第二章:灰色の舞踏会

『あの女を――殺すんだッ!』

「…………」

「……い、おい、坊主!」

「――ッ!!?」

 突然の呼びかけに、エクスが驚き肩を動かす。

「……? 大丈夫か?」

 その様子にタオは、肩に手を置いたまま再び呼びかけた。

「あっ、ご、ごめん。ちょっとボーっとしてて……」

 たどたどし返事に、タオが眉間に皺を寄せる。

「本当に大丈夫か? もし気分が悪いならオレに任せておけ」

「うん、ありがとう……でも、僕は大丈夫。それより、レイナとシェインは?」

「シェインは下準備だ。お嬢はあそこだ」

 タオが離れた方を指差す。そこにはレイナの姿があった。

 大型の円卓が幾つもならぶ場所。天井はどこまでも高く、吊るされたシャンデリアや左右のランプが中央の広場に煌びやかな光を降らす。赤の絨毯が敷き詰められた床の周囲には、ドレスや燕尾服を着た男女複数人立ち、その中で一人いた。――円卓の上に並ぶ料理を一心不乱で食べている。

「……元気そうだね」

「ああ、あの調子なら問題ないだろう。それより、そろそろ出てくる頃だぞ」

 タオがそう言って顔を上げる。向けた視線の先、そこには壁から飛び出た手すりのある足場があった。

「もう少しで……」

 エクスの表情が険しくなる。頭の中で昨日の出来事とあの言葉が繰り返された。

――――――――――――――――――――――

「あの女を――殺すんだッ!」

 男の声が薄暗い部屋の中で響く。

 三人は驚く様子も見せず、ただその男の顔を黙ってみていた。その様子に気付いたのか、

「……すまない、少し声を出してしまった」

ばつの悪そうな顔をして、背を向ける。

「殺す……とは一体どうやるんですか? あの城はそう簡単には攻めれないと思うんですが……」

 シェインの質問に男が振り返る。

「それなら問題ない。俺達には力がある。ある男が教えてくれたんだ」

「ある男?」

「ああ、君達と同じ、あの男はある時ここへやってきたんだ。困ってる俺達を見て、こう言ったんだ」

――アナタ方はこのままでいいのですか?

「最初は妙な事を言う男だと思ったよ。新たな運命がどうこうなんて俺達には関係ない。すべての行動は運命の書に記されている。その通り動いて生きて行く事に何の不満があるのか? それ以上何がある? だが、そいつは俺達に色々と教えてくれた。そしてそれを抗うための武器をくれたんだ」

「武器ですか……?」

「そうだ。それが俺達の新たな力だ。その男に出会ってから、改めて運命の書を手にすると、それは変わった。あの女を倒せば元に戻ると。……旅人よ、俺達は明日の夜に実行する」

「明日!?」

 エクスが驚くような声を出し、立ち上がった。

「ああ、そうだ……何か問題でもあるのか?」

 男がエクスを捉える。それは疑心に満ちた目で。

「い、いえ……」

 エクスがしぶしぶと席に着く。その様子を見ていたシェインがすぐに話を切り出した。

「その予定、少し待っていただけませんか?」

 その言葉に男がすぐに顔を向ける。

「どうしてだ?」

「実は私達、その方から貴方達のお手伝いするように頼まれまして、準備は万全にせよと……」

「……本当か?」

「ええ、本当ですよ……」

 シャインが両手を広げる。

「お、おい!」

思わずタオが止めに入る。しかし、シャインは手を下げることなく、両手は光に包まれた。光が消えた時、そこには一冊の本が収まっていた。

 シェインがその本を開く。そこには何も書かれてなかった。

「まさか……君達も……」

「ええ、そのまさかですよ」

 空白の書を前に、表情に笑みを浮かばせ、食いつく様にそれを見る。

「そうか……そうなのか……ははっ、それは助かる! で、待つってどれぐらい待てばいいんだ!?」

 喋り出す男に、シェインは表情を変えることなく空白の書をしまった。

「そうですね……三日か四日ばかり、それとその武器も見せていただけませんか? いざって時になまくらではお城の中に入る前に全員おじゃんですよ」

「お、おじゃ……ああ、分かった! 朝になったら案内しよう。他の人達は……」

「俺達も同じだ。なあ、エクス?」

「う、うん……手伝うよ」

「おお、それは……それじゃ、今日はもう遅いからこの部屋で休んでくれ。ベッドも多いから寝るところには困らないはずだ。朝食は横の宿屋の人に頼んでみよう。少し待っていてくれ、今準備してくる」

