グリムノーツ~灰色のソリテール~

夏日和

プロローグ:灰かぶり姫

 あるところに一人の少女がいました。少女は父と母の三人で幸せに暮らしています。しかし、そう長くは続きませんでした。

 病により母が死んでしまいました。残された父と少女。

 悲しみに暮れ母の墓でなく日々。それから数日経ったある日の事、父が新たな金の髪飾りを付けた女性を連れてきたのでした。金の髪飾りを付けた女性は少女に挨拶し、そしてしばらくして継母となりました。

 少女、父、そして継母の三人。しかし、継母には二人の娘が居たらしく、以前とは違い五人で暮らすことになりました。

 明るく笑顔の絶えない家、新しく始まる暮らし。でも、それはすぐに変わってしまったのです。

 継母と姉二人は少女に対し、冷たくあたり、何より「働かない者には食事はでない」といい、家の掃除から食事の用意と全て一人に押し付けました。

 朝から働き、昼も働き、そして夜になれば、疲れた体は休むベッドもなく、次の朝の食事のためにかまどの横で寝て、つねに灰まみれ。その姿に父は何も言いません。

 ある時、父が出かける際、継母の姉二人と少女におみあげの話をしました。姉二人は宝石や美しい服を頼みます。しかし少女は、

「帰りの際、一番最初に帽子に掛かった若枝をください」

 それから数日後、父は頼まれたものを渡します。喜ぶ姉二人、少女はハシバミの若枝をもらい、それを母の眠るお墓の横に植え、なき続けました。

 朝から働き続ける少女。継母や姉達にもいじめられ、疲れた体でも毎日お墓に行き、そしてなき続けたのです。少女の涙により、植えられた若枝は徐々に成長し、大きくなっていきました。

 そんなある日の事。お城で舞踏会が開かれることになったのです。継母は姉二人に光る宝石や綺麗な服を着せ、向かわせる準備。そして少女には、

「家の掃除をしなさい」

 綺麗な服を着た継母と姉達は笑顔でお城に向かい、ボロボロの灰まみれの少女は家事をすませて、また母の場所へ向かいました。

 崩れるようにその場で座り、声を押し殺すも、目からは涙があふれ、幾度も頬をつたいます。大きな木となったハシバミが影で少女を包み、葉をゆらします。すると、少女の目の前に

一羽の白いハト。

 ハトはハシバミが木になった後、毎日、少女を見続けていました。ハトの横には銀で織られた綺麗な服があり、少女は喜び、それを来てお城へと向かいました。

 お城では街の人々が集まり、豪華な食事や服を着て踊っています。少女は銀の服をまとい中へ。そこにはあの継母と娘達がいました。しかし、継母と娘達はその少女の姿を見ても何も思いません。何故なら彼女達のしる少女は今も家で灰にまみれているからです。

 素敵な服でまるで別人となった少女。皆が踊る中、ひときわ輝くそれは王子の目に止まり、そして一緒に踊り始めたのです。

 楽しい時間が過ぎる中、時計の針は十二時前に。少女は慌てて王子の手を放し、城を飛び出そうとします。そう、継母達が帰ってくるのは十二時なのです。

 王子に別れの言葉を告げず飛び出した少女は家に戻り、ハトに服を返して、またかまどの近くで寝るのでした。

 次の日の朝、少女はいつものように働き、そして継母達はお城に行きました。

 家事をおえた後、母の墓、ハシバミの木に行きます。すると、またハトが飛んで来て、今度は昨日よりも輝く金が織り込まれた服をもってきたのです。少女はそれを手に取り、お城へと向かいました。

 二日目の夜、また王子の目にとまり、一緒に踊ります。しかし、王子は気になっていました。果たしこの子は誰なのだろうか?

 時間は過ぎ十二時前、少女は王子に別れも告げず走ります。王子は急ぎ使いのものを呼び、後をつけさせました。しかし、外は暗く、途中で見逃してしまいます。

 王子は途方に暮れていると、使いのものがあるものを拾ったと王子に見せました。それはハシバミの葉です。

 次の日、王子は少女が消えた方向へと使いのものを出し、ハシバミの行方を捜しました。しかし、誰一人としてその場所を知りません。使いのものは最後の家を訪ねた後、すぐにお城へと戻りました。その最後の家は継母達の暮らす家でした。

 その事を聞いた継母はハシバミの若枝を思い出します。少女に色々な仕事をさせた後、どこかへ向かう少女の後を追います。そこで、あるものを見てしまいました。大きな木の下に座る少女、そこへ一羽のハトが現れ、宝石や金銀を置くのでした。

