第16章 あなたはだぁれ?

真鍋まなべさんは、古橋ふるはしさんの死体発見のために現場が止まることを恐れて、死体を移動させた。近くにホテルの六階に相当する高さの建築物は、廃工場の煙突しかなかった。クレーンを使って死体を移動させたけれど、真鍋さんはあの煙突に上ることが不可能だと知らなかった。こうして、異様な空中密室が構築されてしまったというわけなのね」


 ホテルの駐車場で丸柴まるしば刑事は、真鍋を乗せて走り去るパトカーを見送りながら口にした。理真りまの通報で駆けつけた丸柴刑事は、制服警官に真鍋の身柄を預け、自身は私たちと一緒に現場に残ったのだった。

 現場には、すでに作業員が出勤してきていたが、代理人がいなくなったためか右往左往するばかりで、一向に作業が開始される様子はなかった。


「そう」と理真も小さくなっていくパトカーを見つめながら、「同時に、白浜しらはまさん殺害の空中密室の謎も、解けてしまえばあっけなかったわね。犯人が部屋から脱出可能な経路は窓だけだった。確かに犯人は窓から部屋を出たわ。その直後、死体となってしまったけれど」

「刺された白浜さんは、即死せずに数時間以上生きながらえた。加えて真鍋さんが死体を動かしてしまったため、まったく別々の二箇所からそれぞれの死体が発見された。二人とも同一犯により、古橋さん、白浜さんの順番に殺されたと思っても仕方なかったわね。ねえ、理真、古橋さんが白浜さんを刺した、それ以前に、古橋さんが白浜さんの部屋を訪れた理由は、何なの?」

「それは……」


 理真はここで麻矢子まやこに向いた。麻矢子は理真の視線から逃れようとするように、目を伏せて顔を横に向けた。麻矢子の横顔に視線を差した理真は、


「麻矢子さん、あなたに話してもらわないといけないわ。ホテルの610号室に入る許可をもらってるから、そこで話をしましょうか」


 理真、続いて私もホテルの玄関に足を向けた。麻矢子はまったく動く気配を見せなかったが、両脇から丸柴刑事、降乃ふるの刑事に支えられるようにして、ゆっくりと脚を動かし始めた。


 グリーンパークホテル610号室に入った。

 理真は部屋の奥に行くと窓を開けた。朝のさわやかな風が吹き込んだが、殺人現場に残った血なまぐさい空気を運び去ってまではくれなかった。

 麻矢子は降乃刑事に手を引かれてベッドに腰を下ろし、降乃刑事もその隣に座り麻矢子に寄り添った。ひとつしかない椅子は丸柴刑事に促されて私が使い。理真は窓際に、丸柴刑事はドア側に立った。


「麻矢子さん、話してくれますね。日曜日、あなたはここで白浜さんと打ち合わせをした。そこで、白浜さんがストーカーであるという何かを掴んだんですね」


 理真の声に、麻矢子は少し時間を掛けて頷いた。


「……あの日、降乃さんの車で送ってもらって、私はこの部屋を訪れました。私は、広いロビーのほうが打ち合わせをしやすいのでは、と言ったんですが、白浜さんは、ここでいいと。最初は私も何も疑いを持たず、いつものように打ち合わせをしていました……」



 打ち合わせが一段落すると、白浜は出版社のホームページに麻矢子の写真を載せたいと言い出した。「やめて下さい」と麻矢子は照れたが、白浜は本気らしく、せっかくの美人なんだから、バストアップの著者近影だけではもったいない。依然と続く出版不況の中、本を売るには、作者の容姿のような付加価値も必要なんだ。などと言って麻矢子を説き伏せようとしていた。グラビアの撮影を専門にするカメラマンも呼んで、本格的な企画として立ち上げたいといったことも白浜は語っていた。撮影のシチュエーションにも凝り、季節ごとに写真を入れ替える。そういったアイデアを話して聞かせるうち、白浜は妙なことを口走った。


