第四十八話 最強の勇者の彼女、勇者を誘惑する
――由加理視点――
現在夜の九時。
アタシは一通り受験勉強を終わらせた後、息抜きで読書中だった。
アタシだって、四六時中あっくんの事ばかり考えている訳じゃないよ?
……七割位かな?
さて、アタシは今『暗殺者』というロバート・ラドダムという作家が書いた小説を読んでいる。
これは上下巻ある長編で、映画の『ボーン・アイデンティティ』の原作と言えばわかる人は多いと思う。
流石に原文のものは手に入らなかったから、仕方なく和訳されている本で我慢してるの。
アタシは『ボーン・アイデンティティ』を観て面白かったから、原作にも手を出したんだけど、内容がまるで違ってビックリ。
映画はアクションがメインだけど、小説版はまさにスパイ・ミステリーだね!
アタシはゴリゴリのアクションより、やっぱりミステリーの方が好きだなぁ。
しかも原作も三部作らしくて、日本でも発売されているっぽい。
すっかり常連になっちゃった《ルルイエの書庫》っていう本屋で、また取り寄せて貰えるようお願いしてみようかな?
あそこ、本当にマニアックな著書も手に入るから、月に四回は通ってます。
最近仲良くなった学校の友達と一緒にそこへ行ったんだけど、店主のおじさんとの会話が宇宙人語みたいに聞こえたみたいで――
「あんたモデル並みに可愛いのに、本と彼氏の事になると熱意がありすぎて引くわ」
と言われちゃった。
だって、あっくんの事はともかく本は相当素敵なのに。
著者それぞれの世界観を、文章で正確に表現できるのってすごいじゃない?
アタシもいっその事、小説とかチャレンジしてみようかな?
それか翻訳家でもいいかも!
おっと、話が逸れちゃった。
もちろんお洒落とか美味しい食べ物を食べるのは大好きだけど、それ以上に小説を読むのが大好き。あっくんはそれ以上だけど。
「んん~、結構読んじゃったなぁ」
夜七時頃から読み始めて気が付いたらすでに九時。
読書に集中しちゃうと、いつの間にか時間が経ってるんだよね。
ちょっと肩が凝っちゃったから、着けていた眼鏡を取って肩を回す。
ちなみにアタシは視力が弱いです。
元々良かったんだけど、あっくんが行方不明になった時にネット掲示板でスレッドを立てたんだけど、寝る時間を削ってまで張り付いていたら視力が1以下になっちゃった。
それで普段はコンタクトで、自宅にいる時は眼鏡を掛けてるの。
黒渕眼鏡じゃなくて、フレームが赤くてちょっとお洒落なの。
「はぁ、本に一段落付けたら、めっちゃあっくんに会いたくなっちゃった……」
いいなぁ、あっくん。
アデルさんと一緒に旅行を楽しんでるんだもん。
アタシだって学校がなかったら、一緒に旅行行きたかったし!
でも、今本を買いすぎて金欠だから、どうせ行けなかっただろうけど……。
あぁ、最近あっくん欠乏症になる頻度が高過ぎ!
どんだけあっくんの事好きなの、アタシ!!
その内「由加理ちゃんの愛が重すぎて付いていけない、別れよう」なんて言われちゃうかも!?
あっ、それ本当に嫌だ……。
抑えなきゃ、頑張って抑えなきゃ!
「で、でも……メッセージするだけなら、いいよ、ね?」
アタシの意思は弱かった。
スマホを手に取って、あっくんへメッセージを送ろうとした瞬間、スマホから呼び出し音が鳴った。
あっくんからだ!
しかも電話!!
アタシは急いでその通話を出た。
「もしもし、あっくん!?」
『こんばんは、由加理ちゃん。夜分遅くにごめんね?』
「ううん、気にしないで。あっくんだったら寝ている時以外いつでもいいよ!」
あぁ、あっくんの声だ。
あっくんの声は低音過ぎず高音過ぎずで、聞いててすごく心地良い。
耳がとっても幸せです!
「それで、どうかしたの?」
『いや、その……何となく声が聞きたくなってさ』
「……嬉しいな、そう言ってくれて」
これは本心。
だって、好きな人から声を聞きたいって言われたらすっごい嬉しいんだよ?
