矢。黒い鳥は動く事が出来ず、首を下げ、身を縮め続けている。シンデレラの様子を窺おうにも、黒い鳥と被さり見えない。ただ、鳥との距離が離れてるため、矢の範囲には入ってないのは分かる。
「後は相手次第ですね。このまま倒れてくれればいいですが……ダメなら、次で仕留めるしか……」
「あいつがいる限り、後ろにいるシンデレラに攻撃することは出来ない。が、もう風の心配はしなくていいんだろ?」
タオの問いにシェインが返す。
「はい、目標である黄色の目をタオ兄が潰してくれたので、もう風はほとんど怖くないと思います」
「どうしてそう言い切れるの?」
「――距離です。あの目が距離を測ってました。シェインが思うに、あの黒い鳥は鳩のヴィランではないかと」
「鳩……? なるほどね」
レイナが一人納得する。エクスは理解できず、レイナに聞いた。
「それが何の繋がりがあるの?」
「……エクス、アナタは鳩を見たことがある? 私の城にもよく鳩が飛んで来たりしてたけど、あの子たち、歩く時には首を動かすの。どうしてだと思う?」
「え、体に合わせて自然とうご――」
「目を動かす為か?」
タオの答えに、レイナがええ、と頷いた。
「鳩の目はそれほど自身で動かせないの。あの子たちが見えるのはあくまで平面的な物体のみ、それをより立体に見るために首を動かし、その差で出来た時間で立体として距離を測るの」
ふとエクスの頭にある映像が浮かび上がる。真っ直ぐ向けられる赤い目。それに対し胸元にある黄色い目が激しく動く。
「その通りです。あの鳥も頭の目を動かさず、胸元の目を頻りに動かしていたので、もしかしてと……」
シェインが黒い鳥に目を向ける。中央の黄色の目はタオにより潰され、黒くなり閉じられていた。
「何かしらの一つの攻撃手段があるかと警戒したのですが、その様子も見せなかったので当たりですね」
「距離感がなくなれば狙いが定まりにくくなり、あの風も脅威じゃない。後一押しね――来るわ!」
鈍く叩きつける音が先に消え、その後、青の方陣が消えた。残されたのは、ただ体中の羽根を自身の足下に散らされた、一羽の黒と赤の斑模様の鳥だった。
背中にあるラッパのようなものにはひびが入り、残り二つにも無数の傷がついている。体中に突き刺さった氷の矢は次第に溶け始め、水になっては体中を伝い、黒の羽毛を赤黒く染める。
赤黒い鳥は身を一度震わし、右目に矢を刺したまま左目で四人を見た。
「クルルル……」
足を前に踏み出し、一鳴き。そして――飛んだ。
四人はすぐさま天井に目を向け、鳥の後を追う。
羽ばたかせる度に全身から水滴が落ち、絨毯に染みを作る。鳥は羽を広げたまま、あの音を出した。
――ホーホー、ホホー、ホーホー。
吹く風。天井を張り巡る葉が激しく揺れ動く。同時、
「……えっ?」
レイナの前に大きな何かが落ちてきた。
まるで石を落としたような鈍い音。ドングリのような形をしているそれはボーリングの玉より大きく、硬い。シェインがすぐにしゃがみ、手で触り確認する。
「……木の実?」
天井に目を向けていたタオの表情が変わる。
「まずいぞ……出来るだけオレの体にしがみ付け!!」
その言葉に三人がしがみ付き、タオは体を隠すように盾を天井に向かって構えた。その瞬間、重たい衝撃が盾に何度も響いた。
断続的な音が止み、周りに目を向ける。赤の絨毯に幾つもの木の実が点々として散らばっていた。
鳥は、四人から少し離れた場所に降り立ち、あの音を鳴らした。
「まさか……隠れろ!!」
次の行動。それを察した時、タオの後ろにすぐさま三人が隠れた。
吹き荒れる突風。衝撃が伝わり揺らす。そして、更なる衝撃が盾に加わった。
「クッ!!」
まるで拳で叩きつける様な衝撃が断続的に続く。片手で耐え切れず、タオが身を縮め、体全体で盾を抑え、その後ろをエクス達が支える。四人の横を弾丸のような速度で木の実が飛び行く。
