第二十五話 最強の勇者の回想


 ――由加理視点――


 あぁ、冷たかった!

 アタシの家に着いたアタシ達は、お姉ちゃんにお風呂に入れと言われ、先にアタシがお風呂に入った。

 あっ、アタシには三歳上の大学生の姉がいます。

 名前は安藤 由利恵。絶賛彼氏募集中らしい。

 アタシから見て結構美人なんだけど、気が強いせいか長続きしないみたい。

 そんなお姉ちゃんは講義早く終わったみたいで、アタシ達より早く帰宅していたみたい。


「ちょっ、由加理びしょ濡れじゃない! 先にシャワー浴びてからアタル君にも入ってもらいなさい」


 お姉ちゃんにはあっくんが戻ってきた事は伝えていたけど、一目であっくんだと気付くとは思わなかった。

 とりあえずアタシはさっとシャワーを浴びて出て、今はあっくんに入ってもらってる。

 あっくんが多分冗談だけど、「一緒に入る?」って言われたから、全力で断りました!

 まだアタシ達には早すぎる!

 

 今のアタシの格好は、黒のTシャツにショートパンツという部屋着で、リビングで椅子に座りながらタオルで髪を拭いている。

 お姉ちゃんもアタシと向かい合う形で、椅子に座って牛乳を飲んでいる。


「しっかしまぁ、あんたから話は聞いていたけど、モヤシだったアタル君は随分いい男になったわね」


「でしょ? 前からの優しさも変わらなくて、もう超好き!」


「はいはい。最近あんたのろけてばかりよね」


「だって、アタシの初恋が叶ったんだもん。のろけていいじゃん」


「あぁ、羨ましい! 私も彼氏欲しいわぁ」


 まずは強気な性格を少しでも抑えないと無理かなぁ。

 お姉ちゃん、気に入らなかったらすぐにビンタする癖があるからなぁ。

 本当、それさえ抑えれば長く続くと思うんだけど、「それじゃ私がストレス過多で死ぬ」との事。

 いつかお姉ちゃんの性格を受け止めてくれる人が出てくるまで、気長に待つしか無さそう。


「まぁでも、アタル君のおかげで、由加理にも笑顔が戻ってきたわけだからいいけどね」


「……そんなにアタシ無愛想だった?」


「ん~、無愛想っていうより、思い詰めている感じだったかな」


「……確かに、あっくんの事で思い詰めてたわ」


「それがまぁ今はニヤニヤしちゃって。いいんだけどね、羨ましいなって!」


「んふふ、頑張って、お姉ちゃん」


「うわっ、腹立つわぁ」


 すると、頭の中に声が聞こえた。


『由加理ちゃん、タオルがないんだけど』


 あっくんが《念話》を使って話しかけてきた。

 もちろんお姉ちゃんには聞こえないが、アタシはまだこれに慣れてなくて、つい声を上げて答えてしまった。


「あっ、ごめん! 今持っていくね!」


「……由加理、誰に答えたのよ」


 やっちゃった!

