第四十五話 最強の魔王、○○を見る


 ――アデル視点――


 ふぅむ、このホテルという施設は凄いな……。

 小さい部屋ながらも、寝泊まりするには一切困らない設備だ。

 一番驚いたのは、トイレと風呂が一緒になっている点だな。

 我が国でのトイレは臭いが相当すごい。故に毎日トイレ掃除をさせて、ようやく臭いを気にせずに用を足せる。故に風呂と一緒にするなんて、考えただけで地獄だ。

 それが日本は何なのだ!

 真っ白だし水が流れるし、清潔に保たれているのだ! そして臭くない!

 だから風呂と一緒に出来るのだろう。コンパクトに済んでいい。

 しかし、風呂桶の中で体を洗わないといけないのは不便だが。


 今回、私とアタルさんは同じ部屋で宿泊している。

 さっきは時間までとりあえず雑談していようとアタルさんに提案されたが、由加理さんが変な男に絡まれているとの事で、急遽テレポーテーションを使ってアタルさんが由加理さんをきっちり助けたのだった。

 あの時のアタルさんの形相がかなり怖かった……。

 今はまたホテルに戻ってきて、私達はベッドでごろんと寝っ転がっている。

 あぁ、国の事を考えずに遊んでいられるのは、幸せだ。

 

「そうだアデルさん、その夢可さんだっけ? 何処を好きになったのさ!」


 おっと、唐突に話を振られた。

 しかも恋バナと来た。

 何処を好きになった?

 ……うぅむ、何故だろうか、言葉が浮かばない。


「……よくわからないのです」


「わからないの?」


「ええ、彼女の事を想うと胸が締め付けられて、笑顔を見たら自分の事のように嬉しいのです。そしてその笑顔を守りたいと思った。恐らくこれが恋なのだなぁって思ったんです」


 これが私の本心だ。

 「何処が好き?」と聞かれても、全部としか言いようがないのだ。

 好きになった理由すらわかっていない。でも、笑顔がとても素敵だと思った。

 そんなに理由とは必要なのだろうか?


「ならアタルさんは、由加理さんの何処が好きなのですか?」


 逆に私はアタルさんに聞き返した。


「顔と性格」


 即答だった。

 顔って……まるで可愛ければ誰でもよかったように聞こえるな。


「何だかんだで生物って、第一印象が先に来るんだよ。その次に性格だね。まぁ僕の場合、今思えば由加理ちゃんの事を元から好きだったんだと思う。そこにあの可憐で清楚で最強に可愛い容姿が加わったんだからノックアウトですよ!」


 なるほどな。

 性格に関しては、人当たりが良くて誰とでも隔てなく接する事が出来る女性だなとは思った。

 きっと幼い頃から一緒にいたから、性格的に元から好きだったのだろう。

 

「しっかし、所々でのろけますね、アタルさん。相当好きなんですね」


「うん、めっちゃくちゃ好き!!」


「……何でしょう、恨めしく思います」


 日本語を勉強していた際、「リア充爆発しろ!」という言葉を学んだが、まさにそれを言ってやりたい。

 私だって、早く両思いになりたい!

 だが、夢可さんに好かれている確証が一切ないのだ。

 なかなか怖くて告白出来ない……。


「ちょっと話は変わるけど、アデルさんの国は大丈夫なの? 聞く話によると、アデルさんがいないと国政機能しないって前言ってた気がするけど……」


「それについてなのですが、最近うちの宰相がようやく使えるようになりまして。そろそろ自分で考えさせる時だなと思っていたのですよ。なので良い機械なのです。私にとっても、サイラスにとっても、国にとってもです」


 私だけが仕事を出来ても意味がない。

 私不在の時に代理がいないのは、国として話にならない。

 実際サイラスは、宰相としての能力が低すぎた。教育している間は私の秘書みたいな仕事を中心にさせていたのだ。

 まぁようやく私の苦労が実を結び始め、私が与えた仕事をこなせるようになった。今の課題は、自身で考えて私が望む結果を上回れるようになってくれるようにする事だ。これがなかなか難しい。

 きっと、奴は上手く立ち回ってくれていると信じよう。


「じゃあアデルさん、まだ夕食には早い時間だから、これを見ようじゃないか!」


 すると、アタルさんはカードを取り出した。

 さっきアタルさんにお願いされて私が購入した、謎のカードだ。

 何なのだろう、それは。

 ……アタルさんの鼻の下が伸びている。うむ、きっといやらしい物なのだろう。


「一応聞いておきますが、何の為に使うカードなのですか?」


「ふっふっふ、これがあればね、かなり素敵なものが見れるんだよ!」


 何故だろう、鼻の下が伸びているアタルさんに言われると、一抹の不安を隠せない。

 アタルさんはテレビの横に付いている機械にカードを入れ、テレビの電源を付ける。

 何故か音量を小さくしている。何故だ?

 そして、その理由はわかった。


 女性の、艶やかな声が、音量が小さいにも関わらず聞こえてきたのだ。

 テレビの中の女性は美しいが全裸で、顔が整っている男に美しい裸体をまさぐられていた。

 何だ、これは何なのだ!?

 えっ、交尾だよな?

 何故、他人の交尾を見る事が出来ている!?

 どういう事!?