 男が急ぎ足で奥へと消えていく。中央のランプが三人の影を揺らし、静寂が訪れた時、三人が顔を合わせた。

「何とか延ばせたみたいですね」

「シェイン、無茶をするな。あの時もし何か起きたら……」

「……すみませんタオ兄。でもこうしなければ、双方潰し合う事になってたかもしれませんし……」

 シャインの言う事はもっともだった。

 この状態を放っておけば、必ずお互いが潰し合う。もし、住人達がカオステラーを倒したとしても、その物語の主人公が死んでしまい、物語自体が迷走し、いずれは消えてしまう。仮に、カオステラーがそれを跳ね除けたとしても、そのまま混沌は続き、そして物語は物語として成り立たなくなる。

 そう、結果がどうであれ、カオステラーという存在がこの場に影響し続けている限り、この想区が辿り着く結末は――崩壊。それ以外はないのだ。

「何より、カオステラーがもしシンデレラさんなら、姉御以外には元に戻すのは無理です。それならシェイン達が先にカオステラーの元へ行かないと……」

「……時間はあまり無いって事か……坊主、明日から忙しくなるぞ」

 タオの言葉にエクスが頷く。三人はジッと互いの目を見つめ、意思を固くさせる。ランプの明かりが三人の影を再び揺らす。その時、部屋の奥から、あの男が姿を見せた。

――――――――――――――――――――――

 一夜明け、男の案内で宿屋で食事を取った後、四人は二手に分かれて行動に移した。

 まずタオとシェインは男の案内で隠してある武器の場所へ、エクスはレイナと町を歩き、男の家で起きた話を伝えた。

 二人が話し合う中、突然足を止め、言葉を詰まらせた。目の前に瓦礫の山があった。

 潰された煉瓦の家、そこだけが異様な光景となっており、あの時起きた夜の出来事のままの状態だった。

 エクス達が初めて来た時間帯とは違い、朝方は町の中にも人が動き、賑やかな声が溢れている。しかし、誰一人として、その潰された瓦礫を見向きする人はいなかった。まるでそれが常に存在していたかのように、昨日の出来事は無いものとされている。

 エクス達は何も言わず、また移動を始める。そして、時間が過ぎ昼辺り、二組は合流し四人で町にある店屋を巡り情報を集め、宿屋へと帰った。

 二つあるベッドのうち、片方にはエクスとレイナ、もう片方にタオとシャインが向き合うように座る。

「そっちはどうだったの?」

 エクスの言葉に、タオは溜め息を交えながら話を始めた。

「ありゃひどいってもんじゃないぜ。なあ、シェイン」

「ええ、あれでは本当におじゃんな結果にしかなりませんよ。どれも粗悪な物ばかりでした」

「お料理にもダメかしら?」

「ええ、豆腐すら切れませんね。後、こういうのが取り付けられてました……」

 シェインが服の中に手を入れ、中からある物を取り出す。広げた両手に乗せられたそれに、二人の目が行く。そこには、キラキラと宝石のように輝くビー玉のような物が幾つも転がっていた。

「……本当に物騒ね」

 レイナの呟きの後、エクスが続けて聞く。

「これは……コア?」

「ふふっ、そうです。ドロップさんじゃないですよ~、正真正銘のスキルコアさんです」

 黄色に光るコアを一つ持ち、エクス達の前で見せた後、服の中に全て戻した。

「武器の全てに付いてました。あの人達はコアさんの事を知らなかったみたいなので、全部抜き出して、今ではシェインが保護者です」

「コアが有る無しではその武器の力が変わってくるからな……だが、コアがあろうがあの武器じゃ到底カオステラーなんて、討てるわけがねえ。一体何を考えてカオステラーを潰そうとしたんだ……」

