第四十四話 最強の二人の旅行の、途中経過


 ――夢可視点――


 今は夕方五時、やっとバイトが終わった……。

 コンビニのバイトはお昼を過ぎると暇になるから、その後がすっごく時間がゆっくり流れているように感じるよ。

 でも、これで思う存分アデルとメッセージのやり取りが出来る!

 それが楽しみだったから、バイトも乗り越えられたんだ。


 バイト中はずっと後輩にからかわれまくったなぁ。

 「田中さんって、意外と面食いなんですねぇ」とか、「私がアタックしちゃってもいいですかぁ?」とか。

 別に私は面食いじゃない!

 たまたまイケメンのアデルを好きになってしまっただけであって……。

 最後には、「多分この人も、田中さんの事好きですよ?」って言ってくる始末。

 いやいやいやいや、普通にないっしょ!

 だってさ、口だって悪いし目付き悪いし、金髪のヤンキーみたいだしピアスもたくさん付けてたし。

 そんな私を、あいつが好きになる訳がない!

 …………何か、自分で言ってて自分で傷付いてるわ。

 すでに失恋した気分だよ……。


 無理だって、アデルなんて絶対私よりいい女選り取り見取りなはずだ。

 告白したって絶対に振られるに決まってる。

 だからさ、私は今のままでしばらくはいいや。

 うん、多分大丈夫。その方がいいと思う、うん。


 すると、私のスマホが震えた。

 バイブパターンからして、メッセージだな。

 私はポケットからスマホを取り出して、内容を確認する。

 あっ、アデルからだ!


『今ビジネスホテルに着きました。電車の中で、親友との旅の途中、知り合った人と楽しく話していました』


 その直後に写真が送られてくる。

 アデルが一番手前、その次に多分親友って言っている奴、そして知らないおっさんが写っていた。

 うわっ、親友って奴も結構イケメンだなぁ……。

 って言うか、この日本人イケメンがアデルのライバルなのか?

 結構若そうに見えるんだけど……。

 しかし、類は友を呼ぶと言うけど、この場合はイケメンはイケメンを呼ぶかな?

 爽やかな笑顔が眩しいな、こいつ。

 おっさんはどうでもいいや。


 しかし三人共、屈託のない笑顔で楽しそうにピースしている。

 おっさんは特に、ビールを片手にピースをしていて、顔も真っ赤だからそれなりに出来上がってるんだろうな。

 いいな、私も一緒に行きたかったな。


『いいな、私も一緒に逝きたかったな』


 って、そのまま送っちゃったじゃん!?

 しかも漢字間違えたし!!

 何だろう、別にそういう意味で送った訳じゃないのに、エッチく思える……。

 私だって、経験はないにしろ性知識はしっかりあるから、意味だってわかる。

 だからこそ、改めて見てみると…………エッチな意味に思えてしまい赤面する。


 そしてスマホが震え、返事が返ってきた事を知らせてくれた。


『私も夢可さんと一緒に旅をしたかったです』


 えっ……。

 アデルも、同じ気持ちなのか?

 本当に、本当に?


「多分この人も、田中さんの事好きですよ?」


 不意に後輩の言葉が、頭によぎった。

 嘘だよね、アデルも私の事好きなの?

 いやいや、まさかアデルが私のような不良女を好きになる訳がない!

 多分ない! 恐らくない!!


 うぅぅぅ、後輩のバカ野郎!!

 あいつが変な事言うから、変に期待しちゃうじゃんかぁ!!

 絶対にアデルが私の事好きな訳がない。

 そう思っているんだけど、やっぱり私は期待してしまってる。

 アデルが私の事を好きになってくれているってのを。


「まぁ、少女漫画みたいに都合が良い妄想なんだけどさ」


 自分で言葉にして、これは妄想だと言い聞かせる。

 だってさ、それで思い上がって告白して、違いましたってなったら惨めじゃない?

 だから私は、そんな事はないって自分の心に言い続けた。

 私は恋なんて初めてなんだ、正直テンパってるよ!!

 だからもう少しこの気持ちを抑えて、ゆっくりとあいつとの関係を築いていこうって思ってるんだよ。


 この初恋、実らせたいから。


 今アデルは、私に好意はないと思う。

 だからまずは仲良くなって、私から告白しよう。

 それで振り向いてもらえなかったら、私に魅力が足りなかったって事だ。

 うん、頑張ろう。


 その時、中学の頃母さんが言っていた、「恋は戦争なのよ」って言葉を思い出した。

 全く以てその通りだなって思った。










 ――由加理視点――


 現在夕方の五時。

 今アタシは、自分の部屋で家庭教師の人に受験対策を受けている。

 この人はちょうど二十歳の男性で、東大に合格しているんだ。

 でもね、正直アタシはこの人嫌い。

 アタシの体を舐め回すように見てくるんだよね。

 たまに肩に手を置こうともしてくるし、本当に嫌なの。

 でも教え方は上手だから、受かる為に我慢して教えてもらっている。


「じゃあ、この問題わかるかな?」


 耳元で声がした。

 ぞわってする。

 気持ち悪い!


