第一章:暗闇の風が吹く町

 屋根など遮るものが無い道。斜陽の下、エクス達は城へと向かう山道を歩いていた。

 右側は崖でどこまで続くオレンジ色の平野が開け、そこから吹く風が、左側にある切り立った岩場を沿う様に走り、上へと流れていく。

 心地よいに風に包まれ、それにより助けられているのか、エクス達の表情には疲れの様子は見えない。――ただ一人を除いては。

「はあ……はあ……ぜぇ、ぜぇ……」

 レイナが肩で息をしながら、背を丸め三人から遅れて歩いている。額からは大量の汗が流れ落ち、地面に染みを作ってはすぐに消えていく。その姿に三人は立ち止まり、エクスが声をかけた。

「もう少しで着くよ。あと少し」

 その言葉にレイナの速度が上がる……事もなく、相変わらずの遅さで三人のいる場所まで辿り着いた。両膝に左右の手をそれぞれ置き、短い呼吸を繰り返す。

「はあ……はあ……な、なんでここのお城は……こんな高いところにあるの……絶対におかしいわ……」

 相当なのだろう。呼吸も儘ならない状態にも関らず、レイナが不満を口にする。

「『馬鹿と煙はなんとやら』という言葉があるぐらいだからな。考えてることなんて分かるかよ」

 タオの言葉に眉をひそめた表情のレイナが顔を向ける。数回深呼吸を繰り返した後、

「……そうね、同感だわ。理解し難いものね」

汗を拭った。

「たぶん、攻められないようにするためだと思うよ。平地よりここの方がもし攻められた時も、相手が無駄に体力を使うことになるし」

 レイナを見た後、エクスは崖の方に顔を向けた。オレンジ色に染まる平原の遥か向こうから夕日が射し込む。先ほど吹いていた風は静かになり、ほのかな暖かさが四人を包む。

「新入りさん。この場所にはそれほど危険な方でもいるんですか?」

「えっ? ……ええっと……」

 シェインの言葉に、エクスが言葉を詰まらせた。悩むエクスの答えを聞く前に、

「そんな危険な奴なんてどこにでもいる。その一人を今から止めにいくんだろ?」

タオが背を向け歩き始める。

「……ええ、そうね。急ぎましょ」

 三人も歩き始め、すぐ近くまで迫る城下町へ足を進めた。

―――――――――――――

 赤銅色のレンガ屋根に、白塗りの壁。窓から出るバルコニーには、花などを植えられている。人々の生活観が溢れる城下町。

 しかし、そこは異様な雰囲気が立ち込めていた。四人はその空気を察したまま、家と家の間を歩き、城の門を目指す。

「妙な雰囲気ね……。まるで生きてるって感じがしないわ……」

「ああ、もう町の中央まで来てるが人っ子一人の影もみえねぇ……全員カオステラーにやられたのか……?」

 タオの言葉にエクスの表情が険しくなる。

「それじゃ……やっぱシンデレラが……」

「それはないと思いますよ」

「どういう事? シェイン」

 レイナが首を傾げる。

「姉御。バルコニーとかを見てください。花とか植えてますが、どれも枯れてません。それに洗濯ものとかもあるみたいですし。それに馬車とか動物も……。もしここがすでにカオステラーによってヴィランにされていたら、さっきのシンデレラさんの家みたいになってますよ」

 三人の頭の中に、あの家の様子が浮かび上がる。確かに、誰かに荒らされたような跡があったが、それ以前に外装の方がボロボロになってより、それが雨風により晒され風化したものだとも言える。

「ヴィランの襲撃を恐れて、隠れてるっていう可能性もあるのね……」

「ええ、そうです。それにもう少し言えば、シンデレラさんの方も……新入りさん、あのお墓はシンデレラさんのお母さんですよね?」

「……うん。聞いただけで、お墓の場所までは知らないけど、僕の知っているシンデレラは小さい時に亡くなったって……」

「もし、シンデレラさんがカオステラーなら、『墓を監視しろ!』なんて言わないと思います。自分が思うがまま動けるわけですし、むしろシンデレラさんの家とお墓の間を行き来してたという事は……」