風が止み、タオが盾を下ろす。青く光るも、ひずみは増え、もはや盾としての形、機能はほぼ無くなっていた。
四人はすぐさま攻撃の体勢に入る。エクスは剣を構え、シェインは弓を構える。しかし、数歩足を進めた瞬間、鳥はまた飛んだ。
「なんてやつだ。これじゃキリがねえ!!」
「賢いわね。トリ頭って言葉は嘘かしら」
「感心している場合じゃないよレイナ!」
シェインが鳥に弓を向けるも、上から降り注ぐ木の実が邪魔をして上手く狙えない。
「これでは落とせませんね。まずは風を止めないと……。タオ兄、新入りさんお願いがあります」
タオとエクスにシェインが段取りを伝え離れ離れにある木の実を指さす。それを理解し、二人が動いた。先にエクスが走り、タオは盾をシェインに渡し、後に続く。
先程よりも降り注ぐ木の実の数は少ないものの、辺りではドスっと沈むような音が絶え間なく耳に入る。二人は注意を払いながら、指された木の実をそれぞれが一つずつ両手に抱えた。
鳥が降り立ち、翼を畳む。鳴る音。
「行くぜ!!」
タオの声を合図に二人が走った。シェインは弓を引き、足にめがけ矢を放つ。
「グルッ!!?」
矢が鳥の足に突き刺さり、バランスを崩す。
二人は一気に近づき、木の実をラッパのようなものの穴に入れ込んだ。
――破裂。まるで発破したように、両脇にあるラッパのような土色のものが一気に吹き飛んだ。木の実で穴が塞がれたことで、空気が行き場を失い、膨張したのだ。
身を低くし、残り背中にある一つを向けるも、レイナの氷の矢によりひび割れ、両脇にあった二つよりも威力は無く、地面に落ちる木の実すら飛ばせなかった。鳥はまた天井に向かって羽を広げる。
シェインはすぐに弓を構え、狙いをつける。矢の先には小さな袋が付けられていた。エクスが気付き、問う。
「シェインそれは?」
「灰ですッ!!」
放たれた矢は天井に当たり、先端に付けられた袋が破裂した。粉を散らせ、そこへ鳥が通りかかり、灰を被る。
「グルルッ!!」
氷の矢により溶け水が灰の付着をより強め、視界を鳥から奪う。
ほとんど何も見えなくなった鳥は、ふらふらと羽ばたきながら旋回をし、そして天井の横にある開かれた窓から吹き込む風を頼りに、外へと飛び出した。窓をぶち破り、ガラスの音を散らす。
静寂が訪れ、四人が目を中央の奥へと向けた。椅子に座り、その始終を見ていたシンデレラが立ち上がる。
「やってくれたわね……」
杖を持ち、四人に向かって足を進める。
「もうアナタを守ってくれるナイトは居ないわ!」
それに合わせ、レイナ達も足を進めた。足下に散らばる木の実の中、対峙する。そして、合図を出すかのように、あの鐘が鳴り響いた。
「あら、舞踏会は終わりのようね?」
レイナの言葉に、シンデレラは何も言わず、睨みつけるような視線を送る。
エクス達はこの時を待っていた。それは全ての始まりを告げる音だった。
――もうシンデレラは魔法が使えない。
十二時を過ぎ、シンデレラはいつも家に帰っていた。それは魔法が切れるからだ。
カオステラーの力は物語を変えれるほど強い。普通に向かっていても時間が余計にかかり、町の人達が襲撃に来る時間までに終わらせる事が出来ない。そう考えたエクス達は楽に倒せる方法として、魔法の使えない時間を狙うことにした。それはあの鳥を倒す時間を含めての計算。
そして今まさにその時間が来た。町の人達は今頃こちらに向かって歩いてきてるはず、早く物語を戻さなければ。
「諦めなさい、近くに誰もいないアナタには、もうこの先の物語はないわ!」
レイナがシンデレラに降伏を求める。
「誰も居ない? 何を言ってるの……? ふふっ、ここは私の物語、私は王妃として生きる素晴らしい未来があるの。それを突然やってきたアナタ達に勝手に変えられる筋合いは無いわ。決めるの私! ……そうだ、ねえ、エクス……?」
シンデレラの赤い眼がエクスに向けられる。それはまるで、母親から優しく撫でられるような声で――。
