第五十二話 二人の最強による、露天風呂
――アタル視点――
うっし、バスに揺られて十五分!
ついにやってまいりました、温泉へ!
いやぁ、本当温泉なんて初めてだから、僕すっげぇ楽しみなんだよねぇ。
「おぉぉ、奥の建物から何やらもくもくと湯気らしきものが上がってますね!」
そう、この温泉は室内と別棟にある露天風呂の二種類がある。
今回僕達が狙っているのは、この露天風呂だ。
ネットの書き込みでは、かなりの評判!
ならば、入るしかないでしょ!!
まず僕達は受付がある建物へ入る。
この温泉は日帰り、宿泊両方を選べ、今回は日帰りの入浴だけを楽しもうと思っているんだ。
「いらっしゃいませ、お客様は二名様で宜しいでしょうか?」
受付の中年女性が、柔らかい笑顔で迎えてくれた。
流石評判良いだけあって、接客も素晴らしいね!
アデルさんも彼女の一つ一つの挙動に、意味不明な関心をしていた。
「はい、二名で入浴だけでお願いします」
「畏まりました、日帰りですね。それでは合計で1600円頂きます」
僕は財布から言われた金額を支払った。
その後僕達はざっくり建物の案内を受け、別棟にある露天風呂を目指した。
もう僕達はそれにしか興味がない!
「アタルさん、温泉ってどうなんでしょうか! 私は楽しみで仕方ないです!!」
「僕も! 入った事ないからさぁ、早く味わいたいよ!」
ちなみに、受付女性の元を去ろうとした際、その女性からアデルさんは男性で合っているかと聞かれた。
とりあえず「ああ見えて男です」と返しておいたのはここだけの話だね。
アデルさん、見た目綺麗な女性だからねぇ、仕方ないね。
僕達は更衣室に入り、そそくさと服を脱いだ。
僕が上半身を脱いだ所で、ハッと重大な事に気付いたんだ。
「やっべ、僕の傷、不味くね?」
僕の上半身は刀傷だらけ。
きっと入浴客に見られたら、怯えられちゃうな。
すっかり忘れてたわ!
でもなぁ、僕の《活性化の気》とかでも塞げない程深いし、古すぎる傷だから痕は消せないんだよね。
これ、僕だけお預けコース?
「アタルさん、傷が不味いのですか?」
「うん、不味いね。日本ってこういう裸を見せるような場所で、タトゥーや入れ墨を掘っている人は入場禁止になるんだ」
「そうなのですか」
「それで、僕の傷もその部類に入るんじゃないかなって。『その道の人』みたいに思われるかもしれないんだ」
「その道?」
「まぁ、とにかく僕の傷は、ちょっと入浴禁止になるかもしれないんだよ」
これはマジで失念してた……。
あぁ、クソ!
何とかして、入れる方法ないかなぁ?
「じゃあ、私の《メタモルフォーゼ》を使えば、一次的にですが傷を隠す事は出来ますよ?」
はい、出ました。
今日の便利な魔術!
ってか、アデルさんあれでしょ、実は未来から来た猫型ロボットでしょ!?
……道具の代わりに魔術を覚えてバージョンアップしてる感じに。
でもまぁ、お言葉に甘えましょうか!