「いつもみたいな地味な服装も質実剛健な作家らしくていいけど、昨日着ていたような、ちょっと脚を露出させたミニスカートとか……」


 それを聞いて、麻矢子は、おや? と思った。昨日、確かに麻矢子はフレアタイプのミニスカートを履いていた。だが、それを着用していたのは、パーティーが終わり理真たちと飲み屋に行ったときのことである。その日、白浜とはパーティー会場でしか顔を合わせていない。会場では自分はフォーマルドレス姿でしか白浜と会っていないはずだが……

 考え込んだ麻矢子は、テーブルの上に置いてあるものに今気付き、それを目にして、どきりとした。グレーの眼鏡ケースだった。麻矢子は恐る恐る白浜に尋ねた。

 最近近視気味で、遠くを見る際には眼鏡を掛けることにしている。それが白浜の答えだった。本やパソコンの画面を見過ぎているせいか、五、六メートル先のものもぼやけてしまい、眼鏡がないとよく見えない。などと言って笑っていたが、もはや麻矢子の耳にその笑い声は入らなかった。

 五、六メートル先の電柱の影、そこに潜んでおり、声を掛けると身を翻して走り去ったストーカー。振り返りざま街灯に反射して目が光ったように見えたのは、眼鏡を掛けていたためではないか?

 理真や私と話したことが脳裏に渦巻いていたという。同時に東京でのことを思い返していた。この状況がショックとなって記憶が呼び覚まされたのか。麻矢子は、ストーカーの出現が、『ジュリエット賞』に原稿を応募してしばらく経ってからだという時間関係を思い出した。

 応募原稿には当然、応募者の住所も記載する。応募作から女性作者を捜し出し、住所を見に行く。その住所に出入りする女性、すなわち応募者が、自分好みの女性であることを知る。そういったことを編集者は行える立場にある。

 その打ち合わせで何かあったわけではなく、白浜は普段どおりだったが、麻矢子は打ち合わせの内容は一切頭に入らなかったという。

 家まで送っていくという白浜の申し出を、寄るところがあるからと麻矢子は拒み、タクシーで帰宅した。もちろん、寄るところがあるというのは嘘である。

 家に帰った麻矢子は、自室に閉じこもり悶々と過ごし、夕食の支度が出来たと呼ぶ母親の声に気が付いた。

 せっかくの母親の手料理も、まったく味を感じることなく食べ終えた麻矢子は、自室に戻ると意を決し、古橋に電話を掛けた。午後八時を回っていた。


 担当編集者の白浜がストーカーかもしれない。

 自身の疑惑を告げると、スピーカーの向こうから古橋の怒声が聞こえた。「乗り込んで事実を聞き出してやる」明らかに怒気を含んだ古橋の声を麻矢子はたしなめながらも、白浜の宿泊しているホテルと部屋番号を教えた。「何かを期待しなかったと言ったら嘘になる」麻矢子は静かに口にした。


 古橋の行動は麻矢子の期待通りだったのか。それは分からない。二人の間でどんな話し合いが持たれたのかも、もう分からない。最初から話し合いと呼べるようなものとはならなかったのかもしれない。分かっている事実は、古橋は白浜のホテルに行く前に、自身の所持品であるサバイバルナイフを懐に忍ばせており、それにより白浜が刺され、古橋はナイフを握ったまま窓から転落死した。ということだけだ。



「私……」麻矢子の声は、話すうちに嗚咽混じりになっていき、「古橋くんが死んだって聞いて、もしかしたら白浜さんに、って思ったんですけれど、工場の煙突から落ちたんだって聞いて、もう、何が何だか分からなくなって……私、古橋くんが死んだショックと、白浜さんのことが怖くなってで、とても打ち合わせに行けるような状態じゃなかった。白浜さんから電話が来るのが怖かった。でも、いつまで経っても何の連絡も来なくって……安堂さんたちと一緒にこのホテルに来て、白浜さんが死んでるって知って……もう……」