 とりあえずお姉ちゃんの疑問は放置して、アタシはタオルを持ってあっくんの元へ向かう。

 バスルームの扉を叩くと「開けていいよ」とあっくんの声が返ってきた。

 アタシは扉を開けると、ジーンズは履いているけど上半身裸だった。

 腹筋も割れていて胸筋も盛り上がっていてしっかり引き締まっているけど、それ以上に気になったのがあった。


「あっくん、その傷痕……」


 あっくんの身体には、無数の刀傷みたいなものが付いていた。

 左胸から右脇腹にかけて斜めに大きく付いているものもあれば、腹筋に横一文字に傷が付いているのもあった。

 そんなものが大小いくつも付いていて痛々しかった。


「ああっ、これ? まぁ向こうで付けられたやつだよ」


 困ったような笑顔で答えるあっくんだが、その表情が少し曇っているように感じた。

 アタシは彼に近づいて、身体に触れた。


「すごく、痛そう……」


「確かに当時は痛かったけど、今は全く痛くないよ」


「……あっくん、向こうで何があったの?」


「……」


 あっくんの表情から笑顔が消え、真剣な顔になる。

 きっと、言いづらい事があったんだと思う。

 でも、あっくんの事が好きだから――


「アタシ、向こうであっくんが何をしていたか知りたいの」


「由加理ちゃん……」


「アタシ、あっくんの事ならどんな事でも受け止めるから……」


「……結構胸糞悪い話だよ?」


「……いいよ、それでも知りたい」


 きっと想像を絶する体験をしてきたんだろうな。

 でも、アタシは受け止めたい。

 あっくんの事が好きだから。


 すると、あっくんの体に触れていたアタシの手を軽く握ってきた。

 その手がちょっと震えていた。


「わかった。話すよ」


「うん、ありがとう」


 手を握られながら、アタシとあっくんは見つめ合っていると――


「由加理、いつまでバスルームで話してるの……あぁぁ、お邪魔だった? って、アタル君!? 何その傷!!」


 お姉ちゃんもあっくんの傷が気になったようで、結局リビングで話を聞く事になった。








 ――アタル視点――


 何か変な話になっちゃったなぁ。

 僕の傷だらけの身体を見られたら、向こうでの過去話を由利恵さんと由加理ちゃんに教える事になった。

 

 あっ、濡れちゃった僕の服は今乾かしてもらってて、由加理ちゃんのお父さんの服を借りてます。

 ちょっときつめだけど、この際わがままは言ってられないね。


「しっかし、いい男になったよねぇ、アタル君」


「あはは、ありがとうございます」


「はぁ。由加理とくっついてなければ、私からお願いしたのになぁ」


「えっと、残念でしたね?」


 由利恵さんが大きいため息をついた。

 由加理ちゃんは清楚な美人だけど、由利恵さんは大人の色気を振り撒いたセクシーな美人さん。

 出てる所は出ているし、胸元も開いた服を昔から好んで着ていたから、結構視線に困ったりしたなぁ。

 僕が高校入学する前が最後に由利恵さんと会った日だったんだけど、その時の彼女の髪の色は黒だった。でも今は明るい茶髪だ。

 本当、女優さんと言われてもおかしくないかも。

 まぁでも、気が強いのがたまに傷だよね。すぐ手が出るから。

 僕も何度かビンタ喰らったっけな。


「まぁ信じてもらえないかもしれないですけど、今から僕が出来る事を一通り見せますね」


 僕はそう言って、リューンハルトに飛ばされた話を交えつつ、ライトブリンガーを出してみたり《念話》で会話をしてみたりした。

 由利恵さんの驚く表情がすごく面白かったけど、笑ったらビンタが飛んできそうだったから、黙ってた。


「……私は今、白昼夢でも見てるのかしら」


「……最初アタシもそんな反応だったよ」


 由利恵さんは驚きすぎて疲れた様子で、慣れている由加理ちゃんは苦笑していた。


「とりあえず異世界に勇者として召喚されたってところまでは信じてもらえたと思う」


 手に持っていたライトブリンガーを消滅させて、話を戻した。


「最初気が付いた時は、お城の地下にある魔方陣に中心だったんだ。そして中心の僕を見つめるように子供の生首が八つ置かれていたんだ」


 それが勇者召喚をする際に必要な生け贄。

 この数が多い程、相当な力を持った勇者を召喚できる術だったようだ。


 この話をして、二人は眉間に皺を寄せた。

 僕は話を続ける。


「その生首を見て盛大に吐いた僕を無視して、人間と亜人を纏める王は僕に対して『貴様は勇者として召喚された。元の世界に帰りたくば我が覇業を叶えよ』って言われてね。戦う術なんて持ってないって言ったら、訓練場に連れていかれていきなり剣を持たされたんだよ」


