第二章 二人の最強の恋愛模様編
第二十三話 プロローグ 二人の最強、再度日本へ
――書物、《リューンハルトの歴史》百八十二ページ第四章より――
第三章では、勇者と魔王がもたらした文化改革について説明した。
本章では、さらに戦争が激化した《海上の戦い》について記述していく。
まず、この戦いを説明するのにかかせない事柄が、勇者アタルと魔王アデルは、同時期に互いを倒す為に一週間修行を行ったのだ。
勇者アタルは、グエン大陸にある《還らずの森》で、魔王アデルはドーン大陸にある、超高濃度の魔力が渦巻いている《魔性の谷》で行ったとされる。
そして力を付けた二人を筆頭に、両大陸に挟まれる形で存在する《サリュー海》の海上で、両軍は激突する。
しかし、ここでもやはり戦闘を行ったのは勇者と魔王のみ。
この戦いで死者は誰も出ていないのだった。
むしろ、この二人に軍の命運を任せる他なかった。
勇者アタルが剣を振るえば、魔王軍の進行先の海が割れる。
魔王アデルの魔術が放たれたら、人間側の進行先に渦が出来て進めなくなる。
最初の激突とは比べ物にならない位に二人の戦いはまさに壮絶、頂点と頂点のぶつかり合いであった。
とても彼等以外の者が戦闘に加わる余地は、全く以てなかったのである。
当時この戦いに参加した、グエン大陸側の亜人将軍、《アンドリュー・ブリュッセン》は自身の日記でこのように記している。
「あの二人が鍔迫り合いをする度、衝撃波の影響で海面は激しく揺れた。進軍どころじゃなくて、ただ船を転覆させないようにするのに精一杯だった。あんなのに乗じて戦争なんて出来やしない。もし戦争を加速させたいのであれば、両軍の切り札どちらかを殺さないといけないだろう」
つまり、それほどまでに二人の実力は拮抗しており、他者が介入できない程の力を有していた事になる。
事実、歴史上戦況はずっと硬直したままで、二人が疲れ果てて倒れる以外、勝敗のつけようがなかったのである。
だが、逆にそのせいで、この二人の戦いに何かしらの不自然を感じた者が両軍で少数ながら出始めた。
その後、その者を中心としてリューンハルトはさらなる混乱が巻き起こるのだが、それは次章で説明する。
――アタル視点――
「アタルさん、明日でちょうど一ヶ月です!!」
アデルさんが日本語で顔をぐいっと寄せてきた。
だから顔近いって!
「あぁ、そうだねって……日本語喋れてるね」
「ええ、苦労しました……。まだ日常会話とか簡単な漢字しかわかりませんが」
いや、一ヶ月弱で普通覚えられないからね、日本語。
この魔王の頭の中はやっぱり規格外だねぇ。
でもたまに念話で「私はこんなに無能だったのですね……。日本語が覚えられない」と相当思い詰めたようで、僕は慰めていたりした。
そうだ、今僕とアデルさんは、アデルさんの別荘にいます。
所謂勉強会って奴。
僕が日本語を教えて、日本語を理解したアデルさんが僕に高認試験の対策を教えてくれています。
えっ、何でアデルさんに教わっているかって?
僕がそれ聞きたい!
日本語を覚えたら、数学とか物理の内容を速攻で理解しやがりまして……。
「なるほど、アタルさんの世界の人間は、このような高度な算術を使って世の理を操作しているのですね」
と、完全に理解された様子。
どうやら魔術の研究と少し通じるものがあるとか。
あぁ、その頭脳を一時でいいから僕に貸してほしい!
僕のスキルは確かにチートだけど、戦闘全振りなんだよね。
対してアデルさんはスキルとか一切持っていない。素の頭の出来なんだ。
アデルさんの方は知識方面のチートだよね。
話を戻そうか。
さて、何の一ヶ月だっけか。
……あぁ、前回地球に言ってから一ヶ月経つのか、明日で。
つまり――
「じゃあまた日本に行ける位の魔力が貯まったって事だよね?」
「ザッツライト!!」
「……使う場面は合ってるけど、アデルさんが言うと違和感が半端ない」
見た目外国人なのに、日本語発音の英語だからかな?
でも、日本に帰れるんだな!
由加理ちゃんに会えるんだよね!?
我が愛しの由加理ちゃんに会える!!
「ふふ、アタルさん嬉しそうですね。ユカリさんに会えるからですか?」
「そりゃもちろん!」
「ずっと会いたい、会いたいってまるでグールのように言っていましたからね」
「えっ、僕そんなに言ってた?」
「ええっ、耳にタコが出来るくらい」
諺も覚えていやがる、この頭脳チート魔王め。
「そこでアタルさん、私からお願いがあるのですが……」
「ん? どしたの?」
「今回のニホン観光、一週間程の日程で行きませんか?」
「一週間!? それは流石に難しくない?」
つまり一週間異世界から離れるとなると、間違いなくうちの愚王が癇癪を起こす。
あいつの癇癪、マジ害しかなくて、国民の誰かを見せしめで殺そうとするからな。
だから前にお尻ペンペンしてやったのに、まだ懲りてないし。
こんなのがよく王様出来るなってアデルさんに愚痴ったら、あいつは恐怖政治で従わせるタイプなんだって。それも一種の為政者の才能なんだとか。僕には理解出来ないし理解したくもないね。
とりあえず、グエン大陸で僕だけが、この愚王に逆らえる人間であり、存在するだけであいつの行動を制限かける事が出来る。
そんな僕がいなくなったら、多分あいつやりたい放題やるだろうね。
一週間旅行できたらやりたいよ、本当に。
でも、アデルさんはこの事もきっちり理解してくれていた。
「なら、私はそちらの大陸に、『勇者を倒す為に修行し始めた』って情報を流します。それを察知したらアタルさんも修行する旨を愚王に進言してください」
「ん~、つまり一週間修行をするって口実の元、日本へ行くって事だね?」
「その通り。もしいない間に何かやらかしたら、また皆の前で恥をかいてもらうってのも付け加えてください」
「了解! それならまぁ一週間日本に戻っても問題ないかな」
「しかし、こちらに戻ったらまた戦わなくてはいけませんね」
「まぁそこは追々考えていこうよ! で、アデルさんは何処行きたい?」
「場所は決まっていないのですが、私は旅行をしたいです!!」
ほほぅ、旅行とな!