「ちょっと、近すぎです」


「おっとごめんね? ちょっと問題が見えにくかったからさ」


 絶対嘘だ。

 この人、前裸眼で視力1.5あるって言ったばかりだから。

 本当、柔らかく表現しても気持ち悪い!

 もうそろそろ我慢の限界だよ!!


 すると、スマホがブルブル震えた。

 メッセージかな?

 アタシはスマホを手に取ると、あっくんからだった。


「あっ、あっくん♪」


 彼からのメッセージを受け取る時の反応が気持ち悪いと、親友の和恵ちゃんから指摘された事がある。

 だって仕方ないじゃん、嬉しいんだから。


『無事ビジネスホテルに到着! そして電車の中では、監視されながらの旅行となりました……』


 監視?

 あぁ、奥野さんだっけ?

 確か監視が付くって言ってたよね。

 確かにあの二人は人外さんだからね、政府が不安になるのも仕方ないかな。


 次に写真が送られてきた。

 何だろう?


 一番手前があっくん、奥にビールを片手にすでに出来上がってそうな奥野さん、そして二人に挟まれるようにアデルさんと、三人が写っている写真だった。

 三人共とっても楽しそうで、心からの笑顔だった。

 いいなぁ、アタシも行きたかったなぁ。

 でも、あっくんがその……襲いたくなるって言ってたから、ね。

 別に嫌じゃないよ? むしろ大歓迎……って、何思ってるのアタシ!!

 でもね、もしそういうのをするなら、誰かがいるんじゃなくて二人っきりがいいの。

 それだったら、何も気にしないで済むし。

 

 アタシが返事を送ろうとしたら、家庭教師の男が話し掛けてきた。


「すごく嬉しそうにスマホ見てたけど、誰から?」


 心なしか不機嫌そう。

 何で不機嫌にしているんだろう。

 アタシは、あなたのものになった覚えはないんだけどな。

 アタシはすでに、あっくんのものなんだけど。

 ちょうどいいや、教えてあげよう。


「彼氏からです。超格好良くて、大好きな人です」


 アタシは作り笑いで言ってやった。

 すると、この家庭教師は鼻で笑って言った。


「へぇ、僕より?」


 うわっ、この人自分が格好良いって思ってるナルシストだったんだ。

 確かに和恵ちゃんも格好良いって言っていたから事実なんだろうけど、そもそも自分でそう言う人は大嫌い。

 それに圧倒的にあっくんの方が格好良い、間違いない!


「ええ、あなたより全然格好良いです」


「なら写真見せてよ」


「何であなたに見せなくてはいけないんですか? お断りします」


「いいじゃん、減るもんじゃないんだからさ」


 何で距離を縮めてくるの?

 本当に、気持ち悪い!!

 じりじりと迫ってくる……。

 本当に、嫌だ。

 ……あっくん!


 その時、スマホが電話の着信を知らせる音を鳴らした。

 アタシはディスプレイを見ると、あっくんからだった。

 えっ、何で?

 アタシはすぐに受話ボタンを押した。


「あっくん、どうしたの!?」


『いや、何か由加理ちゃんのピンチな気がしたから……』


 あぁ、もう流石アタシの勇者様。

 ナイスタイミングです!


「その、家庭教師の人が気持ち悪くて……」


「き、気持ち悪いって何だよ!」

 

 あっ、つい本音を言っちゃった。

 でも我慢の限界に近い位、本当気持ち悪いんだもの。


『……へぇ、その男にも聞こえるようにしてくれる?』


「う、うん!!」


 アタシはスピーカーボタンを押して、家庭教師の男にも聞こえるようにした。


『ハロー、気持ち悪い家庭教師の男。僕の彼女に手を出そうとしてるんだって?』


 いつもより声が低めだ。

 ……怒ってらっしゃる。


「て、手を出すなんてとんでもない! 僕はただ、スキンシップを――」


『なるほどなるほど、気持ち悪く思われるほどのスキンシップねぇ……』


「そ、そそそそうだよ、ただ彼女の肩に手を置いただけなんだ!」


『……は? お前、今何て言った?』


「ひっ!?」


 やっぱり……。

 あっくんの声があからさまに低くなった。

 アタシでもちょっと怖い位、氷点下のように冷たい声。

 家庭教師の男は相当怖がっている。


『あったま来た!! アデルさん、テレポーテーションの準備!!』


「は? テレポーテーション!? 何訳のわからない事言ってるんだよ!!」


 えっ、あっくんまさか、アデルさんの魔術でうちに来るの?

 こんな部屋とかピンポイントに来れるの?

 

『おいお前、この僕の可愛くて清楚で可憐で、最強の彼女に手を出したんだ……』


 そんな、そんな風に言ってくれるなんて……。

 結構危機的状況なんだけど、嬉しくなっちゃった。

 すると、アタシの部屋に人の気配が二つ増えた。


『「少し、痛い目にあってもらうぞ?」』


 アタシのスマホからと、家庭教師の男の背後から、同時にあっくんの声がした。

 あっくんはいつの間にか、この男と背中を合わせるように立っていた。

 そしてアデルさんが、何故か天井を見つめて悲しげな表情になっていた。

 何で?