 あの時の僕は、力を振るう事なんて全くしない、ただのモヤシだった。

 両刃の剣を渡されて、持ってみたらとても重くて、何をされるのかわからずただ怖かったんだ。


「そしてクソな王は、『一週間猶予をやる。それまでに今から用意する相手を殺せなかったらお前を処分する。死にたくなかったら強くなれ』って言われたんだ。そして相手が剣を持って僕と対峙した」


 その相手は重罪を犯して死刑になる予定の囚人だった。

 もし言う事を聞けば、死刑を免除するという約束の元、戦ったらしい。


「あの時は本当に一方的だった。僕を殺さないように一方的に斬ってきた。身体を切り刻まれては無理矢理回復させられ、また戦うように指示される。いじめなんて生温かったよ、本当」


 戦う意思なんてなかった僕は、たまに剣撃を防げたけど大抵は斬られてしまった。

 即死にはならなかったけど、痛みに悶絶したら《気》によって回復術をかけられ傷を塞ぎ、また戦わせる。

 何で僕がこんな目に合わなきゃいけないのかって、何度も心の中で呟いてたなぁ。


 この話をしたら、安藤姉妹は同時に「それが、あの傷痕……」と小さく呟いた。

 仲良いなぁ、この二人。


「そして一週間が過ぎて、王は痺れを切らして『使い物にならない勇者だ。お前は不良品だ、死んでしまえ』と言われたんだ。それに従うように斬りかかる相手。僕は死ぬんだって思ったよ」


 もう僕は疲れきっていた。

 戦うつもりは一切ないのに、無理矢理戦わされているのが、傷付く以上に辛かった。

 だから、死んだらきっと楽になると思ってしまったんだ。

 でも――


「そう思った瞬間、脳裏には両親と由加理ちゃんの顔がよぎってさ。次に気が付いた時には、相手の首を跳ねた瞬間だった」


 反射的に剣を握り、相手の攻撃が当たる前に水平に自身の剣を薙いで、首を斬った。

 肉を裂き、首の骨を絶ち、そして首が胴から離れた。

 目の前では切断面から大量の鮮血を吹き、首がない体はふらふらして倒れる。

 これが、僕が初めて行った殺人だった。


「今となっては生きる為に仕方なかったと思えるけど、当時は人を殺してしまった事実に相当心が折れたなぁ」


 二人は黙って僕の話を聞いている。

 真顔で聞いているから、二人が僕の話でどう思っているのか、全く読めなかった。


「その時に僕は《武の頂点》というスキルに目覚めたんだ。一度見た剣術なり武術を自分の物に出来る、まさに反則な物にね。それを知った王は調子に乗って様々な罪人を送って僕と戦わせたんだ」


 最終的には自分の兵士すらも僕に放ってきた、とも付け足した。


「そうして僕は最強の勇者になったんだ。性格もこんな風になっちゃったし、あはは」

 

 ちょっと冗談を交えたつもりだったけど、冗談とは思えなかったらしい。

 ……ごめんなさい。


「まぁ、そんな感じ。……あんまりいい話じゃなかったでしょ?」


 あまりにも無言だったから、ちょっと心配になって聞いてみた。

 もしかしたら、僕が人を殺した事があるとわかって、由加理ちゃんに嫌われるんじゃないかって、少し怖いんだ。

 でも、僕は由加理ちゃんを信じてみる。

 彼女達の言葉が聞こえるまで、僕はそっと目を閉じた。








 ――安藤 由利恵視点――


 驚いた。

 私はてっきりバトル漫画のように戦って、ピンチながら勝って成り上がったものだと思っていた。

 でも、想像以上に地獄を見ていたみたいだ。

 私より三歳も下なのに、成人している私より大人びているように見えたのは、そんな地獄を味わったからなんだろうな。


 人を殺している。

 それについては全く想像付かない。

 当たり前だわ。

 私達は、それ程平和な環境にいるのだから。

 普通に大学行って、講義中も友達と話したりして、放課後は合コン行ったりとか、随分と呑気に過ごしている訳だしね。


「まぁ、そんな感じ。……あんまりいい話じゃなかったでしょ?」


 アタル君からそう聞かれた。

 確かに、いい話じゃなかった。

 むしろ、王様が相当外道な人じゃない!