「そこを常に通る人の待ち伏せ……」

 シェインの言葉に、レイナは目を伏せ何かを考え始める。

「その可能性もあ……」

「おい、話はそこまでだ。見えてきたぞ」

 少し先頭を歩いていたタオが立ち止まり、声をかける。四人の目の前に大きな門が見えてきた。

 エクス達を遥かに超える大きさの城門。首を上げてまでしないと見えないそれは、中に存在するであろう城の大きさを思い浮かばせる。

 門の手間は堀になり、上げられた橋が扉の変わりとなる。その掘りの手前両端には二人、そしてその真ん中には一人の護衛兵が居た。

 銀色の丸いヘルメットに赤色の服。右手には槍を持ち、直立不動で職務を全うしている。

「どうするんだ? 城にカオステラーがいるから、行っても素直に入らせてくれるとは思えないぜ」

 タオの言葉に、

「シェインがいき――」

「私が行くわ」

レイナが先に声を出す。

「おいおい、お嬢で大丈夫なのか? そういうの一番苦手じゃないのか?」

「何言ってるのよ? 私も一人のお姫様なのよ? 門兵との会話ぐらい問題じゃないわ」

 鼻息を荒げんばかりかと、意気揚々とした背中で城門まで歩き出す。その後ろ姿に三人は何も言わず立ち尽くし、ただ心配そうな視線だけを送った。

―――――――――――――

「ホント! サイテーな兵ね!」

 城下町へと戻る坂道。レイナが大声で吠える。

「お姫様が目の前にいるっていうのに、『通せない』っていう一点張りで門前払いなんて信じられないわ。少しでも話を通すものじゃないの!?」

「ボキャブラリーの数が少なすぎるよ、レイナは。姫だから通せなんて無理だよ」

 エクスの言葉に、レイナが食いつく。

「それはあっちの事でしょ? こっちは謁見として会いたいって言ってるのに、『今はダメだ!』のそればかり! せっかく気を使って言ってるのに、本来なら通すのが礼儀の一つってものよ!」