 麻矢子は両手で顔を覆って泣き出した。降乃刑事も涙目になって、そっと麻矢子の肩を抱く。

 土曜日の夜、麻矢子たちとの飲み屋での会話を思い出した。「もし薩摩さつまがストーカーだったら、俺が殺してやる」そんな意味のことを古橋は口にしていた。

 携帯電話の振動音が聞こえた。懐に手を入れたのは丸柴刑事だった。その場を離れ、ドアの近くまで言って小声で応答している。


「理真」


 丸柴刑事が理真を呼んだ。理真は携帯電話を受け取ると耳に当て、


「……はい……はい。……そうですか……ええ、ありがとうございました」


 短い通話を終えて携帯電話を丸柴刑事に返した。その間、視線はずっと、肩を震わせて泣き続ける麻矢子に向けられていた。


「麻矢子さん」


 理真は、もとのように窓際に戻ると麻矢子の名を呼んだ。麻矢子は返事をしないまでも、肩の震えを若干収めて、話を聞く用意を調えたようだ。


「麻矢子さん……星野ほしのくんの秘密基地が発見されました」


 理真が静かに言うと、麻矢子は覆っていた手を離し顔を上げた。その真っ赤に染まった目には、悲しみだけではなく、何か別の感情が上書きされていた。理真は続け、


「その反応、やはり知っていたんですね。かつて、星野くんの口から聞いて、海辺の岩場に秘密基地という名の小さな洞窟があったことを。

 工事が進み、当時の地形はまったく崩れていたそうですが、岩の割れ目に挟まっていたものを頼りに、土砂で出入り口が埋められた小さな洞窟を発見したそうです。岩の割れ目に挟まっていたもの。それはプラモデルのパーツだったそうです。恐らく、当時星野くんかその友人の野川のがわくんが秘密基地に置いていたものが流れ出てきたのでしょう。その洞窟の中に、水たまりのように海水が溜まった窪みがあったそうです。これも星野くんたちが秘密基地として使っていた当時のままなのでしょうね……」


 麻矢子は床に崩れ落ちそうになり、降乃刑事に支えられた。目に宿るものは、悲しみよりも、新たに上書きされた感情のほうが圧倒的に大きくなっていた。


「その水たまりの底から――」

「いやっ!」


 麻矢子の声が響いた。その音色に込められているものは、目に宿る感情と同じ。恐怖。


「水たまりの底から……白骨死体が発見されました。手には腕時計を握っていたそうです。数年前に発売された限定品モデルです」


 麻矢子は降乃刑事の支えも振り切り、床に突っ伏した。すぐさま寄り添い肩を抱いた降乃刑事の手を振りほどいて、麻矢子は嗚咽し、


「ごめんね……ごめんね……のぼる……」


 かつての恋人、薩摩昇の名前を呼び続けた。

 ひとしきり泣き終えた麻矢子は、丸柴刑事が差し出したコップの水を飲むと、ようやく落ち着きを取り戻し、語り始めた。五年前の夏祭りでの出来事を。



 薩摩と一緒に夏祭りに行く約束をしていた麻矢子は、待ち合わせ場所にいつまで経っても現れない薩摩に業を煮やし電話を掛けた。薩摩の答えは、「もう少し待ってくれ」の一点張りだったという。それから少しの間麻矢子は待ったが薩摩は来ず、結局ひとりで出かけ、そこで会った同姓の友人たちと祭りを見て回った。薩摩と一緒ではなかったが、麻矢子は特段寂しさも感じていなかったという。二人の関係からは、付き合い始めた当初の熱が失われつつあったことを麻矢子は認めた。

 だが、そう感じていたのは麻矢子のほうだけだったのかもしれない。

 友人たちと別れて祭りからの帰り道、麻矢子は偶然星野少年と出会う。小さい頃はよく一緒に登校するなど世話をしていたが、麻矢子も進学を続けるうちに自分のことだけで忙しくなり、最近は顔を合わせることも少なくなっていた。麻矢子は星野の手を取り、一緒に帰ることにした。昔を懐かしんだわけではなく、夜道を子供ひとりが歩いて帰るのが危ないのでは、という感情からだけの行動だったと麻矢子は語った。