「な、何故他人の交尾を見ているのですか!」


「えっとね、日本……ってかこの世界はね、こういった映像を販売していて、それが商売として成り立ってるんだよ」


 確かに人間の国では娼婦という、有料で性の捌け口となる女性がいるのは知っていたが、まさか映像になっているとは……。

 しかし、私が知っている交尾と違うな。

 一度両親の交尾の現場を目撃した事があったが、大体五分位で終わっていたな。

 母が「素敵でした、旦那様」と言い、「うむ」と父が満足していた記憶があるのだが……。

 映像では五分では済んでいない。むしろ、まだまだ終わりそうにない!


「まだアデルさんは何ともなさそうだね……。でもね、もし夢可さんと両思いになったら、アデルさんも彼女とこういう事、するかもよ?」


 このアタルさんから言われた一言で、急に心拍数が跳ね上がった。

 この行為を、夢可さんと……?


 何故か、テレビの中の女性が夢可さんに変わる。

 声すらも夢可さんのものに変換されてしまっている。

 何という、何という危険な声なのだ!!


 えっ、そんな、胸をそんな風に……?

 そんな、そこを指で!?

 なな何と!? そこをそんな風にするのか!?


 私は知らん!

 こんな素敵そうな事、私は知らない!!


 ああ、何故だか胸が苦しい。

 頭がクラクラする!

 夢可さんを抱き締めて、押し倒したい衝動に駆られる!

 これが、これが劣情か!


「おお、二百年童貞のアデルさんが、ついに性に目覚めた!」


 鼻の下が伸びっぱなしのアタルさんに、失礼な事を言われた。

 しかし、股間部分のモヤモヤが邪魔で仕方ない!

 モヤモヤの奥に存在するものは知っている。

 だが、だが!!

 将来的に夢可さんとするかもしれないと聞いたら、見てみたいではないか!

 違う、断じてスケベな意味でではない! 純粋な知的欲求なのだ!!


 うぅぅ、体が熱い……。

 くそぅ、私は結局スケベだったという事だったのか……。

 魔王である私は、自身の劣情に屈服してしまっている!


「さぁ、僕達はこれを見て、いざ来たる《性戦》の予習としようじゃないか」


 アタルさんの悪魔の囁きが聞こえ、私は完全に映像に食い入るように見る事となった……。







 ――サイラス視点――


「違う! そうではないと何度言えばわかるのだ!! やり直すのだ!!」


 我輩は今、打倒勇者を掲げて修行をされている陛下の代わりに、部下に指示を飛ばしている。

 しかし、陛下はこんな量の仕事を今まで一人でこなしていたのか!

 やはり陛下は、只者ではなかった。

 我輩では手に余る内容の案件があまりにも多すぎた。

 それでも、陛下は我輩の為に仕事量を大分減らした上で、修行へ行かれたのだ。

 あの御方の頭脳は、まるで深淵のように深い。

 きっと我輩では一生掛けても理解出来ないであろう。

 だが、我輩はそれでも、陛下の側近として立たせて頂いている以上、そのような泣き言は許されない。

 這いつくばってでも陛下に付いていけるよう、陛下の留守の間はしっかり仕事をこなそう。


 すると、部下の一人が恐る恐る書類を持ってくる。

 脳筋ではあるのだが、最近は書類仕事等の頭を使う仕事をこなせるようになってきた。

 まぁ我輩共々、陛下の手厚い御指導の賜物と言えるだろう。

 この部下の書類も、分かりやすいように纏まっており、読みやすかった。


「うむ、上手くまとまっておるぞ。これなら陛下もお喜びになるはずだ。よくやった」


「は、ははぁ!! ありがとうございます!!」


 緊張の糸が解けたのか、虎人族の部下がほっとした笑みを浮かべて頭を垂れた。

 我輩も陛下から賜った仕事をこなせた時、お褒めの言葉を頂いた。

 それが臣下にとってはどれだけ嬉しい事か。

 故に我輩も、満足できる仕事に対してはしっかり褒め、失敗したら叱咤する方針を取っている。

 するとどうであろう、部下の能力がメキメキ上がっていくのが、仕事の結果でよく分かるのだ。

 お陰で我輩も、陛下に任された仕事をきっちり処理が出来ていた。


「よし皆の者! 本日はよくやった!! 特別に今日は帰宅せよ。そしてまた明日に備えて英気を養うが良い」


「「「はっ、ありがとうございます、サイラス様!!」」」


 思ったより仕事の進行が早かった。

 慣れない頭脳を使った仕事だ、早く帰れる時は帰った方が良いだろう。

 我輩も、久々に早く帰って妻を労ってやりたい。


 さて、今陛下は、どのような修行をされているのだろうか?

 きっと、我輩では想像もつかない程の辛い修行をしているに違いない。


 陛下、我々にその強さを示してくださると信じております!











 ――アデル視点――


 くそっ、何という苦行なのだ!

 今アタルさんは、あの映像の途中でトイレにこもったのだ。

 きっと、私と同じ理由のはずだ。

 トイレで処理をしなくてはいけない、そう私の本能が訴えている!

 わからん、二百年生きてこんな感覚は初めてだ!

 本能に任せてその場でしてしまったら、私の何かが色々失われてしまう。

 トイレこそ、今の私にもっとも必要な聖地だ!!


「アタルさん、早く出てください!!」


 私は扉を叩く。

 もちろん、壊さない程度に叩く。


「……もう少し、もう少しなの! 叩くと気分が盛り下がるから、叩かないで!」


「無理です、私も限界です! トイレこそ今私が一番必要な物なのです!! さあ、早く!!」


「お願い、扉叩かないで!!」


 結局、私とアタルさんが落ち着いたのは、夜八時頃だった……。

 ……やっと、気持ちが落ち着いた。

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