 その光景に継母は驚き、すぐさま街へと走ります。

 継母は街に着き、すぐにとある場所へと行きました。それは魔女の家です。継母は老婆にお願いをするのです。

「これであの子とあのハシバミを燃やしてくれ」

 夕方、継母達がお城に向かった後、少女はお墓に行き、そしてハトが飛んできました。今度は昨日よりもさらに綺麗な服と金の靴。少女は喜び、靴をはき、服を持って、お城へと向かいます。しかし、少女の目の前に見慣れない一人の老婆が立ってました。

 老人は手に持つ杖を振り下ろします。すると少女の手にある服が燃え、後ろにあるハシバミの木も激しい音上げ燃え始めました。少女は叫びますが、ハシバミの火は消えません。

 老婆が今度は少女に向かって杖を振り下ろします。しかし、その時一羽のハトが老婆の手を突っついたのです。

 老婆は手の痛みで杖を離しました。ハトは続けて老婆を何度も突っつきます。

 少女は落ちた杖を拾い、そして老婆に向かって振り下ろしました。激しく燃え始める老婆、声をあげその場に倒れます。

 燃え尽きたハシバミの木と服、そして老人。残された少女とハト、そして灰の中の髪飾り。少女は悲しみでその場に崩れ、そして笑顔を見せました。

――――――――――――――――

 深い霧の中、

「タオ兄、この先で本当にあってるんですか?」

黒髪の長髪を後ろで束ねている少女が、横に居る男に声をかけた。

「さあな、お嬢に直接聞いてみたらどうだ?」

 タオ兄と呼ばれた、後ろを短く結んだ銀髪の男が少女に聞き返す。

「ええ、ダメですよ。だってあんなに自信満々に先頭をきっていつも歩いているんですよ。それにシェイン達にはそんな力は無いですし、今更聞けないですよ」

 シェインと名乗った少女が首を横に振った。

「それならタオ兄が聞いてみてくださいよ」

「オレが聞いても返ってくる答えは同じだろ。いつものアレだよ、アレ」

 先頭にいる白に近い金髪の少女に向けて、タオが目を向ける。首筋まで伸びた金髪の頭を揺らしながら少女は振り返らず歩く。

「ええ、そんな事はないですよ。だってあんなに自信満々に先頭をきっていつも歩いているんですよ。シャイン達にはそんなちか……」

「ちょっとあなたたち! さっきから聞こえてるわよ!」

 突然、金髪の少女が声をあげ、立ち止まった。それに合わせ、全員がその場で立ち止まる。

「隠れてコソコソ言ってるつもりなんでしょうけど、全部聞こえてるのよ。大声で喋ってるじゃない!」

 その言葉に二人は表情を変えることなく答えた。

「レイナの姉御、それは姉御の耳が普通の人より大きいからですよ。ね、タオ兄」

「ああ、お嬢の耳はなんせ地獄耳だからな、果てまで聞こえるぜ」

 そう言いながらタオが笑い始める。

「何言ってるの? 普通に大声だったじゃない? ね、エクス。あなたも聞こえたわよね?」

 レイナと呼ばれた白髪の少女が横にいる青色のショートボブの少年に声をかけた。

「え、……聞こえてたかな……?」

 エクスと呼ばれた少年は頬をかき、ばつの悪そうな表情を見せる。

「ほら、エクスも言ってるでしょ。あなたたちの声が大きいのよ。これじゃ集中できないでしょ」

 そう言いながらぶつぶつと呟きながら、レイナが歩き始めた。それに合わせ、三人も歩き出す。

 霧の中を歩いて、はや数十分以上は歩いている。本来ならば、ストーリとストーリ、想区と想区の間に現れる、『沈黙の霧』というのを既に抜け、新しい想区についているはずだった。

 レイナの能力である、カオステラーの気配を探知する力。それは新たな想区に辿り着き、尚且つカオステラーによってストーリーを変えれている時に反応する。

 しかし、気配があるものの、未だに霧は晴れず、さらには歩き続けてもそれが晴れる様子はない。その変わり様のない景色に後ろの二人は声をあげ喋り始める。エクスも気になり、ついにレイナに声をかけた。