 その帰り道、星野はUFOを見つける。麻矢子も咄嗟に顔を上げると、確かに夜空にひとつの光が明滅しながら、水平線に向かって流れていく。星野は嬌声を上げて興奮していたが、麻矢子の目には、それが未確認飛行物体だとは感ぜられなかった。あれは、「飛んでいる」というよりは、「落ちている」のではないか? しかも、あの光は、強力な懐中電灯によるものではないのか? 光が見えた先は、岩場の突端? 運動部の練習で有名な『地獄岩』

 嫌な予感が背筋を走った麻矢子は、興奮冷めやらぬ星野に向かって、「このことは二人だけの秘密にしよう」と言い聞かせた。



「そのときに星野くんが口にしたのが、麻矢子さんが著書にも登場させた『ケフェウス星人』ですよね」


 との理真の問いかけには、明快な答えを返すでなく、はぐらかしていた。

 星野を家まで送り届けた麻矢子は、帰宅するとすぐさまベッドに入った。明日、明るくなったらすぐに家を出て『地獄岩』の下に行ってみるためだ。だが、興奮と恐怖からか、しばらく寝付けなかった。薩摩に電話しようとも思ったが、怖くてそれは出来なかった。

 東の空が明らむと、麻矢子はベッドから跳ね起き、動きやすい服装に着替えて家を飛び出した。結局ほとんど一睡も出来なかったが、神経が高ぶっているせいか、不思議と疲労は感じなかった。

 昨夜星野が指さした岩、『地獄岩』の真下の海岸、棘のように鋭い岩が突き出た一帯に、薩摩は横たわっていた。右手に懐中電灯。そして、左手には腕時計を握っていた。文字盤の本体部分は手の中に隠れてはいたが、両端から突き出ている独特なベルトで、それがいかなるものか、容易に知ることが出来た。麻矢子がプレゼントした限定モデルだった。

 何が起きたのかを麻矢子は察した。恐らく薩摩は、『地獄岩』にこの腕時計を忘れていったのだ。運動部の練習中、そのときたまたま腕時計をしたままこの坂を登り切り、『地獄岩』まで走り付いた。汗にまみれた薩摩は、そこで腕時計を外す。あまりの疲労からか、部活の仲間との話に夢中になっていたのか、薩摩は腕時計をそこに置いたまま、坂を下りて学校に戻る。

 それが起きたのは、昨日。祭の日の昼間の練習中だったのだろう。練習を終え帰宅し、麻矢子との待ち合わせに向かおうとした薩摩は、腕時計がないことに気付く。「このままでは待ち合わせ場所には行けない」薩摩はそう思ったに違いない。


 麻矢子は、それまでも薩摩が時計をし忘れてデートに来ると、これ見よがしに腹を立ててみせていた。その度に薩摩は、気の毒なくらいに小さくなっていたという。プレゼントの時計を忘れてくることに本気で怒っていたのか、薩摩の反応が面白くて遊んでいただけだったのか、麻矢子は「分からない」と言った。だが、少なくとも薩摩のほうは本心から申し訳ないと感じ入っていたらしい。「真面目な男だった」という、麻矢子のその言葉だけは信じられた。


 暗くなることを予測し、懐中電灯を持って『地獄岩』に走る薩摩。途中、仲間から声を掛けられても、「時間がない」のひと言だけですぐに走り去る。時計の捜索中に麻矢子からの着信がある。本当のことなど口に出来るはずがない。「もう少し待ってくれ」そう告げるだけで精一杯だった。


 だが、この薩摩の言葉も麻矢子の述懐による証言に過ぎない。本当はそこで二人の間にどんなやり取りがされたのか。結局薩摩が待ち合わせ場所に行かず、岩の上から転落したこと。その手には見つけた腕時計が握りしめられていたにも関わらず。この状況から、いかなる会話がされたのか、想像することは可能かもしれないが、それにはあまり考えを巡らせたくはない。

