第五十一話 最強の魔王、バスを体験する
――???視点――
「あ~た~らしぃ~、朝が来た、きぼ~うの~朝ぁ~だ♪」
いやぁ、朝から上機嫌だぜ。
ついに最後の復讐が完了した。
その相手は、両親だ。
はは、最後まで俺に説教垂れやがった。
叱る時だけ親面して、それ以外では化け物って罵る癖にな。
本当、ヘドが出る両親だったよ。
今俺は、両親が住んでいる家に来ていた。
俺はこの力のせいで気持ち悪がられ、家から追い出されて独り暮らししていた。
本当に酷い親だった。だから五分と時間をじっくり掛けて焼いてやった。
もちろん、悲鳴を出されたら困るから、真っ先に声帯はぶっ潰しておいた。
俺はそんな黒焦げ死体二つを眺めながら、朝食を食っている。
独り暮らしのおかげか、得意になっちまったんだよね、料理。
とりあえずあった食材でチャーハンを作り、味噌汁も用意した。
「はぁ、何と清々しい気持ちなんだ……。これが、達成感」
全ての復讐をやり遂げた後だと、朝食が三ツ星レストラン級の料理ではないかと思えてくるぜ。
普通なら、復讐をやり遂げると無気力になると言う。
そりゃそうだ、もう目的がなくなっちまったんだからな。
だが俺は違う!
俺にはまだまだやりたい事がある!
それが、破壊だよ。
全てを俺の能力で燃え散らかし、爆散させ、全ての人間を蹂躙してやりたいんだ。
俺は今まで迫害される側だった。だから、俺は迫害する側に回りたかったんだよ!
ついに俺は、今日からそっちの人間となれるんだ!
俺は無敵だ、俺は最強だ!!
この世に俺を越える人間はいないだろうよ!!
はっはっはっ!!
俺は、自由だ!!
――アデル視点――
ふっふっふ、ついに待ちに待った温泉へ行く時間だ!
あぁ、温泉。
ビバ、温泉!
かなり楽しみだったんですよ!
今私とアタルさんは、松本駅でバスという乗り物を待つバス停という場所に立っていた。
このバスという物は、車を大きくさせて大人数を乗せる事が可能な通行機関なのだそうだ。
本当、この世界の人間はとてつもない知恵を持っている。
リューンハルトだと、せいぜい大きめの馬車を用意して馬数頭で引かせる、というのが限界だろう。
それを全てカラクリで補っている。
本当、恐れ入る。
リューンハルトに帰る前に、科学や物理の本を購入しよう。そして、私でも実現可能か試してみようではないか!
「アデルさん、そろそろバスが来るよ」
何と、時刻とかが書いてある変な置物にもカラクリが仕込んであり、今何処にバスがいるかがおおよそわかるのだと言う。
何とも便利な仕組みだな。
そして、時間の誤差がほとんどなく、バスがやって来た。
おお、この長い車体だからこそ、多くの人間を運べるのだな。
そしてバスに入る為の入り口が、自動的に開いたではないか。
「じゃあアデルさん、この紙を受け取って座席に座ろう」
「はい、わかりました」
入り口横に備わっている小さな箱から、白い紙切れが出ている。
それが何処で乗ったのかを証明する、乗車券だと言う。
1番と割り振られている乗車券を持って、私はアタルさんと一緒に後部座席に座った。
生憎他の客はいない為、席は選びたい放題だ。
……うむ、座り心地は馬車とは比べ物にならないな。
馬車は固い。振動したら尻が痛いのだ。
しかし、この座席は柔らかく、例え衝撃があったとしても痛くないだろう。
羨ましいぞ、日本!
『では、出発します』
運転手が喋ったのだろう、車内に声が響き渡った。
これはきっと、電車と同じ仕組みの、アナウンスというものだろう。
おっ、バスがゆっくり動き出した。
おっ、おおおおおおっ!
どんどん加速していくぞ!
しかも、振動がほとんどないし、車体自体が揺れないのだ!
すごい、どんな技術を使っているのか、全く以て想像できない!