「アナタ、私の王子様にならない?」
「えっ?」
思いもよらぬ言葉にエクスが困惑する。
「初めて会うのに昔あっていたような気がする。それはあの子によく似ているから? 私の友達に……。アナタなら、きっとなれる私の王子様の代わりに。一緒に来て――」
手を差し伸べるシンデレラ、赤い視線を送る。しかし、
「それは出来ないんだ、ごめん」
エクスはすぐに目を逸らす。
その答えに、シンデレラは伸ばした手を下げ、溜め息をついた。
「ふられたわね」
「まあ、あれだけやってりゃ、そうなるわな」
「当然の結果ってやつですよ」
突き刺さる三人の言葉。シンデレラの握る杖が小刻みに震える。
「そう……そうなの……だったら」
足下にある木の実に近づき、
「さっさと消えてッ!」
持っている杖を木の実に振った。
突然、激しく燃え始め木の実を
「……うそ……なんで……キャッ!!」
唖然とするレイナに向かい、杖を下から上へと振りかぶり、弾き飛ばした。咄嗟にしゃがみ、頭上をかすめる木の実。三人が一斉に距離をあける。
「そんな十二時だと魔法は使えないはずじゃ……?」
エクスの言葉に、シンデレラが、はっ? と聞き返す。
「何言ってるの? 魔法? 私が十二時に帰ってたのは、あの女に舞踏会へ来たことを知られないようにする為よ? この杖は私を焼こうとしてそいつらが頼んだ魔女から奪ったものよ!」
杖を見せつけるように前に突き出した後、すぐ近くにある木の実を燃やし、また弾き飛ばす。
「あぶねっ――なッ!?」
火球となり横を通り過ぎる木の実。タオは避け、顔を正面に向ける。気付いた先には、シンデレラの紅い眼が迫る。
「……ググッ……」
眼の力により、タオの動きが止まる。シンデレラは笑みを浮かべながら、両手で杖を握り締め、手前で急停止し、そのままの勢いで振りかぶった。
「タオ兄!!」
誰よりも早く異変に気付き、シェインがタオを押し倒す。杖は大きく空振るも、シンデレラは体勢を戻す。
「あら、嫉妬? 焼けるわねぇッ!!」
倒れる二人に向かい、杖を振り上げる。
「もえ――何ッ!?」
突然横からエクスがシンデレラに体当たりをした。一瞬怯むも、すぐに踏みとどまり、力一杯に杖をエクスに向かい振り下ろす。
杖は止められ、鍔の辺りで互いが競り合う。
「抜いたわね……私に剣を抜いたわね……」
シンデレラが小声で呟く。その言葉にエクスは気付き、目を向ける。
頭を少し下げているせいか、前髪が目元を隠し表情は見えない。しかし、その耳には確かに聞こえた――震えた声が。
「そんな目で私を見るなぁああー!!」
「――グッ!!」
エクスの腹部にガラスの靴が食い込む。その場に力なく倒れこんだ。
「てめぇー!!!」
タオが掴みかかろうと手を伸ばす。だが、シンデレラは飛び退き、近くにある木の実を燃やしては次々と弾き、距離をあけた。
「エクス!!」
レイナがすぐに駆け寄り、赤く滲む場所に手を添える。
「すぐに治すから!」
「ぼ、僕は大丈夫。シ、シンデレラを……」
「静かにして! ……」
レイナはエクスの言葉を止め、唱え続けた。
睨みあうタオとシンデレラ。互いは距離をあけ、辺りには燃える木の実が散らばっている。片方では杖を構え、もう片方は何も持たず拳を構える。しかし、その後ろでは弓を引くシェインの姿。
シンデレラが杖を振りあ――。
「……!? 何ッ!?」
突然響く爆音。地面が少しぐらつき、全員が跪く。すぐにそれは鎮まり、シンデレラが立ち上がる。
「一体何が……えっ?」
静寂の中、妙な音だけが外から聞こえ、シンデレラが声を出す。その音は、エクス達にも聞こえ、そして瞬時に悟った。
外から聞こえてきたのは、大勢の人達が集まり叫ぶ声、そして幾つ金属がぶつかり合う音。
「申し上げます!!」
ドアから響く声。兵が現れ、大声をあげその場で跪いた。