 タオの言葉に、それぞれが考え始める。しばらくして、レイナが口を開いた。

「……もしかして、主役を引き立たせる為……とか?」

「主役? カオステラーを? 一体何のためにだ? 好き勝手できるのに、わざわざそれを襲わせて何の意味があるって言うんだ?」

 タオの質問攻めに、レイナの困惑の表情を見せる。そして、手に持っている本をベッドに叩きつけた。

「わ、わかるわけないでしょ! 私がやってるわけじゃないんだから!」

 左右のベッドから二人の激しい声が行き来を繰り返す。その中、シェインの言葉がそれを止めた。

「――刺激ですかね」

「……刺激?」

 エクスの言葉に、シェインが頷く。

「そうです。もともとこの想区にはこういった物騒な話はないはずです。あの人の話からも空白の書を持った別の想区からの人によるものです」

「……って、それはわかってるけど、一体何の目的なの?」

「シェインにも具体的な事はわかりませんが、可能性とすれば、『カオステラーにより変えられた世界で、その想区の人達に主役、カオステラーに敵対するよう運命を与えた場合、どういった事になるのか?』とかです」

「それが本当なら、そいつは相当な大悪党ね。やってる事がカオステラー以下の小物だわ」

「そうやってカオステラーに刺激を与えることで、この想区に与える影響とかを見ているのかもしれません。……と言っても、あの武器では全員返り討ちなのは目に見えてますが……」

「そうなる前にも私達が先に辿り着きましょ。どんな目的であれ、カオステラーを止めれるのは私達しかいないわ。……そういえば、私達の武器の調達は?」 

「その点はシェインにお任せあれです!」

 シェインが自分の胸を叩き、誇らしげな表情を見せる。

「武器を見た際、研磨という意味で何本か持って来ました。後で返しておくとは言いましたので、返すのは後からでも大丈夫です」

「そう、それは助かるわ。今回は何から何まで初めてのケースが多すぎるわ。まさか、コネクトが出来ないなんて初めてよ」

 レイナがふと自分の横にある本に目を向ける。そこには栞が挟まっていた。

――コネクト。

それは魂と魂を繋げる方法。正確に言えば、導きの栞と呼ばれるものを空白の書に挟み、念じる事で他の想区にいる主役、ヒーロー達の力を借りる事が出来る。その際、容姿はその念じたヒーロへと変わる。アラジンや桃太郎、そしてシンデレラにも。

 しかし、この想区に限り、何故かコネクトが出来ず、エクス達は別の想区からの力を得る事ができなくなっていた。その事実を知ったのは、あのシンデレラの家で起きた一件の後、シェインの言葉からだった

「ああ、今までそんな事は一度も無かったな。お嬢、何か原因とかわかるのか?」

「……あくまで憶測だけど、カオステラーの思いが強いのかもしれないわね。他所からの人を自身の物語に介入させないように……とか?」

「そのような事が可能なのでしょうか? シェイン達みたいに空白の書を持っているなら別ですが、他の方々は別の想区なんて存在すら知らないんですよ? 新入りさんもそうだったんでしょ?」

「うん、レイナと会う前は知らなかったよ。皆にはそれぞれ自分の役割があるし、他なんて気にしても仕方ないって感じだったしね」

「……でも、カオステラーならその気配を感じるってのはどう? ヴィランだって実際には自身のストーリーにそぐわないと私達にヴィランを送りつけてぐるくらいだし、他人からの関与を受けるぐらいなら……てね」

「物語の主人公はただ一人って事かよ。理にかなってるようでかなってないような複雑な感じだな」

 タオがふて腐れたようにベッドに体を倒し、天井を見る。

「私達、空白の書を持っている人は物語としての登場人物としての色は薄いけど、他のヒーローだと魂の色とかが濃い為にそういった障害が起きた。なんて理由で説明がつくと思うわ。問題があるとすればカオステラーにそれほどまでの力があるかどうかなんだけどね……」