 自分の願望の為に、他の人を物のように扱うなんて!


 アタル君が静かに目を閉じた。

 そして下唇を少し噛んでいる。

 きっと、私達の答えが少し怖いんだろうな。

 となったら、私の答えにもよって、彼は傷付くかもしれないな。

 あぁ、なんて言葉を掛ければいいんだろう!?


 すると、妹の由加理が口を開く。


「……ありがとう、話してくれて」


「……うん」


「そしてありがとう、生きる為に頑張ってくれて」


「えっ?」


 アタル君が由加理の言葉に驚いて、目を見開いた。


「あっくんが人を殺したのは驚いたよ。でもね、一番やっちゃいけないのは他人の為に命を捨てる事だと、アタシは思うの」


「でも、僕の手は血で染まっているんだよ? 由加理ちゃんは嫌じゃない?」


「全然嫌じゃないよ。それにアタシはそこまで聖人君子じゃないよ。アタシはね、あっくんが生きていてくれる事だけが嬉しかったの。あっくんが手に掛けた罪人なんて、アタシにとっては全く関係ないもの」


 おっと、うちの妹がなかなかな事を仰ってるわ。

 でも言われてみればそうだ。

 正直、その罪人はこの世界には全く関係がないし、罪に問われる事もない。


「アタシは多分、ずっとあっくんが帰ってこなかったらきっと心から笑えずに、一生を終えたと思う。今アタシがこんな風に笑えるのは、あっくんがいてくれているおかげなの」


 それは紛れもない事実だった。

 由加理は、アタル君と再会するまでは、家ではほとんど笑わず、思い詰めた顔か泣いているかのどっちかだった。

 それにみるみる痩せていくし。

 今となってはモデル体型みたいになったからいいものの、このままだと骨と皮だけになるんじゃないかと心配もした。

 とりあえず、私がその時の由加理の様子をアタル君に教えてやった。

 由加理は恥ずかしそうにしていたけど、アタル君は少し嬉しそうだった。

 心配されるのって、何だかんだ少し嬉しいしね。


「とにかくね、アタシは本当にあっくんが戻ってきてくれてよかった。それだけでアタシは救われたの。だから、ありがとう」


 由加理は笑顔でアタル君に話しかけている。

 本当に、愛しそうに、嬉しそうに。

 あぁ、この子も私より大人だ。

 こんな非常識なのも、彼への恋心だけで全て許容してしまったんだ。

 二十歳になっている私は、そこまで純粋な愛をぶつける事なんて出来ないな。

 だって、気に入らないとすぐに手出しちゃうしさ。

 あぁ、年下にどんどん追い抜かれていっているな、悔しいけど。


「……ありがとう。僕は何がなんでも、由加理ちゃんの元に絶対に帰ってくる。絶対に死ねない。だから、早く僕は向こうを落ち着かせて、こっちで平和に暮らしたい」


 そう言ってアタル君は、由加理の頬を手で撫でる。

 それをくすぐったそうに受け入れる由加理。

 端から見てて、もう大人の恋愛を見ているようだよ。

 くそっ、羨ましい!

 爆発しろ!!


「あぁ、あぁ! 見せつけてくれるわね、二人共」


 あぁくそ!

 二人共恥ずかしそうにしていながら、幸せそうだなぁ!!

 私も本当、こいつらみたいな恋をしたくなったわよ。

 ……すぐ手を出す癖を、何とか抑えてみようかな。

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