 レイナの怒りが留まりを知らず、エクスはそれ以上の言葉が見つけれずにいた。

「まあ、お嬢落ち着けって。もう夜も近いから、今日はこの城下町で休もうぜ。また明日会って、もし話が通らないなら、強引に通せばいい」

 タオの言葉にレイナの怒りが徐々に収まる。

「はあ……そうね、お腹も空いてきたし……でも、泊まれる場所なんてあるのかしら?」

「さっき宿屋らしき看板は見つけました。もし人がいるなら、中に入って交渉するしかないですね」

「……何も無ければいいんだけど――あれ?」

 レイナが何かを見つけ、全員が足を止める。町の入り口付近、そこには城門に居た門兵と同じ服装をした二人の兵士がこちらに向かい歩いてくる。

 兵士達はエクス達の姿に気付き、すぐさま槍を向けた。

「なんだお前達は!? 見慣れない服装だな!」

「!? ぼ、僕達は旅人です! さっきこの町に来たばかりで……」

「…………」

 エクスの言葉に、兵は不審そうに青い瞳を向ける。数秒間、四人の顔を見た後、

「……それは失礼な事」

槍を下ろした。

「我々も先ほど見回りからこちらに帰ってきたばかりだったので……。せっかくの旅人に刃を向けるとは本当に失礼しました」

 兵が深々と頭を下げた。

「これからはどのようなご予定で?」

「これからこの町で泊まろかと。でも、さっき通った時は人がいなかったみたいで……」

「人?」

 エクスの言葉に兵が首を傾げる。その姿に、エクス達は不思議に思い、兵の後ろに伸びる道を見た。そこには幾人もの人が歩いていた。

「ええ!? さっき居なかったのに……」

 レイナの声に、兵達が納得したような声を出し、話はじめた。

「もしかして、夕刻あたりに来られましたか?」

 兵の質問に、エクスが頷く。

「それならその時間帯は誰も外には居ないはずですね。日の沈みかける前の時間帯辺りから住人達は準備をする為に動き始めます」

 空から射し込む光は徐々にオレンジ色を無くし、道に居る人々を暗くしていく。

「準備とはなんですか?」

「ええ、準備とはこの後に行われ――」

 エクスの質問に兵士が答える。――その時だ、

「キャァアアーー!!」

空気を切り裂くような女性の叫び声が響いた。

「な、何今の……!?」

「町の中からだな! 行くぞ!!」

 タオの言葉に、声の場所を目指し、四人が一斉に走り出した。

 叫び声により立ち止まる人々の間を抜け、道を駆け抜ける。入り込むような路地を走り回り、そして町のはずれに辿り着いた。

 半分を囲む人の群れの中央。そこには一人の少女、それとヴィランの姿。怯えた様子の少女に向かい、ヴィランが片腕を上げ、飛びかかろうとしている。

「くそっ! シェイン!」

「はい!」

 シェインが速度を上げ、少女を掬うように抱え、走り抜けた。――と同時。

「オラッ!!!」

タオがヴィランに体当たりを食らわせた。

「クルゥゥゥ!!!」

 その衝撃で吹き飛ばされたヴィランは、体を地面に擦らせながらもすぐに立ち上がり、間、髪入れず、タオに向かって再び片腕を上げ、飛び掛る。

「危ない!」

 後続から走っていた、エクスが近くにある鉢植えを放り上げ、

「クルゥゥゥ!!?」

タオに辿り着く前に直撃させ阻止する。

「燃えなさい!」

 レイナが言葉を唱え、ヴィランを炎で包む。

「クルゥゥゥゥウーーー!!!」

 一段と声をあげ、炎で包まれたヴィランは姿を消した。後に残るは黒い影の後。三人は何も言わずにその場所に目を向け、シェインは少女を降ろした。

「もう大丈夫ですよ」

 シェインが少女の頭を軽く撫でる。

「ママー!!」

 少女は泣きながら、ざわめく人混みの中に消えていった。

「まさかここにヴィランが出るとはね……」

「……ったく、どこから湧いて出たんだ? さっきまではそんな様子……なんて……」

 ある視線が気になり、タオが言葉を止め、辺りを見回した。それは、先ほどヴィランと少女を囲んでいた人混みが今度はエクス達と黒い影を囲み、騒ぐ。

――まずいことになった。

――大丈夫なのか?

――早く逃げないと。

――なんて事なの……。

 ありとあらゆる言葉が交差する中、エクス達は何も言えず、その場に留まるしかなかった、その折、

「っ!? お、お前達! 何をやってるんだッ!!」

 先ほど会った兵士が大声を上げて走ってきた。四人に青い瞳を向けた後、影に気付き、近づいてしゃがむ。

「まさか……、あの化け物をやったのかッ!?」

「え? ええ、そうだけど……」

 レイナが答える。それを待たずして立ち上がった兵士が大声を出した。

「何をしている!! 早く逃げろ!! お前達もだ!!!」

 周りを囲む住人達に、兵士が追い払うように手を払った。

「一体どうして……」

「いいから! はや――」

――ホー、ホーホー、ホー。

 聞きなれない音が大きく聞こえる。一瞬にしてその場はその音で埋まり、静寂が流れた。誰一人として何かを喋る者はいない。

 その静寂を破るかのようにレイナが先に口を開いた。

「な、なんなのこの音は……」

 兵士は答えず、驚愕したような表情で固まる。そして、撫でるようなそよ風が体を摩ったとき、兵士が叫んだ。

「走れぇええーー!!!」

――刹那。

「――グッ!!?」

 大きな轟音が響き、全身を打ち付けるような重たい風が正面から吹き込んだ。エクス達は腕で顔を隠し、体を丸める。風が治まり、顔を上げる。

「な、何なのこれは……どうなってるのよ……」

 突然の衝撃にレイナが愕然し、他の三人、住人達の目も見開いた。夕日も落ち、薄暗闇が包み始める場所。しかし、それはハッキリと見えた。常識での頭では理解し難い風景が――。