こうやって、どんな形であれ愛情を確認できるのって、安心もするし。
『それに、あの家庭教師野郎の事を思い出したら、すっごくモヤモヤしちゃったんだよね』
あぁ、あの人か。
すっかり忘れてた。
アタシの中で本当にどうでもいい人だったし!
また家庭教師を雇うみたいだけど、お母さんとお姉ちゃんがしっかりとその人を見定めるって言ってたっけ。
お姉ちゃんも結構ランクの高い大学へ行っているから、勉強を教えてもらおうとしたら――
「そんな時間あったら、合コン行って彼氏探す」
とお断りされました。
お姉ちゃん……。
『由加理ちゃんは今、何してた?』
「うん、本を読んでたよ」
『おっ、どんな本?』
アタシはさっきまで読んでいた本の内容を説明した。
あっくんは結構映画が好きだから、かなり興味を持ってくれた。
『何か映画のジェイソン・ボーンと結構違うね! 僕、彼のあの戦闘が大好きでさ、向こうでの戦闘でもかなり役立ったよ』
「そ、そうなんだ」
あぁ、アタシの勇者様がちょっとずれた感想を言ってる。
でもね、アタシの本の感想を言ってる中でも、あっくんは引く事なくしっかり聞いてくれてるの。
それが本当に嬉しいんだ。
「後、最近ライトノベルにも手を出してみたよ」
『えっ、マジで!? 何を読んだの?』
タイトルを言ってみると、あっくんはう~んと唸っていた。
『それってさ、僕がいない間に出たやつ?』
「あぁ、多分そうかも」
『そっかぁ……。僕も久々にラノベ読みたいよ』
あっくんには空白の二年間がある。
今彼が知らないライトノベルがたくさん出ていると思う。
「じゃあ今度、一緒に本屋行こうよ! 一緒にライトノベル買おう?」
『うん、ありがとう! でも、《ルルイエの書庫》以外ね』
未だにあっくんは、あの本屋のおじさんが嫌いらしい。
ナンパしてきているっていう誤解が未だに解けていないの。
何度か読書愛好家達のグループに入ってほしいっていう勧誘だよって説明したのに、「いいや、絶対に由加理ちゃんを客寄せパンダに使うつもりだね!」って頑なに言うの。
まぁあっくんの愛が感じられるからいいんだけど。
『それでさ、ついにあのアデルさんが性に目覚めたんだよ!』
「えっ、本当に!?」
アタシ達にとっては、その事実は結構なビックニュース!
だって、最近まで「恋なんてわからない」って言っていた魔王が、恋をした挙げ句に性にまで目覚めちゃった訳でしょ?
もうあの人、魔族とかじゃなくて人間って言われても誰も疑わないわよ?
ん?
でも、何で性に目覚めたの?
「あっくん、何がきっかけだったの?」
『……えっと』
歯切れ悪い。
ふ~ん、アタシに隠し事をしなくちゃいけない出来事だったのかな?
「……あっくん」
『……はい』
「教えて、ほしいな」
『……はい』
あっくんによると、どうやらビジネスホテルの有料チャンネルを観たみたい。
それでエッチなのを観て、目覚めたと。
ふ~ん、あっくんはアタシという彼女がいながら、そういうの観るんだ。へぇ~……。
『しょうがないじゃん! 思春期の男の子の性欲は半端ないんだよ!?』
「そんなに?」
『そうだよ! 由加理ちゃんだって可愛いしスタイルいいし可愛いし胸当ててくるし! もう気が狂いそうだよ!!』
「そ、そんなに……」
確かにアタシ、胸当てちゃってるよね。
それでその捌け口がエッチなビデオになっちゃった訳かぁ……。
でもそんなに可愛いって言われちゃうと照れるなぁ。
それでも、アタシ以外の女性を捌け口に使うのは、嫉妬しちゃうの。
「だったら、アタシに言ってくれたら協力したのに……」
『えっ?』
「……え?」
アタシ、今すっごい事言わなかった?