 薩摩が時計を発見したのは、もう祭も終わる夜中になってから。それは風に吹かれるかして、切り立った断崖の際に落ちていた。薩摩は手を伸ばす。時計を掴むことは出来たが、その代償として薩摩の体は宙に投げ出された。または、

 薩摩は早くに時計を発見していた。が、もう待ち合わせ場所に行く気もなくなり、『地獄岩』の上で横になっていた。疲れから、うとうととしてしまった薩摩はバランスを崩し……

 さらには、薩摩は自ら身を投げたという可能性も……

 真実は、もう分からない。


 薩摩の死体を前にして、麻矢子は動揺した。また同時に、このままではまずいことになる。とも考えた。薩摩は自分が贈った腕時計をしっかりと握っている。真鍋が古橋の死体からしたように、その手から腕時計を離させることは出来ない。薩摩は時計の本体を手の平の中心にしっかりと握り込んでおり、また、女性の力では死後硬直した指を開かせることも不可能だった。この時計には全てに違うシリアルナンバーが刻まれている。ネットの通信販売で買ったため、ナンバーからこの時計の購入者が自分だと辿られることは容易に想像がつく。何より薩摩自身が、これ見よがしにこの時計を周囲に披露していた。彼女から贈られた大切なプレゼント。

 薩摩殺害の容疑が自分に掛かることはないだろう。薩摩が空中に身を躍らせた瞬間、自分は星野と一緒にいたという確固たるアリバイがあるから。だが、薩摩の死体がこの時計を握っていたということから、周りの人間、警察はどう思うだろうか。とりわけ、薩摩の親族は……

 麻矢子は以前、星野に、「誰にも秘密」と念を押され、秘密基地と称する岩場の小さな洞窟に案内されたことがあった。その「秘密基地」は、この近く。洞窟の中には海水が流れ込んで出来た水たまりがあったことも憶えていた。麻矢子は力を振り絞り、薩摩の死体を洞窟まで引っ張っていった。薩摩の服をロープ代わりにして石を結わえ付け、薩摩の死体を水たまりに沈める。水たまりの底は柔らかい泥が堆積しており、投げ込んだ薩摩の死体は、ゆっくりと泥の中に沈んでいった。もう、一見してその底に死体が埋まっているとは誰にも分からない。薩摩は携帯電話を所持していたはずだが、このときに水没して壊れてしまっただろう。

 その日の昼、星野に会った麻矢子は、「危険だから、あの秘密基地にはもう行ってはいけない」ときつい口調で告げた。反抗されるかと思ったが、星野は意外なほど素直に麻矢子の言葉を聞き入れたという。

 さらに薩摩の捜索が本格的に開始された際、麻矢子は率先して地獄岩付近の捜索に志願した。自ら陣頭指揮を執り、捜索範囲をグループごとに指示する。当然、星野の秘密基地は自分が調べる範囲に置いた。「薩摩も、その死体も見つからない」麻矢子の言葉を疑うものは誰もいなかった。



「行きましょうか」


 全てを語り終え、抜け殻のようになった麻矢子に丸柴刑事は声を掛けた。その目にすでに涙はなく、悲しみや恐怖の感情も消えていた。


 ホテルの玄関を出た私たちの前に、見憶えのあるひとりの少年が立っていた。彼は、星野つばさ

 どうしてここにいるのか。たまたま通り掛かったのか? 星野の目は、麻矢子に向く。丸柴刑事に腕を取られた麻矢子が、その横を通り過ぎる。


「まやちゃん!」


 星野が叫んだ。麻矢子は足を止め、丸柴刑事もそれに従う。麻矢子はゆっくりと顔を落とすと、星野の顔を見て、


「……誰、あなた」


 全ての感情が消え去ったような視線とともに、ひと言、星野に掛けた。

 麻矢子を乗せた覆面パトが遠ざかっていく。

 それを見送る星野の顔は、ここからでは見えなかった。

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