 さっきまであった家がすべて吹き飛び、瓦礫の山と化していた。そこに居た兵士の姿もなく、始めからこの光景だったのかのように、ランプの光がそれを照らす。

――ホー、ホーホーホー。

 再び聞こえる音、あの衝撃が頭に浮かび、周りにいる人達が叫び声を上げ、暗闇を逃げ始める。

「……ったく! どうなってるのよこれは! 何があったの!?」

 誰に向けたかも分からない問い、レイナが混乱し叫び始める。その姿にエクスが手を引き、タオ達が走った。

「何が起きてるか分からないけど、とにかく逃げないと! またあの風が来たら僕達も吹き飛ばされる!」

 暗闇に叫び声だけが響き、ランプで照らされた薄暗闇の道を多くの人が逃げ惑う。その間を縫うようにして、エクス達はひたすら走り続けた。遠くではあの轟音が響き、それと同時に何かが崩れていくような音も耳に届く。

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 足を止まることなくエクス達は走り続けた。しかし、暗闇の中どこに逃げていいのかも分からず、そして狭い路地へと体を隠した。レイナはすぐさま崩れるようにその場で倒れ、不規則に乱れる呼吸を繰り返す。

「はぁ……はぁ……い、一体何が起きたんだよ……」

「わ、分からないです……メガ・ヴィランにしてはあれほどの被害は……」

 タオとシェインが壁に背を合わせ向き合い、身を潜める。完全に闇となった今では、もはや、視界の助けとなるのはランプの明かりしか頼るものがない。唯一情報となる耳からは、暗闇から微かに聞こえる人の叫び声、そして空気を叩きつける様な断続的な音のみ入ってくる。

 左右を見渡し、タオが自分の足下へと目を向けた。そこには、走り疲れたのか、ぐったりと首を下に向けたままのレイナと、それを心配そうに見守り、肩に手を掛けてしゃがんでいるエクスの姿があった。

「ここで野宿ってわけにもいかねーな……。シェイン、宿屋はどの辺にあるんだ?」

「……多分方角はこっちだと思います。もう少し走った所にあると思いますが……」

 少し自信がないのか、シェインの声が小さくなっていく。

「なかったらなかったで別の方法を考えるしかないな。坊主、お嬢は俺が運ぶ、路地から出たらすぐに背負うぞ」

 タオの言葉にエクスが頷き、

「よし行くぞ!」

その合図と共にシェインが路地から飛び出した。すぐさま、エクスはレイナの手を自分の肩に掛け、立ち上がり、路地を出てすぐにタオの背中へと移す。

「――くっ、重てぇ……どんだけいつも食ってんだ! ……よし、行くぞ!」 

 二人は少し離れ消えていく背中を目指し走った。数メートル走った所でシェインが立ち止まり、ノブを引く。しかし、扉は鍵がかけられており、金具と木の音だけが響いた。すぐさま、ドアの真ん中にある金具を持ち、何度も叩く。。

