第二十四話 勇者の彼女、最強の勇者と再会


 ――アデル視点――


 うむ、一ヶ月ぶりのニホンだ!

 今回もシブヤに降り立った。

 私達は到着して早々に別行動を取った。

 その際に現金で十五万円をお小遣いとして貰い、夜の八時になったらアタルさんの実家で合流する形となっている。

 まぁ実際、別行動する事によって、ユカリさんと二人きりで愛を育んでほしいと思った訳なんだが。


 そして先程、時間を把握する為に腕時計を購入した。

 シブヤ駅近くにあった時計屋で購入したのだが、二万円する高価な物だったようだ。

 早速大金を使ってしまった訳だが、致し方なかったのだ!

 どうしてもその腕時計が格好良くて、どうしても欲しかったのだ!

 はぁ、この街は私を誘惑する物品が多すぎる。

 ニホン語が読めるようになって、内容も把握出来ると、こんなにこの世界はさらに面白くなる。

 この品物はどういう物なのか、どういう効果があるのかと、しっかり書かれているではないか!

 物を購入する判断材料として、とても有益な情報が書かれている。

 ここでの買い物が本気で楽しいのだ!

 今日はシブヤに午前十時頃に着いたのだが、そこから別れて一人で昼食を食べて、色々なお店を回っていたら今はすでに午後三時だった。

 それ位私は買い物に熱中していた事になる。

 きっと魔王としての威厳は皆無だろうが、そんな事はどうでも良い。

 何故なら、ここなら私は一般人なのだから!


 さぁて、今頃アタルさんはユカリさんと合流していると思う。

 きっと甘酸っぱい青春を楽しんでいる事だろう。

 後でたくさん話を聞かせてもらおう。

 これは所謂、恋バナという奴ではないか?

 ふふ、私も少し青春というものの一端を、恋バナで味わってみようではないか。


「よし、では次の店に行ってみよう!」


 たまには一人で探索するのも悪くはない。









 ――由加理視点――


「はぁぁぁぁぁぁっ、あっくんに会いたいよぉぉ!」


「はいはい、今日でそれ十三回目だわ」


 今は午後三時。ちょうど学校のホームルームが終わり、親友の和恵ちゃんと玄関で上履きから通学用のシューズに履き替えている最中だった。

 アタシは今、絶賛あっくん欠乏症です。


 だってさ、遠距離恋愛だったら別にスマホで電話して声とか聞けるけど。

 今アタシ達はそれどころか異世界恋愛中ですよ!

 連絡取れる訳ないわ!!


 あぁ、声だけ聞ければ、アタシも元気になれるのになぁ。


 最初の内はプリ眺めてたらにやにやして思い出し笑いしていたけど、今ではプリだけじゃ満足出来なくなっちゃった。

 また手を繋いで歩きたい。

 また抱き締めて欲しい。

 今度は、キスをしたい。


「しっかし、クールビューティがここまでゾッコンとはねぇ」


「その渾名、止めて欲しいんですけど……」


「それ位由加理が当時は無愛想だったって事よ。まぁ今は誰もその渾名を言わなくなったけど」


「でも、何か告白される回数がさらに増えた……」


「まぁ幼馴染み君と遠距離恋愛だってわかったから、まだ付け入る隙があると思ったんでしょうね」


 うん、それすっごい迷惑なんですけどね。

 結構アタシはあっくん以外は興味ないってバッサリ切っているのに、「俺は諦められない!」って言われてしまう。

 アタシ以外にも可愛い子はいるんだから、アタシばかりにアタックしないで欲しいな。

 告白を断るのも、何だかんだ言って精神削るのわかってほしいな。


「その内、全男子から告白されるんじゃない?」


「それ、冗談でも止めて……」


 二人共シューズに履き替えて校門へ向かおうとした時、校門で女子達がかなり足を止めている。

 どうしたんだろう?

 和恵ちゃんの方を見てみると、アタシと一緒で気になるみたい。

 アタシ達は校門に向かってみると、女子達がヒソヒソと話しているのが聞こえた。


「ちょっとあの人、すごく格好いい!」


「誰待ってるんだろう?」


「何か、すごい大人っぽいよ」


「俺、あの人なら掘られていい」


 一部ヒソヒソ話に不穏な内容が聞こえたけどそれは無視しよう。

 格好いい?