すっごい無意識で言ったから、よくわからない。
『き、協力って……、まさか、写真とか!?』
「うぇ!? 写真って何の!?」
『そりゃ、その……お』
「言わなくていい、それ以上言わなくていい!!」
どれだけあっくん胸が好きなの!
そんなにアタシの胸がいいのかなぁ?
あぁ、今完全に理解したわ。
今までネット上に流れている、あの流出している女の子の自撮りヌード。
何でそんな事をして相手に送っちゃうんだろうって今までずっと考えていたの。
でも今、答えが出た。
自分以外での女性で発情して欲しくないの、本当に心から。
だって今、アタシもその嫉妬から写真送ってもいっかなぁなんて思っちゃった訳だし。
でもすっごい恥ずかしい……。
アタシには、ちょっと無理かも。
『……ごめん、ちょっと暴走した』
「あ、謝らなくていいよ。アタシこそ、何かごめんね」
『……本心を言うとさ、今からでも押し倒して、由加理ちゃんの体が欲しいって思っちゃってるんだ』
「……う、うん」
すっごい直球で言われました。
何か恥ずかしくなって、全身が火照ってるのがわかる。
『でもね、それ以上に僕は由加理ちゃんを大事にしたい。嫌われたくないしね。だから、頑張って抑えるよ。由加理ちゃんがAVとか観るなって言うなら観ないよ』
結構辛いけどね、と笑いながらあっくんは付け足した。
『由加理ちゃん、僕は本当に心の底から、由加理ちゃんの事が大好きだよ』
あぁ、優しい声で好きだって言ってくれた。
とても嬉しいの、本当に嬉しい。
時々不安になった。
あっくんと再会して、結構ゴリゴリに告白をした。
あっくんはアタシの気持ちを受け止めてくれたけど、彼は優しいから断らずに付き合ってくれてるんじゃないかって。
でも今の言葉で、両思いなんだなって確信できた。
本当に、よかった。
「アタシもあっくんの事、大好きだよ」
『ありがとう、僕には勿体ない位最高の彼女だよ』
「それはこっちの台詞だよ。アタシの勇者様」
『うん、君専属の最強の勇者だよ』
「ふふ、自分で最強って言ってる」
『事実なんだからしょうがない!』
楽しいな、あっくんと話してるの。
もう本当に大好き!
「ねぇ、あっくん」
『ん?』
「……アタシ、あっくんだったら……押し倒されてもいいから」
『ぶっ!?』
あっ、何か吹いた。
でもね、これは本心。
初めてキスしてから、アタシはもっとあっくんを欲しがってる。
何かが満たされる度に、次のものを欲しくなっちゃうの。
この欲求に、限りはなさそう。
「嫌わないよ、あっくんにエッチな事、されても」
恥ずかしい。
自分で言ってて物凄く恥ずかしい!
でも、これはアタシ自身も望んでいる事なの。
結局アタシもエッチだったって事だね。
「それだけ、アタシはあっくんの事が好きなの」
『……そっか。なら覚悟しておいてね?』
「覚悟?」
『うん、由加理ちゃんを貰いに行くから。しっかり覚悟しておいてよ?』
急に少し声が低くなった。
うぅぅぅ、胸がキュンキュンする!
ちょっと声が低くなった事で、すごく甘い感じになった!
あぁ、反則過ぎる、アタシの彼氏は反則過ぎる!!
そんな風に言われちゃったら――
「……はい」
としか言えないじゃん!
『……じゃあ、ちょっと眠気が半端ないから、そろそろ寝るね』
「は、はい。おやすみなさい……」
『……うん。大好きだよ』
「……うん、アタシも大好き」
アタシは通話を切って、ベッドに倒れ込んだ。
うあぁぁぁぁぁ、超恥ずかしい事を言っちゃった!
何か、あっくん多分押し倒しに来る気満々だったよね!?
刺激し過ぎちゃったかも……。
いや、全然いいんだけどね?
あぁ、悶々とする。
本の続きでも読もうと思ったけど、そんな気分になれません!
いいや、もう寝ちゃおう!
おやすみなさい!!
次の日の朝。
まさかあっくんとその、しちゃってる夢を見るとは……。
朝からまるで風邪で熱があるかのように全身が熱かった。
あぁもう! 恥ずかしいなぁ……。
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