「いつもありがとうね、お言葉に甘えさせて貰うよ」
「いえいえ、こんな素敵な旅行が出来るのは、ひとえにアタルさんのおかげなんです。こんな事しか出来ないですが、せめてもの恩返しですよ」
そんなに感謝してくれてたんだ、アデルさん……。
僕も、アデルさんと友達になれて最高だよ、本当。
アデルさんが指をパチンと鳴らすと、僕の傷は消えてなくなった。
おおっ、相変わらずチート魔術だよなぁ。
僕も魔術使いたいなぁ、気も色々夢があっていいけど、魔術もすっげぇ便利でいいよねぇ。
まぁ人間には毒だから、僕は扱えないんだけどね。
「ありがと、アデルさん」
「この位たやすいですよ」
「それじゃ、行こうか!」
「はい!」
全裸になった僕達は、更衣室を出て浴場へ向かった。
――温泉巡って三十二年 人気温泉ブロガー佐伯 正俊(四十九歳 既婚)視点――
ふむ……やはりこの露天風呂は最高だ。
最近の露天風呂は風景を楽しむものが多くなっているが、囲われていても木や草で和風を表現している。
シンプルだが、石造りの風呂と合っていて、飽きが来ない。
この温泉にはかれこれ十回は訪れているが、俺はここを気に入っている。
全国の温泉を回ってはいるが、それでも半年に一回はここに来る。
でも温泉の最大の魅力は、何と言っても人との出会いだ。
その場限りになるが、一緒に入浴した人と色々話すのもまた一興なんだ。
しかし残念ながら、今は俺一人なんだよな。
仕方ないか、平日だし。
俺はブログで収入を得ているから、基本働いていない。
だから様々な温泉に通う事が出来るんだけどな。
まぁたまには一人でゆっくり温泉を堪能するのもいいだろう。
と思っていたら、二人の客が入ってきた。
その二人を見た瞬間、俺はぎょっとした。
何故なら、一人は黒髪の日本人青年なのだが、金髪の外国人が見た目女性だったのだ。
(な、何故女性が!? ここは混浴ではないぞ!?)
だが、全裸だったので股間部を見た。
……よかった、付いてる。
やけに中性的な男だな。正直びっくりした。
「いやぁ、中の作りが綺麗だね!」
「本当ですねぇ、風流を感じます」
外国人、日本語がペラペラだった。
すごいなぁ、何年も日本にいたのだろうか。
「アデルさん、湯に浸かる前に、まずここで体に湯を流してね」
「なるほど、わかりました」
おっ、黒髪の若いの、しっかりマナーわかっているな。
今の日本人は相当清潔だ。
体に湯をかけないで入浴するのは、体に付いていた汚れや老廃物のせいで温泉が汚れてしまう、そんな所から出来たマナーだ。
本来はそんな事はない。いや、どんなに洗ってても後から老廃物が出てくるから、結局は無意味なんだ。
だが、温泉は大衆浴場だ、他の利用客が嫌がるのなら面倒でも一回洗い流した方がいいだろう。
二人は桶に湯を入れ、ザバァっと体に湯をかけた。
うむ、素晴らしいぞ。
というか、この二人の肉体はすごいな。
外国人はすらっとしている。筋肉がそこまで付いている印象はないが、ムダ毛がほぼない。脛毛とかな。
肌も白いし吹き出物すらない。これが女性だったら、相当美しい裸体だろう。
そして黒髪の青年は、細マッチョという言葉が適当だろう。
上半身に関してはすごいの一言。腕は程よく筋肉が付いていて、胸筋も付いていて盛り上がっている。
腹筋もシックスパックで割れているし、何かスポーツでもしているのだろうか。
下半身もがっちりしていて、見事な脚線美だった。
そして彼もムダ毛が一切ない。
二人はかけ湯を終えた後、ゆっくりと浴場の湯に浸かった。
最近の観光客は、プールと間違えている輩が多く、そのまま飛び込むように入る。
だが本来日本人は静かさを好む。だから足先からゆっくりと入るのが正解だ。
「「ふぃ~~~……」」
二人は気持ち良さそうな声を上げる。
ふむ、お気に入りの温泉で気持ちよくなってくれると、常連としては嬉しいものだ。
ん?
何だ、金髪の男の側頭部から角が生えているが……。
「あ!? アデルさん!!」
「えっ? ……あっ!!」
あれ、角が消えた。
さっきのは何だったんだ?
俺の見間違えか?