「レイナ、本当に反応はあるの?」

「……ええ、確かに強く感じるわ。これは間違いなくカオステラー、新しい想区には来てるはずなんだけど……」

 レイナが少し焦りの表情を見せる。

「どうして? 霧が晴れてもいい頃なのに……」

「……音痴だからだろ……」

 ボソっと呟かれる言葉。それはノミのような小さな声で。

「…………」

 レイナが足を止め、他三人も足を止める。数秒の沈黙の後、

「タオ! また私のせいだって言いたいのね!?」

凄い形相でタオの方に顔を向けた。

「私の方向音痴のせいでまた迷ったって思ってるんでしょ!?」

「お嬢の方向音痴には慣れてるぜ。後、所々抜けていて、食い意地の張ってるところもとかよ」

 その言葉にレイナがさらに加熱する。

「何を言ってるのよ! 迷うのも初めて歩く想区だからだし、食い意地だって人としては、絶対に避けられない現象よ! 私がリーダーなんだから今は黙ってついて来なさいよ!」

「おいおい、いつからリーダーなんだ? オレ達はタオ・ファミリーなんだから、いざって時はオレに従ってもらうぜ!」

「いつからファミリーよ! 私は入った覚えなんてないわよ!」

 声を荒げ、二人が押し問答を繰り返す。その姿にエクスは慌てて止めに入り、シェインは何も言わず光景としてみていた。

 しばらくした後、レイナが突然、両腕を広げ、バタバタと回し始めた。

「いいわよ! だったら今すぐこの霧を吹き飛ばして見せるわ! こんな霧があるからいつまでたってもー!!」

 レイナの腕が激しく動くも、霧は晴れることがなく、ただ辺りを回り続けている。

「ああー、タオ兄のせいですよ。あれじゃ本当にポンコツ姫じゃないですか」

「お嬢自身が霧を晴らすって言うんだ。温かく見守るしかないだろ」

 三人はグルグルと腕を回し続けるレイナを見ていた。そんな様子を気に止めることもなく、レイナは両手を止めない。

「こんな霧がー! こんな霧がーはぁはぁ……」

 徐々に息切れのような荒い呼吸が聞こえ始め、レイナ扇風機の勢いが弱まってきた。

「体力の無さが露呈してきたぜ。しゃーねぇ、リーダのオレも手伝ってやるか」

 右手で左肩を掴み大きく回しては、レイナの元へと歩く。その時だ、

「おっ?」

ある光景にタオの口から自然と声がもれた。

 レイナの周りの霧が徐々に晴れてきてるのだ。三人がその事に気付いた時には、すでに四人を囲む霧が晴れ、木々に囲まれていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……ど、どう、これも私のおかげね……」

 額に汗をかき、頬を伝う前にレイナがそれを拭う。

「ああ、お嬢のおかげだな。だが、最後にオレが腕を回したから霧が吹き飛んだんだぜ。五分と五分という具合だな」

 へへっと笑い、肩で息をするレイナの横を過ぎ、シェインもその後に続く。

「はぁ…はぁ…そ、そう……」

 言い返す余裕などないレイナ。

「だ、大丈夫……?」

 心配そうに聞いてくるエクスに、

「ええ、だ、大丈夫よ。行きましょ……」

元気のない返事で歩き出した。

――――――――――――――――

 森の中をしばらく歩き、外に出る。

 カオステラーの気配を感じながら出た先、皆が言葉を失った。

「この景色は……」

 始めに口を開いたのはレイナ。

「見たことある場所ですね」

 次にシェイン。

「……坊主」

 タオが心配そうな顔でエクスを見る。

「…………」

エクスは何も言わず、ただ目の前にある光景だけを見て、答える。

 森を抜けた先、そこは崖になっていた。崖からは見える開けた場所。緑の平原と小高い丘、その先には家が点々とあった。そしてその奥には、大きな城と城下町。そうこの場所は……。

「――シンデレラの想区」

――――――――――――――――――

 崖から降りれる場所を探し、森から抜け出す。四人は平原を歩き、城に向かっていた。

「…………」

 あの崖から、誰一人として喋る者はいなかった。皆、無言でただ歩き続ける。

 エクスとシンデレラには深い関係がある。……というも、シンデレラにとっては浅い関係かもしれない。

 エクスは元々、シンデレラのいる想区の住人だった。描かれた運命の書に従い、物語通りに生きる住人達。しかし、その事を全く知らないというわけではなく、住人達も薄々とその運命と存在は知っていた。だが、誰一人として悩むものはいない。

――誰が? ――何のために?