 あれ、もしかして……。


 アタシは足を止めている女子達(一部男子もいる)の間を掻き分けるように進む。

 校門の前の道は細い小道になっていて、その道路際は垣根校門と向かい合うように立っているんだけど、それに背中を預けてスマホをいじる男性がいた。すっごく様になってて、とっても格好いい。

 あぁ、アタシがこの一ヶ月、ずっと会いたかった人だ。


「あっくん!!」


 アタシはつい大声でその人の名前を呼んだ。

 声に気付いた彼は、顔を上げて、満面の笑みを向けてくれる。


「あっ、由加理ちゃん。お久しぶり!」


 一ヶ月間、ずっと聞きたかった声だ。

 アタシは走ってあっくんに近づき、思いっきり抱きついた。

 彼は受け止めてくれたけど、まるで大木に体当たりしたように体が衝撃にもびくともしなかった。

 相変わらずの人外さんだったけど、アタシを包み込むように抱き締めてくれた。

 あぁ、もう幸せ過ぎて死にそう。


「由加理ちゃん、会いたかった」


「うん……アタシも」


「おい、そこのリア充共、少しは人目を気にしなさい!」


 和恵ちゃんに注意されて我に帰ってみたら、かなり注目されていた。

 うあっ、超恥ずかしい!

 あっくんは後頭部を手で軽く掻きながら「たはは」と笑っている。あまり恥ずかしがってなさそう。


「あれ、由加理ちゃん。この女子って確か、入学式の時に知り合ったって言ってた人だよね?」


 あっくん、和恵ちゃんを覚えてたんだ。


「あっ、はい!! ははは初めまして、遠藤 和恵って言います!!」


 すっごい声が裏返ってるし、顔がまるでりんごのように真っ赤で目がかなり泳いでる。

 挙動不審すぎる。

 それでもあっくんは笑顔で返す。


「初めまして、僕は立花 アタルって言います。いつも由加理ちゃんがお世話になってます……って僕が言っていい台詞かな?」


 あうっ、何か本当付き合ってるみたいな台詞ありがとうございます!!

 でもあっくん、何か女性慣れしてるんだよねぇ。

 まさか、異世界で現地彼女的な女の子でもいるのかな? なんて疑ってしまう。

 結構あっくんが読んでた小説……ライトノベルだっけ。そういうのでハーレム物を好んで読んでたからなぁ。

 そういう願望があるのかもしれない。

 あっ、ちょっと嫉妬してきちゃった。


「いやいや、私こそ彼女に勉強とか教わって、逆にお世話になってる感じで何かすみません!!」


 ついに和恵ちゃんがテンパり過ぎて、頭を下げて謝ってしまっている。

 和恵ちゃん、見た目が男っぽいから、女性ばっかり寄ってきて男性に耐性が全くない。

 あっくんは贔屓目を取り除いてもすっごく格好いいから、和恵ちゃんは多分絶賛混乱中なんだろうなぁ。


「あはは、それで遠藤さんと由加理ちゃんはこれから何処か行くの?」


「いえ、特に予定はありませんでした! はい!!」


 ついに日本語まで破綻し始めた。

 ちょっと見てて面白い。


「じゃあ由加理ちゃんを借りても大丈夫?」


「もう大丈夫でございます、どうぞどうぞ!」


「ありがとう」


 笑顔で和恵ちゃんにお礼を言うと、アタシの方を見つめるあっくん。


「由加理ちゃん、約束のアレ、貰いに来たよ」


 すっごい爽やかな笑顔で言ってきた!

 帰り際に約束したキスの話ですよね?

 そうですよね!?

 あれを言った後、アタシはなんて事を言ったんだと思って自室のベッドで羞恥に悶えてたんだよね。

 つまり、アタシと二人っきりになりたいって事よね……。

 どうしよう、心拍数が上がっていく。

 でも、すごく嬉しい!