「よほどの強い意思かもしれませんね」

 続いて、シャインがベッドに倒れては天井を見上げ、

「そうね……困ったものだわ」

レイナも倒れた。

 三人が天井を見上げる不思議な光景にエクスは気付き、少し慌てた感じになり、皆に合わせて体を倒した。

「まあ、何にしても私達がやるしかないわ」

 レイナが体を起こし、

「聞いた話だと今日の夜から舞踏会が再開されるらしいわ。まず一日目は視察と行きましょ。もしカオステラーが居るなら、即実行よ」

その言葉の最後、三人は体を起こし中央に目を向けた。

 窓からは射し込む夕焼け、三人をオレンジ色に包む。町にはすでに人の様子は無く、何かの準備を始めるため、姿を消す。誰も通らなくなった道に、ヴィランが一体走っていた。

――――――――――――――――――――――

 一日目の夜。

 夕方を過ぎ、夜になると城の城門が開放される。町の人々はドレスや燕尾服などに着替え、城の中へと入っていく。しかし、それは決して豪華絢爛な舞踏会と言えるほどのものではなかった。

 辺り一面、灰、灰、灰。全てのドレス、そして燕尾服が灰色で染められていた。中にはツギハギだらけやホコリまみれもあり、とてもこれから舞踏会に出かける姿ではなかった。当然、エクス達が町の人から借りたドレスなどは灰色の一色だった。

――まるでネズミの集会ね。

 呆れる様に呟いたレイナの一言は、まさに今、目の前に広がる光景をありのまま伝えるのには十分だった。

 城門では、そういったドレスや燕尾服を着ていなければ入れない。町のほとんどの人々はそれに着替え、城へと入っていく。

 色とりどりの花に噴泉、青々とし幾何学的に造形された草木。城の窓から溢れる光が薄闇として辺りを浮かび上がらせる庭。右対称に並ぶベンチに挟まれ、城の中へと入っていく。

 城の中には飾られた装飾品たちが来客者を迎える。上から降り注ぐ光を浴び、それぞれが自身の色を放ち、自己主張を繰り返す。敷かれた赤の絨毯に導かれるように奥へと進む、その先にはダンスホールが広がっていた。

 中央が大きく開かれた場所。周りにはそれを取り囲むかのように円卓の机が並べられ、その上には色鮮やかな食事。人々はその場所まで歩き、談笑を始め、待ち続ける。ダンスホールの上にある足場から現れる、この場所の主役を――。

――ようこそ皆様!