「はは、アデルさんがテンション上がってる」
「そりゃ上がりますよ! こんな快適な走行なんて、向こうでは味わえませんから!」
「あぁ、馬車の事? ……あれは、ねぇ」
アタルさんも勇者という事で、見映え的に馬車で城に訪れないといけない。
きっと、その時の馬車の乗り心地を考えて、遠い目をしている。
そりゃそうだ、座席は木で出来ており、振動を和らげる気は一切ないから尻が激しく痛くなるのだ。
ただただ、豪華に作っているだけの見栄の塊なのである。
「そもそも馬車って、サスペンションがないから、お尻にダイレクトに振動が伝わるんだよね」
「サスペンション?」
「簡単に言えば、振動を抑える役割を持っている部位だね。多分、車にもそれが使われているはずだよ?」
振動を抑える……相当すごい部位なんだろうな。
あぁ、分解してでも見てみたい!
とても気になる!
ふと、窓を見ると、町並みが見える。
渋谷と違ってそこまで人間で溢れ返ってはいないが、活気に溢れていた。
道も綺麗に整地されており、それだけじゃなくて芸術なのでは? と思うほど、綺麗だと思える。
色も統一されているし、街灯すら芸術的なデザインだ。
そして所々にアクセントで植えられている色々な色の花が、灰色がメインの町をカラフルに彩っている。
うむ、日本の町並みは勉強になるな。
流石に上に大きな建物は、我が国で作る技術はないであろう。だが、町を綺麗に見せる事は出来るはずだ。
もしそれが出来たなら、私が思い描いている計画が実行できる!
ふふふ、私はやるぞ!!
すると、私のスマホが震えた。
開いてみると、夢可さんからだった。
私はアプリを開き、内容を確認する。
『羨ましいな。私も温泉に行きたい』
私も夢可さんと行きたかったです。
なんて、言える訳がなかった。
まぁ、少し遠巻きにだが、匂わせておくか。
『なら今度行く時、お誘いしましょうか?』
『本当!?』
うおっ!?
送ってから一秒もしないで返信されたぞ!
夢可さんも温泉に行きたかったんだなぁ。
『本当ですよ。夢可さんと一緒に行けるときっと楽しいと思いますし』
『私も、アデルと温泉に行けたら絶対に楽しいと思う』
そうか、夢可さんもそう思ってくれているか。
嬉しいな、心の底から嬉しく思う。
「にやにやしちゃって、夢可さんって子から?」
アタルさんが横からからかい気味に話し掛けてきた。
アタルさんこそ、にやにやした笑みを浮かべている。
「そうですよ、悪いですか?」
「別にぃ? でもさぁ、一ヶ月前は『私はまだ恋はいいです』とか言ってた魔王様が、デレッデレだからねぇ」
「うっ……、仕方ないじゃないですか、あの時は本当に恋の優先順位は最下位だったんですから」
「それでも、この変わり様には僕もびっくりだ!」
「……私自身もびっくりですよ」
未だに私は戸惑っている。
彼女の一喜一憂と同調するかのように、私も一喜一憂するのだ。
そして常に、彼女の笑顔が思い浮かぶ。
本来為政者としては失格なのだが、最優先事項がアタルさんと同一一位で夢可さんとなっている。
それだけ私は、彼女の事が大事だし、好きなのだ。
でも、まぁ――
「悪くない気分ですね」
「……そっか」
アタルさんは何故か嬉しそうに微笑んだ。
何が嬉しかったのだろうか?
私が恋をした事か?
わからないが、アタルさんが嬉しそうならよかった。
私は間違っていないのだろう。
私は夢可さんから送られてくるメッセージに返信をしつつ、バスの窓から見える風景を楽しんだ。
今、まさに私は旅をしている。
穏やかな心になっているし、風景も楽しんでいる。極めつけに親友とそれを共有できている。
こんなの、生まれて初めてだ。
だから心から思う。
あぁ、日本に来てよかった、と。
十五分の短いバス移動は、短いながらも濃厚な体験を私にもたらしてくれた。
ありがとう、バスよ。
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