湯当たりか? いや、まだ俺は二十分も浸かっていないぞ。
まぁいいや、気にしてても仕方ない。
すると、黒髪の青年が気まずそうにこっちを向いた。
「い、いやぁ、ここの温泉は気持ちいいですね、はははは」
「そうですね」
やけに焦っている感じだな。
多分、きっと幻覚なんだから、そんなに気にしなくてもいいのに。
「二人は初めてなんですか?」
「そもそも温泉自体が初めてなんですよ。ね、アデルさん?」
「そうなんです。ですから私達はすごく楽しみにしていたのです」
「なるほど、それで感想はどうですかな?」
「「最高です!」」
二人共、満面の笑みで言ってくれた。
温泉をこよなく愛する俺からしたら、とても嬉しい言葉だ。
こうやって若い人にも、温泉が知れ渡って欲しいものだ。
未だに若者は、「ジジ臭い所に行って何が楽しい」って言う人もいる。
確かに刺激はないだろう。
だが、たまにはゆっくり出来る場所に来るのもいいものだと俺は思うんだ。
でもまぁ、目の前にいる若者二人が楽しんでくれたんだ、それで良しとしよう。
うん、満足だ。
「では、俺はお先に上がらせてもらいますよ」
「そうですか? 煩くしちゃいました?」
「いや、俺は前から浸かってたんですよ。なのでのぼせない内に上がります」
本当はもうちょっと浸かっていたかったが、こんなおっさんと一緒じゃ楽しく話せないだろう。
俺はやろうと思えばいつでも来れる。
だから、温泉を気に入ってくれた二人に譲ろうじゃないか。
俺は軽く会釈をして、湯を出て更衣室へ向かった。
ごゆっくり。
――アデル視点――
あ、危なかった。
あまりの気持ちよさに《メタモルフォーゼ》が解けてしまった。
だが、何とかなったようだ。
「アデルさん、気抜いちゃだめだって」
「すみません、こんな気持ちいい体験初めてでしたから」
我々魔族には風呂という概念はない。
大体近くの川に入って、さっと浴びる程度だ。
私の場合は専用の浴室があるが、シャワーでさっと浴びる程度だな。
しかし、温かい湯を入れて、体を浸けさせるのがこんなに気持ちいいとは……。
うん、決めた。
向こうへ帰ったら、絶対に温泉を作ろう!
確か温泉は、温泉の元が湧き出る源泉を探さないといけなかったな。
うーん、探すのは大変そうだが、こんなに素晴らしいものなら労力は厭わない!
そうすれば雇用も生まれ、経済も回る。
ふむ、素晴らしいぞ。
「おーい、アデルさん。また国の事考えてるでしょ」
「あっ、すみません」
「はは、何処に行ってもアデルさんは王様だね!」
「……多分、何だかんだでやりがいを感じているのでしょうね」
「かもね! 僕は勇者っていう役職には全くやりがいはないけどね」
「半強制的ですからね」
「うん。それにさ、ただ敵を斬るだけだよ? そんなのにやりがいなんて感じる訳がない!」
まぁアタルさんは元々が優しい性格だ。
彼の性格とやっている事は、大きく違っててストレスなんだろうな。
「でもさ、やっぱり僕は何かしらこの力を活かしたいよ」
「……アタルさんなら、きっと上手い活かし方を思い付くと思いますよ」
「うん。だからさ、大学に入って夢も含めて探していこうと思う」
「ええ、応援していますよ」
「ありがと、アデルさん!」
本当はお礼を言うのは私なんだがな。
正直な話、私はこの魔王という職はさっさと辞めたかった。
でもアタルさんに出会い、そして日本の事を色々聞く内に、とてつもなく興味が出た。
実際来てみると、全てが進んでいて素晴らしかった。
そこからだ、私は国に活かせる技術がないかと模索するようになったのは。
つまり、アタルさんのお陰で、最近魔王の役職に熱心になってきたのだ。
しっかりとした政策を行うと、国民は喜んでくれる。
だから、私が体験した素晴らしいものを、国民にも味わってもらいたい。その一心で私は頑張れている。
この温泉も、絶対に皆喜んでくれるはずだ。
もう、弱い者が蹂躙される我が国は、過去の黒歴史として葬りさらなければならないのだ。
ま、そんな親友に少しでも感謝されたのなら、彼への感謝しきれない気持ちに少し報いる事が出来たと思っておくか。
「これからもよろしくお願いします、親友の勇者殿」
「それは僕の台詞だよ、親友の魔王様」
お互いの拳を合わせて、友情を確認し合う事が出来た。
本当、これからもよろしくお願いしますよ、大切な親友。
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