「ひっ!? いつの間に僕の背後に!?」


「今だよ、クソ野郎」


 あっくんはこの男の顔面を掴んで持ち上げた。

 えっ、片手で人を持ち上げたよ!?

 そんなに力持ちなんだ、あっくん!?


「いだだだだだだだだ!! 離せ、離せ!!」


「言ったでしょ? 痛い目にあってもらうって……」


「ぐっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 本当に痛そう……。

 止めるべきなんだろうけど、アタシ結構嫌な思いをしたから、もっとやれって心の中で思っちゃってる。

 あぁ、でもそろそろ止めないと!

 あっくんの指が何かどんどん顔面に食い込んでってる!!

 このままだと握り潰しちゃいそうで怖い!


「あっくん、もう止めてあげて!!」


「……ごめん、もう少し思いっきりやらせて」


 止まらない、相当怒っていらっしゃる、アタシの勇者様!

 どうしよう……!

 どうやったら止まってくれるのかな?

 ……


 …………


 方法はあるけど、恥ずかしいな。

 でも緊急だし、仕方ないよね!?


 ……えいっ!


 アタシはあっくんの左腕に抱き付いた。

 ……はい、アタシの胸を押し当ててます。

 うぅぅ、恥ずかしいよぉ。

 でもね、あっくん大抵鼻の下を伸ばすから、きっと止めてくれるはず!


 あっ、あっくんの鼻の下が伸びた。

 同時に男を離して、床に崩れ落ちるようにドシンっと倒れた。


「……ああっ、この感触の為なら、僕は命を捧げる」


 そ、そんなにいいのかな、アタシの胸……。

 大きさは平均だと思うんだけど。

 

「はぁ、やっと止まってくれた。でもありがと、あっくん」


「いえいえ、何か由加理ちゃんの切羽詰まった声が聞こえたから、電話したら案の定でさ」


 これも勇者としての力なのかな?

 でも、本当嬉しい。

 あっくんに守られてるのが、そして気持ちも通じ合ってるように思えて本当嬉しいの。


「でさ、あっくん。気になったんだけど、何でアデルさん悲しそうなの?」


「……さぁ?」


 アタシ達の疑問を、アデルさんが答えてくれた。


「私、この旅では魔術を使わないと決めていたのです……。ですが使ってしまった。緊急時とは言え、使ってしまった……。あぁ、罪深い私には旅をする資格なんてない!!」


「「魔王様が結構追い詰められていた!?」」


 ついには目から小さな滴が一滴、魔王様の頬を伝った。

 泣いちゃった!?


「えっと、何かごめんね?」


「いえ、由加理さんを守る為なので、今回はノーカウントです!」


 あっくんがアデルさんに謝ったけど、今回のテレポーテーションは異例中の異例との事で、アデルさんの中ではカウントしないみたい。

 まぁ、それでアデルさんが復活するならいっか?

 未だに痛みに悶絶する男を無視して、アタシとアデルさんとあっくんで話していると、急にアタシの部屋の扉が開かれた。


「何かすごい音が鳴ったけど、どうしたの!?」


 部屋に入ってきたのは、お母さんとお姉ちゃんだった。

 アタシはとりあえず事情を二人に説明した。

 そしたらお母さんとお姉ちゃんは鬼のような形相になり、家庭教師の男を家から叩き出した。

 その後にお姉ちゃんが家庭教師を派遣した事務所に電話をして、クレームを言っている。


「お久しぶりね、アタル君。由加理から話は聞いていたけど、本当に逞しくなったわね」


「ご無沙汰してます、おばさん」


 お母さんとあっくんが挨拶を交わす。

 お母さんにはあっくんとアデルさんの事を全て事前に話してある。

 あっくんは異世界で勇者をやっていて、異世界の魔王で親友でもあるアデルさんと、旅行をしている事も伝えていた。魔法が使える事も半信半疑ながら把握はしてくれたし、アタシがあっくんと付き合っている事も伝えた。


「アデルさん、でしたよね? 娘の為に魔法を使って頂いて、ありがとうございます」


「いえいえ、親友の大事な彼女を守る為です。これ位容易い事です」


「ふふ、とても礼儀正しい方ですね」


 しばらくお母さんと人外さん二人が話をした後、アデルさんのテレポーテーションでビジネスホテルへ戻っていった。

 お母さんとお姉ちゃんがその光景を目の当たりにし、目が飛び出る位驚いていた。

 うん、その反応が正しいよね、普通。


「本当に、魔法ってあるのね……」


 と、お母さん。


「しまったぁぁ!! 超絶イケメンのアデルさんの連絡先聞き忘れた!!」


 と、お姉ちゃん。

 お姉ちゃん…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る