 突然鳴り響く声。人々は喋るのを止め、声の主を見るために、顔を上げる。視線が集まる場所、そこには一人の女性が立っていた。

 薄紫の広がるドレス。水縹色の長髪の天辺にはティアラが乗せられ、手すりの間から透明の靴が見え隠れしている。

「毎夜開かれるこのダンスパーティーにお越しいただき、拝謝の至りでございます! さあ、今宵も踊り明かせましょ!」

 挨拶を終え、静寂が流れる。女性は笑顔を見せた後、そのまま奥へと消えていった。

 誰も居なくなった足場、今度は優雅な音楽が流れ始める。人々は手を引き合い中央で踊りを始める。

「やはり、カオステラーはシンデレラか……」

「うん、でも……」

 エクスは妙な違和感を抱いていた。

 容姿の全てはエクスのよく知るシンデレラと変わりなかった。ただ一つ――瞳が紅いこと以外は。

「どうしたんだ?」

「い、いや、なんでもないよ。それより、そろそろ行くね」

「ああ、こことお嬢は任せろ」

 タオが親指で後ろを指す。そこには、うっとりとした表情で天井を見上げているレイナの姿があった。

 エクスはタオにもう一度目を合わせた後、通路へと走り出した。

 赤い通路は左右にどこまで伸び、そして幾重にも分かれている。どちらへ行こうか悩んでいる時、

「新入りさん、こっちです!」

シェインの声が聞こえた。

 すぐに目を向けると、そこには手招きして呼ぶ姿が。エクスはすぐに駆けつけた。

「どうでしたか? やはりシンデレラさんが……」

「……たぶんそうだと思……って、シェイン、ドレスは?」

 ツギハギの燕尾服に比べ、シェインはいつもの服装に戻っていた。

「シェインはねずみではないのです。はい、これに着替えてください。それじゃ動きにくいですよ」

 シェインがエクスの服装を渡す。

「よく持ってこれたね……」

「ドレスに隠せば……タオ兄と姉御の分は無理でした。――そこの部屋で」

 シェインが自身の後ろにある部屋へと案内する。エクスは頷き、部屋へと入っていった。その際、妙なものが目に入る。シェインの片手には杖のようなものが握られていた。

 部屋に入り、ドアを少し開けた状態でエクスが質問をする。

「その杖はどうしたの?」

「これは町の武器庫から一ついただいたやつです」

「武器庫? その杖が?」

「ええ、シャインは魔法使いになるのです。見せしめに、カエルさんに変えて……あげましょうか!」

「えっ!!?」

 シェインがブンッという音を上げ、杖を振り下ろした。そこへ着替え終えたエクスの顔がちょうど鉢合わせる。

「ええ……いいよ、遠慮しておくよ……」

「そうですか? なりたいときはいつでもシェインに言ってください。それじゃ行きましょ」

 意気揚々と先陣をきって歩くシェインの背中を、エクスは不安そうな表情で追いかけた。

 赤い絨毯に入り組む通路。迷路のようにそれは伸びる。所々の扉の前、そして通路には兵が巡回をしている。エクス達は兵の居ない通路に隠れ、動きを伺っていた。

「これからどうするの?」

「……とりあえず、シンデレラさんの居場所を見つけます。見つけたら、今度は姉御達に伝えて、今日は引き上げですね。まあ大体お城で、王妃様が居る場所なんて限られているから楽なんですけどね」

「場所が分かるなら、レイナ達も一緒に来ればよかったんじゃない?」

「ん~、それもいいですけど、ここに来るまでシンデレラさんがそうだとは分からなかったですから、それに栞が使えない今、無理はできません」

「…………」

 エクスにとって、シェインの言葉は今いる状況をあらためて痛感させられるものだった。

 本来ならエクス達は、栞を挟むことで別のヒーロの力を借り、ヴィランと渡り合えている。

 しかし、今回はその力も借りることが出来ない。つまり、ある意味鎧を被らず、裸一つでヴィランと戦わなければならない。

 シェインはもちろん、タオもレイナも敵の一撃により命を失う可能性が高くなる。エクスもそれは当然だが、三人に比べれば、戦闘に対しての経験数は少ない。一際死がまとわり付いている。そんな状態だった。

 エクスはシェインの後に続きながら、今いる現状を頭で何度も言い聞かせた。

 行きかう兵に気をつけながら、足を止めることなく進む。そんな折、

「……っ、とと、ストップです!」

言葉と同時にエクスと壁の間に手が伸びる。すぐさま足を止め、二人で角の先に続く廊下を覗いた。そこには一人の兵士が居た。

 先は一本道、兵士は巡回中で通路を行ったり来たりしている。

「……あそこが持ち場らしいですね。他には行きそうにありません」

「……どうする?」

「仕方ありません、ここでこれのでば――」

「おい! お前達そこで何をやってるんだ!」

「っ!!?」

 突然後ろから声が飛ぶ。二人がすぐさま振り返ると、そこには一人の兵が居た。

 赤い眼をした兵がエクス達に槍を向ける。

「ええっと、僕達は……」

「ここの王妃様に会いに来たのです」

「謁見か? しかしその服はなんだ? それにここに入るには決まったいふ……ぐふッ!!」

 鈍い音が上がり、兵がその場に倒れこむ。音の原因、兵士の頭があった場所、そこにはあの杖がいた。

「話が長くなりそうなので、気絶してもらいましょ。後にも先にもです!」

 そのままシェインが走り出し、曲がった通路の先へと消える。そして、あの鈍い音と誰かの小さな不意打ちを食らったような声が耳に届く。

 エクスが角から顔を出す。シェインの足下に先程まで巡回していた兵士の姿が。頭に星が幾つも回っているように見える。

「スタンのコアです。転ばぬ先にも杖、とはよく言ったものです」

「さ、さすがシェインだね」

「――それより新入りさん、気付いてますか……?」

 シェインが横目を先程通った通路に向ける。エクスが一度振り返るも、そこには壁しかなかった。

「え、何を?」

「先程から誰かが付いて来てます。……そこの角を曲がる時に見てください。多分必死でついてくるはずですよ。行きましょ」

 走り出すシェインに足幅を合わせ、二人が先の角を曲がる。その際、エクスが壁を半分に僅かに目を向ける。

――灰色の燕尾服を着た男が走ってくる。

 エクス達は止まることなく次の分岐点まで移動する。

「あの人は?」

「多分、町の人、あの人のお仲間さんじゃないですかね」

 辺りを見渡し、そのまま通路を走り抜ける。

「目的は?」

「監視、もしくはただの興味で、どっちにしろシェインには関係ありません。次の角で待ち構えてもいいですが、その後の行動に困るのでこのまま行きましょ。途中であの人だけ見つかっても燕尾服を着てますから、悪いことにはなりませんよ」