 そう考えずに、ただ役割として己に与えられた事をして過ごしていく。エクスもその中に居た。

 エクスの場合、役割としては何もしない人物として存在していた。脇役、今で言うなれば、「モブ」と呼ばれる。

 その事はエクス自身も十分理解しており、周囲からそう言われ生きていた。しかし、エクスには別の思いが渦巻いていた。それは――シンデレラに思いを寄せているという事。

 シンデレラにとってはただの友達。そして物語としてはただの脇役。その事を十分承知しているエクスは、双方の感情で押しつぶされそうになるも、自分に言い聞かせ役割だけを演じ続けてきた。しかし、ある出来事によりそれは一変することになる。

――タオ・ファミリー事、タオ、シェイン、そしてレイナの出会いだ。

 彼女達と出会いエクスの運命が大きく変わる。いや、正確には変わってないかもしれない。相変わらずの脇役として役割。しかし、それ故に手に入れたのかもしれない『空白の書』を。

 空白の書とは、何も書かれてない本。つまり役割すらないという事なのだ。その本のおかげで想区の移動が可能になったり、はたまた、栞を使うことにより、別の話にいる人の魂をその場所に呼び出したりもできる。

 当然、この空白の書は他の三人にも持っているし、何かしらの理由があり今一緒に行動をしている。タオとシェインは桃太郎から、レイナは不明だが城に住んでいたらしい。それぞれがそれぞれの理由でこの書を持っている。

 さらにレイナには別の役割もある。それは歪められたストーリー、カオステラーによって変えられた話を元に戻すというものだ。

 現にエクスがいた、このシンデレラの想区もカオステラーにより歪められ、それをレイナ達と共に正したのだ。その際エクスは物語をこれ以上壊したくないと思い、シンデレラに想いを伝えずこの場所を去った。それも二度。

 一度目は、シンデレラの望みを叶える魔法使い。そして二度目は、シンデレラ自身。そして、今回は……。

「……とりあえず街に向かいましょ」

 レイナが先に喋り、道を誘導する。

「しかし……まさかまたこの場所に来るとは……」

 タオが眉をしかめる。

「これで何度目だ? こうも同じ話に来るとは……」

「話とは人そのものの運命。行く先の結末は一つでしょうけど、その過程にはいくつもの枝分かれするような出来事がある。今の私達のように、そしてそれはどの話にもね」

「アラジンやドン・キホーテー、他には桃太郎とかですね……」

 シェインの言葉に、タオが少し眉を歪める。

「ええ、あの辺りも一度行った所がそうなってるように、カオステラーによって全く別の話……新たな道が作られ、別の方向へと走っていたわ。当然ここもカオステラーによって、本来ある話から脱却していると見ていいわね」

「何度来てもいい気はしねぇな。終わった後の世界に来るのはいいが、その前だろ? カオステラーによって歪められた世界なんて、ぜってー楽しくねぇってよ」

 タオが拳を作り、片方の掌にそれをぶつけた。

 タオもエクスやレイナ達と合流する前は、桃太郎の想区で桃太郎に仕えていた。正確には、タオは桃太郎の相棒として共にし、そして『タオ』という名前を与えた。

 しかし、桃太郎は死んでしまった。原因としてはタオ曰く、「空白の書を持った者がかかわってしまったから」だと。そこで鬼であるシェインと出会うことになる。

 シェインも空白の書の持ち主で、自身が鬼であることが嫌で抜け出したらしい。二人は外の世界を求め、霧に消えることとした。そう言った経緯もあり、想区に関しての出来事には思い入れが強くなってしまう。

「早くお嬢の調律で戻さねーとな!」

「……ええ」

 タオの言葉にレイナは握り締めた本に力が入った。

 レイナの本には調律という力がある。これによりカオステラーに歪められた想区を元に戻せる。早く戻す為には、それだけカオステラーをすばやく見つけなければいけない。

「……で、姉御。今どこに向かっているのですか?」

「え? お城でしょ? あそこからカオステラーの気配がするの。だから最初にお城の城下町へと……」

「城ならあっちですよ」

 シェインが進行方向とは違い、右の方を指す。指した方向には、崖の上には家々が、そしてさらにその上には大きなお城が聳え立っていた。

「…………」

 レイナがシェインの指差した方を凝視し、そして、

「ええ、そうね。こっちにはヴィランはいなかったみたいね。よかったわ」

 何もない平原で安堵し、レイナが即座に右へと進路を変えた。その姿に何も言わない。しかし、一人だけ言葉を出し、止めた。

「ちょっと待って……このまま真っ直ぐ行こう」

 そう言って、エクスがレイナを止める。

「この先になにがあるんだ?」

 タオの言葉にエクスが答える。

「シンデレラの家だよ」

――――――――――――――――

「これが今この想区で流行ってる外装かよ」

「いえ、これは欠陥ですよ。完全な、です」

 タオの言葉にシェインが相槌する。

 二人がそう皮肉るのも無理はなかった。エクス達の目の前には、もはや瓦礫に近い廃墟があった。窓は割れ、壁の木々もボロボロであり、煉瓦だけが辛うじて形として残している。