「じゃあ今から、アタシの部屋に来る?」


「っ! ゆ、由加理ちゃんがそれでいいのなら」


 アタシ達の会話を聞いて、和恵ちゃんを含む他の女子からも悲鳴っていうか、黄色い声が飛んでくる。


「由加理が大人の階段を……!」


「安藤さん、超大胆!」


「あれが噂の彼氏!? あぁ、羨ましいよぉ」


「部屋に誘ったって事は、もうかなり関係進んでるよね!?」


「やっべぇ、俺安藤さんが羨ましい」


 何かさっきから不穏な男子の声が聞こえるけど、無視した方が精神衛生上良さそう。

 すると、誰かから声を掛けられる。


「安藤さん、それが噂の彼氏!?」


 振り向いて見ると、以前からずっと何度も告白してきている男子達四人だった。

 大体告白を断ると諦めてくれるけど、この四人だけはしつこかった。

 正直、怖い位。


「由加理ちゃん、彼等は?」


「……ずっとアタシに告白してきている人」


「……へぇ」


 あれ、あっくん何か怒ってる?


「はじめましてこの野郎、由加理ちゃんとお付き合いしている立花 アタルって言います。僕と付き合っているので諦めてくれないかな?」


 あっくんが露骨に敵対心を剥き出しにしている。

 不謹慎だけど、そこまで怒ってくれているのがすごく嬉しくなってしまう。

 アタシはあっくんの腕に思いっきり抱き付く。

 あっ、多分胸が当たっているから、一瞬あっくんの鼻の下が伸びた。

 ……エッチ。


「ふざけるな! 俺達がどれだけ安藤さんの事を好きだったか知っているのか!?」


「知らないし知るつもりもないよ。だからって由加理ちゃんが怖がる位までしつこく付きまとうのもどうかと思うよ?」


「うるさい! ……立花って思い出した、入学式からすぐに行方不明になったあのモヤシだろう!」


「元モヤシだね、確かに」


「はんっ! そんなモヤシが、安藤さんにふさわしい訳ないだろう!?」


「ふさわしいかどうかは、君に決められたくないなぁ。それは由加理ちゃんが決める事だよね?」


「さっきからお前……態度が気にくわないんだよ!」


 ついにあっくんに切れて、殴りかかってきた!


「あっくん!!」


「大丈夫だよ」


 すると、向けられた拳は、あっくんの左頬にヒットした。

 でも、何故か殴った本人が拳を押さえて痛がっている。

 殴られたあっくんは何事もない顔をしている。


「いってぇぇぇ!! 何だよこいつ、まるで鉄殴ったようだ!!」


 彼の拳を見てみると、皮膚が破けている。

 すっごく痛そうだけど、自業自得だよね。

 でもアタシも気が収まらない。

 アタシは彼の目の前に立って、左頬を思いっきり叩いた。


「あなた、最低ですね! 人の彼氏を殴るなんて、そんな人とは一生口を聞きたくありません!」


 あっくんは人外さんだけど、やっぱり理不尽に殴られるのを見たら、すっごい嫌な気分だった。

 本当はもう一発ビンタしたかったけど、時間が勿体無いからあっくんの手を引いて歩き出そうとした。


「もう行こうよ、あっくん」


「あっ、うん。でもちょっと待って」


 でもあっくんに引き留められる。

 何かしたいのかな?