「……あの人の行動も運命の書からなのかな」

 エクスの言葉に少しの間が空き、シェインが答える。

「いえ、空白の書の影響だと思います。昨夜、あの人が話していたように、空白の書を持った別の誰か……もしくはシェイン達に感化されたか。もはや、何の物語なのか分からなくなって来てます」

「…………」

 二人は幾重にも伸びる階段を駆け上がり、そのまま奥へと進んだ。

 先は伸びる通路に、その間には左にも曲がる場所。丁字に差し掛かった時、

「そろそろで――!?」

シェインがエクスの手をすぐさま引いた。通路の先の壁に体を隠し、左に伸びる通路に顔を出す。

 通路の丁度真ん中あたり、そこのドアが開き、中から数人の護衛兵が出てきた。その後から、あのシンデレラも姿を現す。

「いましたよ……」

 後ろにいるエクスに声をかける。しかし、覗こうにもシェインの体が唯一の場所を防いでるため、エクスは何度も体の角度を変え首を伸ばす。

 護衛兵はシンデレラと何かを話した後、エクス達の方に足を進める。

「――まずい。新入りさんこっちです!」

「え、え? 何があったの?」

 シェインが手を引き、すぐに近くの扉へと隠れる。シンデレラはエクス達の前を通り過ぎ、反対側へと歩いていく。

「……行きましたね。目的の場所かどうか確かめてみましょう」

「シンデレラ……」

 消えたシンデレラの背中を名残惜しむようにエクスが視線を送り、足早と部屋に入っていくシェインの後を追った。

 シンデレラが出てきた部屋。大きな扉を開けると、それは異様な光景だった。

 足下に広がる赤の絨毯、広々とした空間に隙間なく埋まっている。奥には一脚の椅子。金縁に赤の肘掛が大きな椅子は、その場に誰も居らずとも、そこに座るであろう人物の力強さを伝えてくる。そしてその後ろ……そこには幾重もの木々が立ち並んでいた。

「この場所……なんで……」

 エクス達は唖然とし、見開いた目で、前に生え並ぶ木々を辿った。

 それはパイプのような太さの幹、無数に絡み合い、壁を這うように上っては、緑の葉で天井の全てを蔽い茂らせている。

 天井近くにある窓の一部が大きく開かれており、吹き込む風が葉とエクス達の体を包む。

「これもシンデレラがやったのかな……」

「さあ、どうでしょうか……あれは何でしょう?」

 シェインが天井の一部を指差す。

 エクスがそれに目を向けると、そこには葉にまみれ、幾つもの木の実のようなものがなっていた。

「……ドングリ?」

――ホーホー、ホホ、ホー。

「えっ!?」

 突然部屋に響くあの音。それは昨夜起きたあの光景を瞬時に思い浮かばせる。

 二人はすぐさま音の方へと目を向けた――瞬間、

「ッ!!」

突風が吹き荒れ、二人の体が吹き飛んだ。まるで人形のように地面に叩きつけられ、力なく絨毯の上を転がされる。

「ううっ……」

 風が止み、二人が傷む体を少しずつ起こし体を立たせる。再び目を向け驚愕する。そこには、一羽の鳥がいた。

 色は黒。時たま広げる翼はゆうに二人以上の人間は包み込める。体と翼が繋ぐ辺りには大きなラッパのような筒状の物が左右一つずつと背中に一つ、背負われた箱状の物に繋がれている。そして張った胸にある大きな一つ目がギョロギョロと何かを捉えるように忙しく動き、頭についている赤い目はジッとエクスを見ている。