「今しがた、城下町の住人から襲撃を受け、城内の武器庫にある火薬に火を付けられました! 現在も消火活動にあたってますが、住人達の勢いは止まず、人が割かれ追いつかない状況です! 火は迫ってます、すぐにでもここを離――何者だお前達は!!」
顔を上げた兵が不審者である四人に気付き、剣を抜く。
「鎮まりなさいッ!!」
シンデレラの一喝に、兵は剣を置き跪いた。
「この者達は私が何とかするわ。アナタは城内にいる兵全てに呼びかけ、全員を城から出しなさい!」
「し、しかし……」
「――いいから!」
「は、はい!!」
兵は立ち上がり、シンデレラの顔を見ることなく、すぐにドアから出て行った。
「だから言ったでしょ、アナタの物語は終わりだってね!!」
「……ふふ、ふふふ、ははははっ!!」
レイナの言葉にシンデレラが笑い出す。
「面白い、面白いわ! これもアナタ達が仕掛けたことなの? そう、そうなのね……それなら!」
頭を下げ、表情を見せないシンデレラ。突然杖を振り払い、散らばる木の実全てに火をつけた。密集している木の実は火柱となり、離れ離れの木の実も火の勢いに飲まれ、エクス達の間に壁を熱の壁を作った。
「クッ……下がるぞ!!」
タオはエクスの手を肩にかけ、ドアに向かって下がる。他の二人もそれに合わせた。
シンデレラは椅子に近づくと、裏側の壁を張っている幹に杖を当てた。
幹は一気に燃え上がっては更なる壁を作り、伝わる火は天井の葉まで広がった。
重たい音を上げ落ちる木の実。それとは別に、ゆらゆらと幾つもの木の葉が落ちる。シンデレラは胸に手を当てては、もう片手を上げ、歌うように口を開く。
「そう、私はシンデレラ――灰かぶり姫。誰からも相手にされず、誰にも愛されない。たった一人灰にまみれ、たったその身を埋める。ふふっ、ははははっ!! そうよ! 私に相応しい最後は灰の中ッ!! あははははッ――!!」
一人木霊する笑い声。それに共鳴するように火の勢いはさらに強さを増した。
「くそッ……これじゃ近寄れないな」
「この想区は終わりですね……残念です」
「……早く出ましょう。私達はここで終わらすわけにはいかないわ」
炎を背に向け、ドアに足を進める三人。しかし、
「ごめん、先に言ってて」
タオの肩からエクスが手を離し、剣を背中に収め、炎に向かって歩き始めた。
「おい、何を言ってるんだ?」
すぐにタオが手を掴み引き止める
「坊主、シンデレラを助けたいという気持ちはよく分かる、それはこの中の誰よりも坊主が強く想っている事だ。だが、この火の中に飛び込んでいったところで戻ってくるとは思えね!」
「そうよ、まだその傷は完全に治ってないんだから! それにコネクトが出来ない今、あの火の中に飛び込んでもどうしようもないわ。辛いけど……ここは下がりましょ」
タオとレイナの言葉に、エクスは背を向けたまま何も言わない。その様子にシェインが口を開く。
「……新入りさん、何か手を考えているんですか?」
少しの間、そして答える。
「ううん、何もないよ」
「それじゃ――」
「でも、大丈夫。絶対に大丈夫だから、僕には何も役が無い。だからここで死ぬ運命なんてないんだから、必ず戻ってこれるよ」
「何を根拠に――エクス!!」
言葉の途中にエクスが炎の中に飛び込んだ。何度も叫ぶレイナの体をタオが掴み抑える。
炎に揺れる背中、
「あのバカが……くっ!!」
シェインにレイナを託し、タオが後を追うため火に飛び込もうとする。しかし、火の勢いはさらに増し、もはや誰も寄せつけないでいた。木の実の弾ける音が辺りに響く。
「タオ兄……」
「仕方ねえ、シェイン出るぞ!」
タオの言葉に叫ぶレイナの体を引き、シェイン達が先にドアを出た。タオが部屋の奥に目を向ける。そこには燃え盛る炎の中で対峙する二人の姿。
「クソッ!!」
誰に向けられるわけでもない悪態をつき、部屋を後にした。
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