「エクス……ここがシンデレラが居た場所なの?」

 レイナの言葉にエクスが頷く。

「……うん、この場所であっている、家も。……でもどうしてこんなにボロボロなんだろ?」

 その理由がエクスには全く分からなかった。シンデレラが居らずとも、せめて継母がいるはずなのだから、こんな姿になるはずがない。

 もしかして両方……?

 嫌な感じが一気に流れ始める。

「とりあえず中を調べようぜ」

 その空気を断ち切るかのようにタオが先にへと家の中へ入っていった。

「何か新入りさん浮世話でもあるといいんですけどね」

その後をシェインが続き、

「行きましょエクス」

「……うん」

エクスとレイナも中へと入った。

 中は外は違いさらに酷く、家具という家具がボロボロになっていた。もはや人が暮らしているという気配はない。

「……これは長い年月が経っているって感じね。二日や三日じゃさすがにここまでならないでしょうね……」

 レイナが踏み場の悪そうに体のバランスを崩しながら、歩き回る。エクスは迷わず部屋の奥へと向かった。

 奥にはかまどがあった。ふと頭の中である事が思い出される。それは灰にまみれ眠っているシンデレラの姿だ。

「おっ、これは上質な灰ですよ。いただいておきましょう」

 シェインが、かまどから溢れて山となっている灰をかき集め始めた。

「灰なんて集めてどうするのシェイン?」

「姉御知らないんですか? 灰っての結構色々な事に使えるんですよ。例えば肥料とか、調理、それと洗濯にも」

 その言葉にレイナが驚いた表情をみせる。

「ええ!? 洗濯にも使えるの……それじゃ逆に汚れちゃうんじゃない?」

「汚れませんよ。むしろ綺麗になるぐらいで……姉御は本当に何も知らないんですね。そんなんじゃ、一人になった場合、退屈すぎて早死にしますよ」

「わ、私は別に大丈夫よ! 一人でも出来るし、何より魔法も使えるんだし! ……それよりシェインはどうしてこんなことを知ってるの?」

「ん~……まあ、居た場所の問題ですよ。魔法もほば無いようなものですし」

 その言葉にレイナが頷き、

「……あれ?」

シェインが不思議な声を出す。

「どうしたの?」

「……姉御、シェインがここに来る前に、この灰の上、踏みましたか?」

「いえ、私はここにいたわ」

「……それじゃ、これは何でしょうね……。姉御の足跡かと思ったのですが……」

 這いつくばる形で灰を集めるシェインに、レイナがその場所を覗きこむ。そこは山につまれた灰の天辺が大きく抉られたように潰れていた。

「ちょっと! 私の足はそんなに大きくないわよ! ってより、人の足じゃ無理よ。自然に崩れたんじゃないかしら?」

「……そうですかね」

 二人の会話は止むことがなく続く。エクスはその会話は耳に通しながら、家の中央にある二階へと続く階段へ向かった。

 二階は一階の吹き抜けが大きく広がり、その両脇には通路と部屋がある。部屋のすべてにはドアがない。その手前の部屋からタオが姿を現した。

「ここもボロボロだな……。暮らしていたという感じは全く無いな……」

 タオが呆れるようにため息を吐いた。

「本当にここがそうなのか?」

「……うん、間違いないよ。かまどもあるし、ここがシンデレラの居た場所だよ」

「……そうか。それにしても一体誰がやったんだ? 最悪シンデレラがカオステラーだとしても、ここまで家を……」

 タオは腕を組み何かを考え始めた。

 エクスはタオを過ぎ、奥にある部屋へと向かう。

 窓は割れ、家具は崩れ、この部屋も住める状態でなかった。

「……あれ?」

 エクスが部屋の中央で奇妙なものを見つけた。その場でしゃがみ、指につける。

――灰色の小さな粉。

「これは……、どうし――!!?」

 突然、エクスの上から誰が走り回る音がした。すぐさま声をあげ、タオ達を呼ぶ。

「どうしたんだ!?」

「タオ、上に何かが……」

 エクスの言葉にドタドタと音が返ってくる。

「天井裏ですね……。この辺りにはしごとか……」