「――ヴィラン!?」

「…………」

 エクスの言葉に答える間もなく、シェインが動いた。

 右手に杖を構え、すぐさま左側から距離を詰める。――しかし、

「クルゥゥゥ……」

黒い鳥は少し羽ばたかせては下がり、数回足踏みを繰り返す。

――ホーホー、ホホ、ホホー。

 同時、

「えっ、グッ!!!」

吹き荒れる風、シェインの体は吹き飛ばされ、鈍い音とともに地面へと叩きつけられた。

「シェイン!!」

 エクスがすぐさま駆けつけ、倒れて動かない体を起こす。

「いつっつ……あの鳥さんは厄介ですね……」

 シェインが表情を歪め、吹き飛ばした元凶へと目を向ける。鳥は顔を動かさず二人の顔を見つめ、腹部の目だけが相変わらず激しく動く。

「ここは下がりましょ。武器や人からしても分が悪すぎます」

「うん……そうだね」

 エクスは頷き、シェインの手を引く。近くにある杖を拾い、構えたまま扉へと移動する。鳥は何をすることもなく、ただジッと、扉から出て行く二人の姿を見続けていた。

 廊下を駆け足で走りぬけ、階段を降り、燕尾服とドレスのある部屋まで戻る。その道中、鐘の音を耳にする。それは、その日がその日の終わりを告げる合図だった。

 鐘の音と共に出てくる人、それに紛れて二人は外へと出る。薄闇の庭、人々は迷うことなく城門に向かって歩く、その中に四人の姿はあった。

「どうだったんだ? 王妃様の居る場所は分かったのか?」

「はい、目的の場所は見つけました。しかし、鳥さんが――」

「七面鳥?」

 シェインの言葉にレイナが不思議そうな顔で聞き返す。

「食べすぎだよ、レイナ」

「ち、違うわよ! パッと思いついただけで――それじゃ鶏かしら」

「姉御、テーブルに乗せてあったものが全てじゃないです。……ハトのようなものでした」

「……なんだ一緒じゃない」

 ボソっと呟かれるレイナの言葉に、三人は何も言わず話を続けた。

「それがシンデレラの場所にいたってのか? 鳩なら飛んでるだけで叩き落せばいい話じゃねぇーか」

「いえ、それが異様な姿をしてまして……まるでヴィランのような姿なんですが……、多分あれが昨夜、町を壊したのかと」

「厄介だなそりゃ……、シンデレラに会う前に壁になるな。明日誘き寄せて、外で叩くか……」

「それはダメだと思います。城内で会いましたが、昨夜とは全く違う感じでした。そうですよね、新入りさん」

「うん、風の強さが違うって言うか……なんだか、手加減しているって感じだった。多分お城を壊さないようにしているのかな」

「町は壊しておいて、城には加減かよ、忠義なペットだな」

「ですので、倒すなら城の中がいいです。制限されて戦いにくいはずですから」

「自縄自縛か」

「じじじょうじばくって何?」

「坊主、じが一つ多いぜ。自分の首を自分で締めるってことだな」

「まあ、じじょうじじば――」

「姉御、じが多いです」

「……その、じー何とかってなら、結局お城に突っ込まないとダメみたいね。明日のひる……じゃなくて、夕方ぐらいからでも行く?」

「夕方じゃダメだ。門が閉まっていて向こう側しか開かない。お嬢の昼飯事情はどうでもいいとして、夜の舞踏会が開かれる時にしかチャンスはない」

 タオの言葉にレイナが少しだけ頬を膨らませ、目を細める。

「へぇ、タオでもそれぐらいは分かるんだ。夕方ってのはその時間帯を指してたのよ」

「そうなのか? てっきり、お嬢のことだから夕方終わらせて、夜には飯を食おうって算段だと思ったんだがよ」

「なっ、そこまで食い意地張ってないわよ! だいたいね――」

 二人が立ち止まり、口論を始める。その光景に、エクスは足を止め、シェインは気にした様子もなく少し前を歩いていた。

 夜の道、街灯などはなく、目の前に薄っすらと町のランプが見える。

 町まであと少し、そんな時、ふと四人の横を一人の男が通り過ぎた。辺りが暗いため顔はハッキリとは見えないが、灰色の燕尾服を着ている。

 男は未だに口論を続ける二人、それを見守る一人の横を通り過ぎ、そして先頭を歩く一人の横を、のろのろと力を無くした様に歩き、町を目指していた。

 その消え行く後姿を目にしたシェインは、目を細める。

「あの人は……」

 立ち止まるシェインに、三人の声が合流した。

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