 その音に、合流したエクス達も気付き、大声を出した。

「すみません! 開けてください!」

――応えない。静寂の中でひたすら叫び、金具を打つも反応はない。

「くそっ! ぶち破るしかねえーか!」

 その言葉に誰一人止める者はいない。タオは片足を上げ、大きく引き、力を入れる。そして――、

「おい! お前達なにやってんだ! こっちへ来い!」

「ッ!!?」

突然の声にタオが蹴り出した足を止めた。声の主に目を向ける。そこには一人の男性がいた。

 男は宿屋から離れた家の玄関から体を覗かせ、手招きをしている。すぐさま、その動きに従い。雪崩れ込むように家の中へ入った。

「す、すみません。た、たすかり――」

「静かに……」

 立てた人差し指を男が口元に近づける。静寂の中、あの空気を叩きつける様な断続的な音、そして、誰かの叫び声が聞こえた。その後、また静寂が流れる。

「行ったか……」

 音が去った事に確信したのか、男は暗い部屋の中央まで歩き、ランプを点けた。

「君たちは旅人か? ……ん?」

 ぼんやりと灯る明かりの中、タオに背負われたレイナに男が気付く。

「その子は横の部屋のベッドで休ませるといい。ほら、あっちだ」

 男の指差す方向、タオは軽く感謝の言葉をいい、ドアを開け暗闇へと消えていく。

「君達もそこで突っ立ってないで椅子にどうぞ。突然の事に困惑しただろ?」

 中央にランプの灯った四角い木の机には、向かい合う四つの椅子があった。エクス達はそこに座り、部屋から出てきたタオもシェインの横に座る。

「レイナの様子はどう?」

「ああ、大丈夫だ。ただの疲れだろう。それよりあれは何なんだ?」

 タオが独り言のように疑問を口にする。その言葉に男が答えた。

「あれはあの城に巣くう悪魔の使いだよ」

「悪魔……ですか?」

 シェインの言葉に男は軽く頷き、話を続けた。

「ヤツは常に俺達を監視して、あの城にいる者に対し反抗を示す意思があるかどうかを見ているんだ。もし、その意思が確認されたら、あいつがやって来る」

「あいつってのは……あの突風で全てを吹き飛ばしたやつか?」

「ああそうだ。やつは小さな化け物を放って、それに対して何らかの危害を加えるものがいたら、即座に動き、全てを吹き飛ばす。そして、その後、関ったとされる人物を探し出し、城へと連れて行くんだ。今回も誰かがその小さい化け物に何かしてこうなったんだろう」

 男の言葉に、エクス達の表情が曇る。一瞬空気が落ち込むが、すぐにシェインが話を続けた。

「その悪魔の使いってのは一体なんですか? 人には見えませんでしたが……」

「俺達にもわからない。空から突然そいつは降りてきてくるんだ。確認する前にはその場には何もなくなるから誰も見たことがない。見る人がいてもそいつはすでに、ここには居ないだろう」

「……そうですか。城に連れて行かれた人達はどうなるんですか?」

「城に連れて行かれた人は翌日帰って来る。しかし、どいつも目が赤く、表情も虚ろだ。中には帰ってこない人もいるみたいだが……ここは変わってしまった。あいつが来てからだ」

「あいつってのは……」

「城に巣くう悪魔だよ。あの女が全てを変えた。だが、ほとんどの人はそれを気にしてはないみたいだがな」

「女……まさか!?」

 女、その言葉にエクスの表情が険しくなった。悪い予感だけが頭の中で次々と浮かび上がる。

「ん? 知り合いか?」

 エクスの言葉に、今度は男が眉根を寄せて顔を見る。

「い、いえ。知らないです……その女ってのは……?」

「……あれは数日前のことだった。城では王子が舞踏会を開いた。そこにはあらゆる人が集まり、食事をし、踊っていた。それが三日続いたその日だ。城下町を馬車が駆け抜けた。城の前で止まり、そこで降りてきたのは煌びやかなドレスを来た女だ。女はそのまま城に入り、そして翌日の事だ。突然城から城下町へと服装の制限と食べ物の収奪が始まった。まさに地獄だよ!」

 話に熱がこもり、男が机を強く叩いた。木の打ち付ける音にランプが少し揺れるが、また静かになる。

「……この人変わってますね」

 シェインが小さな声でタオに耳打ちをする。

「ああ、まるで自分の意思で動いているみたいだ。そういう筋書きなのか?」

 タオ達が不思議に思うのも当然の事だった。運命の書とは、この想区にいる一人一人に存在し、そして役割としてそこには行動として記されているのだ。人々は何も疑うことは無く、その決められた役として動いている。

 しかし、この男は先ほどからの会話として、不満だけを述べていた。それはまるで主役の動きに反発するようなもの。もしそれが運命の書に決められた役目だとしたら、何も疑わず、不満などない。しかし、この喋りはまるで意思による、自分語りのようにもとれる。

「カオステラーの影響……もしくはこいつには……」

「空白の書……ですね」

 シェインとタオが下を向いたままの男に目を合わせる。二人の表情に険しさが増す。

「直接聞いてみましょうか? もし、所持しているならこちらに引き寄せられますし」

「ああ、だが、空白の書は忌み嫌われている。もし間違いなら、俺達はここから追い出されるかもしれない」

「……それならもう少し情報として集めたほうがいいですね……。……あなたはこの後どうするんですか? 役目としてこのままを?」

 シェインの問い男が顔を上げる。

「いや、俺達は動く。そういう運命になってるからな」

「……動くとは?」

 男は立ち上がり、座る三人を見渡せるように机の端へと移動した。

「俺達には力を得た。そう、これがそうしろという運命なんだ」

 三人の目を見据えた後、声を張り上げ、口にする。

「あの女を――殺すんだッ!」

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