「君達、別に僕に暴力振るうのは全然いいよ。でもね、そう簡単に力で訴えかけて来る人に、由加理ちゃんは絶対に渡さない」


 あっくんの表情が変わる。

 優しい顔から、まるで冷えきったような表情になっている。

 アタシの背中が一瞬凍るような感覚に襲われる。


「もし由加理ちゃんに近づいてみろよ。その時、僕は遠慮しないよ?」


 そしてあっくんから放たれる、とてつもない威圧と恐怖を煽ってくるような空気。

 これが殺気というものなのかな。

 それを一身に受け止めた男子四人がその場でへたり込んで、股間を濡らした。

 ……失禁したみたい。


「ふっ、この程度の殺気でそうなるんだ。平和だなぁ、日本」


 何かずれた感想を言ってるよ、異世界の勇者さんは。

 アタシだってちょっと怖かったんだよ、それをぶつけられたあの四人は相当だったんだろうな。


「さ、行こうか、由加理ちゃん」


 さっきの冷たい表情から、いつもの優しい笑顔に戻ったあっくん。

 きっと、異世界の戦いで命のやり取りで生まれた、あっくんのもう一つの顔なんだろうな。

 でもそれでもあっくんはあっくん。アタシは嫌う訳ない。


「うん、ありがとう、あっくん!」


「いえいえ、どういたしまして」


 アタシはあっくんの腕に抱き着いて、アタシの家に向かって歩き出した。

 またあっくんの鼻の下が伸びたのは見逃さなかった。

 やっぱり、あっくんはエッチだなぁ。








 ――アタル視点――


 はぁ、我ながら子供だなぁ。

 あの程度の男に結構本気で殺気をぶつけてしまった。

 でもね、弁解させてほしい!

 好きな女の子に付きまとわれるの、本当に嫌なんだよ!?

 これでも抑えた方なんだから、むしろ褒めて欲しいね!


 しかし、はぁ……。


「あぁ、僕の彼女がとっても可愛い件について」


「ちょっ! 何口に出してるの!?」


 あっ、言っちゃったみたい。

 由加理ちゃんの顔がすっごく真っ赤になってる。

 うん、可愛い!

 そして今日も柔らかい感触を腕に与えてくれてありがとうございます!!

 思春期真っ只中な僕には刺激が強すぎて、我が愚息が活性化しそうです。

 頑張って抑えてるけどね!!


「あっくん、勉強の方は捗ってる?」


「うん、ボチボチかなぁ。難しいところもあるから、頭を悩ませながら進めてる」


「そっか、こっちにいてくれたらアタシが教えるのに」


「ん~、多分僕、勉強にならないよ」


「えっ、何で?」


「何でって……」


 そりゃね、こんな可愛い彼女がいたのなら、勉強なんてそっちのけでいちゃつきたくなるに決まってるからでしょ!

 こんなの口に言える訳がない。

 と思っていたけど、どうやら口にしちゃったみたい。

 由加理ちゃんは俯いて、小さく「……バカ」って呟いた。

 うあぁぁぁぁぁっ、可愛すぎるだろう!


「ねぇ、あっくん」


「ん?」


「異世界で浮気……してないよね?」


 僕の方を不安そうに見つめる由加理ちゃん。

 ……まぁ心配になっちゃうよね。

 前からハーレム系ラノベを好んで読んでて、その度に由加理ちゃんから冷たい目で見られてたし。

 きっと僕がそういう願望を抱いていると思ってるんだろうな。


「してないよ。こんな僕を一途に思ってくれる由加理ちゃんを、裏切るような事したくない」


「あっくん……」


「僕はずっと由加理ちゃんに会いたかった。正直、他の女性は眼中にないんだよ」


「うん……ありがとう。アタシも浮気、絶対にしてないからね?」


「……ありがとう」


 二人で見つめ合って、微笑んだ。

 あぁ、幸せだなぁ。

 なんて思っていたら、急に雨がざっと降り始めた。

 急なスコールだなぁ、おい!


「うおっ、雨かよ!!」


「最近、東京急に雨降ったりするの!!」


「マジか! とりあえず急ごう!!」


「うん!!」


 ここから大体由加理ちゃんの家まで十分程だ。

 僕が彼女を抱えて走れば、大体一分位で着くけど、何かあまり力を使いたくなかったんだよね。

 こういうトラブルも含めて、少しでも長く由加理ちゃんといたかったんだ。


「うおおおっ、つめてぇぇぇ!!」


「これ風邪引いちゃうよ!」


「ほら由加理ちゃん、ダッシュダッシュ!!」


「待って、速いよあっくん!!」


 僕の失われた青春が今、ここにある。

 それがすごく嬉しかったし、やっぱり異世界より日本の方が僕は好きだった。

 早くケリを付けて、由加理ちゃんと大学生活を一緒に送りたいな。

 心の底で強くそう思った。

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