 シェインが辺りをキョロキョロと探し始め、

「あっ、ありました」

それを少しずれた天井板の場所に掛けた。

「……で、誰がいくんですか?」

 シェインの言葉に三人が顔を合わせる。数十秒の沈黙のあと、

「オレがいこう」

 タオが先に口を開いた。

「タオ兄がいくならシェインがいきますよ」

「いや、ここはタオ・ファミリーである大将が出ないとな」

 はしごに足を掛け、天井に頭がつく前に拳で板を打ち抜き、裏へと続く穴を開ける。

 顔のない緑の生物を三人が見守る。

――突然。

「うおおおおおぉぉ!!」

 タオが大声をあげ、はしごから滑り落ちた。それと同時。

「クゥルルルルルル!」

天井の穴から四人の前に奇妙なものが現れた。

 黒色で小さな体に黄色い目。手は熊のように大きく、頭には青色の炎――ヴィランだ。

 ヴィランとはカオステラーが作り出した使徒、更なる混沌を生み出し、広げるもの。

「クゥルル!!」

 ヴィランが声を上げ出口に向かって走る。そこにはレイナの姿が。

「……!!? ちょっ! キャッ!!」

「お嬢!」

 ヴィランの体当たりと同時にタオが叫び、すぐさまシェインが本を出し、栞を挟む。しかし、

「……えっ?」

――何も起きない。

「キャアアアーッ!!」

 レイナの叫び声が、二階にある木の手すりの悲鳴を消し、一体と一人の姿は下へと消した。

 鈍い音があがり、すぐさま三人が吹き抜けから覗く。ヴィランの上にレイナの姿があった。どうやらクッションとして助かったようだ。

 ホッと胸をさする前に、三人はすぐに一階と走り、レイナの元に向かった。一階に降りるとヴィランの姿はなく、レイナだけがそこに倒れていた。

「レイナ、大丈夫?」

「ええ……大丈夫よ。ダメかと思ったけど……」

 エクスの呼び掛けに、レイナは激しく呼吸を乱しながらも答える。念のために体を見回すも怪我をしている様子はない。

「……くそ! どこへ行ったんだ!?」

 タオが辺りを見渡し、消えたヴィランを探す。

「あっ、いました。あそこ! 走ってますよ!」

 外に出ていたシェインが前に広がる平原を指す。そこにはどこかへ向かって走るヴィランの姿が。

「どうします?」

「どうするもこうするもねぇ! 追いかけるしかないだろ!」

 タオが走りし、シェインも後を追う。

「レイナ行こう」

「ええ……」

 レイナの手を引き上げ、エクスもタオの後を追った。

――――――――――――――

 エクス達がたどり着いた場所は幾つものお墓がある小さな所だった。ヴィランもそこに立っていた。

「いたぞ!」

 タオが声を出す。それに気づいたのか、ヴィランが声だしてタオに向かって走る。

「クルウウウゥゥー!!」

 ヴィランが手を振りかざす。その前に、

「うおおおおおーーらああっ!!」

タオが手前で立ち止まり、思いっきり頬の辺りを殴った。

「クルウゥ!」

 ヴィランが一瞬怯む。その隙にタオはヴィランの手を引き、そのまま肩に掛け、後ろへと投げ飛ばした。鈍い音を出し、倒れたまま動かなくなる。

「へへっ、みたか。これがタオ・ファミリーリーダーの力だ」

 満足そうに笑顔を浮かべるタオの横を、後から駆けつけたエクス達が通りすぎ、辺りを見渡す。

「ここは……」

「どうやらお墓みたいですね。誰かに花でも届けにきたんですかね」

 シェインが、レイナに言葉を返し、倒れてるヴィランに横目を向ける。

「新入りさんはこの場所を知っているんですか?」

「……いや、僕は知らないけど、でも……」

 エクスは、あるものが目に入りそこに向かって足を進めた。一つのお墓の裏にだけ灰のようなものが積まれている。その場で着くなりお墓の文字を読んだ。

「……!? そんなここは……」

「どうしたんだ坊主」

 三人の視線がエクスの背中に集まる。エクスは振り返り答えた。

「ここはシンデレラのお墓だ!」

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