確かに旅行は楽しそうだなぁ。
僕は生まれてこの方、あまり旅行なんてしたことがない。
まぁ父さんは編集者であまり家にもいなかったし、母さんは専業主婦をしながら副職で手作りアクセをネットで販売していた。
そういった家庭事情もあって、旅行なんて一回か二回位しか行っていないと思うな。
「じゃあ向こうに着いたら決めようか。魔術でやろうと思えば何処でも行けるし……」
「いえ、今回はニホンでは魔術を極力使わない方向で行きたいと思います」
「へ、何で?」
「ふっふっふ、これを読了したせいですかね?」
そう言って見せてくれた本は、一ヶ月前に渋谷で購入した本の一冊。
純文学にあたる本で、タイトルは『忘れちまった青春』という。
実はあの時、もう一冊由加理ちゃんがオススメで由加理ちゃんが選んだ本で、ざっくり内容を説明すると、母子家庭で育った高校二年生の主人公は、学校ではただ無心に勉強をして放課後は家計を助ける為にバイトをする毎日。青春を捨てて将来と家計の為に頑張った主人公にもついにガタが来てしまう。
主人公は一週間だけ学校も、バイトも全てサボって旅をする。そして現地で知り合った人々と交流を深めて人間らしい心を取り戻していくって内容。
その旅の描写も細かくて、由加理ちゃんは一緒に旅を楽しんでいるような気分になれると薦めていた。
「この本にあった旅の描写、本当に思い浮かべる事が出来る程見事でした。私もそういう旅をしたいのです! なので飛行術もテレポーテーションも完全に封じて、目的地まで行く過程も楽しみたいのです!」
あっ、こりゃこの本完全にはまってるな。
僕は小説とか苦手なんだよねぇ。読むならラノベ程度の分かりやすい文章がいいな。
「しかしニホンの物語は何とも作り込みが素晴らしい! ニホン語を覚えてわかったのですが、複雑な分表現がかなり豊かに出来るのですよ。こんな柔軟な言語なんてそうそうないですよ!」
本を抱き締め、何か悦に入っているよ、魔王様。
「まぁアデルさんの言い分はわかったよ。となると飛行機は難しそうだなぁ」
アデルさん見た目外人だから、パスポート求められそうだしね。
そこまで偽造は流石に出来ないでしょ。
「じゃあ向こうに着いたらとりあえず、電車で行ける範囲の場所を探そう」
「なら、初日はお互い自由行動にしません? 私もニホン語覚えたので、お金さえ頂ければ色々回ってみたいのです」
「まぁ、アデルさんなら大丈夫か。じゃあ僕も家に帰ったり、由加理ちゃんに会いに行こうかな!」
由加理ちゃんからキスをもらうために!
「いいですねぇ、恋をしてますねぇ」
「……何だよそのにやけ顔。気持ち悪い」
「人間が愛を確かめ合う為の行為である、キスをしてもらいに行くんですよね?」
「うっ……ま、まぁ。そうだけど」
「ふっふっふ、甘酸っぱいですねぇ。青春ですねぇ!」
あっ、アデルさん恋愛小説も読了したな?
確か、障害を持っている女子高生に恋をした男子高校生のラブストーリーの小説だったかな。
僕はあまりラブストーリーは好きじゃない。ラブコメがいいね、笑える奴!
もうアデルさんのにやけ顔が、見守るおっさんモブって感じの表情なんだよなぁ。
「ごほん! とりあえず、決行は明日かな?」
「ええ、善は急げと言いますしね!」
「オッケー!! じゃあ噂流しは任せたよ?」
「完璧にこなしますから、お任せを」
また由加理ちゃんに会える。
この一ヶ月が本当に長く感じた!
楽しみだなぁ。
――書物、《リューンハルトの歴史》二百一ページ第四章より――
魔王アデルが勇者を倒す為に修行を始めたという情報が、グエン大陸に流れた。
それをいち早く察知した勇者アタルも、早急に準備をして《還らずの森》で修行を開始した。
しかし、ここで専門家達は頭を悩ませる。
当時、両大陸は鎖国状態だったにも関わらず、あからさまに魔王の情報が噂として流れてきたのだ。
勇者アタルが察知したと同時に民衆にも浸透した程の広がりようで、どのようにこの情報が流通したのかが不明だったのだ。
噂を流した人物すら掴めず、一切の文献にも記録がない為、作為的にも感じられる。
この事が、とある人物に《二人の最強》の関係を疑う要因を作ってしまったのではないかと、歴史専門家は考える。
どちらにせよ、この出来事がきっかけで、リューンハルトの歴史は大きく動く事になったのだった。
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